第51話 ~教えてくれるのは、真実と、謎と……~

「お、お前……アルメリシアに、住んでるんじゃないのか?」

 アーネスは目を丸くして、そう言った。

 ポメは、アーネスのことをよく知っていた。そしてアーネスも、同じルーチ・タクトのメンバーであるお母さんとの繋がりで、知っていたのだった。

「えっと、それを説明すると長くなるんだよね……」

 ポメはポリポリと頬をかいていた。ここまでの旅のいきさつ、話すことは簡単だ。

 だけど、なんのための旅か……色々とややこしいことがいっぱいで、どう説明すればいいか、ポメも悩んでいた。

 そんな時、遠くから声が聞こえてきた。自分を呼ぶ、大きな声。デデだ。ポメは振り返って、建物から顔を出そうとする。

「デデ、こっちだ――」

 声を出そうとした瞬間、アーネスに口を押さえられた。ぐいっと一歩だけ、後ろに引っ張られる。デデは気づかないで、ポメたちのいた建物を通りすぎていった。

「ありゃあ、お前の友達か?」

 ポメはこくこくと小さく頷く。アーネスが口を離すと、ポメは不思議そうな顔をしながら、一歩下がった。

「どうして、そんなコソコソしなきゃいけないの……?」

「いや、その……一般人に見つかると、ヤバいんだよ。今はな」

 フードを深くかぶり直して、アーネスはきょろきょろと辺りを見回した。幸い、誰にも見られていない。でも見ていない、ふりをされているだけかもしれない。

「……もっと落ち着けるとこに、行った方がいいな」

 アーネスはひとり言のようにつぶやいて、早足で歩き出した。

「おイ、追いかけねぇのカ?」

「う、うん……」

 ポメはそのあとを追っていこうか、少し悩んでいた。なんだか今のアーネスは、誰にも見られたくないみたい。そんな状況なのに、自分がついていってもいいものなのか。

 もし迷惑になってしまうなら、ついていかない方がいいかもしれないけど……。

「でもヨ、唯一の母親の手がかりだロ?」

「……そうだよね」

 ポメは追いかけた。こそこそと、壁際を歩いていくアーネスの後を。

 フードの中で、ぴくんと耳が動いたのが分かる。ちらっとこっちを見て、アーネスはすぐに前を向き直した。

「ねぇ、アーネスさん」

ポメは小声で話しかける。

「どうして人目を気にしてるのに、ここに来たの?」

「昔っから言うだろ。"木を隠すには森の中"って……いや"灯台もと暗し"か?」

 大樹の根っこをくぐり抜けるようにして、地面に潜るような道を進んでいく。ここいらの道は、ちょっと薄暗い。気のせいか、雰囲気もちょっと怪しくなってきて、ポメ一人だけだったらきっとここには入らない、そんな感じだった。

「顔なじみの店があるからよ、そこだったら俺様のこと、秘密にしたまま入れてくれるはずだ」


 ―――


 アーネスは、ルーチ・タクトのメンバーの一人だ。オオカミの男で、担当の楽器はチューバ。目つきはちょっと怖いけど、それが一部のヒトにとっては人気らしい。

 ポメも何回か、聖地巡礼でアルメリシアに来た時、お母さんに連れられて一緒にご飯を食べたりしたこともあった。お前くらいの歳には、俺様は苦労していたとか、自慢話をよくするヒトだけど。

 でもそのアーネスが、今はこのトリキリデにいる。行方不明で、騒ぎになっているルーチ・タクトのメンバーの一人が、ここにいる。大樹の根っこの真下にある酒場で、隅っこの席に座って酒を飲んでいた。

