第35話 ~笛が導いたのは、光が包む隠れ里~

 ―――

 

 空は見えない。どこまでも続く、細くて真っ暗な道。ときどき乾いた土埃が、鼻をくすぐった。

「結局、こうなっちゃうなんて……」

 本当だったら今頃は……マイマイに乗ってのんびりと旅を続けていたのに。

 ケラケラと時と同じ。でも今度はみんな、一緒にいる。峡谷を抜けられるかは心配だけど、みんながいるだけで安心できた。

「ちょっと~、本当にこの道で合ってんの?」

「俺が知るわけないだろ! とにかく、進まねぇと……」

 正しい道は、どっちにあるのだろう。目印が見えてくれば安全にこの峡谷を抜けられる。

 だけど、進めど進めど、目印には巡り合えなかった。

「コンパスがあるから、どうにかなると思ったけどな……」

 次の町へ行くには、東に向かえばいい。でも道はうねりにうねっていて、気がつけば北や南を進んでいる。

 ここが峡谷のどの辺りなのか。目印もなければまったく見当もつかなかった。

「…………」

「へン、な~にしょぼくれてんだヨ」

 後ろを歩くポメに声を掛けるのは、フォルだった。こんなにも深刻な状況なのに、フォルはといえばちょっかいを出す余裕すらある。

「だって……こうなったのは、僕のせいだもの……」

 峡谷を抜けるのを選んだのは、ポメ自身。歩いているみんなの後ろ姿を見ていると、背中にずんと重いものがのしかかってくるようだった。

「お前なァ~、そんなことで責任感じてんのかヨ」

 それを聞いて、フォルは大きくため息をついた。

「だ、だってそうでしょ。僕がこっちじゃなくて、回り道を選んでればさ……」

 今頃は、トマリギに着いてみんなで美味しいものでも食べていたかもしれない。

 でもそれを想像すると、より重たいものがどすんと落ちてきた。

「みんなに、どんな顔すればいいか分からないよ……」

「心配すんなヨ。みんな、お前が思ってるほど気にしてねーかラ」

「どうして――」

 そんなこと、分かるのさ。そう言いかけた時、体がぐんと持ち上がった。気づいたら、。お腹に大きなしっぽが巻き付いている。

「ほらほら、そんな暗い顔しちゃダメさ」

 顔を上げると、そこはロココやデデを高く見下ろす視界が広がっている。あっという間に、ジェコに肩車されていたのだ。

「だ、大丈夫だよ。僕一人で歩けるから……」

「ふふ~ん」

 意味ありげに笑うと、ジェコはおもむろに体を大きく左に反った。ポメもぐぐんと、体が持っていかれそうになる。

「や、やめてぇ~!」

 今度は右に大きく反った。落ちそうになるけど、ジェコがしっかりと足を掴んでいるから、落ちそうで落ちない。そのスリルが、ずっと続いていた。

「こういう辛いときこそ、笑顔だよ! 笑顔が大事だからさ!」

 ぶんぶん、地面が近づいたり遠ざかったり。あまりに怖くて、色んなものが吹っ飛んでいくみたい。ポメは思わず、笑っていた。

「ほらナ、誰もお前のことなんて責めてないだロ?」

 

 ―――

 

