第36話 ~ほら穴を抜けると、そこは宝石の世界だった~

 ―――

 

「しっかし、不思議だなぁ……」

 デデは上を見て呟いた。

「峡谷の中なのにあんなに光ってるなんて、どうなってるんだ?」

 風が吹き抜けるたびに、空はチカチカときらめく。まるで、宝石の中にいるみたいだ。

「やっぱ、気になるよね」ツェンはくるりと振り返った。「外から来たヒトは、みんなアレに驚くんだ」

 光の欠片が、ふわりふわり、風に乗って降り注いでくる。デデはおもむろにその一枚を取ってみた。

「へんなの……ぶにぶにしてら」

 まるでガラスの破片のように、透明で薄い。でも感触は、ガラスとは全然ちがうものだった。

「よっし、じゃあついてきな」

 そう言ってツェンは、崖の方へ向かっていった。穴がいくつも掘られた崖。ツェンはリンリンとたのしげに鈴を鳴らしながら、穴の奥へと招いていく。

「さすがに、中は暗いね……」

 外の光も入ってこない、真っ暗な世界。入ってしまうと、すぐ近くにいるはずのみんなも見えなかった。

「ここを通るときは……これを使うんだ」

 そう言ってツェンはおもむろに、懐からフルートを取り出す。クゥもピッコロを取り出すと、二人は構えて吹き始めた。

 ゆったりとしたテンポの音色が、穴の中でこだまする。二人の音色は絡み合い、ほら穴の中で反響していた。

 すると穴にぽつぽつと、小さな明かりが灯り出した。まるでみんなを招き入れるように、奥へ一つ一つ。

「そうか……光る譜面石が埋め込まれてるんだね」

 頷くようにツェンはリンとしっぽを鳴らした。一つ一つは小さな輝きだけど、ほら穴を進んでいくには十分だった。

「しっかし、毎回吹かなきゃいけないなんて面倒だな」

「でも……ツェンたちは楽しそうだよ」

 リン、チリン。演奏をしながら歩く二人のしっぽはたのしげに揺れて、鈴がテンポよく鳴っていた。

 上り坂になっている道を選びながら、ツェンたちは進んでいく。途中には、ここで暮らすヒトたちの部屋の扉がいくつもあった。

 きっとここのヒトたちは、この穴の中で暮らしているんだ。でもどんなに進めど、誰ともすれ違うことがない。

「ねぇデデ、ここのヒトたちってどうしてるんだろう……?」

「さぁな。でも、扉の向こうから気配はするよ」デデは耳をぴくぴくさせながら、そう言った。

「ま、あとでツェンに聞けばいいだろ」

 まっすぐと進んでいるようで、ぐるぐると回っているようで、そんな道を進んでいく。でも確実に、上へと向かっていた。

 今どの辺りなんだろう? そう思っていると、向こうからあの幻想的な光が見えてきた。

「さぁ、着いたよ」ほら穴を抜けると、ツェンは手を広げてニカっとほほ笑んだ。「これが、この集落を包む光の正体さ!」

 そこはまるで、宝石の中にいるような光景だった。どこを見ても、幻想的にまばゆくたくさんの光。ひゅうと風が吹き抜けると、万華鏡のように色を変えていった。

「すごい……一体これって、なんなの?」

「地面を見れば分かるよ」

 視線を下ろすと、その正体がようやくつかめた。地面に根を張る木々たちが、見える。光は、その木々の頭を包み込むようにしていた。

 「なるほどな……」デデは一枚つまんで、もう一度触ってみる。ガラスの破片とは違う感触。なんだったのか分からなかったけど、今はもうハッキリと分かった。

「ぶにぶにしてるのは、葉っぱだからなのか」

 ポメは見上げて、光の向こうに目を凝らした。峡谷の壁はまだ高くそびえていて、ほんの少しだけ夜空を覗かせている。

「あのちっぽけな明かりで、こんなに光ってるんだね……」

 ポメも葉っぱをつまんで、かかげてみる。周りの葉っぱの光を受けた葉っぱは、淡く光を変化させて反射していた。

 光の空間に見とれて、ポメはくるくると回っていた。きっとここで演奏したら、すっごい気持ちよさそう。そんな風に思っていると、ツェンの声が聞こえてきた。

「危ない! そっちは崖だ!」

「え、うわわっ」

 足を止めると、そこは地面のはしっこ。あと二、三歩進めば、崖下に真っ逆さまであった。

「バッカだなぁお前は」

 デデもひょいと崖を覗き込む。ここからだと、集落の全体がよく見えた。

 丸い広場が、くっつき合うように二つ。まるでひょうたんの形をしていた。そしてポメたちが来た方には、井戸が一つ。もう片方の広場を覗いてみると、デデは目をじっと凝らした。

