5.ディール粒子爆弾

「止めるなよ!」

 俺はイウスに声をかけながら、運転席の屋根に上がる。


「そんなものを持ち出して、何をするつもりだ、ラヴィタス?」

「倉庫が手狭だって聞いたからな、粗大ごみ処理さ」

 俺は隙を見せず構えつつ、軽口をたたいてみる。


「なら俺も手伝ってやろう!」

 兄貴がしなる両手を振りかぶる。それが振り下ろされるより速く俺は踏み出し、クレーンの上を走り抜けて振り下ろされてくる両手を左右に弾く。

 驚くほど伸びたその腕は左右の道路を破砕し、大きな穴をあけた。

「くっ」

 斜偏向を使って逸らし捌いたはずだが、両手に痺れが残る。


 兄貴は口角をつり上げつつ、嵐のように両手を連続で振るってくる。それらを全て払い弾き、その余波で周囲の建物や地面が次々と破壊されていく。と、その時トラックが曲がり、俺はクレーン上から落下した。

「はっ!!」

 トラックから落下途中の俺に向け、兄貴はさらに嬉しそうに腕を振り下ろしてきた。

 俺はその腕に蹴りを合わせる。ミシリッという嫌な音が具足グリーブから聞こえた瞬間、自身の重力を軽減し、その反動でキリモミしながら浮き上がり──

「なっ──、がふっ」

 その回転のまま、兄貴の頭部に蹴りを入れる。俺は兄貴を踏み台にし、トラック上へと復帰した。


「お前はいつもっ!!」

 兄貴の顔には先ほどまでの嗤いが消え、怒りに染まっている。腕を振りそれを横薙ぎに払ってくる、トラックの足回り狙いだ。

 俺は再びクレーンを蹴り、振り抜かれようとしている腕に向かって重力で加速、兄貴の腕を蹴り落とすと共に、その腕に僅かに重力をかける。腕は時速80km以上で疾走中の地面に接触し、高速で後方に腕を引っ張られた兄貴は空中でぐるっと回転し、そのまま後続車両にぶつかり転がっていった。

 トラックの荷台後方、俺はギリギリでそこに手をかけ、ぶら下がるように兄貴を見送った。




 火星渡航船エクソダス。元々地球から多数の難民を連れ、ここ火星へと渡ってきた船だが、既に宇宙船として機能の大半は使用不能だ。おそらく渡航時には車両などを積載していたであろう大型ハンガーも、開閉扉が動作しないために開きっぱなしになっている。俺たちはそんなハンガー内へトラックのままで入り込んだ。


「ここでやるのか? 博士」

「仕方ないじゃろが、こんな大物を艦橋ブリッジまで持ち込めるわけないわい。幸い、ここにも情報端末はあるでのぅ」

 イウスは「へいへい」と言いつつ、クレーンで3基の縮退炉をトラックから降ろす。その間、博士は壁際にある情報端末を操作し、なにやら調べものをしている。俺も重力操作で縮退炉を軽くするなどしてイウスを手伝う。




「よいかの、このサイズの縮退炉では、火星にある人類の生存圏全てをディール粒子で満たすことはできん。じゃから、3基の縮退炉を稼働させ、それらの発するディール粒子に全て思念的指向性を付けて1か所に集中させる。超高密度に圧縮したディール粒子とエネルギーの塊を一気に開放することで、一時的じゃが火星全土をディール粒子の海で埋めることができる……、はずじゃ」

 三角形に並べられた3基の縮退炉の前で、博士が長々と説明を述べる。それぞれの縮退炉には、ハンガーの壁面から伸びる動力パイプが接続されている。

「こんなんで何とかなるのか?」

 その3基を前にイウスが言う。確かに、ただ並べてあるだけにしか見えない。

「何を言うか、ちゃんと思念的指向性を付与するスクリプトを設定済みじゃわいっ!!」

「ほへぇ~」

 イウスの気の無い返事に、博士は「はぁ」とため息を吐く。


「さっそく、いってみるかの」

 ハンガー壁面の情報端末で博士が何かを入力すると、3基の縮退炉が唸りを上げ始める。数秒後、急にむわっと何か風のようなものを感じたかと思えば、3基が囲む中心部分に小さな黒い粒が発生した。


