第54話 ~大樹の中は、神聖なところ~

 ―――


「はじめまして、僕はポメです!」


 マリエットさんの提案で、ポメたちは子どもたちにも自己紹介した。

 ジェコよりも年下なポメとデデだけど、最初はジェコみたいにみんな近寄ってこなかった。でもポメがトランペットを出すと、みんなわあわあと騒ぎ始めた。


「ポメってそれ吹けるのぉ!?」

「う、うん……自慢できるほどじゃないけど」

「へん、俺だって楽器は持ってるんだぜ」


 そう言ってデデはトロンボーンを出した。自慢げな笑みを浮かべて。子どもたちはもう、お祭り騒ぎだ。


「ねぇねぇ、二人ってどこから来たの~?」

「えっとね、アルメリシアってとこなんだけど……」

「どんなとこなの!?」

「そうだな、楽器とか作ってるとこが沢山あって……」

「そこって食べ物とか、おいしい?」

「お、おいちょっと待てって」


 一つの質問を答えると、二つの質問が返ってくる。二つの質問を答えれば、今度は四つ……まさに、質問の嵐。ポメとデデは、頭がくるくると回りそうだった。


「ほ~ら、二人とも困ってるわよ。休ませてあげなさい」

「は~い」


 マリエットに言われると、子どもたちは離れていった。ポメはなんだか、体も頭もどっと疲れが襲ってくるのを感じた。


「ごめんなさいね。あの子たちにとって、遠くの町って本でしか見たことがないから。貴方たちがとっても珍しいのよ」

「ま、色々聞きたくなる気持ちは分かるよ」

「僕だってトリキリデは、すごく興味があるし」


 ポメたちがにこっと笑顔を見せる。マリエットは、ほっと胸をなで下ろした。


「でも貴方たちも、アルメリシアからそんな遠いところまで、よく来たわねぇ」

「ちょっと、色々と理由があって……」

「なんていうか、探しもの的なやつ?」


 マリエットは耳をぴくんとさせると、ちらっとマニの方に目をやった。


「あの子と同じなのねぇ……」


 ポメとデデははっと口を開いて、お互いに目を合わせた。


「そういえば、マニも探しものをしてるんだっけ……」

「でもお前の場合は、探してるのは"ヒト"だけどな」


 小さな声で、ポメたちは話していた。マリエットさんには聞こえないように。


『探してるのはお母さんだって、正直に言ってもいいと思うけど……きっとマリエットさん、そんなの聞いたら、すごく心配しちゃいそう』


 明るい目で見つめて、大きな手でぎゅうっと抱き締めてくれた、マリエットさん。

 今日会ったばかりでも、ポメはなんだかそんなマリエットを、心配かけさせたくないという気持ちが湧いていたのだった。


「ポメちゃんに、デデちゃん」


 マリエットは二人に顔を近づけた。


「貴方たちもしばらくは、ここにいなさい。最近は子どもをさらってく事件も増えてるらしいから」


 ポメとデデは、耳をぴくんとさせた。聞き覚えのある事件だ。この辺りにも、"アレ"がいるんだと、ポメたちは思った。


「ここも、そういう事件があるんですね……」

「貴方も今さっきさらわれそうになったんでしょう? ほんと、危ないわよねぇ」


 "アレ"とアーネスさんは、ちょっと違うけどね。心の中で、ポメはそう呟いた。


「そういえば……孤児の子たちって、こんなに多いんですね」

「んー、ここは一時的に預かったりもするからかしらね。ここで暮らすヒトたち……特にトリ族は、何日も家に帰らないことも多いから」


 ここは新聞の本社も集まっている町。新聞社で働くヒトたちのことを考えると『なるほど』とポメは頷いた。


「それに……徴兵命令で、親が連れてかれた子もいるのよね……」


 それを話しているときのマリエットは、とても悲しそうだった。


 ―――


「ねぇ、ジェコさん」

 

 ポメはジェコに駆け寄った。ようやっと子どもたちから解放されたジェコは、ふうと息をついているところだった。


「ロココさんって、どこにいるの?」

 

 この孤児院には、ロココがいない。不思議に思ったポメは、一緒に分かれたジェコから聞こうと思ったのだった。


「あー、あいつなら一人でトリキリデの大樹の方へ行くって言ってたぞ」

「そっか。じゃあ、迎えに行った方がいいかな……」


 外を見ると、もう夕暮れ時。マリエットさんも、夕ご飯の支度をし始めている。

 せっかくなら、ロココさんも僕たちと一緒に夕ご飯を食べた方がいいもんね。


「もしかして……外へ出るの?」


 コツ、コツと、足音が聞こえてくる。振り返ると、マニがいた。


「あの男に見つかったら、危ないわよ」

「う、うん……でも、ロココさんも、大事な旅の仲間だし」

「……そう」


 マニは小さく息をついた。


「それじゃ、私も一緒に行くわよ。地理に詳しいヒトがいないと、面倒でしょ?」

「いいの? それすっごい助かるよ!」


 とすとす。するとまた、駆け足の音が聞こえてくる。慌てたように、デデがやってきた。


「お、お前ら二人じゃ心配だろ? 俺も一緒に……」


 上ずった声で、そう言い出した。言い始めた、そのところで、デデの体は後ろにぐいっと下がっていった。いつの間にか巻き付いていたジェコのしっぽが、デデを引っ張ったのだ。


