第43話 ~フロッカの星空は、屋敷の地下に~

 ―――


 そんなクゥも、今は誰の声も届かない。目の前に浮かぶ、星の光に魅せられていた。

「キミが……クゥくんを、こんな風にしてるの?」

 ポメはハリネズミのおばけに聞いた。クゥの背中に乗っかるハリネズミは、体を揺らす。ぎしぎしと、透明なトゲがきしむ。

「ふんっふん、オマエらの方から、オイラの光に吸い寄せられたんダろ?」

 仮面の隙間から覗かせる、ぼんやりと光る顔は、くるくると顔を変えている。楽しそうな、怒ってそうな。時には悲しそうな。

 このおばけがどんな感情なのか、どれが本当の表情なのか、ポメには分からなかった。

「一体、なにをするつもりなのさ!」

「心配しなくテモ、心をもらったラ、カラダは返してやるサ」

 心をもらったら。それの言葉を聞いて、ポメの背中にぞくっと冷たいものが走った。

「それってどういう意味……?」

 ふんふん、おばけは何も答えない。愉快に鼻歌をうたって、背中のトゲからふわふわと星の光を生み出している。

 見ていると、自分も吸い寄せられそうになるほど、ぼんやりときれいな光。ポメはふうっと、気が遠くなるのを感じて、慌ててぶんぶんと首を振った。

「もしかして……集落の病気って、キミが原因なの?」

 おばけはまたギシギシとトゲを鳴らした。

「ビョーキなんて、失礼しちゃうヤ。みーんな、ステキな姿に変えてやってんのに」

「…………」

 ポメはぐっと手を握り締めた。

「クゥ! 早く目を覚まして!」

 ポメは走り出して、クゥの手を掴もうとした。

 その時、目の前でぶわぁっ! たくさんの光が花火のように舞い上がった。ハリネズミが大きく体を揺らして、背中から光が吹き出したのだった。

 薄暗いドームに、沢山の光が漂う。

「こ、こんなに……キレイなんだ……」

 見上げると、どこまでも広がる星空。それが、自分の目の前にあった。

 チカチカ。またたく光が、目に焼き付くよう。クゥを助けなきゃ。その考えもどこかへ吹き飛んでしまうほどに。目の前にある、小さな星の光。それを両手で包むようにして、ポメは立ち止まっていた。

「キッキッキ、オマエもこの光が、好きだロ? まずはオマエから、ステキなモンに変えてやるサ」


 ―――

 

