5.元凶

「賊の正体がわかったわ!!」

 ドンッ、と扉が勢いよく開かれ、エリーゼが飛び込んでくる。


 もぐもぐ。俺は丁度朝食の最中で、ベーコンを咀嚼しているところだった。このベーコンはいい味がしているなぁ。

「のんびり食事をしている場合じゃないわ!」

「今は大切な朝食中です。邪魔者は退去してください。」

 レインがエリーゼを制止し、微妙に二者が睨み合う。


「んぐっ、ど、どうしたんだ?」

 俺は焦ってベーコンを飲みこんでエリーゼに声をかけた。


「ルクトからもらった似顔絵で情報収集したら、サニス・ノゴナの取り調べで判明した行方不明者と一致したの!!」

「へ? サニス……、なんだって?」

 先日の戦闘の後、プリンタを作成して女性型怪人の顔を印刷して渡しておいたのだが、その写真が手がかりになったらしい。

 エリーゼは興奮気味に語っているが、言われた俺は今一つピンとこない。サニスって誰だ?


「ルクト、あなた自分が検挙した人間の名前も知らなかったの?」

 全く思い出さない俺は、素直に首を振る。

 俺の仕草に、ヤレヤレという態度でエリーゼが説明する。

「誘拐で逮捕した男よ。ルクトがマグナに乗ったサニスを撃破したでしょう?」

 マグナに乗った……、って、レインが誘拐された時のあいつか。

「あー、あいつね。」

「やたら無感動ね……。」


 以前レインを誘拐したために俺が倒したサニス・ノゴナだが、彼は謎の"神"とやらのお告げに従い、人を誘拐しては"改造"と称して人体実験を繰り返していたそうだ。

 どうやら人とモンスターのハイブリッド生命体を作り出そうとしていたらしい。それでモンスターのような黒い外殻を持っていたのか……。危なかったな、もしかしたらレインも改造されてしまっていたかも……、いや、全身義体だからそれは無いか。


 取調べの結果、サニスには数多くの余罪が判明したらしい。たびたび誘拐して人体実験を繰り返しては殺害。時には家宅に押し入っての誘拐殺人まで起こしていたらしい。

 今回の怪人2人は、フィーデとロディという姉弟きょうだいで、王都郊外で両親と共に農家を営んでいたらしい。サニスはそこへと押し入り両親を殺害、2人を誘拐してきたらしい。

 フィーデロディは2人ともに改造された。しかし、フィーデの改造は成功したがロディの改造は失敗。彼らは人間体からモンスター体に変身するらしいのだが、フィーデは理性を保って変身するのに対し、ロディは変身後は理性を失い暴走する。さらに、夜になると勝手に変身してしまうらしい。


「ロディの暴走を止めるには、ずっと眠らせておくか、命を絶つしかないそうよ……。」

「……。」

 人間らしくは、生きられないってことか……。


「彼らの2人の顔も判明したわ。貧民街周辺での目撃情報が多く挙がってきているから、恐らくはそこに潜伏していると思われるわ。」

「貧民街か……。」

 両親も失い、露頭に迷った末にたどり着いた場所……、だろうか。


「それで、貧民街を捜査するのに付いて来てほしいのよ。マグナでは目立ちすぎるけど、私たちは生身では彼らを押さえられない。」

 エリーゼは先ほどまでとは異なり、少々神妙な面持ちで俺に"お願い"をしてくる。なんだか、いつもと少し違って調子が狂うな。

「……、わかった。手伝うよ。俺──、」

 レインに視線を移すと、ものすごい威圧感のある目でこちらを見ていた。

「と、レインで行くよ……。」

 俺の言葉を聞き、レインはゆっくりと頷いていた。


「ところで、取り調べ内容は情報がずいぶんと細かいし、顔まで判明してるなんて、サニスはなかなか協力的だったのか?」

 話の中で少々気になった点をエリーゼに聞いてみた。

「え? 違うわよ? ずっと黙秘を続けてたから、強迫魔法の強制開示ディスクロージュで記憶を強制的に開示させたのよ。あ、強迫魔法は一般には公開してないからヒミツにしてね♪」

