第40話 ~見えない同士の、よもやま話~

 ―――

 

「ふあぁ……」

 笛の音が聴こえる。部屋中を照らすぼうっとやわらかな光で、デデは目を覚ました。

「なんだぁ、もう朝かぁ?」

「うぅ~ん……あとじっぷん寝かせなさいよぉ~」

 ジェコとロココも瞼を擦りながら起き出す。窓のないこの部屋だと、なんとも朝という実感が湧かなかった。

「こりゃあポメも、まだ眠ってるかもしれねぇな」デデはにやにやと笑いながら、体を起こして辺りを見回した。

 でも、いない。一緒に寝ていたはずのポメの姿が、見当たらなかった。それに、ツェンの弟であるクゥも。

「あいつら、どこ行ったんだよ……!」

 なんの関係性もなさそうな二人が、朝には消えている。この事実に、デデの頭も一瞬で霧が晴れたように冴え渡った。

「なぁツェン」ツェンは台所にいた。バシャバシャと顔を洗っている。デデの声がすると、ピンと大きな耳を張った。

「ん、どうしたの?」

「それが、ポメがいないんだ。それにお前の弟も……」

「あぁー」

 ツェンは部屋中を見渡した。部屋の隅っこで、毛布にくるまりながら大きなあくびをするジェコに、すうすう寝息を立て始めるロココ。ポメやクゥの姿はない。

 それでもツェンは、嬉しげに笑みを浮かべていた。

「もしかしたらクゥと一緒に、あそこにいったかも……」

「一体、どこにだよ」

「へへ、一緒にくれば分かるよ」

 

 ―――

 

 真っ暗な洞窟で、ブゥブゥと虫のような笛の音が響く。デデたちの進む道を、譜面石が明るく照らしていった。

「そうそう、デデさん上手いよ!」

「上手いっつーかさ……」

 今回、譜面石を照らすのは、デデが振り回していたうなり笛だった。大きなコルクのような形をしていて、紐でくくられている。ぐるぐると振り回すだけで音が鳴る、もしものためにとこの集落のヒトたちが常に持っているものだ。

「こんなん、回しゃあいいだけじゃんか」

「でも、まるで初めてじゃない手つきだよ」

「なんだよ、その誉め方……」

 口ではそう言っても、ちょっとした照れくささが込み上げてくる。デデはそっぽを向いて、指で鼻をこすった。

「それにしてもよ、ポメがクゥと一緒にいるなんて、どうして分かるんだ?」

「ふふ~ん、簡単な推理さ」

 ツェンの声は、楽しげに弾んでいた。

「こんな暗い洞窟、ポメさん一人で進むには大変だよ。だからクゥと一緒に行った……そう考えるのが、普通だよ」

「……なるほど」

 デデの回す笛は、静かに音を立てていく。壁に埋め込まれた譜面石が、デデたちを導くようにぽつぽつと灯っていった。

「でもデデさん、いつもなんか……ポメさんのこと、気にしてるね」

「アイツ、そそっかしいからよ」

「どんなヒトなの、ポメさんって?」

「どんなヒトって……」

 デデはうーんとうなりながら、首をひねった。ポメのことを表す言葉なんて、次々と浮かんでくる。そそっかしくって、マイペースで、ひとり言が多くて、へんなヤツ。

 それに……演奏だって俺が認めるくらい、アイツは……。

「うーん」

 思えば、オロオロさまに攫われた、あの時から色々と、ポメのことをもっとよく知れた気がする。

 危なっかしくって、マイペースで、ひとり言が多くて、へんなヤツで。そのイメージは変わらないけど、それだけじゃないってことも分かった。

「……それじゃ、いっそ話そうか。ここまでの旅の話でも」

 デデは、イチから今に至るまでの話をした。ポメがヘンな奴らに連れ去られたこと。そしてそれを華麗に助けたのを、自慢げに語って。

 ジェコと出会うきっかけにもなった、ノウィザーの話。ロココがついてくることになったドゥブールの話。アルメリシアに戻ってきて、ルーチ・タクトを探しに出る旅に出る話……。

