第32話 ~魅惑のタワーケーキ -銀色の雪をふりまいて-~
―――
応援合奏団の演奏に、観客たちによる声援。それらに包まれて、料理対決は、順調に進行していった。
ジェコたちのスペースからは、ふんわりとしたバターの香りが漂う。オーブンから出てきたのは、いくつものケーキのスポンジだった。
「よーしデデくん、それ指示通りに置いてってくれ」
「あぁ」デデは言われた通り、スポンジを並べていく。「でもよ……こんなに沢山のケーキを一度に作るのか?」
「ふっふ~ん、ちょっと違うさ」
ボウルを手にしたジェコは、並べていったスポンジに生クリームを塗りたくっていった。そしてその上にスポンジを乗せて、またクリームを塗る……。複数のケーキがどんどん大きくなっていって、やがて隣のケーキとくっついていった。
「まさか、これ全部合わせて、一個のケーキにするのか?」
「その通り!」
まるでレンガを積み上げるように、ケーキはうまい具合に積み上がり、やがて一つの山へとなっていった。。
でも、どれほど大きくなってしまうのだろう……その"土台"を見るだけでも、デデは今まで見たこともないような巨大なケーキが出来上がるのではないかと、ときめいた。
「こりゃ見た目のインパクトだけでも、優勝はもらったかもな!」
デデも手馴れてくると、ジェコとの息もピッタリ合うようになって、ペースアップしていった。観客や審査員たちの見守る中、ケーキはどんどん高くなっていく。
「ふん、アタシたちも負けてないわよ……」
一方カルカルからは、鼻をくすぐるような香ばしい匂いが立ちこめていた。いつもの肩車なフォーメーションのパクチーたちの前にあるのは、ドラム缶のように大きな鍋。
ごろっとカットした野菜や食用マイマイを加え、特製ハーブをパラパラと。スパイシーな香り漂うそれは、カレーであった。
「し・か・も、ただのカレーじゃないわよ。アタシたちが色んな地方のカレーを味わって研究の末に作り上げた、究極のオリジナルカレーなんだから」
見栄えこそジェコたちのケーキのように派手ではないけども、その香りは容赦なく食欲を誘っていた。甘い香りはかき消されて、審査員たちは思わず涎をぬぐうほどであった。。
「ま、でも"コレ"を使えばアタシたちに負けはないんだけどね」
そう言って取り出したのは、例のペッパーミル。ガリガリ、てっぺんを回していくとその音に反応して、宝石がチカチカと輝く。誰にも見えない"もや"が、ぶわっと広がっていった。
もやはまたたく間に、浮船を包んでいく。司会者、審査員たち、そしてジェコやデデまでも……。
「な、なんだこれ……なんか、頭がぐらぐらする……」
くらり。まるで立ちくらみのようなものが襲ってきて、デデはよろけてひざをついた。
まるで会場全体が、大きく揺れているような感じ。その中で、ケーキともカレーとも違う、不思議な匂いが襲ってくる。それはとても強烈なのに、いやな匂いじゃない。
顔を上げると、パクチーの姿が見える。その表情は黒い笑顔に満ち溢れているけども、デデにはそれが違って見えたのだった。
「な、なんだろう……あいつら、すっげぇ神々しいや……」
三人が縦に並ぶトーテムポールの姿はどこかおかしなものだったけど、今はまるで違う。もし料理の神さまがいるとしたら、きっとあのような姿をしているのだと、今言われてしまえば、信じてしまいそうだ。
そしてそんな風に見えていたのは、デデだけじゃなかった。
「なんてこった……オイラが、あんなヒトたちに勝てるはずないじゃないか……」
ゴトン。ボウルがジェコの手からすべり落ちる。そのまま力がなくなるように、ジェコはドスンと膝をついた。
さっきまで、料理人として燃えていたその瞳も、今はただパクチーを拝むものになっていた。
「ふふ、勝負あったわね」
対戦相手だけでなく、審査員たちも完全にパクチーの虜になっている。パクチーは勝利を確信して、にやりと笑みを浮かべた。
「そうか……この大会は元々、勝負が決まってたのかもな……優勝は、あのヒトたちしか、あり得ない」
ジェコの手は、落としたボウルを拾うことはない。それどころか、手は空へ向かって伸びている。パクチーたちに称賛の拍手を送ろうとしていたのだ。