「はぁ……喉がカラッカラだなぁ」

「もうお水ないわよ。せめて湧水でもあればいいんだけどね……」

 疲れも溜まっていって、だんだんと口数も減ってきていた。

 今、何時くらいなのだろう。それを知りたくても、ここはフロッカ峡谷。昼かも夜かも、空が見えないんじゃ知りようがなかった。

「……ん、なんだ?」

 先頭を歩くデデが、足を止めた。後ろを歩くポメたちも、デデの声に反応して顔を上げる。

「……どうしたの?」

 目の前は、二つの道が分かれている。それはどっちも、どこまでも変わらない、どこまで続くかも分からない、暗い道だ。その前で、デデはじっと目を閉じている。

「右の方から、かすかに聞こえるんだよ。こりゃ多分……笛の音だな」

「笛ってことは、吹いてるヒトがいるってことだよね……?」

「つまり、ヒトがいるってことは……?」

 ポメとジェコは顔を見合わせた。もしかしたらこのまま野宿になるのかもしれない。そんな不安が、二人の表情からぱぁっと消えてくなった。

「やったぞぉ!」

「ヒトが棲んでるとこがあるんだ!」

「ちょっと、待ちなさいよ」

 喜ぶ二人の間に、ロココのしっぽをずいと割り込んできた。

「こんな場所に、ヒトが棲んでるとは思えないわよ。それに……デデくんがなんて言ったか、覚えてる?」

 ロココはじっと、デデの方を目で差した。デデも、素直に喜んでいるようには見えなかった。

「……ここに入る前に、言っただろ。盗賊の隠れ家があったって」

「でも、盗賊ってもういないんでしょ?」

「誰も見てないだけで、もしかしたら、まだいるかもしれない……」

「…………」

 みんな、足を止めていた。誰も歩き出そうとはしない。できない。

 右へ行って、もし本当に盗賊だったら? 相手は言葉が通じる分、同じヒトである分、まだマシかもしれない。オロオロさまに捕まるよりは。

 でもどっちも、危険なことには変わらない。

「……なぁポメ。お前ならどうする?」

「えっ?」

 聞かれて、ポメはすぐに答えが言えなかった。頭の中では、既に答えは出ている。でも、その選択を選んでどうなってしまうのか……それを想像すると、怖かった。

「……ま、俺だったら音のする、右へ行くだろうな」

「オイラも右だな。会ってみたら案外、優しい盗賊って可能性もあるだろ?」

「盗賊に優しいなんてあるのかしらねぇ?」

「…………」

 このままヒトのいるとこを避けて、野宿をするか。笛の音を頼りに、ヒトのいるとこへ向かうか。みんな、答えは決まっていた。

「僕も、右へ行くよ。話せば分かってくれるかもしれないし」

「へへ、それじゃ決まりだな」

 ポメたちは進んでいく。するとデデ以外のみんなにも、その音が聴こえてくるようになってきた。

「とっても、優しい音色だ……」

 でもそれは、ポメにとってはとても、これを吹くのが悪いヒトとは思えなかった。

 やわらかくて、音程の一つ一つを紡ぐような笛の音。まるで、迷子のポメたちを案内してくれるみたい。

「ちょっと、辺りもなんだか明るくなってきてない?」

 日の届かない峡谷の奥深くなのに、向こうからは淡い光が見え始めていた。日の光とも、外灯とも違う。なんだか、幻想的な色をした光。

「道もだいぶ、イメージが変わってきたな」

 急な曲がり道も少なくなっていって、だんだんと広くなっていく。見えていた光も、天井から包み込むように降り注いでいるのが分かった。

 キラリ、キラリ。宝石のように輝く、峡谷の隙間から見える不思議な空だ。

「おい、見ろよ!」

 ポメはそれに目を奪われながら進んでいると、デデの大きな声が響いた。

 狭い道の続く峡谷で突然現れたのは、大きな大きな広場のようなところ。壁にはヒトが掘ったようないくつもの穴。そしてど真ん中には、屋根付きの大きな井戸。

「井戸ってことは、ヒトがいるよね?」

「そりゃあそうだろ!」

「これでオイラたち、野宿しなくて済むなぁ」

「ちょっと、安心するのはまだ早いんじゃないの?」

 首としっぽを傾けるロココをよそに、ポメたちは全速力で走り出していった。

 デデとジェコは井戸を覗き込むと、思いっきり手ですくい上げるようにして、ガブガブと水を飲んだ。

「うんめぇ~」

「っぷはぁ。生き返った気分だな」

 カラカラに渇いた喉に、よく冷えた井戸の水は、体中にしみわたる。

「…………」

 でもポメは、井戸の前で止まったままだ。みんなを導いてくれた、あの笛の音色……それがすぐ近くから、聴こえてくる気がするからだ。

「こっちかな?」

「回り込んでみるカ……」

 すおっと、すおっと。井戸の向こう側へと顔を覗かせる。

「あっ……」

 そこにいたのは、小さなネズミの少年だった。小さな手には、ピッコロ。井戸の柱を背にして、目をつぶりながらやわらかな旋律を奏でている。

「あの、ちょっといいかな……」

 声をかけると、ネズミの少年はびっくりしたように飛び上がった。ピッコロをすぐさま懐に押し込んで、恐る恐るポメの方に目をやる。

「あ、あ……」

