6.目撃

 巨人がその姿を変え、直径2m超の魔核となった。


「さすがに今度こそ倒したかな……。」

 溶けて魔核に変わったので、ここから再度襲ってくることは無かろう。いや、フラグとかじゃなくて。




 アルバートが担架に乗せられ、バジスへと収容されていく。他にも多数の死傷者が出てしまった。戦闘前は二個小隊、30人ほどの隊員がいたが、今は半分程になってしまった。

 戦死者の中には、作戦前の会議で紹介されたウェモンノ小隊長も含まれていた。


 俺がもっとうまく戦えていたら、彼らは死なずに済んだのではないだろうか……。

 俺は自分とレインの安全しか考えていなかったのではないか……?



「皆、覚悟している。」

 収容作業から目を離せなかった俺の横、いつの間にかマリーノ小隊長が居た。彼女も無傷ではなく、左腕は布で首から吊っている。


「君は強い。だが、一人で何でもできるわけではない。」

 マリーノ小隊長が俺に向き直る。

「私は君の掩護で救われた。ありがとう。」

 マリーノ小隊長は絆創膏で痛々しいながらも破顔し、俺の右手をやさしく握った。

「エリーゼ様も、君に救われている。だから、そんな泣きそうな顔をするな。」

 こみ上げるモノをぐっとこらえつつ、俺はマリーノ隊長の右手をぐっと握り返した。




「今やれることをやろう。」

 俺とレインは機動性を活かし、魔核の回収を行った。その間、全隊で負傷者、死者を収容する。



 魔核の回収を粗方終え、バジスの甲板に着地する。今はバジスは着陸し、収容待ちの状況だ。


「複数居るとは思いたくないけど、万が一にもアレとの連戦は避けたいわ。」

「しかし、エンジンが3基では……、」

 エリーゼと船長が何やら深刻に話し込んでいる。


「なにか問題があったのか?」

「あぁ、ルクト、それにレインも。戻ったのね……。」

 俺の声で振り返ったエリーゼの顔には、濃い疲労が見える。


「バジスにトラブルですか?」

「ええ、ちょっとね……、」

 レインの問いに、ますます表情が険しくなる。


 どうやらバジスのエンジンが1基脱落したことにより、高高度飛行ができなくなったらしい。


「高度は取れても精々20m程度ですな。」

「その高さは地上を行くよりも、あるいは危険かもね……。」

 やたらと目立つにも関わらず、中型モンスターなら届かないとも言い切れない高さか。


「最悪一番重い積荷を捨てて、軽くするしかないかしらね……。」

「エリーゼ様! そ、それは!!」


「どうせ、レミエルは私以外使えないもの。船を修理してから回収しにきたらいいしね。」

 レミエルを置いていくということか……。となると、せっかく拾い集めた魔核も捨てて行かないといけなくなりそうだな。


 俺は情報端末メディアから【デザインドラフト】画面を開き、図面データを流し見る。

 あー、あるわー。少々形状は違うが、バジスに搭載されている物と同程度の思念力ウィラクトエンジン。


 だが、【Material Point】が全く足りない。というか、思念力ウィラクトエンジン高すぎ。最初にパワードアーマー作った時の10倍くらいのポイントが必要だ。

 ふと、拾い集めた魔核の山が目に入る。例の奴から入手した直径2m超の魔核もそこに積まれている……。


「エリーゼ、実は……、」





 大量の黒い粘性液体が不気味に流動し、直径5m樽状の物体を構築していく。まるでタケノコの成長を早送りで見ているようだ。

 結局、今回の任務で入手した魔核は全てエンジンのための資材として投入されてしまった。

「あぁ、俺の取り分が……。」

「そこは別で補填するわよ。」

 冗談っぽくつぶやいた独り言を聞かれていたようで、エリーゼが真面目に答える。


「それにしても、あなた、本当に何者? こんな技術見たことも聞いたこともないわ。」

「それについては、俺も知りたいくらいだ。」

 俺の言葉に、何を言っているんだ?という表情が返ってくる。


「少々複雑な事情があるんだよ。」

「ふぅん……、まあ、いずれ話してくれると期待しておくわ。」

 エリーゼはあっさりと引いた。もっと追究してくるのかと思ったが。

 別に隠す程のことでも無いかもしれないが、自分でも状況が良くわかっていないから、どう説明したらいいのか……。