「三人も行く必要ないだろ~? 料理対決のメンバー同士、一緒に夕ご飯の支度、手伝おうぜ」

「ちょ、おい! 勝手に決めんな!」


 デデはギリリと歯をむき出しにして、ジェコを睨みつけていた。マニはくすりと小さく笑った。


「ふふ……大丈夫そうね」

「じゃ、二人で行こうか」


 ―――


 大樹へ近づけば近づくほど、道として使っている根も太くなっていく。真っ直ぐな道だったり、なだらかな曲がり道ばかりになっているけど、上へ下へと坂がより大きくなっている気がした。


「ロココさん、大樹の方に行ったって言うけどさ……あの辺りって、なんか建物でもあるの?」

「あの辺り、じゃないわよ」

 

 マニは小さく笑った。


「あの大樹そのものが、建物になってるのよ」


 ポメたちは、大樹の前までやってきた。大樹にできた大きな裂け目からは、人が出たり入ったりしている。


「この中って入れるんだ!」

「神聖な場所だけどね、誰でも入っていいんだって」


 入口の上部にかけられた大きな布は、風を受けてなびいている。その下をくぐるように、中へと入っていった。

 見上げてみると、大きかったり小さかったりする裂け目から、光が漏れている。それが薄い紙で貼られていて、一つ一つの漏れる光の色が違って見えた。


「ほら、あれを見て」


 マニは奥の方を指さす。そこは観客席に丸く囲まれた、大きな舞台があった。


「もしかしてここで、ルーチ・タクトが演奏するの?」

「えぇ、それによく見て。あの舞台の奥……」


 ポメはじっと目を凝らす。最初は、何かの模様だと思っていた。

 でもよく見るとそれは、一つの楽器のようだった。


「すっごい……あれ、楽器なの?」


 ポメはどうしても自分の見ているものに、疑ってしまう。それくらいに、その楽器はとても大きかった。


 下の方には、何重にも並んだピアノの鍵盤。そして下から上へとうねうねと、金属のパイプがまるで木の根のように伸びている。


「パイプオルガンっていうの。演奏すると、この樹全体が響くくらい、すごい音が出るらしいわ」

「この樹、全体が……」


 それは、樹の壁に直接埋め込められているように作られている。あの鍵盤から、上のパイプまで、全てが一つの楽器だと思っていた。

 でも、違うんだ。この樹全体が、楽器になっているんだ。


「すごいや。こんなの、初めて見るよ!」


 今まで見てきたどの町のコンサートも、目を奪われるほどに綺麗だった。まるでそれが、一つの芸術作品みたいに。

 でもこんな楽器の前で、演奏できるなんて……舞台を見ただけなのに、心に深く刻まれるほどの感動が、ポメに湧き上がった。


「あれ、あそこに誰かいる」


 ふと、観客席に誰かがいるのが見えた。小さな体に似合わず大きな、くるりとしたしっぽ。

 ポメはすぐに、ロココだと分かった。


「ロココさーん!」


 声をかけると、ロココはゆっくりと振り返った。


「あら、ポメくん。よくここが分かったわね」

「ジェコさんに教えてもらったんだ。ここにいるはずだって」

「ふぅん。じゃあもう行ったのね、孤児院に」


 ロココはよっこらせと、腰を持ち上げた。その目はなんだか、いつものロココとは違うようだと、ポメは思った。


「また、あのヒトの世話になるなんてねぇ……」

「ん、何か言った?」

「なんでもない、ただのひとり言!」


 ロココは目をぱっちりとさせて、孤児院の方へと飛び跳ねるように歩き出した。


『よかった……ちょっと元気がないように見えたけど、いつものロココさんだ』


「それよりアンタ、母さんについての情報、何かあったの?」

「い、いや。あんまり、いい情報じゃないかな」

「そっか……でも、ここに来たばっかりだしね。情報集めは、根気よくやってかないと。明日頑張りましょ!」

「うん、そうだよね」


 なんだか、ロココの励ましの言葉は、不思議ととっても元気になる気がした。

 ゴゥン、ゴゥン。大樹の中で、大きくて低い鐘の音が響き渡る。5時を告げる鐘のようだ。入ってきたばかりなのに、大樹の裂け目からちらりと見える外も、より暗くなった気がした。


「それじゃあロココさん、一緒に帰ろうよ。マリエットさんとジェコさんが、夕ご飯を作ってくれてるんだ」

「あー……ごめん、アタシはパス」


 パス? ポメがぽかんとしていると、ロココはくるりと回りながら、ポメを追い越すようにして大樹の出口の方へ向かっていった。


「アタシも、一人になりたい時があるの。気にしないで、二人で帰りなさい!」


 走っていくロココのしっぽは、なんだかちょっぴり小さく見えた。

 ロココと旅をしてから、まだそんなに経っていない。それでもロココがいないと思うと、なんだか寂しい。


「ロココって子、貴方よりも小さそうだけど……一体、いくつなのかしら?」


 ふと、マニがポメに近づいて、小さくささやく。


「ああ見えて、実は僕らよりずっと、年上だよ」

「……そう、なの?」


 ロココを見つめるマニの目は、いつもより大きい気がした。

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