第34話 ~巨大迷宮、フロッカ峡谷で待つものは...~
―――
マイマイでの旅路は、心地のよいものだった。
「やっぱりいいねぇ、マイマイって」
すがすがしいほどに広がる荒野。そこを横切っていくのは、四匹のマイマイたちであった。ゆれるマイマイの上で、乾いた風がポメたちの鼻をくすぐる。
「こうやってのんびりした旅ってのも、オツだよなぁ」
ポメとジェコ、二人は仰向けになってすっかり夢心地な気分だ。視界に広がる青空を見ているだけで、目が癒されていきそう。
「まったく……アンタたちももうちょっと、シャキっとしなさいよ」
ふいに、ロココのじっとりした声が聞こえてきた。顔を上げると、冷たい目でポメたちを睨んでいた。
「ご、ごめん。つい、気持ちよくって」
ふと、先頭に立つデデの方を見る。ちらりとこっちを見るデデと目が合うと、すぐに前を向いた。
「い、いい天気でよかったよね。もしこんな時に……雨に降られたらびしょ濡れだもん」
「雨避け用の屋根を張ればいいだろ」
「そ、そっか……」
どうにも、デデと話すとばつが悪いや。ポメはふうと息をつくと、左右に広がる視界を見渡した。
どこまでも続く、荒野の世界。草木はわずかにしかなくて、ブロックのような土の山が点々とあった。
アルメリシアにいるだけじゃ、見られないような景色。写真とかでは視たことがあるけど、その中に自分がいると思うと、なんだか少し、不思議な気分だった。
トン、トン、タカコン。
そんな時、かろやか音が響く。ジェコが体中にぶら下げたなべやフライパンを、リズミカルに叩いていた。
「ふふ、僕も入ろっと」
ポメもトランペットを手にとって、そのテンポに合わせて吹き始めた。とんとん足拍子を踏み鳴らし、マイマイの上は陽気な空気に包まれた。
ロココのしっぽが、メトロノームのように揺れていた。それもたのしげな揺れ方。ポメたちの演奏に乗せて、ごきげんに鼻歌もうたっている。
ポメはちらりとデデの方を見た。パッと見、とくに変わってないようだけど……。
『ふふ、でもデデもノってるね』
ポメは見逃さなかった。手綱を持つ指が、とんとんとリズムを刻んでいるのを。
ちょっとは、ごきげんになったかな。そう思い、ポメはトランペットをくるりと回して、訊ねた。
「ねぇデデ、次の町ってなんてとこなの?」
「あぁ……そうだな」デデは前を見すえながら答えた。「トリキリデって、確か授業で習ったよな」
「うん、最近の授業だよね」ポメは頭にあるノートをぺらぺらとめくっていく。
「えーっと確か、王国ができるずっと昔から栄えてるとこで……国で三番目に大きい街だよね!」
ポメは指までパチンと鳴らして、得意げに答える。それを見て、デデはふんと鼻で笑った。
「それに、街の真ん中には巨大な樹が生えてる。トマリギよりもでっかいな」
トマリギよりも、大きい樹。それは一体、どんなものなのか……想像してみても、ポメには思い浮かびそうにもなかった。
「ま、行けば分かるわよ」
ロココはぼそっと呟くようにそう言った。
「ロココさんは、行ったことがあるの?」
「あったりまえでしょ。アタシは由緒正しい旅楽団、ヒナコリにいたんだもの」
まるでポメに倣うかのように、ロココも指をパチンと鳴らして答えた。
―――
「見えてきたぜ」
マイマイを止めて、デデはそう言った。ついに、トリキリデに着いたのだろうか……そう思ったけども、目の前に広がるのは、山々に囲まれてできた、深い谷底へと続く道だった。
「ここはフロッカ峡谷。なにも面白いもんもねぇ、ただの通り道さ」
「すごい……でっかい」首をぐいっと曲げて、ようやく山のてっぺんが見えるくらいだ。
「見とれてる場合じゃないぜ。ほら、見ろよ」
デデは道の先を指さした。道は峡谷の前で、二手に分かれている。
「お前なら、どっちへ行く?」
一つは、そのまままっすぐ、峡谷へと進んでいく道。もう一つは、横に曲がってそのまま、峡谷を沿ってぐるりと迂回する道だ。
「迂回する道って……遠回りなの?」
「あぁ。途中でトマリギがあるけど、そこで一泊しなきゃいけないだろうな」
「まっすぐ行けば?」
「今日中に、ギリギリ辿りつけるハズだぜ」
「…………」
ポメはもう一度、峡谷に目をやった。道はまるでヘビのようにうねっていて、いくつも分かれているようだ。本当に、こんなとこを行って早く着けるのか、不安になってきた。
「大丈夫、道しるべはちゃんとあるからよ」
「それなら……どうしてわざわざ迂回する道なんてあるの?」
「……昔、ここに盗賊が棲みついてたって話があるんだよ。ま、今はもうそんなのいないけどな」
「じゃあ今は、大丈夫なんだね……?」
ポメはじっとデデの目を見る。デデは鼻をふんと鳴らして、にくたらしくほほ笑んだ。
まるで怖がってる僕を、楽しんでるみたい。ポメはそう思うと、少しだけむっとした。
