第68話 ~アタシのほんとうの、お母さん~
―――
「……なんだか、ふしぎなぬくもりね」
ロココの周りに広がるのは、光もなにもない、暗闇だった。
ただただずっと、どこまでも続く暗闇。
それでも、怖くはなかった。体を包む何かが、ロココの心を安心させていた。
「ずっと昔に……感じた気がする」
そのぬくもりは、ロココの母親に包まれた時の、記憶にあるものだった。
お母さんのことは、ロココ覚えていない。でも体は、忘れずにいてくれた。
―――
アタシは物心ついた時から、母親がいなかった。
「両親は、お前を置いていったんだよ」
そう教えてくれたのは、隣に住んでたっていうじっちゃんだった。
実は別の理由で会えなくなってて、それを隠すためにウソをついていたかもしれない。あのじっちゃん、冗談を言うのが好きだし。
ともかくアタシの所にもうお母さんが戻ってくることはないって、察してたわ。
そしてアタシは、孤児院に預けられた。
中々なじめなかった私を、マリエットさんは色々と優しくしてくれた。ちょっと過保護気味だけど、それだけアタシたちのことを思ってくれてるって、証拠よね。
でもアタシがいつも見ていたのは、外の世界。
門限を破ってでも他の街のものが売ってる通りをぶらぶらしたり、トリキリデを登ったりした。全ては、外に出るための特訓だって、自分に言い聞かせてね。
でもマリエットさんへの、反抗期みたいなのもあったかもね。
マリエットさんがいなくったって、一人でも生きていけるようにって、色んなことをした。じっちゃんのお店も手伝ったりして、お金を稼いだりね。
そして自分の手でチューバを買って、孤児院を出てった。
旅をしてて、色んなことがあった。楽しいこともあったけど、辛いこともたくさんあった。
それでも、マリエットさんのとこに戻る気はなかった。
生きてくために、チューバの腕もなんとか磨いて。年齢をごまかして、フライズさんの旅楽団の『ヒナコリ』にも入れた。
でもね、マリエットさんに言いたいことは、忘れたことはゼッタイに、なかった。
―――
おばけが与える、母親のぬくもり。まるでやわらかな羽毛に包まれたような心地だ。
「なんて、心地いいんだろう……」
旅をしていても、絶対に満たされないものがあった。それがきっと、これだったんだ。
旅なんて、忘れちゃいなさい。ふと、そんな風に語りかける声が聞こえた気がした。
「それも、いいかもね」
ロココはどんどん、暗闇の底に、夢の底に、身をゆだねて沈んでいった。
ふいに、ずんと、背中に重みを感じた。
「この、重み……」
しっぽでいつも、背負い続けているもの。旅のなかで、ずっと一緒にやってきた、自分だけの相棒。その重みが、夢うつつの中でも感じられた。
自分にはあまりにも不格好で、笑われたりもした。
でもアタシの、憧れの楽器。だから、ここまで来れた。
「忘れてないわよ、アタシは……」
そしていつか、もっともっと上手くなって、伝えたいことがあったんだ。言葉じゃ恥ずかしくって、言えないようなことをね。
アタシの、ほんとうの“お母さん”に。
―――
ポメの目の前に、白くて大きな手が差し伸べられている。鼻の先に、お母さんの匂いがした。
「ポメ、こっちへいらっしゃい」
まるでほんとうの、お母さんの声だ。ポメはぶんぶんと頭を振る。
「ち、違う。これは、あのおばけが見せてる幻覚だ!」
お母さんの声は、やまない。耳を塞いでも、そのぬくもりに満ちた声は、ポメの頭に直接響くようだった。
「だめだ、僕が……おばけが見える僕が、なんとかしないと!」
何も聞いちゃいけない。何も見ちゃいけない。そうだと分かっていても、瞼を突き抜けるような光に、ポメは思わず目を開いてしまった。
「さぁポメ。こっちに来なさい」
お母さんの姿は、まるで光のようだった。
ニセモノだ。そう決まっている。そう思っても、わずかにある。
