第400話合同イベント「万葉集 笠女郎の恋」(5)

笠女郎の本格的な恋の時期の歌の紹介が続く。

六首目の詠唱は鈴村律。

「うつせみの 人目を繁み 石橋の 間近き君に 恋ひ渡るかも」

長谷川直美が現代語訳。

「世間の噂が煩わしいので、すぐ近くにいる貴方に逢うことが出来ずに、恋続けるだけなのです」

佐藤美紀が解説。

「家持との身分違いの恋への噂や中傷に笠女郎は脅え続けていました。もし逢瀬が発覚したのなら、必ず破談になってしまう。だからこんな石橋の踏石の間隔ぐらいの近い距離でも逢うことが出来ない、それでも恋心は続いていると訴えるのです」


七首目の詠唱は、春香。

「恋にもそ 人は死にする 水無瀬川 下ゆ我痩す 月に日に異に」

現代語訳は花井芳香。

「恋の苦しさによっても、人は死んでしまうものなのです。水無瀬川の見えない流れのように、貴方は気が付かないでしょうけれど、日ごとに、そして月ごとに私は痩せて来ているのです」

解説はシルビア。

「おそらく逢瀬が何もない家持との関係に悩み、食べ物も喉を通らなくなって、体調も崩して、痩せてしまったのでしょうか、こんな日々が続くと私は死んでしまいますと、死まで持ち出して家持に訪れを願います」


すでに咳一つ立てない聴衆に八首目の歌。

詠唱は、志田真由美。

「朝霧の おほに相見し 人ゆゑに 命死ぬべく 恋ひ渡るかも」

深沢知花が現代語訳。

「朝霧のように、ほのかにお逢いした貴方のために、私は死にそうなほどに苦しく恋しく思い続けているのです」

解説は長谷川直美.

[朝霧のように、おほに見たは、おそらく何が何だかわからないうちに共寝をしてしまったということ、これで家持が笠女郎が初めて知った男性なのではと思われるのです]

「大貴族の大伴家持でなかったら、こんな身分違いの恋に、死にたくなるほど苦しみ続けることもなかったのかもしれません」


その目を潤ませる聴衆が増えるなか、九首目となる。

詠唱は沢口京子。

「伊勢の海の 磯もとどろに 寄する波 恐き人に 恋渡るかも」

現代語訳は花井芳香。

「伊勢の海の磯に激しく音を立てて寄せる波、そのような身が震えるほどの恐ろしく近づきがたいお方に、私は恋を続けているのです」

解説はシルビア。

「この伊勢の海は、恐れ多きの表現となります。最初の歌の紫草では高貴でした」

「つまり身分差が違い過ぎて、恐ろしいほど近寄りがたい大伴家持様ですが、そんな貴方に恋し続けているのです」

「そんな家持に恋をしてしまった後悔、口惜しさ、僻み、手の届かない諦め」

「しかし、それでも恋心は止まりません」

「だから、何とか私を助けてくださいと願うのです」


笠女郎の本格的な恋の時期の最後、十首目になった。

詠唱はシルビア

「心ゆも 我は思はずき 山川も 隔たらなくに かく恋ひむとは」

現代語訳は佐藤美紀。

「こんなことになるとは、思いもかけませんでした」

「貴方の家との間に、山も川も隔たっていないのに、これほどに恋しく切ない思いをするなどとは」

鈴村律が解説。

「おそらく、失恋を強く予感した時の衝撃」

「遠く離れているわけでもないのに、貴方は訪れてもくれない」

「前の歌では、家が近いのを知らないから訪れてくれない」

「そして、その次の歌では、人の噂を気にして、訪れてくれない」

「今回は、近くにいても、家持様は訪れる気持そのものがないのですねと、嘆きの歌を贈る」

「こんなことになるなんて、思いもしませんでしたと、恨みの意味もこめます」

鈴村律は、ここで一呼吸。

「それでもまだ、笠女郎は家持への未練の紐は切りません」

「それほどまでに、笠女郎の家持への思いは深くて重いのです」


聴衆は、もはや身じろぎひとつしない。

ステージで語られる笠女郎の恋の世界に、しっかりと取り込まれている。

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