 声には出ない。でも、とても怯えている。ネズミの少年の大きく開く澄んだ青い瞳が、こっちを見ていた。

『あれ。この子、僕を見ているというより……』

 一歩だけ、近づいた。少年も、怯えた顔のまま一歩後ずさった。

「なんだなんだ?」

 そんなとき、水を飲み終えてジェコたちもやってくる。

「ああぁ!」ポメよりも何倍も大きなジェコを見て、少年は大きな悲鳴を上げてすぐさま柱の裏に隠れる。しっぽに括りつけていた鈴が、チリンチリンと鳴り響いた。

「ポメ君、あの子ってここの子か?」

「分かんないけど……多分」

「なるほどねぇ」

 それを聞いて、ジェコは少年にずんずんと近づいていった。自分たちには、敵意はないよ。そう思わせるように、何も持っていない手を広げて。

「ほ、ほら~。オイラたちはあやしいもんじゃないよ~」

 でも手を広げるその仕草は、体の大きなジェコだからこそ、まるで今にも掴みかかってきそうな迫力があった。

「デデ、あれって逆効果だよね」

「あぁ……誤解される前に、やめさせた方がいいんじゃないか?」

 リンリンと、小さく鈴の音が響いていた。怖くなって、体を震わせているのが分かる。

「ん……?」

 デデは別の方を振り向いた。耳をぴくぴくと立てて、まるで何かを探るようにしている。

「こっちからも鈴の音がする……」

 ポメも振り向くと、向こうから風のようなものが吹き荒れるのが見えた。その風の中に、素早く走る小さな姿。

「お前ら、なにもんだ!」

 目で追うのもやっとのそれは、ジェコの方へ真っ直ぐ飛んでいく。跳ねあがるとそしてその勢いのままぐるりと回転し、ジェコの頭を蹴り飛ばした。

「ぐえっ!」

 ジェコはぐらりとよろめき、井戸のへりに引っかかるとそのままぐるりん。勢いよく、どっぷんと中へ落ちてしまった。

「クゥ、大丈夫か!」

 いきなり現れたのは、クゥと呼ばれた子とよく似た少年だった。服装や背丈、毛の色も同じ……。

 でも歯をむき出しにしてポメたちを睨むその様子は、全然違うものだった。

「ま、待って! 僕らべつに悪い人じゃなくて……」

「そうそう、俺らはたまたま、ここに来てさ!」

 多分あのネズミたちは、ポメたちよりも年下だ。でもあの俊敏な動き……あんなのを見てしまったら。

『敵と思われたら、僕らまで蹴り飛ばされる!』

 でも何を言っても、少年は睨みながらじりじりと寄ってくる。そんな時、クゥが少年の裾を掴んだ。

「に、兄ちゃん……大丈夫!」

「でも、お前……」

「……おどろいちゃった、だけだから」

 

 ―――

 

「ふぅん、じゃあみんなは迷い込んで、ここに来たのか」

 クゥのおかげで、ようやく疑いも晴れてくれた。みんなで井戸の前に座り込んで、クゥもそのお兄ちゃんも、ポメたちに心を開いてくれたみたいだ。

「俺はツェン。弟はクゥって言うんだ。よろしくな」

「うん、宜しく。弟想いなんだね」

「へへ。その……あのワニのお兄さんは、大丈夫か?」

 ポメはくるりと振り返った。井戸のそばで、ジェコは上着をぎゅうっとしぼっている。顔をさすっているけど、いつもの笑顔のジェコだった。

「多分、大丈夫だよ。あとできちんと、謝れば」

「そっか。ごめんな……どう見ても、クゥを襲ってるように見えたからさ」

 急に蹴りかかってきたけど、話してみると意外と優しい感じが伝わってきた。なんだか、ポメも少し安心した。

 その横で、デデはまだ不思議そうに辺りを眺めている。ポメも空に目をやった。

 キラキラと輝く、まるで宝石に包まれたようなところ。どの町でもこんな光景は、見たことがなかった。

「しっかし……フロッカにこんなとこがあったなんて、知らなかったぜ」

「知らないのも、無理ないだろうね」

 ツェンが立ち上がって、くるりと振り向いた。

「元々ここは昔、盗賊の隠れ家だったらしいんだ。だから人目につかないのは、当然さ」

「当たり前なこと聞くけどさ……二人は、盗賊なんかじゃないんだよね?」

「それはもちろん! ここにいるヒトたちは、なんていうかその……」

 明るくなっていたツェンの顔が、だんだんと暗くなっていった。

「ごめん、へんなこと聞いちゃったね……」

 ツェンはぶんぶんと顔を振ると、くいくいとしっぽを振ってみんなを招いた。

「なぁみんな、疲れてるだろ? うちに案内するからさ、休んでいきなよ」

「おぉ、助かるぜ!」

 ツェンが先陣を切り、クゥはその後ろでポメたちをちらちらと見ながらついていった。

 デデやジェコ、ロココもあとをついていく。

「ねぇ、フォル……」

 その中で、ポメはまた一番後ろに立っていた。ここなら、怪しまれることなくフォルと話せるからだ。

「どうしタ?」

「あのクゥって子さ……」

「あァ、多分……」

 そう言って、ポメもそれ以上は言わずに、クゥの方を見た。フォルの顔を見れば、考えてることが同じだって、分かったからだ。

「オレが見えるやつガ、お前以外にいたなんてなァ」

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