「おぉ、意外とうまくいくもんじゃな!」

「えっ! そんな"意外"なもんだったのか!?」

 イウスの最もなツッコミに、博士は「だって時間がなかったんじゃもん」とかなんとか、言い訳がましいことを小声でつぶやいている。少々博打色の強すぎな作戦だったろうか、と、今更ながらに反省した。


「それで、どれくらいかかるんだ?」

「うむ、粒子のチャージには30分くらいかのぅ、それだけ貯めれば120秒間は火星をディール粒子で埋められる」

「2分か……」

 娘の連絡で、アレスたちがディール粒子に耐えられる時間までは分からなかった。はたして2分が適切なのか……。


「やってみるしかないか」

 ここでもまた博打か。


「ラヴィタスゥゥゥッ!!」

 ハンガーの入り口に人影があり、その人影からは聞き覚えのある声が響く。


「博士、縮退炉を頼む」

 俺の言葉で、博士は無言のままカクカクと頭を上下に振った。

「今度は俺も手伝うぜ」

 イウスが俺に並ぶ。俺とイウスはその人影に向かって歩いていく。


「お前たちが何に抗っているのか、分かっているのか?」

「兄貴……、いや、既に兄貴じゃないのか」

「うぇぇ……」

 近くで見た兄貴の姿に、イウスも顔を顰める。露わになった頭部の上方半分も既に人間のソレではなくなっていた。軟体動物のような粘膜組織に覆われている。

「親父と同じだ。お前は現実を見ていない」

「俺はアンタとは違う。そんな体にはなってないからな」

「生物とは、進化するものなのだよ」


 直後、ヤツのエグゾスーツから発する重力波が、周囲の重力をめちゃくちゃにかき乱した。

「うっ」

「なにぃ」

 俺もイウスも、体が浮かんだり落ちたり流されたり、安定しない重力状況に立つことすらままならない状態になる。そんな中をヤツだけが、赤い燐光を発しながら、まっすぐこちらに向かって突進してくる。

「ぐっ」

 ヤツが腕を振るう横薙ぎに、俺もイウスも吹き飛ばされる。重力がこれだけ乱れた状態では、まともに障壁も展開できない。

 俺は壁を蹴り、地面を蹴りながらヤツに接近し、一撃を加えるが──

「ぬるいなぁ」

 腕の振り下ろしで地面へと叩きつけられ、体の中でミシミシと何かが軋む音がする。喉の奥から何かがせりあがってくる。

「ぐふっ」

 血液が自分の口からあふれ、乱れた重力の中をあちこちへと飛び散る。こんな状況では重心も何もあったものではない。まともな打ち込みも期待できない。

 どこかからパンパンパンという乾いた音が響く。イウスが拳銃でヤツを射撃した。しかしエグゾスーツを装着しているヤツには、拳銃程度では意味がないようだ……。

 ヤツの腕一振りが、イウスの手を捉える。血しぶきと拳銃が宙を舞う。

「う、ぐぁぁぁぁぁっ!」

「イウスッ!」

 イウスの右手の指があらぬ方向に折れ曲がり、裂けた皮膚から骨が覗き血が溢れる。イウスは右手を押さえ呻いている。


「脆いな」

 ヤツは兄貴のように不敵な笑みを浮かべている。多少緩慢になってはいるが、ヤツだけはまともに動けている。この状況でなぜヤツだけは動ける? いくらエグゾスーツとはいえ、これだけ大掛かりに重力展開していれば、自身の制動まではできないはず……。それにあの赤い光はなんだ……?

「ふっ、この状況が不思議か。なら冥途の土産に教えてやろう。この赤い光こそ我らの力。思念力ウィラクトと同等、いやそれをも超える力。アレスが齎す人類の総意から得る新たな力、総意力コンサクトだ」


 ディール粒子に弱い……、思念力ウィラクトとは別の力……、そうか、アレスはディール粒子とは相反する別の粒子を介した力を扱えるのか……。


「ぐぅぅ」

 這いつくばった状態から、俺はヤツの脚にしがみつき体を起こす。

「ふむ、最後の抵抗か? よかろう、何が出来るかやってみろ」

 俺は腰の後ろから球体状のソレを取り出す。


「ああ、そうさせてもらう」

 それは手に収まるほどの大きさで、矢印のマークがついている。片手で矢印マークを外し、球体は手放した。俺の手を離れた球体はふわりとその辺を漂う。


「……、なに?」

「Gボムだよ」

 俺は矢印を横に向け、そこに付いていたボタンを押し込んだ。


 鈍い重低音が響き渡り、周囲が濃密な重力子に埋め尽くされる。突然水中に入り込んだかのような圧迫感に覆われ、ヤツが作り出した重力の乱れは全て無重力に塗りつぶされた。直後、周囲にある大量の重力子は、ボタンを押し込んだ時に矢印を向けていた方向へと強烈な重力を発生させる。


