第42話 ~ぼくだけが知ってる、星の話~

 ―――


 ハリネズミの背中から湧き出す、星のような光。点と点が淡い線で繋がって、星座を作っている。

 そのかがやきは、フロッカでは見ることのできない、星の光そのものだった。

「そうか……これが、カイロさんの言ってた……」

 どこか力強くて、でも触ってしまったら、散ってしまいそうなかがやき。クゥはそれ心を奪われていた。

 いつか、星のことを無邪気に語っていたヒトがいる。クゥは夢心地のような意識の中で、それを思い出していた。

 

 ―――

 

 あれは、カイロさんたちが集落にやって来て、少しした頃だった。

 

 一人で滝の広場に行って、ピッコロを演奏する。それが、ぼくの日課だった。ここがおばけにとってのお気に入りの場所だし、何よりここなら、おばけと話もできる。

 高いとこから湖を見下ろせる場所で演奏することもあるけど、今日は湖のすぐそば。ここなら滝からも離れるから、自分の笛の音色がしっかり聴き取れる。

「今日の演奏……どうだった?」

 ちゃぷちゃぷ。座りながら足で水を蹴り上げながら、おばけに言った。

 おばけはふよふよとゆれながら、にっこり笑ってる。何も言わないけど、楽しいって気持ちが、伝わってくる。

「ふふ、ありがと」

 誰にも話せない、僕だけの友達。でもこの子と一緒に話せるのは、僕が一人でいるときだけ。

 最初は、兄ちゃんにだけなら、言おうと思ってた。でも……信じてもらえなくって、もしかしたら、へんな目で見られちゃうかもしれない。

 そう思うと、話すのが怖かった。

「でも、大丈夫……ぼくはずっと、友達だから」

 ぼくは空を見上げた。高い崖に囲まれて、ずっとずっと遠くにある、小さな空。もう暗くなっていて、小さな点みたいな星が、ぽつぽつとついている。

 そろそろ帰らないと、兄ちゃん、心配するかも。

「でも、もうちょっとくらい……大丈夫かな?」

 ピッコロを取り出すと、おばけはとってもご機嫌になった。でも急に、その動きがピタッと止まる。

「どうしたの?」

 耳をぴんと立てて、じっと……僕の後ろを、見つめていた。

 がさり、がさり。草を踏み鳴らす音がする。僕ははっと口を閉じた。

「兄ちゃん……?」

 僕は振り返る。でもそこにいる影は、兄ちゃんよりももっともっと大きいものだ。のす、のす。大きい足音を踏み鳴らして現れたのは、カイロさんだった。

「ほっほほ、オマエさんは確か……クゥくんじゃったな」

 あの頃はまだ、葉っぱを集めるカゴも担いでなかったんだよね。代わりに、シーシャっていう大きなガラスの容器を持っていたんだ。

「……こんばんは」

 ゆっくりと重い足取りでボクの側まで来ると、どすっと腰かけた。シーシャに繋がった管を吸うと、ぷかぁ~っと煙をはいた。

「カイロさんも……ここ、好きなの?」

「あぁ、そうじゃよ」

 目の前に広がる、光る葉っぱがきらめく湖。滝が生み出す波に揺れて、ゆらりゆらりと色を変えてきらめいている。

「この湖の輝きはまるで、星空みたいじゃからな」

「星空……?」

 下にあるのに、星空なんて、なんかへんなの。ぼくはくすりと小さく笑っちゃった。それを見ると、カイロさんもクックックと小さく笑った。

「下にあっても、いいもんじゃよ。星空は」

 カイロさんが、ぐんと前へ屈んだ。湖にちゃぷん、小さな手をつけると、葉っぱを一枚すくい上げた。

 葉っぱは、傾けたり裏返しにしたりするたび、色んな光を見せてくれる。とっても綺麗な、宝石みたいな輝き。

「星って……それよりもきれい?」

「どうじゃろうなぁ」

 カイロさんは、空を見上げた。ぼくも見上げる。高い壁に囲まれていて、空はちょっとしか見えない。そこにある星も、一つや二つ。光る葉っぱみたいに、キラキラしてない。点として、そこにあるだけみたいな感じだ。