 ね♪ じゃねぇよ。なにその怖い魔法。たぶん思念波を強制的に浴びせかけて思考や記憶を引きずり出すような魔法なんだろうなぁ。聞かなきゃよかった……。





 下宿の外には、顔中に絆創膏を貼ったアルバートが待っていた。彼は無言で俺を睨んでくる。

「……。」

「……。」


 後に続いて、レインとエリーゼが出てくる。


「さ、行きましょう。」

 エリーゼの号令で、俺たちは下宿を後にし歩き出す。去り際、下宿の玄関からサンディさんが鋭い視線でこちらを射抜いていた。


「えっと、サンディさんは、なんであんなにこっちを睨んでるの……?」

 今回は同行できるため、上機嫌なレインに聞いてみる。

「ぁ……、」

 レインは急に表情が曇り、明らかに何か言いづらそうにしている。

「なんかあった?」

「……。今回もサンディさんに、止められました……。なので、"コースケが夜、女に……"と伝えたら、出かける許可を貰えました。」

「ヴェ!?」

 心臓を鷲掴みにされたかのような緊迫感。

「"そんなクズ、捨てちゃいなさい"、と言われましたが、"大事なので無理"と伝えておきました。なぜか泣きながら抱きしめられましたが。」

「ヴェェェェェェェェェェ……。」

 レインはなぜか堂々と胸を張る。どこに自慢できそうな点があったんでしょうか……。

 俺、今日、帰るのが怖い。





 山の斜面に広がる王都。その山の北側斜面、そこには貧しい者やならず者が集まる場所、貧民街がある。

 北側であるため日当たりが悪く、さらに無秩序に乱立した建物のために路地は細かく入り組んでおり、街には常に薄暗い雰囲気が漂う。

 路地には座り込み俯いたまま動かない男や、そのまま寝ころんでいる子供などが居る。それ以外にも、周囲のどこからともなく見られている気配がする。なんとも危ない雰囲気が漂う街だな……。


 街をうろつくのに、パワードアーマーを着こんだままではあまりに異様なため、俺はアーマーをロングコートに擬態した状態で来ている。レインはリキッドドレスアーマーを着けているがバックパックは装着しておらず、巨大破砕槌オープレシーインジェンスだけを背負っている。ガンアームと多段式魔導加速銃スコルペンドラは非常に目立つため、今回は置いてきたのだが、巨大破砕槌オープレシーインジェンスだけでも十分に目立っているな……。

 先行くエリーゼは、軽装だが造りがしっかりした革鎧と、剣を一振り携えている。そういえば、来る途中でアルバートと別れたが、どこへ行ったんだ?

「アルバートは?」

「貧民街の外、少し郊外でマグナに乗って待機しているわ。ここの入り組んだ路地では、マグナの動きが制限されるし、目立つしね。」

 この貴人は貧民街で単独行動をして大丈夫なのか? というか、エリーゼの装備はそうでもないが、顔立ちとかオーラ?とか、とにかく貧民街には似つかわしくないムードを醸し出していて、とにかく目立っている。レインといい、エリーゼといい、"目立たないように"という気遣いは完全に無駄になっているな。



 特に目的地があるわけではないが、貧民街の中を進んでいく。なんとも代わり映えのしない道のりで、そろそろ居場所が分からなくなりそうだ。案外人も居ないし……。

 俺は情報端末メディアのメニューで赤外線センサーを起動する。すると、あちこちに熱源反応が現れる。大きさと温度からして人間だが、こんなに隠れていたのか。これじゃ反応がありすぎて逆にわからん。


「つけられているわね。」

「ぇ……。」

 エリーゼの発言に、俺は思わず振り返り後ろを伺う。見たところそんな人影は……、赤外線センサーには多数あるけど、これは尾行している人なのか?


「今回の件とは無関係そうね……、ただの物取りかしら。」

 それはそれで大いに問題ですが……。


「コースケ。」

 レインに袖を引かれ、レインを見ると、どこか一点見つめていた。その視線の先、路地に差す日の元に1人の女が歩いていた。茶色の袋を抱え、どこかへと向かっているようだ。


「いた。姉の方だ。」

 俺のつぶやきに、エリーゼがすぐ脇から俺たちの視線の先を辿る。

「つけるわ。」

 エリーゼはそう言うと、そのままフィーデの追跡を開始する。

「俺たちをつけてくる奴らはいいのか?」

 俺の言葉にエリーゼは一瞬振り返り、

「襲ってきたら頼むわね。」

 とだけ告げた。

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