第45話 ~友達のための、兄弟のデュエット~

「お、お二人とも、大丈夫ですかぁ?」

 ツェンがクゥを横目に、ゴザ前に進んでアトリエを見回した。目の前には、カイロと倒れたポメ。そして横には、顔を押さえて倒れているデデがいた。

「い、一体……何が起きたんですか」

 ゴザはデデの元に駆け寄った。目を強く抑え付けて、まぶしいと唸っている。

 ゴザにとっては、見たことのない症状。おばけの仕業とも知らないゴザは、立ち上がってカイロを見つめた。

「こ、これって……もしかして、カイロさんの、仕業ですか?」

 ほっほほ。カイロは口をにたりと持ち上げて、笑った。

「なぁに、ワシはただこの子の夢を叶えてあげるだけじゃよ。星になりたいという、夢をねぇ」

「星に……?」ゴザはちらりと、後ろを振り返る。このアトリエの前にある部屋、ドームで輝く星々……。カイロの言葉が、そのドームの星と重なった。

「ドームのあの星は一体、なんなんですか……?」

「今までの、星に憧れた集落の者たちの、心じゃよ」

 カイロの笑みは、まるで子どものように無邪気にも見えた。ポメやクゥにしか見えない、ハリネズミのおばけと、どこか似ているような。

「今までの者たちここにいる者たちは、星の話を聞いてとても心をキラキラさせていた。そのキラキラの心を……ワシが星に変えさせた。ただそれだけのことじゃよ」

 でもそれを聞いたところで、ゴザには意味が分からなかった。

「……貴方がどうやって、皆さんをおかしくさせたのかは分かりませんが」

 ゴザはカイロの元へと一歩一歩、近づいていく。しっぽをきゅうっと巻いて、震えながら、作業台へと続く小さな階段に、足をかけていった。

「こ、こんなこと……しちゃあいけませんよ。たとえ本人が望んでいたとしたって……ほ、他のヒトたちは悲しんだり、怖がったり、してるんですよ!」

 震えた声で、ゴザはそう言った。そんなゴザの前に、ハリネズミのおばけが立ちはだかる。

「お前もォ……オイラのじゃますんのカぁ!?」

 威嚇しているように、ゴウゴウとトゲを光らせている。

 でもその姿は、ゴザには見えていない。今この時、それを見えているのはクゥだけだった。

「ど、どうしよう……このままじゃ、ゴザさんまで……」

 クゥは立ち上がる。でも見えるからって、あのおばけを止める手立てがなかった。

 どうしよう、どうしよう。クゥは頭を必死に働かせた。部屋の至るところに目をやる。

 そんな時、自分のおばけが目に入った。ハリネズミにやられて、今は力なく倒れてしまっている。

「……おばけにならきっと、おばけをどうにかできるかも」

 震えた手で、クゥはピッコロを構えた。おばけはピッコロを見るなり、目をキラキラさせていた。

 クゥは知っていた。おばけは笛の音色が好きなだけじゃなくて、聴けば元気がモリモリと湧いてくることを。

「おねがい……みんなを、守って!」

 アトリエに、風のような音色が響き渡る。アップテンポで、元気の出るようなメロディ。

 少し複雑で、ちょっとしたミスはあった。それでも、クゥのおばけはどんどん元気になっていった。

「う、うゥ……なんだこの音、やめてくれェ!」

 それと同時に、ハリネズミのおばけは苦しんでいた。ごろんと床に落ちて、トゲの輝きもバチンバチンと断続的に発光している。

「お、おいクゥ」

 隣にいたツェンがクゥの肩を叩いた。

「一体、どうしたんだよ。急に笛なんか吹いて……」

「……兄ちゃん。ぼくと一緒に、演奏して!」

 突然のことで、ツェンは唖然とする。でもその気迫が、涙目になりながらも真剣な表情のクゥを見て、ツェンは決心した。

「よくわかんないけど……」

 ツェンもフルートを構える。

「それで状況がよくなるんなら、やるさ!」

 クゥの演奏に、ツェンも乗り出した。二つの音色が、風のように混ざり合う。アトリエ中に響き渡る心地よい二つの笛の音は、確実にハリネズミのおばけを苦しませていた。

「がァァ、なんデ、なンでこんなにも、この音が不快なんダぁぁ……」

 カイロを取り巻く、星座の光が弱まっている。それに合わせて、カイロもふらふらとしていた。

「カイロさぁん!」

 今にも倒れそうなカイロに、ゴザは駆け寄った。どっしりと重たい体を、ゴザは見事に受け止める。地面に落ちた手からゴロリと、ポメの心が転がっていった。

「な、なぁクゥ……これ、本当に大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 クゥはある一点を見つめる。そこには何もない。ツェンには見えない、クゥのおばけが、そこにいた。

