4章 Overrun
1.手紙
「ルクト君、また手紙来てるわよー。」
階下からサンディさんの声が聞こえる。
「はいー。」
俺はその声に応えつつ階段を下り、階段下でサンディさんから手紙を受け取る。
……。
故郷であるベネの街に残してきた、"ルクト"の幼馴染のリリアからだ。
俺も"ルクト"の記憶はあるけど、どうにも幼馴染感が無いんだよなぁ……。ということで、俺が"ルクト"になったこの2か月程、未だに返事は書いていない。
というか、"ルクト"も1回くらいしか返事書いてないし、返事書いてない延べ期間で言えば半年以上だ。
俺はぎっしりと中身が詰まった封筒を開封し、中から紙の束を引っ張り出した。
~ ルクトへ ~
お元気ですか? 私は変わりありません。
ルクトが王都に行ってしまってから、1年と1か月と1週間が経ちました。
…… 前略 ……
今日はとてもいい天気です。こんな天気の日には、一緒に畑仕事をしたことを思い出します。
そろそろ種まきの時期です。去年ならルクトと一緒に種まきできたので楽しかったですが、今年は憂鬱です。
一人でする畑仕事は……
…… 中略 ……
雨の日は、なんだか気分が沈みがちになります。
返事もくれないので、心配です。一度見に行った方がいいでしょうか?
10日、いや1か月、いえ、2か月に1度でもいいので、返事ください。
でも無理しないでいいからね。
…… 後略 ……
晴れたり曇ったり、季節の変わり目は体調を崩しやすいですね。
王都のお友達は元気ですか? 女の人に誘われたりしてませんか?
ルクトは少し抜けているので、うっかり騙されないか心配です。
…… さらに略 ……
毎日ルクトのことを思いだしながら、王都の方向を見る癖が付いてしまいました。
今日も種蒔きの合間に、王都の方向を見ていたら、お父さんに怒られてしまいました。
でも、仕方ないよね……
…… 以下略 ……
リリアさん、手紙が多いよ!! 10枚以上あるし、これたぶん毎日書いてるよね?
「後ろから刺されないように気を付けなさいよ……。」
背後からの凍るような声に、俺は一瞬体をびくつかせる。振り返ると、サンディさんが厨房へと消えていくところだった。
「ま、まだ背後に居たのか……。」
まだサンディさんの疑惑が晴れてないのか!?
しかし、これは不味いな。
俺は階段を駆け上がり、鍵をかけて自室に籠る。
「ルクト!!」
『……、へぁ?』
よし、起きてたな!!
少し前に夢の中で邂逅を果たして以降、日中の時間でもたまに"ルクト"と会話ができるようになった。今も丁度起きていたようだ。
『えっと、なんかあった?』
起きてはいたが、ここまでの顛末までは見ていなかったらしい。
「手紙だ!」
『へ?』
頭の中をルクトの素っ頓狂な声が響く。
「リリアだ。故郷のリリアに手紙を書くんだ。手紙の量と質がヤバイことになっている。至急返事が必要だ!」
手紙の内容から闇がにじみ出ている。早急に対処しないと暗黒面に堕ちてしまうかもしれない。
『えっと……、わかった書くよ。』
ルクトがそう言った直後、なにやら頭の中をごそごそと何かが動いているような奇妙な感覚を覚えた。続いて、紙の上でペンを走らせるような音が聞こえてい来る。これはどういう現象だ?
『こんな感じでどう?』
~ リリアへ ~
お元気ですか? おれはというと、実は死んでしまって……
「却下! というか死んでないし!!」
『あ、やっぱりダメ?』
再び紙を滑るような音が鳴る。
~ リリアへ ~
お久しぶりです。返事を書かなくてごめんなさい。
両手が機械になったので手紙を書くのが大変で……
「わざとやってんだろ!?」
『まさかー』
改めて手紙をしたためる気配がする。
~ リリアへ ~
長らくご無沙汰をしてすみません。
実は学校でいじめに遭っていて、気持ち的に余裕がありませんでした……
「えーっと、コメントしづらい。と言うか、重い!」
『あっはっはっはっ!!』
ルクトってこんなキャラだったっけ? 以前の苦境をネタにできるのは余裕の現れだろうか。まあ、元気なのはいいことだけど。
『ごめん、これならどう?』
~ リリアへ ~
お久しぶりです。
学校1年次の後半になって、なかなか時間が取れずに返事が遅くなってしまいました。ごめんなさい。
……
「うん、これならいいんじゃないかな。」
俺は
『で、どうやってこれを送るの?』
「そりゃぁ……」
俺は勉強机の引き出しから便箋を取り出し、ペンを手にする。
「俺が書き写す!!」
『なんだろう、この"コレジャナイ"感じ。』
「……。」
『……。明らかに俺の筆跡じゃない。この字とか……、』
「……、わかってる。みなまで言うな」
なぜだろう。体は同じなはずなのに、筆跡が全く違う。これはあれか、冗談抜きで義手の問題なのか!?
室内には没となった便箋が既に10枚以上散乱している。
「ぐ、このままではじり貧だ! かくなる上は……、」
俺は意を決して、
そして"プリンタ"を選択した。
「これは、プリンタ? なぜここに?」
部屋にやってきたレインが、部屋の片隅に置かれたプリンタを見て疑問を投げかける。
「魔核を貯めていたのではなかったのですか?」
至極ご最もな意見だ。確かに俺はそのように宣言したし。
「これは必要な投資だったんだ……、緊急の事態への対応だったんだ……。」
「……ふーん。」
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緩衝地帯の間近。そこにはモンスターと、そして隣国からの堰となるべく建てられた堅牢な砦があった。
そこはヴァルデ砦。以前ルクトがエリーゼと共に訪れた場所でもある。
砦を囲う10m以上の高い石塀。その石塀の上で数名の兵士が監視をしていた。
「ふぁぁ、本当に来るのかねぇ? ずっと緩衝地帯を挟んで冷戦続けてんだろ? 今さらヤブを突くようなマネするのかねぇ。」
「お偉いさんたちは何か根拠でもあるんだろ? じゃなきゃこんな場所に戦力を集めたり──、」
けたたましく打ち鳴らされる警鐘。欠伸をしていた兵士たちも表情を引き締め、同じ方角に視線を向ける。
緩衝地帯がある方向。その丘陵地を越え、数十もの銀の巨体が姿を現す。
「て、帝国軍だぁぁぁぁ!! 緩衝地帯を越えてきたぞぉ!!」
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