『もし、本物だったら……』そう思う心が。
その姿を見てしまったら、その心がどんどん広がっていく。どんどん、疑う心を飲み込んでいく。
「ほんとうの、お母さん……なんだよ、ね……?」
ニセモノか、本物か。どうだっていい。ポメは、そのぬくもりを感じたかった。
もっとそばで。抱きしめてほしかった。その誘惑に、抗えなかった。
「僕、やっと……」
手を伸ばす。ゆっくりと近づく。突然、大きな音が耳を貫いた。
目の前の景色が、霧が晴れるように消えていった。
―――
轟くような音色が、墓地にこだまする。
「ナ、なにヨこの音おォぉ!!」
チューバの音が、ポメたちを現実に引き戻した。
我が子のようにカラットやロココを抱いていたおばけの手も、今は耳をふさいでいた。
「う、うぅ……アタシは吹くわ。吹き続けるわよぉ」
ロココはまだ、夢の中にいるようだった。それでも、チューバは離さない。おぼつかない指先でバルブを押さえて、吹き続ける。
本来は静寂に包まれた墓地は、大地を揺さぶるような音色に包まれていた。
「アタシの、お母さんに、聴かせるって……ずっと、それを夢見てたんだからぁ!」
「い、イイわモう……お母サんはもウ、満足ヨ」
ロココは首を横にふる。
「違う、これを聴かせたい、お母さんは……アナタじゃないの!」
音色に少し、ブレが起き始めていた。ポメにしか見えない、ロココとおばけの戦い。
「大丈夫かな、ロココさん……」
「とはいえヨ、あいつも半分寝てるようなもんだかラ、長期戦はヤバいんじゃないカ?」
ポメたちは、見守ることしかできなかった。
ドン、ドン。
墓地の入口から、音がする。閉じられていた扉が、壊れ出していった。
「な、なんだなんだ!」
ドカァン! 衝撃と共に扉は破裂するように壊れた。外の明かりが漏れる。最初に入ってきたのは、とっても大きな影だった。
「カラットくん!」
その声を聞いて、ポメはすぐに分かった。マリエットだった。
マリエットは真っ先にロココたちを捕らえていた木に走り出す。
「助けてあげるからね!」
トゲトゲの葉に囲まれたロココとカラット。葉が手を傷つけても、二人の体をつかんだ。
ちいさな二人の体は、マリエットの両腕に抱えられた。
「う、うぅ……マリエットさん?」
ロココはゆっくりと、顔を上げる。
しっぽはしっかりと、チューバを抱えていた。
「アタシの演奏……届いた、かしら……?」
二人はマリエットのぬくもりに包まれ、また眠りについた。
「あ、アァ……」
マリエットに抱えられながら、墓地を出ていくロココとカラットを、おばけは見つめていた。やがて神官たちもなだれ込んできて、他の眠っていた人たちを運んでいった。
おばけは、ただただ茫然と、それを見ているだけだった。
「わタシは、たダ……あの子たちヲ愛しタかった、だけナのニ……」
ぶつぶつ、呟きながらおばけは小さくなっていった。フォルが手を出すこともなく、おばけは消えていった。
「ポメ、その根っこのとコ、見てみロ」
フォルが指さす。ポメはしゃがみこんだ。
「これって……」
おばけの涙のような宝石と同じ色をしたペンダントがあった。根っこで持ち上げられて、地面から出てきたみたいだ。
「あのおばけの、憑りついてた宝石かな」
「だろうナ」
顔を上げて、木に目をやった。悲しそうにしおれているようにも見えるし、ありがとうと、お辞儀をしているようにも見えた。
「あのおばけから解放させて、よかったんだよね?」
「なぁに疑問に持ってんだヨ。当然だロ」
「…………」
ポメはうつむいた。確かにその通りだ。その通りだと、思うんだけど。
『でもあのおばけ、悪いことをしようと思って、しているようには見えなかったな』
おばけ音楽団ポメ モチヅキ イチ @mochiduki_1
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