第58話 ~あの子とアタシは似たものどうし~

 ―――


 大樹を降りた頃には、ずんずんと日が沈んで、夕ご飯時が迫っていた。

「この時間からが、楽しいんだよなぁ!」

 早く帰らないと。ポメはそう思っているのに、カラットの走っていく先は、孤児院とはまるで違う方向だった。

「ちょっと、早く帰らないとご飯に間に合わないよ」

「いいのいいの、ちょっとくらい遅れたって、おばさんは待ってくれるんだもん」

「もう……」

 放っておくわけにも、いかない。ポメもカラットのあとをついていった。

「早く帰らないとさぁ……おばけが出るかもしれないよ?」

 ピタリ。ポメがそう言うと、カラットの足が止まった。

 なんだろう。ポメが首をかしげると、手をがたがたとさせて、カラットはゆっくりと振り返った。

「お、おばけなんか……こ、怖くねぇよ!」

 震えた大声が、響き渡る。カラットは踵を返して、土を蹴り上げるように走っていった。

「なるほどナ……あいつの弱点、やっと分かったナ」

「なんか、怖いもの知らずって感じだったけど……」

 ポメはふぅと息をついて、ゆっくりと歩き出した。

「やっぱり子どもっぽいとこはあるね」

「お前も十分、オレ様から見たらガキだけどな」


 ―――


 この辺りの地区の店は、ほかの地区と比べて少し変わっている。

「あれ、これって……」

 ポメが見つけたお店には、見慣れた名前が書かれていた。ドゥブール……果物が実る町で、ロココと初めて出会った場所だ。

 そこで作られていたお酒が、ここでは売られているお店であった。

 どうやらここは、ほかの町で作られたものが売られている地区のようであった。

 カラットはその中でも、洋服屋に釘付けだった。

「スゲー、リフテイルでの新作ってこんなんなんだ……」

 ひょうたんの建物の側面を切り抜いて、張られた窓ガラスの向こうには、奇抜なデザインの洋服が飾られている。トリキリデはおろか、アルメリシアでも見ないようなデザインだ。

 その隣は、楽器屋である。ポメも窓から中を覗き込む……すると、あらぬ方向から、大きな声が聞こえてきた。

「ちょっとアンタ、なんでこんなとこにいるのよ!」

 振り返ると、ロココがいた。

「ロココさん!?」

 ずいずいと、ロココが詰め寄ってくる。そのちいさな体からは、まるでクマのような気迫が湧き上がるようだった。

「ジェコから聞いてるわよ~。アンタ、変なやつにつけられてるんでしょ。さっさと帰りなさいよ! それに……」

 じろりと、カラットに目を向ける。

「アンタもね~、こんな時に外へ出ちゃ危ないわよ! マリエットさんも心配してるでしょ」

「な、なんだよ……」

 カラットはたじろぐ。

 でもロココは、自分よりも子どものように見える。後ろには下がらず、むっと口を尖らせた。

「また今日もヤンチャしたんじゃないの? ポメくんにも迷惑かけたりしてないわよね? まったく、少しくらいおとなしく……」

「なんだい、なんだい。ガキのくせに好き放題言いやがって……この、チビっ子!」

 ピタリと、ロココの説教が止まった。まるで石像のように固まっている。

 これが何を意味するのか……ポメは察していた。背筋には、石よりも冷たいものがじっとりと張り付くようだ。

「……ア・ン・タ・ねぇ~~」

 ギ、ギ、ギ。油の切れたゼンマイのようにぎこちなく振り返るその顔は、今まで見たことないほどの怒りに満ち溢れていた。

「子どもだから優しくしてりゃあ、調子に乗ってんじゃないわよぉ!!」

 バァッ! ムササビのように飛びかかるその体は、カラットにぶつかる寸でのところで止まった。

「あぁもう、ポメくんたち、早く帰って!」

 ロココを止めたのは、ジェコだった。ポメは大慌てで、カラットの体をつかむ。

「ほ、ほら早く帰ろうよ!」

「うるせぇ! こいつに一言いってやらねぇと気が済まねぇよ!」

 さすがにロココの気迫には押されているけど、カラットはそれでもロココのことを睨みつけていた。一歩も引こうとしない。

「ロココさんって……あんな大きなジェコさんが、頭が上がらないくらい強いんだよ?」

 そっと、耳元でささやく。するとカラットの抵抗が、少しだけ弱まった。

 ポメが引っ張ると、カラットはずるずると引きずられていく。まるで、仕方ないから引っ張られてやると言わんばかりであった。


「まったく……子ども相手にムキになるなよ」

 ポメたちが見えなくなると、ジェコは手を離した。

「うるっさいわねぇ! あの子が生意気なのよ!」

 ロココは服をパンパンとはたいて整えている。その目はまだ、怒りでギラギラと燃えていた。

「アンタだってムカつかないわけ? 昨日は背中に落ちてきて、ごめんの一言もないのよ!」

「う~ん」

 ジェコは腕を組んで、首をかしげる。

「まぁ、悪気はなかったし。元気なのは、いいことじゃないか」

 ジェコはニカっと笑った。

「……アンタのそういうとこ、ちょっと羨ましいわ」

 ロココはちらっと、横に目をやった。さっきまでポメが見ていた楽器屋だ。そこには、チューバが飾られている。

 ピカピカに磨かれたチューバ。自分が使い込んだものとは違う、新品の輝きに満ち溢れていた。

「どうしたんだい?」

 ジェコの言葉には答えず、ロココは首を横に振った。

「……そろそろ解散しましょ。アンタも早く帰って、夕ご飯の支度しなさいよ」

「ロココはどうするんだい?」

「アタシは……」

 顔を上げて、そしてまたうつむいた。

「知り合いんとこに泊まるわよ。心配しないで」

「今日もか? まぁ、大丈夫ならいいけどさ……」

 帰り際に、ジェコは振り返った。

「マリエットさんと何かあるんなら、一度話し合った方がいいんじゃいか?」

「…………」

 ロココの顔が、またちょっと不機嫌になったのに、ジェコは感づいた。何か言われる前にと、ジェコはささっと早足で帰っていった。

 ロココは、その隣の洋服屋に目をやった。さっきまでカラットが見ていたものだ。

「なんかアイツ、アタシに似てるわね……」

 トリキリデでは見ないようなデザインの服。ロココはため息をついて、宿屋のある地区へと歩いていった。

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