第46話 ~おばけの心、キミの心~

 ―――


 ポメたちの、長い長い朝が終わった。

 あの騒動でカイロのシーシャが倒れ、粉々に砕けてしまった。その瞬間に、ハリネズミのおばけのトゲは輝きを失って、しわしわと小さくなっていってしまった。

 ハリネズミのおばけは、カイロのシーシャに憑りついていたおばけだった。

 “よりしろ”をなくしてしまったハリネズミのおばけは、フォルに捕まってしまう。

「ポメに手ぇ出すっタ、いい度胸してんなァ?」今まで見たことのないくらいに、フォルはキレていた。ハリネズミのおばけは何も言い返す余裕もなく、ペロリと食べられてしまった。


 これで集落のヒトたちがかかっていた病気の元は、なくなった。無気力になってしまったヒトたちにも、ドームの星を体に返すことで元通りになった。

 そして心を戻す、その作業だけで、その日は夜を迎えた。

 

 ―――

 

「……なんだか、昨日は大変な一日だったね」

 そしてその次の日、ポメたちは朝を迎えて集落を出ることになった。次の町、トリキリデを目指すために。

 フロッカを抜けるための、正しい道をしるす道しるべ。それが立てられているところまで、ツェンが案内をしてくれることになった。

「ポメさんたちのおかげで、ようやく集落も平和になったよ。ありがと!」

「うん……」

 集落のヒトたちは元に戻った。とはいえ、昔の通りというわけにはいかない。

 心を星にされたヒトたちはみんな、まだ心がふわふわとした感覚でいた。まるで、星になっているような気分だって言ってるヒトだっている。

 中には、その感覚が心地いいというヒトだっていた。

『ぼくも……ほんのちょっとだけだったけど、カイロさんから心を抜かれてる間は……なんだか、気持ちよかったんだよね』

 ポメはふと、ハリネズミのおばけの言葉が頭をよぎった。

『星になる方が幸せかぁ……』

 ハリネズミのおばけは、別に悪いことをしようとしていたわけじゃない。あれから色々と考えて、ポメはそんな風に思っていた。

 でも心が星になったら、何もできなくなっちゃう。星にならない方が、幸せなはずだと、ポメは思っている。

 思っているけども……ポメの心にはもやもやがうずまいていた。

「でもよぉ」デデがずいと前に出てくる。

「カイロってヤツは、あのまま集落にいてもいいのかよ。結局、病気ってアイツが原因だったんだろ?」

 ピタッ。ツェンの足が、一瞬だけ止まった。しっぽがゆっくりと垂れていくと、またすぐにピンとしっぽを張って、また歩き出した。

「そうと決まったわけじゃないよ。ゴザが言ってたじゃん、葉っぱが特殊な幻覚を見せていたんじゃないかって」

 おばけの見えないヒトには、病気の原因は分からない。ポメは全てを知っていたけど、それを伝えようとは思わなかった。信じてもらえないだろうし、何より、カイロやゴザのためと思って。

「それにさ……」ずいと、今度はポメが前に出る。

「今はカイロさんが、集落にとっては必要だと思うよ。カイロさんの最高傑作、それが完成したら……きっとみんな、ちゃんとした心を取り戻すよ」

 集落を出る前に、ポメはゴザと話をしていた。これからの集落でのやることを。

 

 ―――

 

 ハリネズミのおばけが食べられて、カイロも少し変わったと、ゴザは言っていた。

 今までは綺麗な星が作れないからと星空のドームの完成を諦めていた。でもフロッカの葉っぱを使って、完成させることに決めたそうだった。

「本当に、私たちこのままここにいても、いいんですかねぇ……」

 みんなに心を戻していくさ中、ゴザはポツリ、そう呟いた。丁度一緒にいたポメが、ゴザに声を掛ける。

「今この時だからこそ、カイロさんもゴザさんも、この集落に必要なはずだよ」

 心を戻しても、まだ安定はしない。でもワクワクするようなことをいっぱい体験すれば、心が豊かになってまたいつも通りに戻るらしい。

 そう、フォルが言っていたんだ。ハリネズミのおばけを食べて、そういうことが分かったらしい。

「星空のドーム、それにカイロさんの話……それがあればきっと、集落のみんな、ワクワクして、心を取り戻すはずだよ!」

「……ふふ、なんだかポメくんが言うと、本当にそんな気がしてきますねぇ」

 ゴザの笑顔は、ちょっとぎこちなかった。ポメの言葉を小さく呟きながら、小さく頷く。

「そうですね……集落のヒトたちのためになるのなら、私もカイロさんのこと、ずっと手伝う気でいますよ」

「うん。それに」

「えぇ、あの子のことも……」


 ―――

 

