第359話華音VS都内選抜監督前田

「監督、御指導をお願いします」

華音から、柔らかな声。

尻込みをする都内選抜監督前田の脇を、学園空手部顧問の松井がつつく。

「言った通りだろ、とても相手に出来ないって」

「でも、それを無視して、喧嘩をしかけたんだ」

「責任を取れ」


都内選抜監督前田は、華音だけではない。

指導をしている都内選抜の空手選手たち、学園の空手部の選手たちの視線も気になる。

「わかった」と立ち上がるしかない。

しかし、華音の前に歩いていくだけでも、鳥肌が立つ。

とにかく足が重い、華音が怖くて仕方がない。

まともに立ち会って、全く勝てる気がしない。


都内選抜監督前田は、それでも、ようやく華音の前に立った。

そして、華音をしっかりと見た。

「うわ・・・でかく見える」

「中肉中背のはず・・・でも、今にでも、これほど離れていても、すぐに華音の突きが入りそうな・・・恐ろしい・・・」

「怖いのは、カウンターも同じか、とにかく動きが読めない、速すぎる」


「はじめ!」

そんな前田の不安にはお構いなく、試合が始まってしまった。


「グワッ!」

勝負は、またしても一瞬、試合開始直後だった。


都内選抜監督前田は、自分のみぞおちに、ピタリと充てられた華音の右拳を確認。

そのまま崩れ落ちた。

痛みはない、つまり怪我もない。

しかし、崩れ落ちたまま、身体が全く動かない。

呼吸が苦しいというよりは、出来ない。

身体の外部だけではない、内臓の動きも全て止まってしまったような、何とも言えない苦しい違和感。


学園空手部顧問の松井がうめいた。

「動き出しは、前田が速かった」

「しかし華音は、その数倍速く動いて、正拳突きを前田のみぞおちに」

「しかも、数センチ前で止めた」

「その風圧?それで前田は崩れ落ちた」

松井は全身に汗。

「華音が当てる気なら。前田は即死」

「やはり・・・人間凶器か」


高校生の空手選手も、恐ろしくて仕方がない。

特に、華音に罵詈雑言を浴びせていた選手たちは、茫然自失。

何しろ自分たちも完璧に倒され、かろうじて頼みの綱の監督は、実際に当てられてもいない、風圧だけで全身が硬直状態で崩れ落ちてしまった。


文科省の藤村が呆気に取られて、何も言えない様子を見て、吉村学園長。

「華音君、ありがとう、約束を守ってくれて」

「とにかく、華音君の身体は、一センチも接触はない」

「怪我もないよ」


華音は吉村学園長に少し頭を下げ、再び都内選抜監督前田と、選手たちに声をかけた。

「これで終わりにします?」

「当てないようにしましたけれど、お望みなら当てます」

そして、さわやかに笑っている。


空手部練習場に、柳生清と潮崎師匠が顔を見せた。

柳生清は笑っている。

「学園長室のモニターで見ていた」


潮崎師匠は渋い顔。

「おい、華音、手加減し過ぎや」

「でもなあ、相手が弱すぎやな、しゃあない」

「実につまらん」

「空手選手やら監督やら知らんけどな、小手先の試合判定用ポイント空手をしているから、ますます弱くなる」

「実戦で使えない空手を練習して、何の意味があるのか」

「坊ちゃん、嬢ちゃん空手や、戦場に出れば、さっそく殺されるよ、そんなの」

「攻撃力も護身力も何もない」

潮崎師匠の言葉は、辛辣を極めている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る