第39話 ~どこにでも ウワサの風は 吹き語る~

 ふよふよ。クゥのそばを漂うおばけは、ひょろりと長くて白くすけた体に、金色の輪っかを首にくぐらせている。

 その姿はポメのそばを漂うフォルに、とてもよく似ていた。

 でもふっくらとした丸い輪郭。それに、たまごみたいな耳……それは鼻の細いフォルとは違って、まるでたぬきのようだった。

「あれって……フォルの仲間?」

「んなもんオレが知るカ!」

 ポメにしか聞こえない、フォルの大きな声。それが響き渡ると、おばけとクゥがこちらに目を向けた。

「えっ! ……ポメ、さん?」

「あ……ご、ごめん。驚かしちゃったかな?」

 ポメが一歩踏み出すと、クゥはおもむろに振り返った。ひゅう。まるで風が吹いたように、クゥは走り出す。

「ちょ、ちょっと待って!」

 ポメもすぐに追いかけた。でも地面に生える草が、ポメの足を絡めていく。

 しかしクゥはといえば、駆け馴れたかのようにスイスイと進んでいく。湖沿いから草木の方へ進み、陰から陰へ……。

 あの小さな姿は、またたく間に見えなくなった。

「アイツの鈴の音を聴けバ、方向くらいなら分かるんじゃないカ?」

「そ、そうだよね」

 ポメは立ち止まった。目を閉じて、耳の先へと全神経を集中させる。さらりさらり。風の音とともに、遠くからリンリンと鈴の音が聞こえてくる。

 でも目を開けると、ポメは肩を落とした。

「だめだ……音は聞こえるんだけど」

 それが右からなのか、左からなのか……まるでポメたちを惑わすように、色んな方向から聞こえてくる。これじゃあ音を頼りになんて進んでいったら、余計に分からなくなってしまいそうだった。

