7.魔竜王の急襲
鬼猿素材の短剣は1本消え去り、1本ボロボロになってしまった。武器無しで集落の外をうろつくのは自殺行為だ。なので飛竜素材の装備完成を待って、それから一度アエリア様に会いに行ってみようと考えていた。
そして今日、やっと装備が完成し、これで外へ出かけることが出来る、そう思っていた矢先だ。
事態とは突発に発生するものだ。ここは最前線の要塞集落ラインフォート。ならば魔獣の襲撃があっても不思議はない。ただの襲撃と違う点があったとするなら、襲撃してきた魔獣が「魔竜王ヴォーガルス」だったということだろうか。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その一薙ぎで、2級ソルジャーらしき男の右腕が付け根から千切れ飛ぶ。
「戦士が集まる場所と聞いたが、大したことはないな」
ここはラインフォートのど真ん中。そこに身の丈3m超の人型。頭からは鋭い角が2本生え、背中にはさすがに竜を思わせる翼が1対。全身が漆黒で艶のある鱗で覆われた怪物"魔竜王ヴォーガルス"が立っていた。
事態の進行はあっという間だった。爆発音と共にラインフォートの空に大量の木片が舞い上がり、その木片が破壊された外壁のかけらであると気が付いた時には、集落のど真ん中に怪物が出現し、ソルジャーも住民も分け隔てない殺戮が始まった。
「2級では相手にならない! 1級以外は下がれ!!」
別のソルジャーが声をかけ、数名が前線へと立つ。僕もそれに加わる。
「おおぉぉぉぉぉ!!」
大きな盾を持った大柄な男が正面から攻撃を行う。他のソルジャーたちはそれに合わせ、周囲から取り囲むように攻撃を開始する。
「猪口才な……」
ヴォーガルスは掌底打ちで盾の大男を盾ごと吹き飛ばし、周囲で一斉に攻撃してくるソルジャーたちを全て軽く弾き飛ばす。
ごめん! 彼らを隠れ蓑として利用したことを心の中で謝りつつ、蹴散らされていく隙間を縫い、僕はヴォーガルスに肉薄した。
「っ!」
ギャリっという金属同士が擦れるような不快な音が鳴り、僕の短剣はヴォーガルスの鱗上を滑る。鱗に傷はついた、が、それだけだ。やはり飛竜素材の短剣でもダメか!!
剛腕と呼んで差し支えないサイズの腕が、僕の上に振り下ろされる。
──踏み込む!
振り下ろされる中へとさらに踏み込み、腕の下をくぐる。鱗が通らないなら鱗の無い場所はどうだ! 腕を潜り抜け背後に回り込みながら奴の脇の下に短剣を当て、刃を走らせる!
鱗の時とは異なる手ごたえ、だがそれは"斬った"という感覚ではなく、地面を棒でなぞったようなゴリゴリした感触だった。
「ちっ」
やはり飛竜素材では魔竜王には通じない。言われていた通りのその事実に、僕は思わず舌打ちが出る。
ゴウッ! という音をたて、巨大な裏拳が襲い掛かってくる。僕は後退し、これを回避する。必然、奴との距離が空いてしまった。味方の犠牲まで利用して接近したはいいが、攻撃が通らないのでは攻めきれない……。
「ほぅ、存外面白いモノも居るではないか」
振り返るヴォーガルスは喜色を浮かべ、まっすぐと視線で僕を射抜く。奴はゆっくりと歩いて近づいてくる。と、唐突に上を見た。
突然フィルトゥーラが落ちてきて、その大きな拳をヴォーガルスに叩きつけた。ドゴンッ!!という激しい衝突音を発生させて両者は激突する。フィルトゥーラは篭手を叩き落とし、ヴォーガルスはそれを頭上で交差させた2本の腕で受け止める。
ヴォーガルスが力任せに両手を打ち広げると、フィルトゥーラはひらりと空を舞う。瞬間、フィルトゥーラの視線は俺に向けられる。彼女は着地直後に弾かれたように再びヴォーガルスへ接近、と、同時に僕も真横から奴へと接近する。
フィルトゥーラの拳打がヴォーガルスに衝突する。奴は脇を締め、腕を折りたたんだ外側でこれを受ける。拳打の衝撃は、ヴォーガルスを数cm滑らせるほどだ。その逆サイドから僕は襲い掛かる。体の内側、肘の内側や脇の下などの鱗が比較的弱い場所を執拗に狙う。相変わらずゴリゴリとした手ごたえだが、僅かに傷が入る時もある。繰り返せば!!