 峡谷の道は、だんだんと広くなっていく。それに合わせて、周りも明るくなっていく。

「峡谷の深いとこから、だいぶ離れてきたはずだよ」

 ポメたちにとってはなんだかとても久しぶりに、日の光を見たような気分だった。まだ暗いけども、それでも日の光が暖かく感じる。

「あ! あれって……道しるべじゃない?」

 ポメが指をさした。峡谷に入った時に、最初に目印にしていた棒が見えてきた。

 アレを辿れば、この峡谷から抜けることができる。次の町へと行くことができる。ようやく、ポメの母親探しの旅を、再開することができる。

 ポメやデデ、ジェコやロココたちはみんな一緒になって、ほっと息をついた。

「……これで、みんなとお別れだな」

 ポメたちは、ツェンの方を見た。みんなに見せる笑顔が、少し無理をしているように見えた。

「……ねぇツェン」

「うん?」

「また、きてもいいよね。僕、カイロさんの星空のドーム、完成したの見てみたいし」

「そうだなー、俺もあの滝の広場ってとこ、よく見てみたかったしな」

「それじゃあアタシだって、あの光る葉っぱでキレーなもの、なんか作りたいわね!」

「オイラも、集落で作れるうんまい料理のレシピ、持ってきてやるよ!」

 ポメもデデも、みんながツェンに笑顔を返した。ツェンは体をふるわせると、思わず顔を下に向けた。

「……へへ、ありがと」

 ぐしぐしと顔をぬぐって、笑顔を見せた。鼻の先がちょっぴり赤いけど、さっきよりも明るい笑顔だった。

「そん時はさ、俺と……クゥも一緒に、峡谷の外、案内してくれよな!」

「うん、約束だ!」

 そういって、ポメたちは振り返って進んでいった。次の町に向かって。

「……ぽ、ポメさん!」

 ポメは振り返った。ツェンが駆け寄る。

「本当に、クゥはよくなるんだよな?」

「うん、僕もよくはわからないけど……」

 

 ―――

 

 あの朝の騒動から、クゥが目を覚ましたのは夕方になってからだ。でもその時のクゥは、もういつものクゥじゃなかった。無気力な病気にかかったように、もうツェンの声にも反応しなかった。

 心を戻せば、クゥも元通りになると思った。でもクゥの場合は、みんなとは違う。心が抜かれたんじゃなくて、ハリネズミのおばけに刺されて、心が粉々になってしまったからだ。

 クゥのおばけは、鳴き声のような声で、何度も話しかけた。でもクゥには、まるで何も聞こえていないようだった。

 それからクゥのおばけは、フォルやポメのことをじっと見つめた。そして何かを決めたような目をして、クゥの胸の中にすうっと入っていった。

 クゥのおばけはそれから、出てこなかった。

「ねぇフォル、あのおばけは何をしたんだろう……」

「アイツは何も言わねぇけどヨ、考えてることはなんとな~く伝わってくるゼ」

 フォルは腕を組みながら言った。

「アイツ、クゥの心の代わりになるみたいダ。勿論それですぐ元に戻るってわけじゃねえけド、その心を育んでいけバ、またいつカ……元の心に戻るんじゃないカ?」

 クゥのおばけが体の中に入っても、クゥは変わることはなかった。

「でも、いつか戻るんだね……」

「あのおばけの心ハ、アイツが音楽をたっぷり聴かせて育んでやったんダ。サイコーな心に育ってくれんじゃないカ?」

「そっか……」

 ツェンがクゥにフルートの演奏を聴かせてあげた。何も言わないけど、クゥはちょっとだけ、笑ったような気がした。

「よくなるよね、きっと」

 

 ―――

 

 このことはもう、ツェンには伝えていた。おばけのことに関しては、ちゃんと伝えてはいないけど。

 それでもツェンは、すぐに納得してくれた。

「とにかくツェンは、クゥと一緒に楽しい思い出をいっぱい作ってあげて。そうすれば……クゥの心は絶対に、育っていくはずだからさ」

「あぁ……」

 ツェンはなにかを言いたそうに、でも何か言いとどまっているような感じだった。

「あ、あのさ」

 思い切って、という風に、ツェンは口を開いた。

「それって、あいつの、見えない友達が言ってたのかな?」

 ツェンの言葉に、ポメは驚いた。正直に言ってもいいのか、どうか……ポメは少し、悩んだ。

「……ふぅ。ま、でもいいか。クゥの心が元に戻ったら、じっくりと聞かせてもらうよ」

「そうだね……クゥなら多分、正直に話してくれるよ」

「それじゃあな」

「うん、またいつかね!」

 ポメとツェンは手を振って、お互いの行くべき、帰るべき道へと向かっていった。

 ポメがみんなのあとに追いつく。すると後ろから、フルートの音色が聞こえてくる。ポメはその音色を、しっかりと耳に覚え込もうとした。またここへ来る時の、新たな道しるべになるだろう音を。


「次の町は、どんなとこだろうねぇ」

「いい食材が入るか、オイラはそれが一番気になるなぁ~」

「ま、期待しない方がいいわよ。あそこはね」

「…………」

 ポメはふと、デデの方を見た。一人だけ、じっと黙ったままだ。時々、ポメをちらりと見ては、すぐに目を逸らす。

「どうしたの?」

 ポメはデデの隣まで言って、話しかけた。デデはなにも言わない。

 でも、何かを言おうとしてる。ポメはそんな雰囲気を感じ取っていた。ただじっと、じっと見続ける。

「……大したことじゃねえけどさ」

 そうすると、ようやくデデは小さくため息をついて、話し始めた。

「何か言いたいことがあるなら、言ってくれよな?」

「それって、どういう意味?」

 ポメはきょとんと首をかしげる。すると、デデの耳がどんどん赤くなっていくのが分かった。

 これは、まずい。ポメがそう思った時には、もう遅い。デデはギッと鋭い目で睨みつけて、勢いよく回し蹴りを入れてきた。

「うるせぇ! 忘れろ!!」

 ジェコやロココを追い抜いて、デデはただひたすらに駆けていった。ポメは、それを茫然と見ている。

「なんだよう、いきなり……」

 ポメは蹴られたとこをさする。無防備に受けたにも関わらず、あんまり痛くはなかった。

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