 一方その頃。

 広場では、デデたちはゴザのあとを追っていた。気づかれないように、そろりそろりと。

「なぁ、アイツの向かってるとこって……カイロってやつの屋敷だよな?」

 デデがそう言うと、ツェンは小さくうなずいた。

「毎日会いに行ってるみたいだけど……こんなに早く、いつもはいかないよ」

「……やっぱり、怪しいな」

 ゴザは屋敷の前に着くと、立ち止まった。そこで右や左へとウロウロしている。

 マズい! デデたちはすぐさましゃがみこむ。しかしゴザの視線はずっと、屋敷の扉に向けられていた。

 ふう、はあ。ゴザは大きく深呼吸をして、屋敷の扉を開けて、中に入っていった。

「俺たちも入ろう」

「ちょ、ちょっとデデさん!」

 ツェンが呆気に取られてる間に、デデは早足で屋敷へと近づいてく。開きっぱなしの扉。中を覗くと、ゴザはウロウロと辺りを見回していた。

「カ、カイロさぁん……いるんですよね?」

 ゴザの声だけが、部屋にむなしく響いている。

「デデさん……やっぱりこれ、ただの往診だよ」

「でもな~んか怪しくないか?」

「どうしてそう思うのさ」

「俺のカンが、そう言ってるんだ」

 それを聞いて、ツェンは呆れたように小さくため息をついた。

『でも、やっぱり……いつもと様子が、ちょっと違う気がするな』

 屋敷の中へと入っていくデデに、ツェンもついていった。

 部屋の奥へと行くと、ゴザは壁の前で立ち止まっていた。その先には、明かりのない真っ暗な通路が続いている。

「ここに、いるんですかぁ……?」

 ゴザはごくりと息を呑む。その後ろに、デデはゆっくりと近づいていった。

 コトンッ。足元に落ちていた空き箱が、足にぶつかった。小さな音だけど、静かな屋敷ではよく響く。

「きゃああ!」

 甲高い大きな悲鳴が響き渡る。ゴザのしっぽがぶわっとふくれあがって、体はバネのように大きく飛び跳ねた。

 ぐらり。ゴザの体のバランスが崩れて、そのまま通路の奥へ倒れていく。

「ちょっおい!」

 デデは反射的にゴザのしっぽを掴んだ。でもひょろりとしたゴザは、その見た目よりも重かった。ふんばるデデの体を引っ張って、二人は一緒に落ちていった。

「わああぁぁ!!」

 ガッタンゴットン! 吸い込まれた闇の向こうから、屋敷を揺さぶるほどの衝撃音がけたたましく聞こえてくる。あとからやってきたツェンは、おそるおそるその先を覗き込んだ。

「……ここ、下り階段になってるんだ」

 足を伸ばしてみると、その一段下にある足場にちょこんと触れる。ツェンは一歩一歩、探りながら降りていった。

「じいちゃんの屋敷に、地下室があったなんて……知らなかった……」


 ―――


 どこどこ、がたん。デデとゴザはぐちゃぐちゃになって、階段をごろごろと落ちていく。その勢いは止まることを知らず、ほんの数秒間のうちに、階段の"最後"のとこへ、デデたちは打ちつけられた。

「ぐぅ、いってて……」

 体中が地面に打ちつけられて、痛みが走る。体を擦りながら、デデは立ち上がった。すぐさまゴザの元に駆け寄る。しかしゴザは……仰向けのまま、舌をべろんと垂らして、気絶していた。

「おい、起きろよ!」

 頬をぺちぺちと叩く。ときおり、"きゅう"という空気の抜けるような声を出すだけで、目を覚ましそうになかった。

「ったく、ここは一体……どこなんだ?」

 デデは諦めて、顔を上げた。カイロの屋敷から下りてきたんだ。カイロの屋敷の、地下室であることは確かだった。でもそこは、地下室とも思えないほど、大きな空間が広がっている。

「なんだこりゃ……まるで、星空みたいだ」

 ドームに描かれた、いくつもの星座。デデもまた、ポメたちのように心を奪われそうになった。

 そんなデデの耳に、何かが聞こえてくる。うとうと、まるで寝言のような、もにゃもにゃした声。

 デデはゴザの方を見てみる。

「あいつじゃないな」

 次は反対側に、目をやった。ドームのど真ん中。そこにいたのは、ちいさくうずくまる、細いしっぽをゆらゆらとさせた小さな姿だった。

 薄暗い空間の中。ぼんやりとした目つきで、何かを呟きながらクゥが座り込んでいた。

「おい、クゥ!」

 デデは慌てて駆け寄った。クゥの肩を掴んで、激しく揺さぶる。でも、何も反応がない。こっちを見ようともしない。

「どうしたってんだよ……くそっ!」

 なんでクゥが、こんな状態なのか。デデには分からなかった。ハリネズミの出した光を見ることのできないデデには、ただぼーっと蹲っているようにしか見えなかったのだから。

 そんな時……デデの懐からひょろり、ひょろり。フォルが出てきた。デデが持ってきた帽子の中に、フォルはずっと隠れていたのだった。

「ハハーン、この光が原因だナ?」

 フォルは光をパクリと食べた。口の中で、パチパチとはじける。刺激的な甘い味に、フォルはうっとりとほっぺをとろけさせた。クゥを誘う光が消えると、やがてクゥも目を覚ました。

「……あ、あれ? ぼく……なにしてたんだろう」

 クゥはおもむろに立ち上がった。きょろきょろと見渡すと、茫然とした顔で見つめるデデが、隣にいるのに気づいた。

「デデさん……どうして、ここに?」

「そりゃあこっちの台詞。ていうか、ポメは一緒じゃないのか?」

 懐から、帽子を取り出す。トランペットが入っているのだけど、なんだか思ったよりも、ずっしりと重たい気がした。

「ポメさん……?」

 クゥは振り返った。そこには、更に隣の部屋へと続く、暗い通路がある。

「…………」

 ひょろひょろ。フォルがクゥのそばにやってくると、クゥのおばけがスリスリと頬ずりしてくる。「今はやめロ!」と怒りながら、フォルはクゥの耳元で囁いた。

「あの先に、ポメが行ったのカ?」

「……分かんない」

 クゥは奥の方にある通路へと、進んでいく。

「でも、早く見つけないと!」

「お、おいどこ行くんだよ!」

 いきなり走り出すクゥを追いかけて、デデも走り出した。

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