ポメにとって、トリキリデには一日も早く着きたい。なんてったってこの旅は、ルーチ・タクトを……お母さんを探す旅なんだから。
ポメは振り返った。ジェコとロココと、目が合う。
「オイラは、どっちでもいいよ」
「アンタは早くお母さんを見つけたいんでしょ?」
二人の笑顔を見ていると、選ぶ気持ちが楽になった。
「それじゃあ、まっすぐ行こう!」
「よし来た」
手綱をバチンと弾くと、マイマイはゆっくりと峡谷の中へと進んでいった。
―――
峡谷の中は、まるで巨大な迷路だ。それに、空もとても遠くにある。
どっちが北で、どっちが南か。どこをどう進んでいるのか、見当もつかなかった。
きっと、目印がなかったらたちどころに迷ってしまうだろう。でもマイマイの進む道には、目印が立てられている。
赤い布がくくられた杭が、道の所々に打ち付けられている。これを辿れば、峡谷を迷わずにいられるのだそうだ。
でも、不安はあった。
「……思ったよりも、薄暗いね」
道の途中には、光が差し込む場所がある。でもそれもほんのわずかで、通り過ぎてしまえばまた薄暗さに包まれた。
「まったく、いや~な感じね」
「はは、こういう時に昨日のへんな奴らが出てこないといいけど」
ジェコは笑っているけど、その声は震えていた。いくら盗賊はもういないと言っても、盗賊以外の怖いものがいそうな……そんな雰囲気が漂っている。
「ったく、心配性だなぁ」デデは振り向くと、ため息混じりに言った「今はまだ真っ昼間なんだぜ? 大丈夫だろ」
「う、うん。そうだよね」ポメは明るく答える。でも体中にまとわりつく寒気は、ぬぐえなかった。
こういう時は、音楽でもやってパーっと明るくしないと! そう思ってポメはもう一度トランペットを取り出す。
「ね、ジェコさんも一緒に」
「…………」
何も答えないジェコに、ポメは首を傾げた。ただじっと、何もない方を見つめていた。
「どうしたの?」
ジェコは指を持ち上げて「静かに」の合図をした。
……ごくり。ポメは唾をのみこんだ。空気がずんと、冷たくなる。ポメは辺りの音にじっと耳をこらす。
聞こえてくるのは、岩の隙間を抜けていく風の音。それに舞ってサラサラと崩れる土の音。苔が僅かに擦れる音だって聞こえてくるくらい、静かだった。
「でも、何もへんな音はしないよ?」
「……いや、なんか妙な感じがする」
マイマイを止めて、みんなぐるぐると周りを見る。でも何も見えない。暗闇にじっと目を凝らしても、誰もいやしない。
「ははは……気にしすぎじゃないか?」
せせら笑って、デデが振り返る。その時、こつんと何かが頭に当たった。
豆粒くらいの、小さな石。ふと、デデが上を見た。そして、思わず言葉を失った。
「あ、う……上だぁ!」
デデの叫び声に、ポメたちも顔を上げた。真上にある、岩々の隙間に広がる暗闇。その向こうに、暗闇とは違ううごめく黒い影があった。
「ちょ、ちょっとウソでしょ!?」
影は岩を伝いながら、どんどん下りてくる。とても、マイマイの速度では振り切れない速さだ。
「くそ、マイマイは捨てて逃げるぞ!」
みんなはマイマイから飛び降りて、一斉に走り出した。
今度は誰もはぐれないように、しっかりとみんなに目を配って。
先頭を走るのは、デデだ。曲がりくねった道を駆け抜けて進んでいく。
でも進む分かれ道の先には、目印となる杭がなかった。だからと言って、迷っている時間なんてない。デデは直感で進んでいく。
「ね、ねぇ。これって本当に正しい道なの?」
「今は逃げるのが先決だろ!」
どっちが来た方角で、どっちが行くべき方角かも分からない。進めば進むほど、なんだか暗さが増していくようだった。
でも、今度は絶対に、はぐれたりしない。その強い意志だけは持って、ポメたちは走り続けた。
「あぁ~もう! こんなんじゃらちが明かないわ!」
するとロココはくるりと振り返った。黒くうごめくものは、まだ遠くにいる。それを見すえながら、ロココは懐から何かをばら撒いた。
「ロココさん、早く逃げないと!」
「ふん、いいから見てなさい」
次に取り出したのは、チューバ。ぐるんぐるんとしっぽの上で回転させて、構えると同時に大きな音を鳴らした。
ブウウゥン。
重い音色が、岩に反響して何重もの音となって響き渡る。
ロココの足元で、バチバチと光がまたたいた。まるで花火のように激しく光る球。それがポコポコと浮かびあがって、目の前に光の壁を作り出す。
「照明用の譜面石、持ってて正解ね」
譜面石の光が消えないうちに、ポメたちは走り出した。
「でも、ここから出られるのかな……」
不安は渦巻いている。でも今は、逃げるのが精いっぱい。
オロオロさまに捕まったら、おしまいだ。明るいところを目指して、ポメたちは走り続けた。
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