「うがぁぁぁぁぁっ!!」

 ヤツも俺も、全てが横に向かって"落ちていく"。Gボムは、スタングレネード同様の"制圧用"の武器だ。本来なら矢印は下向きで使い、対象を高重力で拘束する目的のアイテムだ。今回はこれを横向きで使用した。


「博士の"手癖"が役に立ったな」

 博士が押収品倉庫からこっそり持ってきていたGボムを取り上げておいてよかった……。

 俺たちが"落ちていく"先には、3基の縮退炉。その中央には既に2m程に成長した黒い球体。そう、ディール粒子の塊だ。


「うぉぉぉぉぉっ!!」

 ヤツは触手のような両腕を目一杯伸ばし、縮退炉に掴まる。ヤツは俺にしがみつかれた状態で横向きに"ぶら下がる"。


「ラヴィタス、か、考え直せ、アレスは敵ではない、共存できるのだ!」

「兄貴の体で、声で、それ以上さえずるな……」

 俺はヤツにぶら下がったまま、黒いディール粒子の塊を見つめる。


 ──思念を力にできるんだろ!? なら応えろ!!


 俺は黒い球体に向け手を翳す。俺の想いに呼応するように黒い球体面が波立ち、そして表面を突き破るように多数の黒い手が現れる。ヤツと俺は、その無数の手に絡み取られ──

「や、やめろぉぉぉぉぉ!!」

 そのまま球体内へと引きずり込まれた。






「……タス……」


 何か聞こえる……



「……しろ、ラヴィタス…」


 誰かが俺を呼んでいる……?



「しっかりしろ、ラヴィタス!」


「い、イウス?」

 まだはっきりとはしない視界に、イウスの姿が見えた。相変わらず右手は赤く染まっているが、どうやら無事のようだ。

「よか、った。イウス、無事、か」

「お前に比べればな」


「ヤツ、は……」

「見えるか」

 俺の言葉に、イウスは俺を挟んだ反対側を指さした。首を回してそちらを見ると、恨めしそうな視線でこちらを見つつも、既に全身の半分以上が崩れている兄貴の姿があった。崩壊は今なお続いているようだ……。


「縮退、炉は?」

「作戦成功じゃよ、今火星はディール粒子に覆われておる。予想よりも効果が長く出そうじゃ」

 俺の視界に博士が顔を出し、俺の質問に答えてくれた。


「そう、か……」

 ああ、よかった、これで思い残すことは──


 瞬間、脳裏にフィルの笑顔が映る。


「イウス、すまない、少し起こしてくれるか……?」

「あ、ああ」

 イウスと、博士の手伝いもあり俺は上半身を起こす。下半身の感覚が無いと思ったら、両足もほとんどなくなっていた。はは、こりゃ感覚無いわけだ。

 幸いまだ動く右手でポケットから小型端末を取り出す。よかった端末は無事だ。俺はムービーメールの録画ボタンを押す。


「あー、フィル、連絡ありがとう。そっちでも元気でやってるみたいで、安心したぞ……、フィル、お前が伝えてくれた情報のおかげで、俺たちはここまで来れた……、ありがとう……。まだ、全てが終わったわけじゃないが、火星は……、もう大丈夫だろう。お前のおかげだ」

 俺はここまで話して、あまりに業務的すぎると反省した。

「あー、その、男手で育てたせいか、お前にはあまり女の子らしい生き方をさせてやれなかったな、すまない……。なぁ、フィル、地球はどうだ……? もしかしていい人でも見つけたか……?」

 全身の痛みが遠のき、だんだんと意識がぼんやりとしてくる。あまり時間が無い……。


「フィル……。もう、お前は自由だ……。お前は、お前の、幸せを……、な?」


 フィル、幸せ、に……

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