第268話「妻」の瞳が動く。生死の境の華音。

雨宮瞳は、同じ時間、自分の胸にかなりな熱さと痛みを感じた。

あまりにも熱く痛いので、風呂場の鏡で、確認。

そして驚いた。

「呪印が真っ赤になっている・・・怖いくらい・・・」

不安が強い。

「もしかして華音君に何か?」

この胸の呪印の変化で思い当たることは、華音しかない。

スマホで、華音にコールする。

しかし、何の返事もない。

聞こえて来るのは、やけに音が大きいヘリコプターの音。


リビングに戻ると、母好子の顔が蒼い。

「今、立花さんから電話、華音君が鎌倉で意識不明って、血圧もかなり低下、上が70もないらしい」


震えあがる瞳を、母好子が叱責。

「さっさと行きなさい!」

「妻の貴方が行かなくてどうするの!」

「もうヘリが家の上に!」


瞳は「ハッと」気がついた。

「あのヘリの音?」


すると、母好子は、また叱責。

「グズグズしない!玄関から出て!」

「さっさと乗って!」


瞳が玄関を出ると、本当に目の前に長いロープが上空のヘリから降りている。

瞳がそのままロープを握ると、母好子がベルトで瞳をロープに結わいつける。

途端にロープはスルスルと瞳をヘリに上げていく。


ようやくヘリの中に入った瞳を確認して、瞳の母好子は、ため息。

「華音ちゃんも無防備過ぎるけれど、うちの瞳も・・・」

「もーー!ヤキモキする!」

瞳の母好子も鎌倉に向かうらしい、そのまま車を発進させている。



華音は、自分の「死」を意識した時点で、もはや目の前の大宮殿に進むしかないと考えた。

「心残りはあるけれど、戻れなければ仕方がない」

「心残り・・・多すぎるほどあるなあ」

「でも、これが御仏の御意志なら」


華音は、次第に心を落ち着きを取り戻す。

「そうなると、次の世界は・・・あの大宮殿の大扉の向う?」

「その大扉の向うが、本当の浄土なのかな」


華音は、ゆっくりと歩き、大宮殿の前にたどり着く。

そして大宮殿にのぼる階段を見て、思った。

「遠くから見ると少しの階段と思ったけれど、実に段差もきついし、段数もあるなあ」

「本当に死んだ人は、この階段をのぼるの?」

「奈良の山の訓練よりきついよ、この階段」


それでも華音は素直。

必死に足をあげて階段を上りだす。

「うーん・・・階段ごとに高さがきつくなる感じ」

「これは、大変」

そして変なことに気がつく。

「あれ?どうして何段も上ったのに、まだ一段目?」

変なことは、まだ続く。

「足がすべる、つるつるする、階段に足をかけても、ひっくり返る」

「どうなっているの?この階段・・・」

「マジで焦る、こんな階段、修行でものぼったことがない」

「杖がいるのかな、でも杖があっても、滑る、こんな階段だと」


困難な階段のぼりで途方にくれた華音は、再び気持ちを落ち着けようと考えた。


「まずは、座って状況と対策を考えよう」

「冷静に、正確に状況を読み、出来る対策、安全な対策を考え、実行する」

「薬師寺の坊さんが、それが観音力の根本とも言っていたな」

「それから希望を捨てない人を救うのが、お地蔵様の救いとも」


華音は、それで少し落ち着いた。

そして、もはやあきらめていたことを、ふと、思い出した。


「もう一度、奈良の薬師寺の薬師如来を見たいなあ、東京のお屋敷の地蔵さんも洗ってあげたい」


すると、不思議な音楽が、華音の頭上で鳴り響きだしている。

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