「ちょこまかと……」
フィルトゥーラと二人、空中足場まで使用した立体の軌道でヴォーガルスの周囲を飛び回りつつ、チリチリと削るような攻撃を繰り返す。ヴォーガルスは焦れてきたのか、大味な攻撃が増えてきた。何度目かのフィルトゥーラの攻撃、そして初めての綻びが出る。奴の腕にある鱗の一枚がひび割れたのだ。
「アーヴァ!!」
僕はそのひび割れた鱗に短剣を叩きつける。ガチリと短剣の先が僅かに刺さるも、それ以上は進まない。
「あぁぁぁぁぁ!!!!」
そこへフィルトゥーラの拳が打ち下ろされる。
「ぐがぁぁっ!」
奴の腕に短剣が深々と突き刺さる。
「かぁぁぁぁっ!!」
直後、奴の発した"気合"らしき衝撃により僕たちは吹き飛ばされ、そして空中で姿勢を整え着地する。大丈夫ダメージは無い。まだいける──
ピリッ
その瞬間、空気が変わった。ヴォーガルスから恐ろしく濃密な"圧"が発せられている。僕もフィルトゥーラも、そのあまりの"圧"に、足が止まってしまった。
「そのような貧弱な武器で私に傷を負わせるとは……、面白い!」
ヴォーガルスの目が怪しい光を帯びる。と同時に体が急激に肥大化し、背後には巨大な尻尾が伸びていく。足は何倍にも太く変化し、変形した巨大な顎には鋭利な牙が並ぶ。その場で翼を開き、羽ばたき一つ。集落に暴風が吹き荒れ、広がった翼は集落全体に影を落とす。
『我、真の姿にどこまで抗えるかな?』
それはまだに巨大な竜そのものだ。漆黒の鱗に覆われ、体長30mはあろうかという巨大さだ。
ヴォーガルスは羽ばたく。僕らは吹き荒れる暴風の中で飛ばされないように踏ん張る。その暴力的な羽ばたきは、巨体を空へと持ち上げていく。集落の上空50mほどだろうか。そこに滞空する竜。それは大きく顎を開き、火球を吐き出した。
「なっ!」
僕とフィルトゥーラは、全力で前進し、頭から飛び込むように前に伏せる。直前まで僕らが居た場所に着弾した火球は、その熱気を周囲にまき散らしながら火柱を生み出す。周囲の建物が吹き飛び、炎上する。
空から火球が降り注ぐ。僕たちが移動する先々に、次々と火柱が生み出され、建物が爆発炎上していく。このままでは集落全てが焼け落ちてしまう。
その迷いが動きに出たためか、僕は一瞬回避が遅れる。
「あ……」
火球が完全に直撃軌道で接近してくる。今から飛び退いても間違いなく間に合わない──
ドンッ
僕は横から何かに吹き飛ばされ、盛大に吹っ飛ばされた。飛ばされながら見えたのは、火球に飲まれようとするフィルトゥーラ。
「フィルトゥーラァァァ!!」
僕の絶叫が届くより早く、彼女は炎に飲まれた。直後、炎を突き破りフィルトゥーラの体が飛び出してきた。僕は跳ねるように飛び起き、地面に転がる彼女に覆いかぶさるように飛びつく。
抱き起こした彼女は意識が無い、が生きている。フード付きの外套は焼け焦げだらけで見る影もない。僕は瓶詰めのとげ虫を即座に殺し、ドレインした
すべてを焼き尽くしながら接近してくるソレは、さながら炎の壁だ。
「こんな相手、短剣でどうしろってんだ……」
僕はフィルトゥーラを抱き寄せながら、吐き捨てるように呟いた。空から降り注ぐ炎は、もう目の前まで迫っている。彼女を強く抱き寄せ、覚悟を決めた瞬間……
『お下がりなさい、魔竜王』
目の前に光の壁が展開され、炎が全てせき止められる。
背後から降り注ぐあたたかな光が、集落を燃やしていた火を鎮火していく。
「おぉ、あれはまさしく、アエリア様……」
誰かの呟きが聞こえる。僕らの頭上、空に浮かぶように精霊アエリア様が居た。
『ほほぅ、精霊アエリア。自ら姿を現したか』
ヴォーガルスはアエリア様の姿を見、そして視線を森へと移す。
『そうか、そのような場所に隠れていたとはな』
奴が視線を向けた先、あれはたぶん精霊の泉の方角だ。アエリア様の姿から、その居場所がバレてしまったということだろうか。
アエリア様が右手を振る。そこから光線が伸び、ヴォーガルスを袈裟斬りに薙ぐ。
『ぐがぁ』
さらにアエリア様が左手を翳す。そこから光線が発射され、ヴォーガルスの胴を穿つ。さすがの奴も、連撃によりよろめき、高度を落とす。
ヴォーガルスが火球を連続でアエリア様へ向けて撃ち放つも、防壁のような物に阻まれ届かない。
『ぐ、ふ、はっはっはっ……、ずいぶんと大盤振る舞いだな、アエリアよ……、そこまでせねばならぬモノがここにはあるか……』
ヴォーガルスは苦し気な様子で、だが楽し気な声色でそう告げる。
『くっふふふふふ……、よかろう、今回は引いておこう……。貴様の居場所が割れたなら、やり用はあるからな……』
かなりの手傷を負ったはずのヴォーガルスだが、力強く羽ばたくと一気に上昇し、彼方へと飛び去って行った。
アエリア様は緩やかに降下し、地上へと降り立った。
「アエリア……、様」
『アエリア様!!』
いつの間にか姿が見えなかったクスタがどこかから現れ、アエリア様へと飛びつく。
アエリア様は無傷でヴォーガルスを追い返したはずなのに、なぜか苦しそうだ。
『クスタ、勇者殿を、頼みますよ』
『アエリア様ぁぁぁ』
クスタは涙声でアエリア様にしがみついている。
「アエリア様、どういうことでしょうか」
『もっとあなたに力を貸してあげられれば良かったのですが、今の戦いで、私の残り少ない力をほぼ使い切ってしまいました……』
そうか、それでヴォーガルスがあんなことを言っていたのか……。
『精霊の泉の中に眠る私の本体は、今少しの間は結界で守ることができます。その間にヴォーガルスを……』
元々無期限ではなかったけど、さらに時間制限が付いてしまった。
『あなたには負担ばかりをかけてしまいますね……、どうかこの世界を……、どうか──』
アエリア様を構成していた光がほどけ、そして消えていった。
「あ、アエリア様!」
『大丈夫、眠りについただけ……』
僕の横で、クスタがそう告げる。
「ヴォーガルス……」
僕は奴が飛び去ったほうを見据えた。
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