第372話乃木坂と言っても・・・

瞳は、教室の中、授業中だけが、一番落ち着いている。

それは、華音の隣をゲットしていられるから。

それ以外の時間は、実にオジャマ虫がブンブンと飛び回って、うるさくて仕方がない。

おまけに華音は、人当たりが柔らかく、基本的に誰にもやさしい八方美人。

ヤキモキすることも多いけれど、そんな華音に惚れてしまった以上は、どうにもならない。

華音の息遣いを感じられない日など、自分にあってはならないし、もしそうなったら泣いて暮らす、生きる力もないと思う。


母好子から言われた、「たまには瞳からデートに誘いなさい」も、実に力強い言葉だけど、「デートしない?」は口に出すのは実に重い。

「他の女に押されていてどうするの?妻の座を狙うんでしょ?」と厳しい言葉も言われたことがある。

しかし、その「妻の座」を狙うとしても、「華音君は何をしてもらうと、一番うれしいのかな」が難しい。

何しろ、喜んでもらわないと、妻の座は遠いと思う。

「他の女」も実力者ばかりで、自分より先に、華音に喜ばれることをしてしまうかもしれないのも、実に不安。


さて、休み時間になった。


なかなか具体策が浮かばない瞳に、華音から声をかけてきた。

「ねえ、瞳さん」


瞳は、心臓がバクバクとなる。

「うん・・・」

その顔も赤い。


華音

「少しお願いしたいことがあるんだけど」

瞳は、「二つ返事!華音君のお願いなら何でも」と思うけれど、必死に平静を保つ。

「え・・・何?」


華音

「土曜日の夜は予定がある?」

瞳は、「よし!デートのお誘いだ!」と、シメシメ状態。

声も明るく「ないよ、何かあるの?」


今度は華音の顔が赤い。

「乃木坂に行くんだけど、招待券が2枚で」


瞳は目が丸くなった。

「え?華音君がアイドル?」

「そのアイドルに私も?」

「うーん・・・面白いかなあ・・・」

しかし、やはり気にかかることがある。

「でも、華音君が、たとえアイドルと言っても、他の女を見るのは気に入らない」


華音は、瞳の表情が思わしくないことを感じ取ったようだ。

「無理なら、他の人を誘うか、自分だけで行きます」

「変なことを言って、ごめんなさい」

その表情も、どこか寂しそう。


瞳は困った。

「え・・・行かないなんて言ってないよ」

「華音君だって、アイドル見たいでしょ?」

「私もたまにはいいかなあ」

表情も一変、グイと華音に迫る。


すると華音が目を丸くした。

「え?瞳さん、アイドルって何?」

「乃木坂の新美術館だよ」

「今、ブダペストの美術の展覧会やってて」


瞳は、その時点で全身が真っ赤。

「あ・・・ごめん・・・超勘違い!」

「アイドルと思った!行きます!」


華音も謝った。

「口が短くてごめんなさい」


瞳は、安心した半面、また様々考える。

「華音君が、もう一人の他の人を誘うとなると・・・藤原美里さん?」

「藤原美里さんなら、断らないだろうし」

「もーー!華音君、口が短すぎ・・・」

「でも私も・・・乃木坂って聞くと、最初の連想がアイドルとは・・・」

「とても、母には言えないなあ」


ホッとするやら、誘われてうれしいやら、反省やら、瞳の心は、なかなか複雑である。

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