2.脳筋的突入作戦

「大陸のオメガってのは、引きこもり体質なのかね……」

 崖から見下ろす黒い小山。左右対称で表面もかなり磨かれているようだ。明らかに人工物であり怪しさ満点だ。にも拘わらず、あの構造物から漏れるオメガパケットは非常に微量。うっかりしたら見過ごしてしまうほどだ。


「なんか、引きこもってるっぽいし、このままそっとしておいたら……、」

 俺は試しにそう提案しつつ、そっとレインに視線を向けてみる。

「……。」

 じっとりとした視線で返された。

「だめだよね……」


「内部から膨大なディール粒子が放出されています。それと同時に莫大なエネルギーが溢れてきています……」

 レインは視界投影型ディスプレイインサイトビューに意識を向けているのだろう、中空に視線を飛ばしながら、あの構造物の分析情報を述べる。

「それって……、どういうこと?」

 普通なことじゃない、というのはわかるのだが……。

「……、おそらくは縮退炉です」

「っ!」

 レインの言葉に、なぜかフィルトゥーラがビクリと反応した。俺の視線に気が付いたのか、彼女は平静を装うように、露骨に取り繕っている。

「……?」

「あ、いや、いいんだ。それより縮退炉があの中にあるのか?」

 妙な雰囲気になっていることにレインが戸惑っていたが、今の反応だけでは問い詰めても何も出てこないだろう。なのでとりあえずは話を戻す。


 聖戦などと呼ぶのもおこがましい、300年前のμファージテロによる世界の崩壊。それ以前の世界において、縮退炉が発明され、その反応の過程でディール粒子が生成されることが発見された。縮退炉の反応でディール粒子が地球を満たし、ディールレイヤーネットワークが形成され、そのネットワークを介して縮退炉が放出するエネルギーは全世界へ充分に供給された。フリーエネルギー時代と呼ばれていた。

 レイヤーネットと縮退炉は今でも残っており、供給されるエネルギーはそのまま思念力ウィラクトに転用され、今生きている人々にとっては"魔法"という形で根付いている。


「これだけの粒子とエネルギーを放出するモノは、他に考えられません」

「となると、縮退炉、もしくはそれを内包する施設をオメガが占拠しているってことか」

 縮退炉を停止させてないのは、奴自身もその恩恵の元に存在しているからだろう。まあ、最悪1つや二つくらいは縮退炉が停止しても、世界的にはそれほど影響はない……はずだ。300年前には、それなりの数が建設されていたはず、いや、何個だったか覚えはないけど。


「レイヤーネット上から施設へ接続するポートも、全て遮断されています。外部からのアクセスは不可能です」

 見たところ、その磨き上げられた外壁素材、要塞ともいうべきその威容は、近寄るものも拒む威圧感がある。

「外部との接触を物理的にもネットワーク的にも遮断して、完璧に引きこもってるなぁ。その上、中には動力炉もあるからエネルギー切れも起こさない……。籠城相手には兵糧攻めくらいしか……」

 俺は自分の味方を見回す。うん、包囲できるだけの戦力が無いか。それ以前に"生き物"が中に居なければ、兵糧すら必要としないか。

「となると、力業でも無理やりにでも中に入って、」

「あの施設内部から直接的に攻撃するしかありません」

 と言う、行き当たりばったりというか、いつも通りというか、脳筋的突入作戦が決まったところで戦闘開始といきますか。




「む、無謀なのではないですか?」

 フィルトゥーラはかなり心配げに言葉を発する。

 魔導艦ことアッシュとフィルトゥーラには外を飛び回ってもらい、囮になってもらう予定だ。敵施設からも攻撃が予想されるが、そこは魔導艦の拒絶障壁ウィラクトシールドと、フィルトゥーラの重力障壁で防ぎつつ、適宜適当に反撃しておいてもらう。その間に、俺とレインで進入路を探して内部へと侵入する。いくらあの施設が外敵を拒む作りとはいえ、パスワードなどによるアクセス用ハッチの1つくらいはあるだろう。最悪なければ壁を破壊する。


「俺たちが中へ入ったら一旦離脱してくれていいから! 大丈夫、二人なら乗り越えられる!!」

『ま、まるで新婚夫婦への励ましみたいな言い方ですね……』

「新婚!? いや、まだ私たちはそんな関係じゃ……、いえ、嫌とかそういうわけでもないっていうか! まだ早いっていうか! いやでもアッシュが望むっていうなら──」

 うん、なんかチョロいな。


「よし! 頼んだ!!」

「あっ!!」

 フィルトゥーラが何か言いかけていたが、それを振り切り俺は船上から飛び降りた。飛び降りつつ自身の体表を装甲板へ変性させる。俺に続いてレインも船上から飛び出してくる。直後、黒い山の外壁があちこち展開し、銃身らしきものが多数姿を現す。