「ありゃあ、なんだ?」

 そこにあったのは、大きなお屋敷だ。

 井戸以外、他に建物がない広場に、お屋敷がポツンと一つ。佇まいこそ立派だけども、異様な雰囲気が漂っている。

 ガサガサ。

 後ろから草をかき分ける音が聞こえてきた。

 ツェンはすぐさま、クゥの前に回り込む。

 光の奥に、人影が一つ。でも光が強すぎて、ぼんやりとしたシルエットでしか見えなかった。

 ふらふらと、ポメたちに近づいてくる。みんながじっと身構えて、その姿を睨みつけていた。

 そんなとき、光の向こうから声が聞こえてくる。妙に気の抜けたような、男の声。

「ハ、ハァ……なんだ、ツェンくんですかぁ」

 光の中をかき分けて出てきたそれを見て、ツェンは小さくため息をついた。

「なんだ……ゴザかよ」

 そこにいたのは、ボロボロの白衣を身にまとったキツネのお兄さんだった。

「それよりもキミ……あのヒト、見かけてませんか?」

 ゴザは細い細い目で、きょろきょろと辺りを見回す。

「カイロのじっちゃんのこと? 知らないよ。俺らだってここに来たばっかなんだからさ」

 頬をカリカリと掻きながら、なんだか困っているようだった。

「ねぇデデ……」でもポメはそれよりも、あの風貌が少し気になっていた。あの白衣に、首からぶら下げた小さくて丸いもの……ボロボロだけど、ものだけ見れば見覚えのある格好だ。

「あのヒト、お医者さんかな?」

「いや、それはないだろ」

 ゴザの足の先から耳の先まで、デデはじろじろ見ながらそう言った。白衣はボロボロだし、毛並みもボサボサしている。お医者さんみたいだけど、お医者さんとは違う、ちょっと小汚い感じだ。

「でも、ツェンくんとの知り合いみたいだから、大丈夫そうだね」

 ゴザというヒト。もう大人というのは一目瞭然だけど、ツェンは呆れた目をしてその落ち着きのない様子を眺めていた。

「まったく、じっちゃんの好きにさせりゃいいのにさ」

「そういうわけにもいけませんよぉ!」ゴザはツェンの目の前に迫った。「私は医者としてですね、彼の健康を考えてるんです。歩くのはいいことですけど、あのヒトはいっつも無茶を……」

「はいはい、分かってるって」

 ついに目を合わせるのもやめて、ツェンはくるりと振り返った。まるで追い払うように、しっぽをリンリンと振っている。

『カイロって……どんなヒトなんだろう』

 そう思ってふと、ポメはまた崖を見下ろす。すると、さっきまでなかったものが、そこにいた。

「もしかして、カイロさんってあのヒト?」

 ゴザはびくんとしっぽを立てて、慌てて駆け寄った。お屋敷の近く……そこには大きなカゴを背負う何かの後ろ姿があった。

「あぁぁ、もう! やっぱりここに来てたんじゃないですか!」

 ゴザは一目散に走っていった。がちゃんがちゃん。持っていたカバンを大きく揺らす音が、響き渡る。

 急に慌ただしく現れて、風のように消えていく。みんながポカンとしていた。

「まっへんなヒトだよ、ゴザってやつは」

 ポメはもう一度、崖を見下ろしてみる。カイロのじっちゃん、大きなカゴを抱えていて、姿はよく見えない。でも体の大きさは、ツェンやクゥよりももっともっと大きいようだ。

「ねぇ、ゴザさんってなんか、なんていうか……」

「うん?」

 上手く言葉に言えない、不思議な感じが引っ掛かっていった。頭をひねりながら、ポメは言葉を紡いでいく。

「なんていうかさ……ツェンたちとはちょっと違う感じがするんだよね。ゴザさんって、どんなヒトなの?」

「うーん、話すと長くなるけど……」

 ツェンはしっぽをくるくるさせて、頭をひねらせていた。風が吹く度に、リンリンとしっぽの鈴が鳴る。すると、ツェンはおもむろに手をポンと叩いた。

「よし、じゃあ行ってみるか。カイロのじっちゃんとこに!」

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