「しっかしまぁ、こんなとこでアイツの子どもに会うとはねぇ」

「僕も……アーネスさんに会えるとは思わなかったよ」

「ははっそうだろうな」

 顔なじみの店だから、安全だ。そう言っていたアーネスは、ちらちらと他の客に目をやっている。こっちを気にしている客はいなさそうだった。

 アーネスはぐいっとコップ一杯を飲み干す。さっきよりは落ち着いているけど、それとは反対にポメはちょっと落ち着かなかった。

「へへ、お前は酒は飲まないのか?」

「僕……まだ未成年だもの」

 本当なら、こういう店とは縁なんてない。ポメはジュースをちびちびと飲んでいた。

「しっかしこんなとこで、アイツの子どもに会うとはねぇ。お前、一体何しにこの町に来たんだ?」

「え、えっと、僕ら……」

 話そうとすると、アーネスは「ふぅ」とちいさくため息をついた。ポメの言葉を待たずに、口を開く。

「まぁ、そんなのはどうでもいいか。どのみち、ルーチ・タクトのことについて、知りたいんだろ?」

 ポメは頷いた。何度も、力強くこくこくと。

「……まずは俺たちがどういう行動を取ったか、そこから説明しなきゃいけねぇな」

 アーネスはコップに酒を注いでいく。カランカランと、中の氷が回ってぶつかって、音を立てていた。

「徴兵命令。それが王都の伝令から配られたとなって、町中は大騒ぎ。俺たちのメンバーももう聖地巡礼どころではないとなって、王都に戻ることにしたのさ」

「うん、それは知ってる。でも行方不明になったって、記事には書いてあった……」

「へへ、話が早いな」

 カリン、コップを持って氷を鳴らし、アーネスは一口飲んだ。

「ま、行方知れずになったのは仕方ねぇな。最速で王都に戻るために、王に仕える者しか知らない秘密のルートを使ったからな」

「そんなのがあるの?」

「あぁ、そうさ……そのはずさ」

 コツン。アーネスがコップを置く音が、強く響いた。

「ありゃあ、一部の人間以外は知らねぇ。でも、妙なヤツらに襲われてな……」

 妙なヤツら。それを聞いて、ポメは空気が少し冷たくなった気がした。

「白い装束を身にまとった、ヘンなヤツらさ。顔まで隠れてて、何の種族かも分からねぇ。そいつらはメンバーたちを次々に捕えてったんだ。ヤツらのマイマイに載せられて、どっかに連れ去られた。間一髪逃げ延びたのは、俺様だけ……ってワケさ」

 ガタン。ポメは思わずテーブルを叩いた。

「そ、それってつまり……」

 慌てて、後ろに目をやる。さっきと同じ、怪しいヒトはいない。ポメはゆっくりと、顔を戻した。

「今も、それが追っかけてきてるかもしれない……ってコト?」

 つぶやくように言うポメに、アーネスは静かにうなずいた。

「とにかく、どこにいるか分かったもんじゃねえ。だから俺様は、コソコソやるしかねぇのさ」

「……手がかりとかも、ないのかな」

 手がかりねぇ。アーネスはそう呟きながら、顎に指を当てていた。

「そういや、ヤツらがつけてた首輪……ありゃあ、聖都に忠誠を誓う者がつけるやつだな」

「それって……」

「……俺たちを襲ったのは、聖都のヤツらかもしれねぇ」

「で、でもなんでそんなこと!」

 思わず大きな声が出た。アーネスは冷静に、しいっと指を口に立てる。

「かもしれねぇって、話さ。とにかく、聖都のヤツらにも注意しねぇとな」

 アーネスはくいっと一口だけ飲んだ。ポメも、残りのジュースを飲み干す。なんだか、味が全然しない気がした。


 ―――

 

 二人が飲み物を飲み切って、それから店を出た。アーネスはどこかへ向かって歩き出す。ポメもそれについていった。

「……お前、まだ俺様についてくる気か?」

 鋭い声が、響く。ポメは体が凍り付くようだった。

「だ、ダメなの……?」

 アーネスは振り返る。フードの奥に見える目は、まるでナイフみたいな輝きだ。

「俺様は、あの白い装束たちに追われてる。俺様についてくれば、お前まで巻き添えを喰らうかもしれねぇぞ?」

「でも、僕……お母さんを、探してるんだ。アーネスさんについていけば、お母さんにもきっと」

 ドン。アーネスが、壁を叩き付ける。親指の爪が、鈍く輝いていた。

「いいか、俺たちを襲ったのが本当に聖都のヤツらだったら……これは国を巻き込むほどのでっけぇ問題だ。そんなのに、テメェみたいなガキに何ができる?」

「で、でもアーネスさん、僕に色々と教えてくれたじゃん!」

「……お前がアイツの息子だから、信用して教えたまでだ」

 アーネスはフードを被り直すと、くるりと振り返った。

「とにかく、お前と話すことはもうねぇ。大人しく、楽器の練習でもしてな」

「……いやだ」

 もしここで帰ったら、二度と母さんに会えないような気がした。

「帰れないよ、僕……」

 ため息が聞こえてきた。アーネスは、歩き出す。

「ま、待って!」

 かつん。ポメの足に何かが引っ掛かった。体がぐんと前に、そして下に、引き込まれるようにバタンと倒れた。

「いってて……」

 コロンコロン。その拍子に、ポメの服から何かが飛んでいった。キラキラと光る、丸いもの。それがこつんと、アーネスの足にぶつかる。

「ったくよぉ」

 アーネスはそれを拾い上げた。ポメは膝を払いながら、立ち上がる。

「ご、ごめんなさいアーネスさん。それ、僕の……」

 それはあの時、お父さんがくれたものだった。聖地巡礼を回る、選ばれし子たちが持つアクセサリー……それの、レプリカだ。

 本来中には譜面石が入っているけども、これは本物じゃないから、石も入っていない。でもお守りとして、ポメがこの旅の間、ずっと大切に持っていたものだった。

「……なるほど」

 アーネスはぎゅっと、それを握り締めた。ポメは不思議そうな顔で、アーネスの顔をのぞき込む。

 はらりと、フードを取った。さっきまでの怖い口調からは、信じられないほどの、まっさらな笑顔がそこにあった。

「ポメくん、大丈夫だったかい?」

 にっこりとほほ笑んでいるのに、ポメにはそれがとても不気味に見えた。

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