6.世界を襲う闇
彼の顔が無い。いや、あるのだが、塗りつぶされたように黒くなっている。
── ……-=%-#\…?
彼は言葉ならぬ奇妙な音声を発し、全身が黒く塗りつぶされる。
── ++}=03\#!!
「アーヴァ!!」
フィルトゥーラに横から突き飛ばされ、二人で転がる。僕の立っていた場所にその黒い右腕が振り下ろされ、カウンターと、そして僕が立っていた床までもが砕けて消える。
「な……」
カウンターも床も、砕けたはずなのに破片が無い。黒い粒子状になって消えている。文字通り消滅した。
黒い人影はカウンターから乗り出し、二人で転がった僕たちを見下ろす。いや、目は無いのだが、見下ろしているように感じられる……、来る!!
「スキル!!」
僕は一声で
とりあえずクスタを放り投げ、左で短剣を抜きつつ振り返り──
「速い!?」
黒い人影の右手が鞭のように伸び、それをこちらに向けて振るってくる。僕は左の短剣でこれを受け止め──
「っ!!」
バチッ!! っと弾かれるような感覚。そして鬼猿素材の短剣は、刃の半ばまでが消滅した。辛うじて受け止められたが、この状態ではもう一撃は無理だ。
僕は短剣を投げつけ、再び距離を取る。短剣は黒い人影の体に刺さると同時に粒子状に砕け散り消滅した。
「あ、アーヴァ……」
「あ、ごめん」
ここまでずっとフィルトゥーラを抱きしめたままだった。彼女から手を離し、右手で短剣を抜く。彼女も人影に向け構えを取る。しかし、これはどうしたらいいのか。攻撃が効いてる感じがしない。
「ん?」
黒い人影はじっとこちらの様子を伺っている。今はここラインフォートのメインストリート、と言っても小さい町なため、ギルドと数件店がある程度だが……。数人の通行人が居るのだが、彼らは黒い人影に全く興味を示していない。いや、まるで見えてないようで……。「あがっ!」
横を通り過ぎようとした通行人に、黒い人影がその右手を突き刺した。
「な、なにを!!」
ガクガクと痙攣する通行人の体に黒い染みが広がり、そして、黒い人影が2体に増えた。
「か、感染!?」
2体の人影がさらに通行人へと手を伸ばしかけ、重たい何かに踏みつぶされたかのように、全身ドスンっと地面にめり込んだ。
「何とか、止められます……、が、長くは続けられません」
フィルトゥーラの能力で、黒い人影は地面に押し伸ばされている。
『むにゃむにゃ、もう食べられな── はっ! アエリア様!?』
道の脇で気絶、もとい居眠りしていたクスタが飛び起きた。
『あれはマズイ! 世界を浸食する"闇"なんだって!! アエリア様から借りた力を貸すよ!!』
そう言うなり、クスタはその身体からまばゆい光を発しつつ僕の短剣に飛びつき、そのまま短剣に入り込んでしまった。短剣から白い燐光があふれ輝きだす。
「アーヴァ!!」
フィルトゥーラが悲鳴のような声を出す。見れば地面にめり込んでいた黒い人影たち、その周囲の地面がどす黒く染まっている。その領域はゆっくりと広がっている。
汚染された地面に向け、僕は短剣を振るう。短剣が通過した軌跡、そこに白い光の帯と燐光があふれ、通過箇所の黒い染みを消し飛ばす。
「いける!」
── !!> -=+[--->!!
奇妙な音声を発しながら、地面の染みから黒い触手が数本湧き出し、僕に向けて伸びてくる。それらを短剣で切り払いつつ、地面の染みへと近づき、それらに白い燐光を浴びせかけるように短剣を振るう。
そこからはまるで庭の雑草抜きのようだった。向かってくる触手を払いつつ、地面を清める。それを繰り返し地面に広がった汚染を全て消していく。
── ……-\* クィー\*-……
地面の染みが消え、黒い人影2体が残った。白い燐光でダメージがあるのか、地面に座り込み立ち上がる素振りもない。
『刺して浄化するしかないよ』
短剣を通じて、クスタの声が聞こえてくる。
「なんとか救う方法が……」
『もう戻せないんだ……』
僕は短剣を握りしめ、しばし黒い人影を見下ろす。
「私が、やります」
フィルトゥーラの手が僕の右手に触れる。
「いや、僕がやるよ」
──ごめん
僕は心で謝罪しつつ、2体の黒い人影、彼らの胸に1度ずつ短剣を刺し入れた。彼らの体から白い光が漏れ、拡散するように消え去っていく。そう、跡形もなく……。
黒い人影が襲ってきた件について、念のためにギルドへ報告に行った。
不可思議というべきか、それとも予想通りというべきか、バッシュは「黒い人影?」と非常に懐疑的な表情を見せた。大通りのど真ん中で、あれだけ大立ち回りをしていたというのに、まともに目撃者も居ない。確かに、通行人にはアレが見えていなかったようでもあったし、意外ではあるが予想外ではなかった。いや、その予想が外れてほしいという希望だったかもしれない。
僕はギルドでのそれ以上の究明は諦め、早々と宿へと引っ込んだ。
「クスタ、あれも、魔竜王の影響なのか……?」
僕には、アレがどうにも魔獣の類とは別物のように思えて仕方なかった。
『うーん、アエリア様は"闇"って言ってたよー。この世界を侵し、滅ぼそうとする敵なんだってー』
クスタの説明もいまいち要領を得ない。だが、僕の言葉を肯定しないということは、アレは魔獣とは別物であることに間違いはないらしい。
「魔獣とは違う、敵……」
僕は寝床に横になりつつも、小さくそう呟いた。アレが一体何なのか、クスタもあまりわかっていないみたいだし、僕が考えても良くわからない。だけど"世界"を守るなら、アレとも戦わないといけないのかもしれない。アエリア様なら知っているというなら、一度精霊の泉に行って聞いてみてもいいかもしれない……。
僕はあれこれといろいろと考えているうち、いつの間にか眠っていた……。
「そういえば、大丈夫なんだろうか……」
昨日は黒い人影とのバタバタですっかり忘れていたが、飛竜素材を鍛冶屋に預けた直後にあの事件に遭った。一応引換証は持っているが、ちゃんと受付されているのだろうか……?
「いらっしゃい、お、アーヴァさんっすね、装備ならまだっすよ? なにか入用っすか?」
鍛冶屋に顔を出すと、軽いノリの店員が応対してくれた。どうやらちゃんと注文が受理されているらしい。店内には昨日の事件を思わせる痕跡は残っていなかった。カウンターも元通りで、床にも穴は無い。
「あ、いや、いいんだ。また来るよ」
店員は一瞬奇妙な顔をしつつも、「また、おねがいしゃっすー」と再び軽いノリで僕の背に声をかけてきた。
店を出て、昨日黒い人影と戦った場所にも目をやる。そこにも何も残っては居ない。集落には、昨日のアレを思わせる痕跡は何も残っていない。もしかして僕の勘違いだったのではないかと思ってしまうほどだ。確かに鍛冶屋の店員は変わった。昨日の彼は居なくなった。だが、新しい店員もそれについて触れるでもない。店員と会ったことも含め"全て夢でした"と言われているようで……。
僕は残った短剣を腰ベルトから抜く。鬼猿素材の短剣は"輝く短剣"に耐えきれなかったのか、ボロボロになってしまった。この短剣だけが、昨日の出来事が事実であると僕に教えてくれる……。
なんとも言えない、不気味な感覚だけが残った。
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