 二人の演奏で、クゥのおばけはどんどん元気を取り戻していった。むく、むく。あれだけ小さかった体が、まるで風船のように大きく膨れ上がる。

 太くなった腕をぐっと曲げて、まるでムキムキの筋肉を見せつけるようにしていた。

「ぼくの友達、ちゃんと元気になってるよ!」

「…………」

 クゥのおばけは、転がったポメの心を捉えた。そして勢いよくすっ飛んでいく。ハリネズミのおばけもそれに気がついて、止めるように飛びかかった。

 しかし、クゥのおばけの方がいちだんと速かった。しゅるりと横をすり抜け、ポメの心をキャッチした。

「がぁァ、それは……オイラに魅了した心だゾ! オイラのだぞォ!!」

 叫びながら、クゥのおばけに飛びかかった。しかしクゥのおばけは、それをふぉんっと上へ放り投げた。ハリネズミのおばけは、すぐに上へ目を向ける。放り投げられた心は、ひゅうと風にさらわれて視界から消えた。

ハリネズミのおばけは、辺りを見回す。ぶんぶんと体ごと振りながら。すると、上でちょこまかと動く、もう一人のおばけ……フォルが目に入った。

「へっへっヘ、オレさまにスピードで勝てるかァ?」

 ぶるぶる。ハリネズミのおばけはトゲを揺らして、フォルに飛びかかった。フォルはすぐさま、クゥのおばけにパスをする。

 クゥのおばけが逃げようとすると、ハリネズミのおばけも必死に追いかけてきた。クゥのおばけに浴びせる言葉は、もはや誰も言葉とは聞き取れないほどだ。

 アトリエの端っこで、ハリネズミのおばけの手が、クゥのおばけのしっぽに手が掛かる。そのすんでのところで、クゥのおばけはまたもやフォルにパスした。

「よ~シ、さっさと戻してやるからナ!」

 フォルは手に取った心を、ポメの口へと放り込んだ。ごっくん。喉を通り、胸の奥でとくんと輝き出すと、ポメは目を覚ます。

「あ、あれ……ぼく、一体何を」

「おイ、早くこっから出るゾ!」

 フォルはポメに立つようにせかしている。でも、まるで寝起きの気分のようなポメにとっては、体が思うように動かなかった。

「あぁぁもウ、じれったいナ!」

 ポメはふと、部屋の端っこに目をやった。クゥのおばけと、ハリネズミのおばけがそこにいた。目をギラリと光らせて、こっちを睨みつけている。

「ぐウぅぅ、だめダメダメ! 星になる方が、絶対ニ幸せなんだァァ!」

 ハリネズミのおばけが、こっちに向かって飛びかかってきた。

 早く逃げないと。頭がまだ動かないポメでも、それはすぐに理解した。ふらつきながらも、ポメはアトリエの出口に向かって走り出した。

「おい、もっと早ク――」

 ポメは後ろを振り返った。ハリネズミのおばけは、目の前まで迫っている。たくさんのトゲトゲを、こちらに向けて。

『もう、だめだ!』

 ポメは思わず目をつぶった。その瞬間、どんと大きな衝撃が走る。

 横からだ。ポメは後ろじゃなくて、横に突き飛ばされた。

 そのまま床に倒れ込む。ポメは顔を上げた。

「よ、よかった……ポメ、さん……」

 そこには、クゥがいた。二本の手を伸ばして、体中をハリネズミのおばけのトゲに、貫かれている。それでもクゥはポメには、ほっと安心した笑顔を見せていた。

「……クゥ!」

 クゥが倒れると、ポメとツェンの二人の声が、同時に響いた。

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