 細かい炸裂音が連続的に響き渡り、空はあっという間に弾幕で埋め尽くされる。アッシュが展開したであろう拒絶障壁ウィラクトシールドが、それら弾幕を弾き飛ばしている。

 一部銃身が俺たちを捉え、こちらにも大量の銃弾を撃ち放ってくる。


拒絶障壁ウィラクトシールド!」

 空中で足から思念力ウィラクトを噴射、俺はレインをかばうように前に出てシールドを展開し銃弾をはじく。レインの遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートが展開され、その砲身から口径20mmの弾が吐き出され、こちらを銃撃している機関砲を次々と破壊していく。


「ありました、右方向です」

 着地と同時にレインから位置についての指示が入る。俺の視界投影型ディスプレイインサイトビューにもレインが解析した情報が表示され、真っ黒な山にしか見えない施設の一か所に赤い点が表示される。

 俺たちの着地に呼応するように、施設は新たな兵器として思念力ウィラクトによる衝撃放射砲を展開し、思念力ウィラクトによる強力な衝撃波を撃ち放ってきた。

「くっ、なかなかきつい!!」

 さすがに思念力ウィラクト発生装置の規模が大きいらしく、俺の義体では衝撃を逸らすのでギリギリだ。この義体アモルファスでなければ逸らすことすらできなかったかもしれない。

 俺はレインの前で次々と飛来する敵衝撃波を逸らしながら進む。ちらりと確認した空、アッシュたちは、それに加えて多数の無人戦闘機に襲われ、さらに投槍砲らしき兵器に狙い撃ちされていた。

「あー、あれ、レミエルの奴と同じかな……」

 おそらく電磁加速された槍を打ち出す兵器だ。義体のセンサーでも感知できない速度で発射された槍が、魔導艦の直前で角度を変えられ、遠くの山に大穴を開けていた。

「フィルトゥーラもうまいこと連携できてるじゃないか!」

 とはいえ、急いだほうがいいな、「もう無理ですよ! もうこれ以上止められないですって!!」って騒いでるフィルトゥーラの姿が目に浮かぶ。


 人間が1人通れる程度の取っ手も何もない小さなハッチと、何も表示されていないコンソールパネルだけがそこには配置されていた。レインはコンソールパネルに手をあて、解析を開始する。

 俺はレインを護るように立ち、こちらに向けて攻撃を加えてくる無人機を束撃弾スラストで撃墜していく。さすがに自分側に向いた砲台は無いらしい。

「開きます」

 レインの言葉の直後、コンソールからビープ音が鳴りハッチが開いた……、5cmほど。

「……。」

 レインは無表情だ。あ、いや、少し赤面している。


「パージ!!」

 俺は機械式の四肢を廃棄し、無形体アモルファス状態となり、5cmの隙間へ入り込む。ハッチ内側の機関部を破壊し、ハッチを強引に押し広げる。と同時に体の一部を伸長させ、レインの腰を優しく捕まえると一気に中へと引っ張り込んだ。同時にパージした手足も回収しておく。レインを連れ込んだ直後にハッチを力任せに閉じる。追いかけてきていた無人機がハッチに衝突し潰れた。

 パージした四肢を再装着したとき、俺は片膝立て、自然とレインを抱き寄せているような形になった。レインもしっかり俺に抱き着いている。

「えっと、そろそろ行こうか?」

「……、あと30分だけ──」

「長いよ!!」


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スペックシート:防衛要塞アーク


名称:防衛要塞アーク

ドーム高:約100m

直径:約500m

外壁:

 μファージ流動硬化素材

 厚さ10m、100%μファージによる外壁。μファージ同士が強固な結びつきを行っているため、コンクリート

 以上の強度。さらに破損してもμファージが流動することで即修復が可能。

 破損などでμファージが消耗した場合も、自身で分裂生成できるため、ほぼ無限に修復可能。

武装:

 複合加速式投槍砲 ×4門(4方位に各1門)

 衝撃放射砲 ×12門

 (4方位に各3門、ウィラクト発生装置。人間サイズの義体に内蔵されたものと類似の装置だが、出力は桁違い)

 重機関砲 多数

 無人戦闘機 多数

機能:

 プラント

  各種工業製品を製造できる工場。フルオートメーション化されており、指定の製品について材料が続く限り

  大量生産が可能。製造ラインの組み換えも自動で行われるが、完全新規の製品を製造したい場合には、手動での

  ライン構築や設備設計・導入が必要。

 飛行

  12門の衝撃放射砲に搭載されているウィラクト発生装置を推進器に転用することで、要塞全体を浮遊、飛行

  させることが可能。その場合、本来なら攻撃防御に転用できる衝撃放射砲を全て飛行に使用するため、要塞の戦闘

  能力は著しく低下する。加えて、非常に大質量であるため、飛行時の機動性も高くない。


備考:

 "聖戦"と呼称される大戦時の遺物。大戦時下において無差別に行われる戦闘行為から縮退炉を守るために過剰に武装

 した要塞。同時に人類を絶滅から守るための"方舟"としての側面も持つ。そのため、内部には住環境が整えられており、

 縮退炉を内部に抱えているためエネルギーも潤沢。まさに選ばれし者のみが住むことを許される「楽園」であったが、

 どれほど守りを固めても、未知の存在「システム・オメガ」の侵入を阻むことはできず、程なくして滅びた。




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