『立ち止まっていても、仕方ないや』ふぅとポメは息をついて、歩き始めた。

 集落のとこと同じように、崖に囲まれた場所。集落ほど広くはないし、ぐるっと一周するだけなら、すぐに回れそうなほどだ。

「……ねぇフォル」

 歩きながら、ポメは口を開く。

「フォル以外にもたんいだね。あんな風に憑りつくおばけって」

「はァ? 今までもいただロ。指輪に憑りついてたり、ペッパーミルに憑りついてたりヨ」

「でも、あれは……」

 出会ってきたあれらは、ヒトの心を支配していた。フォルとは大きさも全然違う。

 なにより恐ろしさがあった。道具に宿る、呪いの一種か何かだと思っていた。

「……あれも、フォルの仲間なの?」

「さぁナ、オレさまにヒトを操る力なんてないシ。でモ、おばけなんじゃないカ?」

 ひゅうひゅう。風がくるくると吹いて、舞いあがった光る葉っぱが小さなうずまきを作った。ポメがそっと手を振れると、うずまきははらはらとくずれていく。

「クゥに憑りついていたあのおばけは……フォルみたいなおばけかな」

「へン、直接聞けば分かるだろうヨ」

「……そうだよね」

 また耳を澄ましみるけど、鈴の音は聞こえてこない。

でもそこまで広くない場所だ。探し回れば、きっとすぐに見つかる。そう信じて、ポメは走り出した。


 ―――


 クゥが逃げ込んだのは、滝の裏。そこはくぼんでいて入り込むことができるし、滝が全ての音をかき消してくれる。この小さな湖の広場の中でも、隠れるのにピッタリな場所だ。

「はぁ、はぁ……」

 震える足を押さえながら、クゥはぺたりと座り込んだ。どっと出てきた汗を、ぐしぐしと拭う。おばけが心配そうに顔を覗き込んだ。

「ぼ、ぼくは大丈夫。ちょっと、驚いちゃっただけ」

 それを聞いてほほ笑みながら、クゥの周りをひゅるりと回った。

「あのヒトたち……やっぱり、悪いヒトには見えないよね」

 クゥは懐から一枚の紙を取り出した。綺麗に折り畳んでいたそれを、ゆっくりと広げる。

 広げると、インクの香りがほのかに漂う。そこに書かれていたのは、詩のような文章。それをもう一度読んで、クゥは深呼吸をした。

「本当に、おばけがついてるヒト……ぼく以外にいたんだ」

 トントン。滝の音に紛れて、足音が聞こえてきた。どんどん、こっちに近づいてきている。

 鈴が鳴ったら、バレちゃう。クゥは慌てて自分のしっぽを掴んだ。

『ここには来ないでぇ……!』そう願うクゥの思いもむなしく、ポメは滝の裏へと入ってきた。

「クゥくん!」

 そしてポメは隅っこで縮こまるクゥを見つけた。クゥはゆっくりと振り返って、おばけはまん丸な青い瞳でじっと見つめてくる。

「ごめん、君たちのあとをつけてきちゃって……でも、話がしたいんだ。おばけのこととか、それに……」

「……あ、あの」

 ゆっくりと、クゥは口を開いた。喉の奥が、きゅうっと締まるような感じで、うまく出せない。それでも、一つ一つ、文字を吐き出すように、話そうとした。

「そ、そのおば……わい……なの?」

 震えながら、勇気を振り絞るように懸命に話す言葉。それはザアザアとこだまする滝の音で、ほとんど聞こえなかった。

 きょとんと首をかしげるポメを見て、クゥはまた深呼吸をした。一つ、一つ。出したい言葉を頭の中で整理して。そして、ゆっくりと喋っていく。

「そ、そこにいる……」

 クゥは不安げに指を持ち上げて、フォルを指さした。

「その、顔の怖いおばけ……」

「あァ、誰の顔が怖いってェ!?」

 フォル大声に、クゥはびくっと体を震わせた。そばにいたおばけは目の色を変えると、フォルにぐんと勢いよく近づいてくる。

「わワ、なんだお前……や、やめロ! ひゃひゃひャ!」

 おばけがフォルに襲いかかる! パッと見ると、そう思うかもしれない。でも体にまとわりついてすりすりと頬をよせるのは、まるでじゃれているようだ。

 じゃれあう二匹の姿を見て、クゥはゆっくりとポメに近づいた。

「あ、あの……このおばけって、わるいおばけじゃ、ないの……?」

「わるい、おばけ?」

 聞き返すと、クゥは小さく頷いた。


―――


 ポメとクゥは、二人で坂道を上っていた。少し急で、でこぼことむき出しの岩が足場をすくう、険しい坂道。

「あっそこ危ないよ……」

「う、うん。ありがと」

 うまく登れないポメに、クゥは手を差し伸べる。クゥの腕をぐいっと引っ張って、険しい段差もなんとか登ることができた。ポメが照れくさそうに笑うと、クゥもうっすらと笑みを見せる。

 坂を上り切ると、視界が一気に開けた。そこは、滝のすぐそばの一段高い崖の上。広場が一望できて、キラキラ輝く湖もよく見える。

「すっごく綺麗だね!」

「いいとこでしょ。この子が好きなんだ、ここの景色……」

 そう言ってクゥは、おばけの頭を撫でた。本当は触れていないけども……でもおばけは、なんだか気持ちよさそうに目を閉じている。

「その……ポメさん、今までごめんなさい。ぼく、フォルさんが怖くって……」

「いいよ、分かってくれればさ」

 話を聞いてみると、クゥは今まで自分以外におばけに憑りつかれたヒトを見たことがなかったから、驚いたそうな。中々ヒトの訪れない集落じゃ仕方ないと、ポメも納得していた。

 でも、ポメたちから逃げた理由はそれだけじゃない。

 クゥは崖の端っこにまで立つと、笛をかまえた。僕たちを導いてくれた、風のようなメロディ。聴いていると、まるでクゥの周りに風が舞っているような気さえした。

「拙いメロディだけド、悪かねぇナ。伸びしろがあるゼ」

 フォルが小生意気な言葉に、クゥのおばけはムッとほっぺを膨らませながら睨んでいた。もっと褒めろと言わんばかりのその目つきに、フォルはキシシといたずらな笑みを浮かべてみせた。

