第41話 ~偽りの星が、導く先は~

 ―――

 

 ツェンはデデに、本当のことを話すことにした。この集落で流行っている、気力をなくしてしまう病気のこと。そしてそのことを、ずっと黙っていたことを。

「本当に、ごめん! このことを話したら、みんな……ここから出ていっちゃうんじゃないかと思って……」

 デデはまるで、ぽかんと口を開けていた。いきなり集落の病気の話なんて、やってくるとは思うはずもなかったのだから。

 でも切羽詰まって話すツェンを見て、とても大事なことだと言うのは伝わった。

「なんで、今その話をしたんだよ」

「この病気に最初に掛かったの……実は、オレたちの父さん母さんだったんだ」

 ツェンは滝の方を向いた。見下ろすと、光る落ち葉がくしゃっと踏みつぶされている、二人分の足あとが残っている。

「その日、オレたちは用事があって父さん母さんの家に行ったんだ。朝早くに行けば、いつもならいるはず。でも、その日はいなかった。すぐ帰ってくると思ってオレたちは待ってたんだけど、昼すぎにゴザが……」

「さっきすれ違った、うすぎたない医者だな」

 名前を聞くと、デデの頭にはあの顔がちらつき出した。あの開いてるんだか閉じてるんだか分からない、細くつり上がった目。あのいや~な感じの目が、頭から離れなかった。

「ゴザが、父さん母さんを連れてきたんだ。広場でぼーっとしてたらしくって。声を掛けても反応がなかったからって、連れてきてくれたんだ。その時からもう、ずっと……」

 りん。しっぽが垂れて、鈴がか弱く鳴った。

「他のヒトたちも、そんな感じ。あの病気に掛かる前は、みんないつもの場所からいなくなってる。そして戻ってきた時には、もう手遅れで……」

「なるほど……クゥたちがいない今の状況に、そっくりだな」

「だから、もしかしたらクゥやポメさんが!」

 ツェンのしっぽが、そわそわと揺れてりんりんと鈴が鳴り響いていた。顔を青くして、今にも倒れそうだ。

「アイツら、どこに行ったんだろうな……」

 デデは腕を組んで、うーんとうなった。考えども考えども、答えなんて浮かんでこない。二人とはすれ違ってもいないのだから。

 その代わりに、あの男の顔だけはずっと浮かんでいる。ここに来る時に唯一すれ違った、ゴザの顔だけは。

「……考えるよりも、聞いた方が早いよな」

 デデはポメの帽子を抱えると、滝の広場の出口に向かって走り出した。

「ど、どこに行くの?」

 ツェンも慌てて追いかける。

「あの医者に会いに行く! アイツなら、なんか知ってるかもしれないだろ!」

 デデは洞窟を走り抜ける。うなり笛の扱いももう、お手の物。ぶうぶう振り回して、瞬く間に洞窟は輝きだした。

 ゴザに会ったところで、何も分からないかもしれない。解決しないかもしれない。でもデデは自分を止められなかった。

『ツェンの大事な弟……大事な家族が、いなくなっちまってるんだ。早く見つけねぇとよ……』

 考えるよりも、まずは行動。ポメがオロオロさまに攫われた時と同じだった。後先考えず、突っ走るのがオレ流なんだ。デデは心の中でそう叫んだ。

「しっかし、気力がなくなる病気か……」

 走りながら、デデはぼそりと呟いた。

「そういえばデデさん、集落以外ではこういう病気、流行ってるの?」

「いや、聞いたことはないな。でもな~んか、引っかかるんだよな」

 ツェンの話を聞きながら、デデは思い浮かぶことがあった。

 例えば、ノウィザーでのハルシャギに捕まった時とかだ。あいつの説教は、尋常じゃなかった。まるで体中に、鎖が巻いたように重くなって。耳の奥に水が入り込んできて、自分の心がどんどん水の中に沈んでいくような、独特な感じ。

 それにケラケラとカルカルの料理対決の時もそうだ。パクチーたちとの対決で、へんな香りを嗅いだら、まるで神様のような神々しい存在に見えた。あの時も、まるでふわっと魂が抜けたような、ふしぎな気分だった。

