第37話 ~カエルの屋敷はガラスの屋敷~

―――


 集落の広場。きらめく葉っぱたちがひしめくこの場所で、二人の話し声が響いていた。

「……だからカイロさん、もうちょっと自分の歳を考えてくださいよぉ」

「ふん、ワシはまだまだ老いとらんぞ。まったく、葉っぱを集めてくるくらいで……」

 気弱なゴザの声にかぶせて、ガラガラとしわがれた大きな声が響く。声の主は、大きなカゴを背負ったカエルのおじいちゃん、カイロだ。

カイロは、大きな目をぎょろりとさせてゴザの顔を覗き込む。

「ま、万が一にってこともありますから。それに葉っぱ集めくらい、私がやるって言ってるのに……」

「分かっとらんなぁ。この葉っぱの輝きを保って取るのは、お前みたいな素人にゃ無理じゃよ」

 そう言ってカイロは、背中のカゴを揺らす。溢れんばかりに詰め込まれた、光の塊。ときどきカイロはシュッシュと霧吹きをかけると、葉っぱはパチパチきらめいた。

「だいたいお前は昔っから……おや?」

 カイロの目が、ゴザの後ろ……ずらずらと歩く人影に移っていく。

「カイロのじっちゃん、こんばんは」

 ツェンたちの一行であった。ツェンが手を振ると、カイロもゆっくりと手を振り返した。

「なんだか今日は、いつもより賑やかじゃのう」

「へへ、このヒトたち、フロッカで迷ったんだってさ」

 ポメたちはおずおずと、伺うようにカイロを見ていた。カイロの横に広い体は、ジェコすらも覆ってしまうくらいに大きい。それに表情も読めなくて、優しいヒトなのか怖いヒトなのかも読めなかった。

『悪いヒトではないんだろうけど……』

 それでも、緊張がぬぐえなかった。

「ほっほほ、ここへ来たのも何かの縁じゃし、茶でも飲んでいかんか?」

「もう~、ちゃんと休んでくださいよぉ……」


―――


「うわすっげぇ~!」

 カイロの屋敷は、まるで美術館のようだった。壁に並べられた棚には、様々なガラス細工が飾られている。

部屋のランプに照らすと、あの光る葉っぱに似たような輝きしている。デデたちは目をキラキラさせてそれを見ていた。

「すっごいだろ、ここにあるのは全部、カイロさんが作ったもんなんだぜ」

「ほっほほ。気に入ってもらえたなら、なによりじゃよ」

 上機嫌に体をゆらすカイロは、デデたちにコップを渡していく。勿論これも、カイロお手製の作品。中のお茶がゆらぐと、コップの光も波打つようにゆらいでいた。

「そうじゃ、せっかくだからあの菓子も出してこようかの……」

「あぁ、ちょっと。高いとこにあるのは私が取りますからぁ!」

 カイロたちは、部屋の奥へと消えていく。そんな二人を眺めながら、ポメは小さく笑った。

「ゴザさん、ずいぶんと忙しそうだね」

 デデたちから離れて、辺りを見渡す。みんなが作品を見ている中、ポメは別のものを探していた。

「おまエ、あの子を探してんのカ?」

 ポメが小さく頷くと、フォルは部屋の真ん中を指さした。

「あそこに座ってるだロ、よく見ろヨ」

 部屋の真ん中……そこにはテーブルと二つの大きなソファが置かれている。回り込んでみると、ソファでクゥがちょこんと座っていた。

「ね、ねぇクゥくん」

 声を掛けると、ビクッと震えた。チリンと鈴が跳ねる。どこからか、ツェンの視線も感じた。

「えっと、キミとその……ちょっと話がしたくて……」

「ぼ、ぼくと?」

 ポメが頷くと、クゥはスペースを空けてくれた。少し隙間を空けて、ポメは座る。

 ちょっと気になるみたいに、ちらりとこっちを見ている。でも、目は合わせようとしてくれない。

「まだお礼を言ってなかったよね。ありがと」

「お礼……?」

「うん。ここに来られたのはね、クゥくんのお蔭なんだよ。峡谷で迷ってる時に、クゥくんの笛が聴こえてきて、ここを教えてくれたんだ」

「そう、だったんだ……」

「上手いよねぇ、誰かから教わったの?」

「…………」

 黙り込んじゃった。もじもじと手を触っていて、ちょっと困ってる、そんな感じが伝わってくる。

『やっぱり、無理に話すのはよくないかな』

 でもポメは、色々と聞きたいことがあった。この子はもしかしたら、フォルが見えている。最初にあの井戸で会った時、クゥが見ていたのはポメじゃなくて、その隣にいたフォルの方だったのだから。

