7.完全体

 ロディは、唐突に消えたフィーデを探すように顔を回し、そしてフルスイング姿で立つレインを視線に捉えた。


「ガガァァッ!!」

 怒りに吼えるロディ。その視線がレインに向いた瞬間、俺は急接近し、脇腹に迫撃掌アサルトを撃ち込んだ。ロディの体が折れ曲がり、外殻を撒き散らしながら飛んでいき、共同溝の壁にぶち当たる。


「ウグ、ガァ」

 ロディは壁からずり落ち、地に膝をついた。


「ガァァァァァ!!」

 激しい金属音。フィーデの攻撃をレインが巨大破砕槌オープレシーインジェンスで受け止める。だが、フィーデの赤熱した両手により、巨大破砕槌オープレシーインジェンスが融解し始める。


「レイン!!」

 フィーデに向け、速射束撃ガトリングを連射する右腕の手首が切断される。

「っ!!」

 ロディが赤熱した爪を振るい、俺の右手首を切り落とした。

「速いっ!」

 ロディの両手を俺も両手で受け止める。アーマーが煙を上げ、装甲が溶けだす。足のフィールドを全開、高速で膝蹴りを繰り出す──、が、ロディはそれも避ける。


「こいつ、速くなってないか……?」

「グゥ、ウジュルルグゥ、グルゥ……。」

 距離を取ったロディは、泡状の涎を垂らしつつ、荒い息を吐いている。元々正気ではなかったが、更に悪化していないか? なんだか、体格も少し大きくなって、手が異常に発達し、爪も剣のように長くなっている。


「うあぁぁっ!!」

 レインが壁まで吹き飛ばされ、膝を付いていた。巨大破砕槌オープレシーインジェンスは根元から切断されている。


「ウガラァァグァァ!!」

 涎をまき散らしながら、ロディが突進してくる。束撃弾スラストを撃ち込むも、全て回避される。

 更に右からはフィーデが接近してくる。

 俺は残った左手に自壊迫撃アウトバーストをチャージする。どうする、どちらを攻撃する!?


 フィーデが赤熱した爪を振り下ろす。右手で防ぐも、爪が腕を貫通する。直後、ロディがその異常に発達した右腕を振り下ろす。

「!?」

 俺はフィーデに蹴りを入れて弾き飛ばす。

 ロディの振るう暴威は、俺とフィーデが居た場所を丸ごと切り裂いた。


「ロ、ロディ!?」

「ガヴァルガアアァルグワァァァ!!」

 フィーデも戸惑っているようだが、ロディは全く分かっていないようだ。あたり構わず、動くものに向けてその凶刃を振り回す。


 共同溝の壁が切り刻まれ、天井が崩落を始める。

「完全に暴走している!!」

 良く見ると、アルバートのマグナがずっと天井に嵌ったままだ。あいつずっとあの状態だったのか?


「ロディ、モウ、ヤメナサイ!」

 フィーデの声も届かない、むしろロディはその声に向けて攻撃を続ける。

 フィーデロディに削られ、外殻が剥がれ落ちていく。


「ヤメ、ヤメテ、ロディ!!」

「ガアアアアァアアアアアア!!」

 ロディの巨大な爪が、フィーデに……、



 ── 眠らせておくか、命を絶つしかない ──



 いつかの言葉が脳裏をよぎる。それと共に、自分の思考が急激に冷え込んでいくのを感じた。

 ロディの脇には迫撃掌アサルトによる外殻損傷が残っている。俺は極めて冷静に、最も効果的に殺傷できる角度を考え、その損傷個所へと手を当てる。


自壊迫撃アウトバースト


 迫撃掌アサルトの数十倍に達する衝撃は、胴体を突きぬけ逆側の外殻を吹き飛ばした。ロディは、膝から崩れ落ちるように倒れる。



 お、俺は……?