「しかし星ってものは、キラキラしてるから綺麗というわけではないんじゃよ」

「キラキラしていないのに、綺麗なの?」

「あぁ、そうじゃよ。ここじゃあ星空はちいちゃくしか見えんがの……」

 カイロさんは、両手をいっぱいに上へ広げた。

「外に行けば、こぉんなでっかい星空が、拝めるんじゃ。吸い込まれそうなほど、真っ黒な夜空で輝く星は……こう、なんとも言えない、力みたいなのを持ってるんじゃよ」

「ふぅん……」

 カイロさんがいっぱいに広げた両手は、風呂敷よりも小さい。でっかい星空って言われても、ぼくにはどんなものか想像できないや。

「でも、カイロさんがそんなに言うんなら……きっとすごいんだろうね」

「ほっほほ……それにのぉ」

 カイロさんは小さく息をつくと、葉っぱをつまんで空へ伸ばした。つまんでいた葉っぱが、ぴゅうと風になびくと、カイロさんの手から落ちていった。

「届かないもの、つかめないもの……手に入らないものってのは、どこかふしぎな魅力があるものなんじゃよ」

「…………」

 カイロさんは、持っていたシーシャをどんとぼくの目の前に置いた。

「クゥくんや、知っとるかい?」

 ぼくはカイロさんの方を見た。

「星にはな、色んな物語がある。昔のヒトは星と星を繋いで、いろんな形を思い浮かべてのぉ……物語を作っていたんじゃよ」

「へぇ、どんなお話なの?」

「そうじゃな……特別に、ちょっとだけ聞かせてやろうかの」

 カイロさんは、星空の話を色々教えてくれた。湖から葉っぱを取っては、地面に並べる。一つ一つの星座っていうやつを、作ってくれた。

 それがヒトの形をしていたり、ものの形をしているってことを教えてくれたけど、ぼくにはちっともそれがそうとはどうしても見えない。

 でもカイロさんの話す物語は、なんだか胸がトクトクと熱くなった。

「……それでその狩人さんは、クモさんに襲われちゃうんだ」

「しかし、隠し持っていた斧を投げつけ、そのクモをズバーンっと、やっつけるんじゃ。その時に落とした斧が……この星座でのぉ」

 カイロさんはこの集落に来てから、集落のみんなに色んな話をしている。カイロさんの色んなとこへ訪れた、旅の話。それは、大人のヒトたちも楽しんで聞くほどだった。

 でも星空の話なんて、今までしたことがなかった。もしかしたら……ぼくが初めて、聞くのかもしれない。

「すごい、星っていっぱい物語があるんだね」

「ほっほほ……」

 カイロさんの顔を見た。楽しそうに話している。でも、その顔はちょっと悲しそうだった。

「いつかワシも、星をつかめる日が来るかのぅ……」

 そばに置いたシーシャを眺めて、つぶやくようにそう言った。ぼくに言ったわけじゃない。まるで自分に言ってるような、そんな感じだ。

「……どうしたんじゃい?」

「う、ううん。なんでもない」

 ぼくらにとって、このフロッカの葉っぱは、とっても綺麗なもの。だけど……カイロさんはこの葉っぱよりも、やっぱり、星が好きなのかもしれない。

 でも、星はどうしたってつかめない。手に入らない。星のことを話せば話すほど、それを思っちゃって……悲しくなっちゃうのかな。

『カイロさんの作品だって、この湖みたいに綺麗だと思うのに……』

 ぼくはシーシャを見つめる。ガラスで出来ていて、ゆらゆらさせると、中の水が波打つ。チカチカとまるで、この湖みたいなきらめきが、この中にあった。

「……ねぇ、カイロさん」

「うん?」

 ぼくは立ち上がった。ピッコロを取り出す。かさかさという風の音、ざあざあという滝の音。その中に、ぼくの笛の音色が混じった。

 兄ちゃん以外にはあんまり聴かせたことのない、ぼくの演奏。兄ちゃんほど上手くはないけど……おばけに喜んでもらいたくって、少しは上手くなったと思う。

 ぽふ、ぽふ、ぽふ。後ろからおばけの手拍子が聞こえてくる。ちょっと早いテンポだけど……ぼくはそれに合わせて吹いてみた。

 ピィピピピィ。終わりの拍子に、しっぽを振ってりぃん。ぼくの演奏を、カイロさんはほほ笑んで聞いてくれた。

「ほっほほ、上手じゃの」

 最後にりんりんっと鈴を鳴らして、ぼくはピッコロをくるくると回した。カイロさんはぺちぺちと小さく拍手を送ってくれる。

「えへへ、ありがと……でも、ぼく……もっと上手くなりたいんだ」

 これがぼくにとっての、カイロさんの励ましの言葉。本当に励ましになるのか、不安だった。

「兄ちゃんくらい、もっと、上手くなれるはず……だから、カイロさんも……」

 ぎゅっと手を握って、言葉を紡いでいった。

「……きっと、カイロさんが好きな星くらいにとっても綺麗なの、作れると思うよ……」


 ぼくはゆっくりと、顔を上げる。カイロさんはちょこっと首をかしげていた。

「……ふぅむ」

 目をぎょろぎょろさせて、どこを見ているかも分かんない。これは……なにか考えごとをしている時の顔だ。こうなると、どんなに声をかけても返事をしないんだよね。

「……ほっほほ、面白いアイデアが浮かんだわい!」

 おもむろに立ち上がると、カイロさんはくるりと振り返る。まるでぼくが最初からいなかったみたいに、急にのすのすと走り出していった。

「おっとっと、クゥくんまたのぉ」

 慌てて振り返ると、カイロさんはパタパタと手を振った。ぼくも手を上げたけど、振る前にカイロさんは急ぎ足で出ていっちゃった。

「やっぱり、ふしぎなヒトだね」

 ぼくが言うと、おばけはきょとんと首をかしげた。

 でもさっきのカイロさん……なんだかとっても、ウキウキしてる。ぼくには、そんな風に見えた。

「きっと、何かいいアイデアが浮かんだのかな?」

 カイロさんはおじいちゃんだけど、ぼくみたいに子どもみたいなとこがあるんだ。初めての頃はちょっとだけ、怖かったけど……ちょっとだけ、怖くなくなった。

「カイロさんがあんなに好きな星空って、どんなんだろう……」

 ぼくはもう一度、空を見上げる。おばけも一緒に見上げた。ちょっとしか見えない星空。ぼくはそれを見て綺麗とは思わないけど……。

『おっきな空だと、また違うのかな』

そんな時、後ろからりんりんと鈴の音が聞こえてくる。今度こそ、兄ちゃんだ。

「もう、帰らないとね」

 立ち上がって、おばけと手をタッチさせる。感触はないけど、心ではなんだか繋がった気分になれた。


 ―――

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