「無気力とは違うけど……自分が自分じゃないみたいな感覚。なんか、ちょっと近いものがあるんだよな」

 土を蹴り上げて、足が真っ黒に汚れていった。それでも、走り続ける。二人とも、足には自信があった。そのお蔭で、あっという間に中央の広場についた。

 洞窟のふちに隠れて辺りを見渡すと、井戸の近くでゴザがそわそわしている。

「ゴザ……一体、何してるんだろう」

 ツェンが走り出そうとして、デデは腕を掴んだ。

「まぁ待て待て。様子を見てみようぜ」

 ゴザは足元を見て、何かぶつぶつ呟いている。でもここからじゃ、何も聞こえない。

 やがて奥の広場へと向かっていった。デデたちも気づかれないように、見えなくなったとこで洞窟から出る。

「確か、あの先って……」

 ツェンの耳が、ぴくぴくと揺れていた。


 ―――


 デデたちが探していた頃、ポメは暗闇の真っただ中にいた。右を見ても、左を見ても、どこまでも暗い世界。足元でぼうっと光る一本道だけが、頼りだった。

「なんだろう、ここ……」

 不思議に思いながら、ポメはただ茫然と、歩いている。

 さっきまで、クゥと一緒に演奏をしていたはずだった。あの滝の広場で。クゥのおばけやフォルも、楽しそうに踊っていた。

 そんな時だ。ざあざあと激しく水しぶきを上げる滝から、きぃんと金属のような音が耳に突き刺さった。

 その音に驚いて、僕らは楽器を下ろした。そして滝を見ていると、その光に呑み込まれるようなような感じがして……。

「それで気づいたら……この場所にいたんだ」

 ポメは悩んだ。どこへ続くかも分からない道を、本当にこのまま、進んでもいいものか。後ろの道を辿っていけば、あの滝の広場に戻れるかもしれない。

「やっぱり、戻ろう」

 後ろを振り返ろうとした。その時、前の方からペタペタと冷たい足音が聞こえてきた。

 ポメは耳を澄ました。りぃんと一つ、鈴の音が聞こえてきた。姿は見えないけど、クゥだと直感した。

 ポメは走り出した。暗闇からすうっとクゥの後ろ姿が見えてくる。

「クゥ、なんかこの先、危ない気がするよ!」

 でもクゥは止まらない。まるでポメの声が届いていないようで。

 ポメは手を掴んだ。その瞬間、ばあっと宝石のようなまばゆい光が広がった。暗闇が瞬く間に、かき消される。ポメは驚いて後ろに倒れ込んだ。

 クゥは目をぱちぱちとさせて、振り返った。

「あ、あれ……ぼくは、一体……」

 見上げてみると、そこは滝の広場とは全然違う場所だった。丸いドーム状の、大きな部屋。天井には星座が描かれていて、まるで夜空を下にいるようだった。星の一つ一つが、やわらかな光を放っている。

「ねぇクゥ、ここってどこなの?」

「知らない……こんなとこ、初めて来た」

 クゥも知らないような、不思議な場所。ここはここで綺麗だけども、それよりも不気味さの方が勝っていた。

 もしかして、夢を見ているんじゃないだろうか。そう思ってポメはほっぺたをつねった。痛い。痛いという感覚が、ほっぺたからはっきりと伝わってくる。

「やっぱり、夢じゃないんだ」

 こんなとき、頼みの綱といえばフォルだ。フォルなら、何か知ってるかもしれない。でも、きょろきょろと周りを見れど、フォルの姿はなかった。それに、なんだか頭がスースーする。

「ぼ、帽子がない!」

 あの中には、大事なトランペットもあるんだ。今度は注意深く、じっと下に目を凝らした。薄暗いけども、何もない床の上には、帽子らしきものがないのはすぐに分かった。

「どうしよう……」

 ポメはため息をついた。すると後ろの方で、ペタペタと足音が聞こえてくる。振り返ると、クゥがふらふらと歩き出していた。

「クゥ!」

ポメは走り出そうとした。でも、すぐに足を止める。どうにも、不思議な光景が広がっていたからだ。

 キラキラ。クゥの周りに、点と線で結ばれた明かりが、ゆらゆらと漂っている。

 まるで星座のような明かり。クゥはそれに導かれるように、歩いていた。

「でもこれ、きっといい状況じゃないよね……」

 クゥのおばけが、その光に邪魔されて、クゥに近寄れないみたいだ。今にも泣きだしそうな目をしている。それでもクゥは、光につられて歩いていた。

「やっぱり、ここにいるのはマズいよ……クゥ、ここから出よう!」

 ポメは肩を掴もうとした。

「ばあっ」大きな声と同時に、強い光の粒に襲われた。ポメは声を上げた。バランスを崩して、倒れそうになる。ぐっとこらえて、ゆっくりと顔を上げた。

「これって、もしかして……」

 ポメの目の前には、見たことのないものがいた。クゥの背中にしがみついて、大きな目がぎょろりと、睨みつけている。

「キッキッキ、びっくりしタか?」

 大きな目と、にっと笑う口の間から、小さな顔がちょこっと顔を出している。大きな目に見えていたのは、仮面だった。先っぽから星のような光を灯すトゲトゲを背負った、ハリネズミのようなものが、そこにいた。

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