第52話 ~助けてくれたのは、旅する少女マニ~

「アーネスさん、どうしたの……」

 ポメの背筋にぞっと、背筋に冷たいものが走った。

「いやぁ、俺様もきつく言い過ぎたと、思ってさ」

 ポメが後ろに一歩下がると、アーネスはずいっと、二歩前に出てきた。

「でもこんなとこまで来たのも、母さんを探すためなんだろ? 君の熱意に、心打たれたのさ」

「で、でも……」

 それにしたって、怪しい。さっきまで、あんなに牙を剥き出しにしていた顔とは、大違いなんだから。

「えっとさ……それじゃあ、僕だけじゃなくて、他の……一緒に来た友達も、呼んでこないと」

 とにかくここは、どうにか言って逃げよう。ポメはそう言って、振り返って走り出そうとした。

 がしっ。アーネスの大きな手が、ポメの腕を掴んだ。

「俺様とお前、二人で十分さ。時間がないんだ、さっさと行こうぜ?」

 時間がないって? そう言おうとしたけど、アーネスは腕を引っ張って急ぎ足で歩き始めた。

「や、やめてよ……どこへ連れてくのさ!」

 振り払おうとしても、ポメの力じゃあ大人の力には敵わなかった。

 アーネスは建物の合間を縫うように、進んでいく。丁度、人気の少ない道を進んでいるみたいだ。進む先は、どうやら町の外側だった。

『どうしよう、どうしよう。大声を出す? でもアーネスさんが怒ったら……』

 色んな考えが、頭をよぎっては通り過ぎていく。何をやっても、うまくいかないような気がした。

「おいおイ……慌てんなヨ」

 そんな時、フォルが目の前に現れた。アーネスには見えないはずのフォルは、こっそりと囁くように言った。

「こういう奴ハ、子どもを舐め切ってるんダ。普段お前がしなさそうなこト、こいつにやれバ、案外うまくいくかもしれないゾ?」

 それって、なんなのさ。出かかった言葉をぐっと呑み込んで、ポメは目でそう訴えた。

「そうだなァ、デデならどうするカ。あいつヲ、参考にすりゃいいんじゃないカ?」

「…………」

 デデだったらこういう時、どうするだろう。ポメは思い浮かべた。

 アーネスが連れて行こうとするのが、デデだったら。大声を出して助けを呼ぶなんて、そんなの『まどろっこしいだけだろ』って思ってそうだ。

『デデならきっと、口よりも先に手が出そう……』

 ポメは一度、二度と深呼吸をした。

「……ねぇ、アーネスさん」

「あぁ、どうした?」

 アーネスは振り返る。その顔は、どこか苛立ちが隠し切れてないようだった。

ポメは視線を逸らした。俯いて、ボツボツと小さな声でしゃべる。

「なんだ、何言ってるか聞こえねぇぞ?」

 アーネスはぐいっと耳を近づけた。ポメの横で、フォルがキシシと笑みを浮かべていた。

「アーネスさん……ごめん!」

 ポメは勢いに任せて、腕を振り上げた。

がしっ。降り上がったところで、腕が強い力で掴まれた。一瞬、ポメは何が起こったのか分からなかった。

「へへん、ずいぶんと悪知恵が働くじゃねえか」

 顔を上げると、アーネスがにたぁっと口を大きく開けて笑っていた。

「ご、ごめんなさい……ぼ、ぼく……」

 ぶたれる! そう直感したポメは、ぎゅっと目をつぶった。

「がぁっ!」

 その次の瞬間に聞こえたのは、悲鳴だった。ポメのじゃない、アーネスの悲鳴。掴んでいた手が離れて、ポメは目を開けた。

 アーネスは倒れて、足を押さえている。すねっこを押さえて、ひぃひぃと声を上げながら転げまわっていた。

「おい、大丈夫か!?」

 声のした方へ振り返る。そこには、デデがいた。手には、どこかで拾ったような太めの木の枝。服を少し乱して、はぁはぁと息を切らしながら、額をぬぐった。

「デデ! どうしてここに……」

「お前のこと、探してたんだよ! 色んなとこ駆け回って、大変だったぜ……」

 ふうと息をつくと、デデはアーネスを見下ろした。

「で、思わずこれで足をぶっ叩いちまったけど……こいつ、なんなんだ?」

 デデは顔をのぞき込んだ。フードからちらりと見える、長いマズル。青い目。ぎっとこっちを睨みつけて、歯をむき出しにする顔。

「このヒトってまさか、ルーチ・タクトの……」

 アーネスが、立ち上がろうとする。このままじゃ、二人とも捕まる。そう思ったポメは、デデの手をぐいと掴んだ。

「とにかく今は、逃げよう!」

 突然走り出すポメに、デデもわけがわからず走り出す。

「く、くそっ待てぇ!」

 すぐに後ろから聞こえてくる、アーネスの怒りに満ち溢れた声が。声がどんどん迫ってくる。

 とにかくがむしゃらに、ポメたちはまっすぐ逃げた。人気のある通りに、中々出られない。

「だ、だめだ……このままじゃ、捕まっちゃう!」

 ひゅん。何かがポメたちの真上を通り抜けたような気がした。後ろでガンと、鈍い音と小さな悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ、あいつこけたぞ」

 ポメたちは立ち止まって、振り返った。アーネスは顔を押さえてバタバタとのたうち回っている。

「何してるのよ、早く逃げましょ!」

 後ろから、声が聞こえてきた。高くて綺麗な、女の子の声。振り返ると、誰かが走っていくのが見えた。

「ま、待って!」

 ポメたちはそれを追うように、走り出した。


 ―――


「はぁ、はぁ……」

 建物の合間をいくつも抜けて、ようやく広いところに出てきた。

 ポメは振り返った。あれから迷路のように、右へ左へと曲がって逃げてきた。おかげで、アーネスがここまで追いかけてくる気配はない。

「なぁポメ……色々と、聞きたいことはあるけどよ。逃げてよかったのか?」

「う、うん。よかったはずだよ。多分」

 ぐっと息を呑み込んで、二人は顔を上げた。お互い、くしゃくしゃになった顔。恐怖なんて吹き飛んじゃって、二人は思わず笑みがこぼれた。

「楽しそうなところ悪いけど、いいかしら?」

 目の前で、声が聞こえてきた。この声、どっかで聞き覚えのある声だった。

「お、お前は!」

 デデは思わず、固まってしまった。

 細い足に、長いブーツ。ゆらりとした青いしっぽ。ピンと張ったヒゲに、風になびく大きな耳。それにこの、吸い込まれるような青い瞳……。

「久しぶり。ノウィザー以来ね」

 ポメを助けてくれた子は、マニだった。あの時、オロオロさまにさらわれて、廃墟で一緒の牢屋にいた、猫の女の子だ。

「あ、ありがと。まさかここで、会えるなんてね」

「ふふ、意外ね。でもそれより……」

 マニは、ポメたちの奥の方に、目をやった。まだ遠くだけど、アーネスの声が聞こえてくる。

「今は逃げた方がよさそうね」

「……うん」

 三人は走り出した。マニが先頭を切って、ヒトの流れに紛れ込むように。

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