「なんだかこのおばけ、君の演奏がお気に入りみたいだね」

「うん……いい演奏をすると、喜んでくれるんだ」

 なんか、いつも間違いを指摘ばかりするフォルと大違いだ。ポメは心の中でそうつぶやいた。

 クゥに憑りついているおばけは、フォルみたいに話したりはできない。でもクゥの演奏にうっとりと聞き入っているその表情、見ているだけでどれだけ好きなのか分かる。

「ねぇクゥ、もう一度あの紙を見せて」

「う、うん……」

 クゥは懐から、一枚の紙を取り出した。ここに、ポメをから逃げる理由が描かれている。

「それをくれたネコのお兄さんは、あそこにいたんだ」

 そう言って、クゥは湖のはしっこを指さす。なんてことはない、普通の場所。この広場唯一の入口から、反対側のとこだ。

「そのヒトって、目は金色だった?」

 クゥは小さく頷く。

 その紙は、昨日あるヒトから貰ったという。何かを探しているようで、集落では見慣れない格好をした、不思議なヒト。

「ここにどうやって来たのか、全然分かんない……でもここに来させてくれたお礼にって、それをくれたんだ」

 紙を広げると、閉じ込められていたインクの匂いが仄かに香った。

 この独特な匂い、前にも嗅いだことがある……ケラケラで出会った、情報屋のヒューイから香った匂いだ。

 

 道のしるべは、緑の香り。

 虜になるのは、光の瞳。

 二匹のおばけは互いに寄り合い、

 二匹のおばけは共に食らい合う。


 紙に書かれていた、一つの詩。これを書いたのがヒューイなら、きっと何かの情報みたいだけど……読んでもさっぱりだった。

「うーん、ここに書かれてるおばけって……やっぱりクゥのおばけと、フォルのことかな」

 ポメはじっと、フォルを見つめた。フォルは指輪の主を食べたことがあるくらいだ。食べようと思えば、クゥのおばけだって食べちゃうかもしれない。

「なんだその目ハ。オレはあんなよわっちぃの食わねぇゾ!」

 もしかしたら、全く意味のないことかもしれない。そう思ってポメは紙をクゥに返した。

「ポメさん。お兄さんと会った時って、どんなこと言われたの?」

「うーん」ポメは悩んだ。何を言われたのか、言うのは簡単だけど、状況を説明するのは難しい。

 ふと、空を見上げてみた。谷で閉じられた、小さな空。まばゆい日差しはここまで入ってこないけど、その明るさがそろそろ朝を迎えることを示しているようだった。

 まだ、朝ごはんまでには時間がありそうだ。

「それじゃあ、イチから話そうかな。僕らの旅の話」

 ポメは、今までのいきさつを全て話した。オロオロさまに攫われてから、ジェコやロココと出会ったいきさつも。そして色々あって、ケラケラで出会ったヒューイのことも。

 みんな、この峡谷から出たことのないクゥにとって、聞いたことのないものばかりだった。記憶を頼りに、ゆっくりゆっくりと手繰り寄せるように語るポメに、クゥは目を輝かせて聞いていた。

「外の世界のお話……お母さんたちにも、聞かせてあげたかったな……」

「…………」

 ポメは、ゴザから聞いていたことを思い出した。クゥのお父さんお母さんも、この集落で流行っている病気に掛かってしまっていることを。

「よくなるといいね、お父さんお母さんの病気」

「うん……」

 クゥは一度うつむくと、小さく息をはいた。

 ざあざあ。笛の音もなくなると、滝の音だけが静かに響き渡る。好きな演奏も聞けないせいか、クゥに憑りつくおばけは頬を膨らませていた。

「……大丈夫。病気、治せるかもしれないんだ」

 クゥは顔を上げた。今までの暗い表情とはにはなかった明るい光が、目の奥に宿っているようだった。

「前に病気で寝込んでるお父さんお母さんに、演奏を聴かせたんだ。何を言っても返事してくれないし、ずっとぼーっとしてる感じだったけど……とてもいい音色が吹けるようになるとね、ほんの少しだけど、微笑んでくれたんだ」

「それって、つまり……」

 クゥは頷いた。笛を握り締めて、立ち上がる。

「多分この病気は、いい音色を聞かせれば治せられる。僕はそう信じてる。だからぼくは……上手くなりたい。笛の演奏、もっと上手くなりたい」

「…………」

 ポメよりも小さなはずのクゥの背中からは、なんだかとても力強く見えた。

「クゥならきっといけるよ。だって心強い先生が、そこにいるんだから」

 指をさされたクゥのおばけは、きょとんと目を丸くしていた。まるでなんのことか分かってない顔。

 でもこの子は誰だって、クゥの演奏の成長が、分かっている。

 ポメも帽子から、トランペットを取り出した。そしてクゥと一緒に構えて、演奏を始める。


二人の演奏が、湖の空間にこだまする。見渡せば、足元に広がる星の湖。まるで夜空の上で演奏しているような気分に浸れるとこだった。

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