第44話 ~夢もつ心は、星のように輝いて~

 ―――

 

 真っ暗闇な階段を、ツェンは下りていく。足の先を伸ばし、一歩一歩、踏み外さないように。

「どこまで続いているんだろう」

 じっと目を凝らしてみる。奥の方が、うすぼんやりと淡い光が漏れている。

 タンタン。ツェンの足も自然と速くなる。階段を下りて、ツェンは上に目をやった。

「じいちゃんの屋敷の地下に、こんなのがあったなんて……」

 ドームの壁に描かれた、点々と輝く星々を結んでできた、いくつもの星座。ツェンにとっては初めて知るものだけども、そのいくつもの星座に目を奪われていた。ドームに目をやりながら歩いていると、こつん。足の先に何かがぶつかった。

「う、う~ん……」

 下を見ると、そこにはゴザが倒れていた。ツェンはすぐさまゴザの体をゆする。ゴザはゆっくりと目を覚ますと、頭を押さえながら体を起こした。

「お、おい大丈夫か?」

「つ、ツェンくんですかぁ。一体、私の身になにがあったんでしょう……」

「それは……いや、それはともかく。この部屋って、一体なんなのさ」

 ゴザはドームを見上げた。ツェンや、集落のヒトたちは殆ど知らない、星座を映した部屋。それを見て、ゴザは小さくため息をついた。

「とうとう、ツェンくんにバレちゃいましたね……ここはカイロさんが作った、星空を再現した部屋ですよ」

「星空……」

 ツェンはつぶやくように言った。フロッカの空は、峡谷にはさまれて、ほとんど見えない。ましてや、クゥのように星空の話を聞かされたことも、なかった。

「こんな感じ、なんだ……」

 そんなツェンにとって、こんなにも目を奪われる光景が、崖の向こうに広がっていたなんて、これを見て初めて知ることになった。

「集落のヒトたちに手伝ってもらって、ここまで作ったんですよ。でも、カイロさんは未完成だって言って、誰にも見せなかったんですよねぇ……」

 落ちていたカバンを、拾い上げる。カバンについていた十字架のアクセサリーを手に取った。傷はついていないのを見て、ゴザはほっと息をついた。

「光る葉っぱを使っても、星の光を再現するのが無理って言ってたんですよ。私からすれば綺麗にできてると思いますけど……カイロさんは納得しなくって」

「それじゃあこれって、未完成なの?」

 ツェンが言うと、ゴザは首をひねりながらう~んと唸った。

「そのはず……ですけどねぇ」

 コツ、コツ。乾いた足音を鳴らしながら、ゴザはぐるぐると回った。一つ一つの星に、目をやる。それらは、フロッカの葉っぱの輝きとは、少し違って見えた。

「いや、まずはそんなことより……」

 ツェンは声を低くして、迫るようにゴザに近づいた。ビクッ、ゴザの体が少し震えた。

「一体なんで滝の広場から、ここに来たんだよ?」

 一歩後ろに下がると、ゴザはコホンと咳をして、しっぽを地面に垂らした。

「わ、私はぁ……クゥくんのあとを、追ってきたんです」

「まさか、この部屋にいたのか!?」

「分かりませんが……」

 ゴザはちらりと、床に目を向ける。ツェンも同じとこを見た。ちらちらと、欠片のような輝きが、ほんの少しだけ見えた。光る葉っぱの踏みつけて、ポメたちの足にくっついていたようだ。

「とにかく私は気になって、クゥくんのいそうな滝の広場へと、行ってみたんです。そしたら二人はいなくて、この光る葉っぱの足あとを辿ってきたら……カイロさんの屋敷へと、着いたんです」

「なんで、クゥたちがじいちゃんの屋敷に行くのさ」

「そ、それは……」

 ゴザは振り向いた。その見つめる先は、ツェンが下りてきた階段とは逆の方向。更に奥へと続く通路が、そこにある。

「と、ともかく! クゥくんたちがここへ来たのは、確かだと思います。そしてあの先は……カイロさんのアトリエに繋がります」

「…………」

 カイロは、屋敷にはいなかった。いるとすれば、この先に。ゴザもツェンも、それは言わずとも分かった。

「デデさんも、あの先に行ったんだ……」

 ツェンは走り出した。ゴザも慌てて追いかける。

「……カイロさん、貴方では、ないですよねぇ……」

 少し離れた距離で、ツェンに聞こえないくらいの小さな声で、ゴザはそう呟いた。


 ―――


 ポメの視界にあるのは、目の前に浮かぶ、ゆらゆらとした星の光。いつも空を見上げて見える星が、手の届くところにある。

「キッキッキ、こいつも完全に、星の魅力にトりつかれてるヤ」

 背中で笑うハリネズミの声も、周りの様子も、聞こえてはいるけど、ポメは頭には入ってこなかった。今はとにかく、この目の前の星を、ずっと眺めていたい。

「キミも、星のようになりたいのかね?」

 どこかで聞いたことのあるような、ガラガラとしわがれた声が、聞こえてくる。その言葉に、ポメは静かにうなずいた。

「僕も……こんな風に、輝けるかな……」

「輝けるさ、キミのような夢に溢れる、若い子ならねぇ」


 ドームの先にある、奥の部屋。そこはドームよりは一回り小さな、円柱型の部屋だった。真ん中は台のように一段高くなっていて、テーブルや様々な工具が置かれていて、作業スペースになっている。