 自身が一切の躊躇なくロディに対して致死攻撃を行ったことに、今更ながらに戸惑った。



「ロ、ロディ!!」

 フィーデは倒れたロディに駆け寄る。


「ね、ぇ、ちゃん……、ご、めん、」

 フィーデは頭部外殻を剥がす。

「そんなこと気にしないでいいから! しっかりして! すぐに何とかするから!!」

 フィーデが必死にロディの腹を押えている。しかし、破壊された傷は大きく、フィーデの手など無いかのように、中身を垂れ流す。


 外殻が剥がれ、素顔が覗くロディは僅かに笑みを浮かべ、動きを止めた。


「ロディ!! ロディ!! だめよ!! ああぁぁぁ……!!」

 フィーデロディの亡骸にすがり、嗚咽を漏らす。



「コースケ……。」

 レインが俺の左手を包むように握る。レインもかなり傷だらけで、黒いドレスアーマーも汚れが目立つ。


「ぐはっ」

 マグナのコックピットからアルバートが落下してくる。身動きできないため、ついに生身で地下へ入り込んできたらしい。


「エリーゼ様、ご無事ですか!?」

「ええ、私は無事よ……。」

 背後から、エリーゼの声がした。


「また……、任せちゃったわね……。ごめんなさい。」

 エリーゼが俺の胸に手を当て、うつむきながら謝罪の言葉を紡ぐ。


「……。」

 俺は声をかけようとして口を開き、だが、何も言えなかった。あの時の俺は……、俺なのか?



「わかってた……、」

 そんな俺の逡巡を遮るように、背後からの声。

 俺は再びフィーデに目を向ける。相変わらず弟の亡骸を前に座り込んだままだが、体は起こしていた。


「……、ほんとは、わかってたよ、もう助からない、って。」

 フィーデは途切れ途切れに言葉を続ける。


「こう……、するしかないって。」

 フィーデが立ち上がる。体からはうっすらと蒸気が揺らめく。


「手を下せない、私の、代わりに、やってくれたんだよね……。」

 全身の外殻がビキビキと音を立て、変性を遂げ始める。

 俺はレインとエリーゼを後ろに下げ、左手のフィールド発生器を交換する。


「でも……、それでも……。」

 先ほどの戦闘での傷も全て塞がっていく。頭部が外殻に覆われ、その表面はこれまでに無いほどにうねる。




「ウガァァァァァァァァァァァァァ!!」

 それは怒りの咆哮か、悲しみの嘆きか、叫びを放つ口角は耳下まで裂け、恐ろしい刃のような歯が覗く。




 フィーデの姿が消える。

「ぐあっ!」

 右肩を引かれ、背後に吹き飛ぶ。見れば、禍々しい爪が肩に突き刺さり、傷口をもたれてそのまま引きずられている。

制限解放リリース!!」

 再びのグレースケール、右肩に刺さる爪を強引に抜き去ると、俺は地に落下した。


「コロオォォォォォォォォスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!」

 フィーデは共同溝の床壁天井の全てを足場にして飛び回る。


 フィーデが突撃してくる。ギリギリではじく。だが、既に姿が無い。背後からの衝撃、背中を切りつけられた──、

 既に右から接近している。半壊の右腕で防ぐ。右の義手は完全に破壊され、肘から先がなくなってしまった。


 上下左右前後、あらゆる場所からの攻撃、制限解放リリースの対応速度を僅かに超えている。視界投影型ディスプレイインサイトビューに表示される全身の状態が目に見えて破壊されつつある。


「攻撃予測!!」

 情報端末メディアが収集した攻撃パターンから、攻撃予測起動が視界投影型ディスプレイインサイトビューに表示される。

 視界に複数表示される予測攻撃軌道。その中からほぼ勘で攻撃を防ぐ。防戦一方ではだめだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「キシャァァァァァァァァ!!!」

 思念力ウィラクトを左手、両足に纏い、フィーデの攻撃にぶつけていく。

 激しい衝突音と衝撃が共同溝を揺るがした。

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