「おいお~イ、見えてんだロ? 俺には分かってんだヨ」

 今やそのフォルは、クゥの目の前でふわふわと浮いている。いたずらな笑みを浮かべて、まるでからかうように。

「ク、クゥくん。えっと……」

 クゥの視線はちょっとだけフォルと合わさって、そしてすぐに俯いた。ちょっと、気まずそうにしている。

「実は、キミに聞きたいことがあって」

「ぼ、ぼくも……」

 おばけが、見えてるんだよね? そう言葉を発しようとした。でもその直前に、ぬうっと大きな影に包み込まれた。

「ほっほほ、二人とも仲良くなったんじゃのう?」

 カイロはぎょろりとした目で、ポメたちを見ていた。その手には二つのカップがある。

「どうじゃ、オマエさんらも飲んでみなさい」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがと、おじちゃん……」

 ポメが受け取ると、クゥも小さく頷いて受け取った。あったかくて、心地よい葉の香りがする。ポメはゆっくりと、それを口につけた。

「ん~、不思議な味だぁ」渋みの奥で、仄かに感じる甘い香り。アルメリシアで飲み馴れてるものとは、ちょっと違った感じだ。「美味しい! なんだろ、奥深い感じがする……」

「ほっほほ、大人みたいな感想じゃのう」

 ポメはちらりと、クゥの方を見た。ちょっぴりと口につけると、しっぽが少しだけゆらいでいる。

「ポメと言っておったのう。どうじゃ、ここは?」

「すごく、綺麗なとこだと思う……」目をつぶると、あの光の景色が今も鮮明に思い浮かぶ。「まるで、宝石の中にいるみたい」

「ワシも初めてここに来たときは、そう思ったのう」

 初めて来たときは……それを聞いてポメは、はっとした。ゴザさんの時に感じた、ツェンたちとは違う感じ。それがカイロさんからも、少しだけ漂っている。

「もしかして、カイロさんも外から来たの?」

「気になるかい……?」

 ポメが頷くと、カイロは向かいのソファに腰かけた。

「元々ワシは、別の町で暮らしておった。そこでガラス細工を作ってたんじゃ」

 そう言って懐から取り出したのは、何枚もの写真だ。一番上の写真には、カイロさんと、今よりもちょっと若く見えるゴザさん。後ろは緑豊かで、小ぎれいな建物が並んでいた。

「まぁでも、作品作りが上手くいかなくてのぉ……それで気分転換に、旅をしたんじゃよ。ゴザと一緒にな」

 そう言って、部屋の隅にいるゴザを指さす。カイロやみんなのことを、なんだかそわそわしながら見ていた。

『旅ってなんか大変そうなのに……気分転換で出るものなんだ』

 他の写真には、様々な場所が映っている。荒野のような場所の村。石造りの地面が続く町。行ったことのある、カルカルの町並みも映っていた。

「旅なんて危険だからやめろとあいつは言うがな、こういう刺激は創作には必要なんじゃ。危ない道はどんどん進んでいった。この峡谷にも、ワシは恐れずに入っていったんじゃ」

「それで……ここへやってきたの?」

 カイロはゆっくりと頷いた。

「そしてあの光り輝く葉っぱ……ワシはあれに心を奪われ、ここで作品を作っていくことに決めたのじゃよ。ほれ、そのカップにも光る葉っぱを混ぜて作ってるんじゃよ」

 ポメはカップをじっと見つめる。この集落を包む、空の輝き。その一部が、このカップの中に閉じ込められている。カップ越しに見ると、中のお茶もまるで星の海が流れを作っているように見えた。