「それからケラケラって町に行くことになって……途中でアイツとはぐれちまったんだよな。アイツ、いっつもどんくさいからさぁ」

 でもデデの話に、ことあるごとに入り込んでくるのは、ポメだった。悪口っぽく語ったり、そうかと思えば皮肉っぽく褒めたり。

「へぇ~……」

 集落では知れない、外の世界の話。ツェンは耳をぴくぴく、しっぽをリンリン揺らしながら聞いていた。

 でもポメの愚痴を聞くたび、ニタニタと意地悪そうな笑みを浮かべた。

「な、なんだよその笑い方……」

「いやぁ、デデさんとポメさんって、仲がいいよね」

「はぁ!?」デデの回すうなり笛の軌道が、ぐにゃっと乱れた。

「だって助けるくらいだもん。仲が悪いと、そこまでしないんじゃない?」

「いやアイツは……なんていうかさ」

 目をつむりながら、言葉を探るように、くるくると指で円を描いていた。

「俺にとっての、壁……そう、壁なんだよ」

「壁?」

 デデはこくりと頷いた。

「俺はさ、大人になったら絶対ルーチ・タクトに入るって決めてる。そのために道端で演奏したりさ……色々やって、めっちゃくちゃ経験を積んでるのさ」

 じっとり。額に汗がたまっていく。それでもデデは気にしなかった。

「アイツはアイツで、一人で森の中で練習してるみたいだけどさ……アイツも結構やるんだよ」

「へぇ、デデさんよりも?」

「いいや、それはない!」 ダン! デデの足が地面を強く叩き鳴らした。

「せいぜい同じくらいだ、俺とな!」

 クスクス。ツェンは口を押さえて笑っている。

「目標にする壁は、高すぎず、低すぎずって言うだろ。だからアイツは、俺の越えるべき壁なの。アイツがいたら、それはそれで困るワケ。分かったか?」

「ふふ、そうだね」

 それでも、ニヤニヤとした笑みは変わらない。

「……お前、やっぱまだ誤解してんだろ!」

「そんなことないよ。実力が同じ二人のデュエット、聴いてみたいなぁ~」

「だーかーらー、俺とアイツはそんな関係じゃねー!」

 デデの白毛の顔が、赤く燃えだした。さっきまでゆっくり回してたうなり笛も、びゅんびゅんと速く回っている。

「でも、羨ましいなぁ……そういう関係」

 そう言うと、ツェンは小さくため息をついた。

「なんだよ。オマエらだって、いい感じの兄弟じゃんか」

「でも最近のクゥ、どうにも俺を避けてるみたいでさ……」

 さっきまでの元気は、どこへやら。デデは一歩前に出て、ツェンの顔を覗き込んだ。さっきまで笑っていたのに、笑顔すっかり抜けてしまっている。

「あいつさ……俺には見えない友達がいるような気がするんだ」

「見えない友達ぃ?」

「うん、一人で誰かと話してるみたいでさ……なんか、俺が近くにいちゃいけないような気がするんだ」

「考えすぎな気も、するけどなぁ」

「うん……クゥももう、一人でいたい年ごろなのかもしれないしね。だから滝の広場に行くときはついてかないようにしてるんだ」

「なんか、アイツみたいだな……」

 デデの頭にふと、ポメの顔がよぎった。そういえばアイツも、端から見ているとそんな感じな気がした。

 学校で一人でいると、へんにひとり言が多かったりするし、練習してるとこをちょっと覗いてみたら、やっぱり誰かと話してたりする。誰もいないのに。

 旅の時だってそうだ。ジェコやロココは気づいていないけど。昔っから見ている自分なら分かる。まるで、見えない友達がいるみたいに、アイツはぶつぶつとひとり言を……。

『……って俺、なんでアイツのことで頭いっぱいなんだよ!』

 なんだかとても、自分に腹が立ってきた。だんだんと地面を踏み鳴らして、ずんずんと先に進んでいく。

「あぁもう。やめやめ、暗いことなんて考えるだけソンだ!」

「……そうだね。早く行こうか! あの景色、デデさんにも見せたいし」

 とん、とん。遠くから、自分たち以外の足音が、聴こえてきた。デデたちは足を止める。

「多分クゥだよ!」

 ツェンはぱっと腕を広げて駆け寄った。

「おいクゥ、ずいぶんと遅いじゃ……ない、か……?」

 ツェンはゆっくりと足を止める。前からやってきたのは、クゥでもポメでもない。息を切らしながら走る、ゴザだった。

「あ……ど、どうもぉ」

「お、おはよう……」

 呟きながら、ゴザはすれ違っていった。ツェンは足を止めて、その後ろ姿をじっと見つめる。

「……変だな」

 ツェンはうーんとうなりながら、大きな耳をゆらゆらさせた。

「ゴザさんの往診って、いっつも昼過ぎなんだよ。なんでこんな、朝早く……」

「ふぅん」

 ゴザの姿はもう見えなくなっていた。

「なんか、あやしいな……」

 それでもデデたちは進んでいく。遠くから、チカチカする外の光が見えた。出口が近い証拠だ。

「へへ、綺麗なとこだからな。楽しみにしてなよ」

「へんにハードル上げて、いいのかぁ?」

 そうは言っても、デデの足はどこかよいテンポのステップを踏んでいるようだった。

 そしてようやく、ほら穴を抜ける。周りを包みこむ、葉っぱの光たち。

 その向こうには初めて見る景色が広がっていた。

「すっげぇ……」

 そこには、滝があった。ただの滝じゃない。光る葉っぱの混じった、きらめく滝。

「綺麗なとこだけど、集落の中心まで井戸を引いてるからね。来るのは俺とクゥくらいさ」

「へぇ、こんなサイコーな場所なのになぁ……」

 こういうとこ、きっとポメも好きだろうな。ふとその考えが頭を過ぎる。はっと気づいて、デデはぶんぶんと頭を振った。

「……あのやろぉ、心配させやがって。見つけたらタダじゃおかねぇからな」

 そんなデデを見ながら、ツェンはクスクスと笑っていた。耳を立てながら、湖の方へと進んでいく。すると、ツェンの顔色が少しずつ変わっていった。

「……おかしいな」

 ツェンの足はだんだん速くなり、駆けながら湖へと向かった。湖を見渡すけども、クゥの姿はなかった。

「いつもクゥは演奏してるはずなのに……全然、笛の音がしない……」

 ツェンが焦っているのは、デデが見ていても分かった。風のように駆け出すのを、デデは急いで追った。

 辿り着いた先は、坂を上ったところ。滝のすぐそばの、崖の上だった。

 デデは、しゃがみ込んだ。そこには見覚えのある、丸いものが置かれていた。

「これ……アイツの帽子だ」

 崖から見下ろしても、二人の姿は見えなかった。ここにいた証拠はあるのに、気配すらない。

「まずい、まずい……あの時と同じだ! 父さんと母さんの……」

「お、おい落ち着けよ!」

 頭を押さえてうずくまるツェンに、デデは肩に手をよせて話しかける。

「……ごめん、デデさん。俺、みんなに隠してることがあるんだ」

「隠してること?」

 ツェンはゆっくりと頷いた。

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