第276話華音は涙を流して地蔵菩薩を洗う。
尚、柳生事務所独特の「根回し」が浸透し、マスコミでの華音の活躍は全く報じられていない。
華音もそれには安心するけれど、お姉さまたちのピッタリ寄り添いは悩みの種。
何しろ「華音は病み上がりで、心配でならない」を言い張り、「素肌で温めるのが当然」と、寝ていても華音が腕を伸ばすこともできない状態。
「腕を伸ばせば、あちこちにあたる」
「それで、この人たちは大騒ぎをする」
「だからうるさい、面倒」
「それでいて、あちこち、触りたい放題?マジに人権無視」
華音はそう思うけれど、多勢に無勢、おまけに夕食に「精をつける」という大義名分にて、鰻尽くし料理を食べたため、満腹状態。
お姉さまたちの素肌も温かいので、あっと言う間に爆睡、お姉さまたちを呆れさせている。
ただ、お姉さまたちも、華音への心配疲れもあったようで、実に何もなく熟睡となってしまった。
朝になった。
華音は、可愛らしい小鳥の声で目を覚ます。
お姉さまたちは、完全熟睡状態。
全員が全裸になっているけれど、華音は見ることもない。
「特にいさかいがなければ、問題はない」程度で、すんなり着替えて寝室を出て、そのまま洋館も出て、庭を散歩する。
「さて、お地蔵さんに会いに行く」
華音はバケツに水をたっぷり、ブラシと雑巾を手に、お地蔵様の石像の前に立つ。
「お地蔵様、おはようございます」
華音が合掌して、頭を下げ、まず、バケツの水をかけ、お地蔵様を洗い出す。
「昨日は大変でしたけれど、何とか帰ってこられました」
「薬師如来様と阿弥陀如来様、吉祥天様の御力に加えて」
「珍しいデーメーテール女神様の御力を感じました」
「本当に有難いことで」
そこまでつぶやいて、また水をかけて、ブラシで汚れを落とす。
華音の言葉は続く。
「あの梶村雄大って人のお屋敷で、哀れにお亡くなりになられた方々」
「その哀しい念が、まだ辛いのです」
「痛み、恐れ、絶望の中でお亡くなりになられ、そのまま打ち捨てられるなど」
華音の目から涙があふれている。
しばらく涙を流しながら地蔵菩薩を洗っていた華音の心に、突然、故郷奈良、奈良町の元興寺の庭の地蔵菩薩とそれを数多く囲む石塔・石仏が浮かんだ。
「いいお寺、好きなお寺だったなあ」
「お地蔵様が真ん中にいて、たくさんの仏様」
「元興寺さんは、飛鳥由来の日本最古の伝統」
「いろんなこともあったんだろうなあ・・・」
「楽しいことも、哀しいことも」
華音は、地蔵菩薩の顔を拭く。
「捜査のことは、警察とか、専門の人に任せるしかないと思うんです」
「僕はまだ15歳の高校生で、そんなことは難しい」
「でも、すごく辛い、何も出来ないのが」
華音は、また涙があふれる。
そして、あふれて止まらなくなる。
「華音君」
華音は驚いた。
やさしいお声が聞こえた。
目の前の地蔵菩薩の口が動いたような気がした。
驚いている華音に、再び同じ声が聞こえた。
「まずは、その思いで、手を合わせ、ご冥福を祈りなさい」
華音は、背筋を伸ばして合掌、冥福を祈る。
再び声が聞こえた。
「後は、私にお任せを、それが私の本願」
華音は号泣、その涙が落ちた地蔵菩薩を磨き続けている。
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