「僕、こういうのには詳しくないけど……すっごい綺麗だと思う」

 カイロは小さな笑い声をこぼした。

「これ、町で売ったりしないの? すごく売れそうだよ、これ」

「…………」

「カイロ……さん?」

 カイロは黙ったまま、大きく開いた目でポメたちに向けている。でも、見ているようで、見ていない。どこかうわの空だ。

「……ポメ、と言ったのぉ」

「はい」

「ワシはな、作品作りにのめり込むと、こう……周りが見えなくなる時がある。いや、ワシ自身が、その作品の中に入るような感覚じゃの。その時は、頭が澄み切るんじゃよ」

 澄み切る、その感覚はいまいちピンとこない。でも目をぐりぐりさせながら語るカイロの顔を見ると、なんだか大事なことのように感じられた。

「ワシ自身が、作品そのものになる。その感覚がじつに素晴らしくてな……あの素晴らしさを、作品を通じて、知って、感じてもらいたんじゃ」

 ガラス細工、ポメとっては知らない世界。だけどその情熱は、音楽にも近いもののような気がした。

「ま、それを伝えるのにワシはまだまだ未熟なんじゃよ」

「こんなに綺麗なのになぁ」

「ほっほほ……」


 ―――


お茶も頂いて、お菓子もいただいて、ずいぶんと居座らせてもらった。

「さ、さぁカイロさんはもうお疲れですし、我々は帰りましょう!」ゴザにせかされて、ポメたちは家へと出ていった。

 ポメは空を見上げてみる。さっきは葉っぱの隙間から夜の景色が見えていたから、もう夜遅いのだろう。でもここにいると、それはあまり感じなかった。なにせいつだってこの光が、集落を包んでいるのだから。

「それじゃあみんな、ウチに来なよ。オレとクゥの部屋だけど、広さはそれなりにあるからさ」

 そう言ってツェンが先頭に立って、家へと案内していく。行く先は、またあのほら穴の入口だ。

ゴザの家もほら穴の中なので、しばらくはポメたちと一緒であった。今は、ポメのすぐそばにいる。

思えば、ゴザのことは知らないことだらけだった。どうしてカイロと一緒にいるのかも、分かっていない。ポメは気になって、ちょんちょんとゴザの足をつついた。

「え、えっと……どうしましたぁ?」

 いつもと顔は変わらないけど、ちょっと困ってるのが伝わった。

「ちょっと気になったんだけど……ゴザさんは、どうしてカイロさんと一緒に旅をしてたの」

「それは……私が彼の、専属の医者ですからねぇ」

 色々な小道具が入ったカバンを掲げる。手さげの部分には、赤い宝石が埋め込まれた十字架のアクセサリーがかけられている。

「これは、母が私のためにくれたものです。立派な医者になりなさいと……私の背中を押してくれたんです」

「そっか。それでこうやって、立派なお医者さんになれたんだね!」

 それを聞いてゴザは、首を小さく横に振った。

「……私は、落ちこぼれなんですよ。どこに行っても他のヒトたちと馴染めなくて……でもカイロさんは、そんな途方に暮れていた私のことを、拾ってくれたんです」

 ゴザは十字架を手に取ると、赤い宝石をじっと見つめる。

「母が望むような立派なお医者さんにはなれませんでしたが……今はみんな、私のことを必要としてくれています。私はそれで、満足ですよ」

 そう言って、十字架をぎゅっと握り締めた。

ポメからしたらゴザは、落ち着きがなくてちょっとみすぼらしいお医者さんに見えていた。

『でもそれは、誰かのために一生懸命だからなのかも……』

 そう思うと、ゴザの顔つきもなんだか違って見えた。

「それに……」ゴザはぼつりと、ひとり言のように呟いた。「この流行り病をどうにかできるのは、私だけだから……」

「流行り病?」

 ポメはきょとんとした。ゴザも呆気に取られてしまう。ちらりとツェンの方を見て、またポメに視線を戻した。

「まだ、ツェンくんから何も聞いてないのですか?」

 先頭を歩くツェンとクゥ。たのしげに揺らして鈴を鳴らすしっぽ。ポメたちの声は、二人には届いてなさそうだ。

「……まぁ、話しても大丈夫でしょ。ポメくんはここに来て、ヒトが全然いないのが気になりませんか?」

「う、うん」ポメは二度、三度小さく頷いた。

 集落のヒトたちが、ほら穴の中で暮らしているのは分かっている。でもそれにしたって、外にほとんどヒトがいないのが不思議だった。

「ここのヒトたちは、家からあまり出ないの?」

「いえいえ、前はもっと広場も賑やかです。ただ……」

 ぽりぽりと、ゴザは頬をかく。次の言葉を探してるかのように、目をきょろきょろとさせていた。

「実はですね……」

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