 そして周りには、いくつものガラス細工が飾られていた。部屋の淡い照明に照らされたガラス細工は、上の屋敷で飾られていたものよりも幻想的な輝きを放っているように見えた。

「ほっほほ、ワシにゆだねなさい。そうすればみんなと同じように、理想の姿になれるのだから……」

 部屋の真ん中で、うつらうつらとしていたポメの隣に立っていたのは、カイロだった。ポメの体に、手を回して引き寄せる。

 隣にあったシーシャを大きく吸った。その吸った動きに合わせて、ハリネズミのおばけの体も、チカチカとまたたく。

「おぉ……見える、見えるぞぉ!」

 ハリネズミが放つ星たちは、ポメやカイロを包むようにして浮いている。その星たちは、本来は、おばけの見えるポメやクゥにしか見えないもの。でもシーシャを吸ったカイロにも、それが見えていた。

「そうじゃなあ……キミにピッタリな星は、これかなぁ」

 星を一つつまんで、ポメに近づけた。まるで飴玉のようにポメがごくりと呑み込む。どくんと胸が大きく脈打つ。

「あ、あぁ……」

 ポメの瞳から、だんだんと色がなくなっていった。それに合わせて、ポメの胸から淡く光るものが現れた。カイロの手で掴めるくらいの、ボールの形をしたもの。

「ほほう、これはまたいちだんと、美しいのぉ……」

ポメの胸から離れると、ポメの体は力を失ってだらんと倒れた。

アトリエの奥から、二つの足音が聞こえてくる。カイロが振り返ると、クゥとデデが現れた。

「カイロ、さん……なに、してるの?」

「ほっほほ、クゥくんも来ていたのかね」

 のす、のす。カイロは一歩一歩前に出てきた。輝く光の玉をうっとりと眺めながら、部屋中を見渡す。

「ここはワシの、アトリエじゃよ。ここでワシの作品が生まれる。そして……あのドームの光もねぇ」

 カイロはほほ笑んでいた。いつもの笑顔だけど、いつもよりも不気味に見えた。クゥは怖がって後ずさりすると、デデはずんと一歩前へ出た。

「それよりも、ポメをどこに連れてったんだ?」

「この子かね? それならほら……」

 カイロの視線の先を、デデも見た。そこには、力なく倒れたポメがいた。

「この子自身が、望んだことじゃよ。こうしてこの子の心を、光の玉に変えて……これから、より素敵な姿に変えてやるんじゃよ」

「素敵な姿だぁ?」

「あぁ、集落の者たちのようになぁ。お前さんたちも、見たじゃろう? ドームで見た、あの本物のように美しい、星の輝きを」

 それを聞いて、クゥははっと何かに気づいた。

「も、もしかして……あのドームの星の光って……」

 ほっほほ。カイロの笑い声が、部屋にこだました。

「このシーシャがな、ワシに教えてくれたんじゃよ。星の輝きに近い、何よりも美しい光の存在を……そして集落のみんなも、その星に魅了され、星になりたいと望んだ。だからワシは、その望みを叶えてあげたんじゃよ」

「……ふざけんなよ」

 デデの拳を握りしめる音が、小さく、たしかに聞こえた。

「アイツがそんなつまんねーこと……望むわけねぇだろ!」

 拳を振り上げて、デデは走り出した。作業台へと続く階段に、一歩足を踏み入れる。

「で、デデさんだめぇ!」

 そこでクゥは声を上げた。デデには見えないものが、クゥには、見えていた。道を塞ぐように飛びかかる。ハリネズミのおばけの姿が。

「つまんねーダってェ? 星をバカにするやつハ、許さんゾ!」

 仮面の隙間から、ギラギラと睨みつける。ビカァっと強く輝いた。

「うあぁぁ!」

 デデには見えないはずの、おばけの姿。その光も見えてないはずだった。でもデデは、目の奥で何かが焼き付くような感覚を覚えて、後ろに倒れ込んだ。

 目をつぶっても、その内側で電球が勢いよく光っているような感覚が襲っていた。眩しくて、何も見えない。デデは目を押さえて、立ち上がれそうになかった。

 クゥの目の前には、倒れたまま心を失ったポメ。その心を持っているカイロ。それに、目を押さえて悶えるデデ。

「や、やめてよ……カイロさん」

 震えながらも、声を出して、クゥは一歩一歩近づいた。

「こんなこと……こんなことするの、カイロさんじゃない……」

「なんじゃい。ワシはのぉ、みんなの願いを叶えてやってるんじゃぞ?」

「でも、ポメさんは……」

 言葉を紡ぎながら、クゥは滝の広場の話を思い出す。カイロの話……それよりもクゥの心に強く残っていた、ポメが話した、今までの旅の思い出。聞いているだけで、わくわくような冒険劇。

「きっと、違うよ……ポメさんには、もっと大切な夢が、あるはずだもの……!」

 クゥの横を、びゅうと風のように通り過ぎた。クゥのおばけだ。ハリネズミのおばけに目掛けて、手をぐるぐると回して飛んでいく。

 でもすんでのとこで、ハリネズミは体をぐるんと回した。背中のトゲが、クゥのおばけを薙ぎ払う。打ち返されて、クゥのおばけもまた床に倒れ込んだ。

「そ、そんな……」

 クゥ以外、みんな倒れてしまっている。クゥも何もできずに、へたり込んだ。

「クゥ!」

 そんな時、後ろから声が聞こえてきた。泣きそうな顔で、クゥは振り返った。

「に、兄ちゃん……!」

 ツェン、それにその後ろからゴザも、息を切らしながらやってきた。

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