「いいのか? こんな良くわからない奴を自分の部隊に引き入れて。」

「それ今更言う? まあ、今はそれで助かってるし、それにコトを起こすつもりなら、もうやってるでしょ? 私は一緒に戦う味方を疑わないわ、味方の内はね。」

 豪胆というか大胆というか。大物だな……。あー、そういえば実際に大物だったな。


「ま、本音を言わせてもらうと、私のことをもっと信頼してくれたら嬉しいかな。」

 そういうエリーゼは、眩しい程の笑顔を湛えていた。思わずドキリとしてしまう。


「そ、そのうち……、なっ!?」

 いつの間にか反対側にレインが居た。なにやら不満げな視線を向けてきている。


「そ、そろそろ完成かな!? い、忙しいなぁ!!」





 新エンジンの構築と取り付けは1時間少々で完了。魔導船バジスは無事に空へと舞いあがった。

 船体そのものも損傷しているが、エンジンの調子だけで言えば"行き"よりも良いくらいだ。


 1基だけ少々スペックの異なるエンジンに変わってしまったが、操舵士は流石にプロだった。操作もすぐに慣れて現在はスムーズに航行中だ。


「ルクトのお陰でレミエルを置き去りにしないで済んだわ、ありがとう!」

 甲板にて流れていく景色を見つつ、エリーゼが言う。

 エリーゼは握手を求めてきた。今日は良く握手する日だな。


「この分の追加報酬はもらうからな。」

 なんだか妙に気恥ずかしくなった俺は、誤魔化すように憎まれ口を叩きながら握手に答える。

「ええ、もちろん──、」

「エリーゼ様!! 王都から緊急連絡が!」

 水兵の一人がエリーゼに急報を届ける。

「王都から……? わかった、すぐに行く。失礼するわね。」

 エリーゼは怪訝な表情で応じ、俺に一言告げて船尾楼の船室へと入っていった。





 数分後、俺とレインはエリーゼに呼ばれ、再び船尾楼船室への扉をくぐった。室内にはエリーゼとマリーノ小隊長が居た。


「王都から緊急の遠距離魔法通信が届きました。」

 エリーゼが神妙な面持ちで口を開く。

 遠距離魔法通信は、伝心ディチーテの応用魔法らしい。特定の機器を使うことでかなりの遠距離で連絡が取れるそうだ。無線機みたいだな。

 ただ、かなり魔力を使うらしく、バジスの持つエンジンくらい出力が無いと使えないそうだ。


「王国の東、帝国との緩衝地帯で未知のモンスターが目撃されたそうよ。」

「未知のモンスターですか?」

 マリーノ小隊長が疑問を返す。


「ええ、これまでにない大きさ、40m級の人型モンスターで、交戦したマグナ擁する3個小隊が全滅したそうよ。」

「そ、それはもしや……、」

「そう、私たちが遭遇した白い巨人と同じモノね。」

 エリーゼの表情は更に深刻さを増す。マリーノ小隊長は蒼白だ。


「それで、王都はなんと?」

 マリーノ小隊長が恐る恐るといった様子で問う。


「王国最強のマグナ、"レミエル"に出撃命令が出たわ。」

 室内は沈黙に覆われる。


「マリーノ、こんな状況で悪いけど、私に付いて来て。」

 エリーゼが沈黙を破る。眉尻を下げ、マリーノ小隊長に告げる。


「はっ! 了解しました!!」

 マリーノ小隊長は、先ほどまでの沈痛な表情とは変わり、気迫のあふれる顔で答える。

 彼女は覚悟を新たにしたのだろう……。


「ルクトとレインはここまでありがとう、お陰で助かったわ。二人とはここでお別れ。」

 エリーゼは続けて俺とレインに向き直り、別れの言葉を告げた。

「この先、生き残る保障は無いわ。二人まで付き合う必要はない。」

 いつか見たように、エリーゼは口の端をわずかに震わせている。


「コースケ……。」

 レインが悲痛な表情で俺を見る。ああ、わかってるよ。


「報酬は王都に連絡して準備を──、」 

「報酬は魔核ですぐにくれ。」

 俺はあえてエリーゼの言を遮るように述べる。


「いえ、王都で……、」

「クソったれな巨人を殺す装備を造らないといけないもんでな。」

 エリーゼは驚きの表情だ。うむ、この顔が見れただけでも得した気分だ。


「言っただろ? 俺たちは生き残る。心配しなくていい。」

 俺の言葉に同調するように、レインも力強く頷く。



「ふ、ふん、大した自信ね……、」

 


「ありがと……。」

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