第62話 ~みんなのために、アタシのために~

 ―――


 夜中のトリキリデは、どの町よりもいっそう暗い。大樹が夜空を遮ってしまうからだ。

 その分、町の明かりはいつもよりも輝いて見える。

 その明かりに包まれて、飲食通りは夜中も賑やかであった。

「いやぁ~しっかし、嬢ちゃんがまた戻ってくるなんてなぁ!」

 そのとある一軒、酒場の手前にあるテーブルで、二人が酒を飲み交わしている。体の大きな灰色のトリのおじさん、その向かいにいるのは、ロココだった。

「嬢ちゃんってやめてよ。アタシはもうれっきとしたオトナよ?」

 ジョッキを掲げて、ロココは言った。いつもは子どもっぽく見えるその姿も、今では抑え込んでいた大人のオーラがぶんぶんに沸き立たせている。

「俺から言わせりゃあ、まだまだ嬢ちゃんよ」

 男はニカっと微笑んで、酒をくいっと一口飲んだ。

「まぁでも、顔つきは変わったな」

「ふぅん、どう変わったって?」

 じっと睨むような目つきで、ロココは言った。男はぐいっと、顔を近づける。

「ガキん頃はイガグリみたいにトゲトゲしてたけどよ、今は丸くなったよ」

「んー、そうかしらね?」

「ま、丸い言っても、トゲが生えてるのは変わらんな」

 ガハハ。男の高笑いが響いて、ジョッキをぐいっと持ち上げた。

「そいで、どうなんだい」

「なぁにがよ」

 二人は顔を近づけて、見つめ合う……というよりは、睨み合っていた。男はロココの目をじっと見て、にへっと笑みをこぼした。

「旅だよ、旅。アタシの道はこれしかないってここを出たんだろ? 旅をする生き方に、後悔はないのかってさ」

「ふん、そんなの言わなくても、分かるでしょ」

 そうかいそうかい。ぶつぶつと言いながら、男はちらっと大樹を見上げた。

「お嬢ちゃんのことだ。本当は辛くっても、あとに引けなくなって続けてると思ったぜ」

「そんなわけないでしょ! 毎日が刺激的で、ここにいるよりだ~んぜん楽しいわよ!」

 ガンとジョッキを置く。小さく息をつくと、ロココはちらりと後ろを見た。

「でも、後悔がないといえば……ウソになるかな」

その方角には、ポメたちがいる孤児院がある。ここからは見えないけど、大樹の位置から、方角はバッチシだった。

「あの後、マリエットがどうしてたか、教えてやろうか?」

「…………」

 少ししてから、ロココは首を横に振った。

「いつか、私が聞くわよ。聞かないと、私が……」

 ふうと、男はため息をついた。くいとコップを持ち上げる。その手が、ピタリと止まった。

 視線は、ロココから、少し外れている。ロココは振り返った。

「アンタは、確か……」

 そこには、マニがいた。宝石のように輝く青い目が、ロココを見つめている。

「こんばんは、ロココさん。マリエットさんから、詳しく聞いてるわ」

「詳しくねぇ……」

 苦い笑みをこぼしながら、ふいっと目をそらした。

「それより夜中に出てきて大丈夫? おばさんのことだから、きっと大騒ぎするわよ」

「ふふ……」

 マニは小さく微笑むだけだった。

「ちょっとロココさんに、相談したいことがあってね」

「ふぅん、おばさんのこと?」

 マニは頷いた。ロココは大きく、ため息をつく。

「おおよそ、想像がつくわね。あのヒトのことだから、ポメくんたちを、孤児院から出そうとしないんでしょ」

 マニはロココの隣に座る。長いしっぽは静かに、ロココの背中に回っていた。

「昔、色々とあったそうね。ロココさんなら、きっと説得ができると思ったんだけど」

「……それより、なんでアンタが、ポメくんたちの心配をするわけ?」

「同じ、探しものをしている身として、かしらね」

 ロココはちらりと顔を見る。マニはふうと小さく息をついて、ほおづえをついた。

「ポメくんはいいヒトそうだし、私みたいにマリエットさんの目を盗んで抜け出すなんてこと、できないと思うわ」

「ま、それはね……」

 ロココはおじさんの方をちらりと見た。くぴくぴと、一人でお酒を飲んでいる。二人のことを、気にしないようにしているかのようだ。

「でも……アタシには無理よ、説得なんて」

「…………」

 マニは黙ったまま、ロココを見つめていた。

「話を聞いてるなら、分かるでしょ。アタシがそんなこと、できる立場だと思う?」

「……どうかしらね」

 そう言って、マニはゆっくりと立ち上がった。

「それじゃあ私は、失礼するわ」

 そう言って、マニは去っていった。

ロココはふうと息をついた。とんとんと、指でテーブルを叩いている。

 どこを見ようともしない目の奥で、色々な考えがずっと渦巻いていた。

「どうしたんだい。ロココちゃんは、そのお友達を助けたいのかい?」

「助けてあげたいわよ、そりゃ。でも……」

 マリエットに、かける言葉が思いつかなかった。何を言ったって、どれも自分に跳ね返ってきそうで。

 昔、マリエットと最後にいた時の思い出が、映像として、目の奥にちらついているのだった。

「ねぇ、おじさんはどうした方がいいと思う?」

「……そういうのは、ロココちゃん自身が決めなきゃな」

 おじさんは腕を組んだ。

「『自分の道を、他人に委ねたりしない!』。ここを出るときにそう言ったのは、ロココちゃんだろ?」

「よく覚えてるわね、そんな歯がゆいセリフ」

 ロココは少しだけ、悩んだ。悩んでから、立ち上がった。

「この時間だと……まだいつも、あそこに行ってるわよね」

「あぁ、毎晩欠かさずな」

「そう……」

 ロココは水の入ったコップを乱暴に掴んで、ぐいぐいと一気に飲み干した。キンとする冷たさが、はっきりと目を覚まさせてくれる。

「説得はできなくったって……ケジメは、つけなきゃ」

 そう言って、ロココは大樹の方へ走り出した。

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