でも、そんな時……ジェコの手がピタリと止まる。
『あ、あれ……なんだこの感じ……』
胸の奥で、ドンドンと力強く鳴っている。その音に耳をすませると、頭がすうっと晴れていくようだった。
振り返ると、二つの星座が浮かんでいる。それはトラのチーム、キツネたちのチームが残してくれた譜面石。それらが応援合奏団の音色に反応して、力を出していたのであった。
「へへ……なんか奥底から、アツいのがみなぎってくるみたいだ」
ジェコは立ち上がって、スティックを取り出した。カチャンカチャとリズミカルに調理器具を打ち鳴らすと、トラのチームの譜面石は更に光り輝く。
「あぁそうだ……父ちゃんが言ってた。料理は途中で投げ出しちゃいけないんだ!」
まるで全身に巡る血が、はげしくたぎるよう。いてもたってもいられなくなって、ジェコは走り出した。デデが動けない分、二人分の機敏な動きを見せて、一人でケーキを構築していった。
「キィ~、なによあいつ。なんでアタシの虜にならないのよ!?」
料理を続けるジェコに怒りを露わにするパクチー。そんな中、ある音が耳に届いた。合奏団の方から、ボォ~っと空気を響かせる低い音。
「な、なんでよ……」
その音で、パクチーの顔から笑顔がすっと消えていく。なにせそれは、合奏団にいるはずのない、チューバの音だったのだから。
「なんでチューバがいるのよぉ!」
浮船から離れたとこを遊泳する、合奏団を乗せた船。その中には、チューバを抱えたロココ、それにポメが乗っていた。
『やった、ロココさんのおかげでうまくいきそうだ!』
ロココの隣でポメもグッとガッツポーズをみせた。浮船を覆うもやは、だんだんと晴れていく。誰にも見えなかった、ポメにしか見えてなかった光景。それが晴れると、パクチーの上で漂うその本体の姿を、ようやく目にすることができた。
「あれは……貝?」
それは大きな身をはみ出た、二枚貝の姿をしたものだった。
貝の隙間から怪しく光る目に、はみ出た身の先についた宝石。それらはペッパーミルの宝石についていた赤い宝石と、同じ色をしていた。
「う、ぐぐぐぅ……やめろぉ。私にこの音を、聴かせるんじゃないぃぃ……」
アレにとってチューバの音色はとても苦しいのか、パクチーたちの上でのたうち回っている。そしてかすかに残っていたもやも、風にさらわれていった。
「な、なによぉ……こんなのおかしいわよぉ!」
パクチーは顔を赤くして頭をぶんぶんと振った。でも一番上が暴れると、それは下の方にも響いていく。パクチーたちのフォーメーションは、ぐらりぐらりと倒れそうになっていた。
「に、にいちゃん~。こんなとこで、ペースみだしちゃだめだよぉ」
「そうだよ兄ぃ! あんな楽器に乱されるなよ!」
「うぅ……そ、そうよね」
弟たちの声を聞いて、パクチーは大きく深呼吸をする。ペッパーミルを持ち直して、キッとジェコたちの方を見すえた。
「アタシたちは、この国一番の料理人になるって、決めたもの。あんなヤツらに、負けるわけにはいかないわ!」
パクチーの中で、アツい闘争心が芽生えた。チューバの音を気にすることなく、パクチーはカレー作りを続行した。
そしてもやも晴れたことで、デデもようやく正気を取り戻した。
「あ、あれ……俺はいったい」
頭をぶんぶんと振って、ゆっくりと立ち上がる。ふと振り返ってみると、デデはぎょっと目を丸くした。
目の前には完成間近の超巨大ケーキ……でもその土台の大きさは、さっきまで作っていたものより一回り大きいものになっていた。。
「な、なぁジェコ。これっていくらなんでもデカすぎないか?」
「いいや、これでいいのさ!」
もっと大きく、もっと派手に。自分の中で燃える料理魂が、まるでそう訴えるかのよう。ジェコはその声に従って、より大きなケーキを作っていた。
「なんか、やりすぎな気もするけど……」でも、このままじっとしているわけにもいかない。「仕方ねぇ、やるか!」デデもその勢いに乗るように、ジェコの元に駆けつけた。
―――
そうして、料理対決は終盤を迎えようとしていた。ここぞと盛り上がるところだけども、観客はあまりの光景に声を失って、固唾を呑んで見守っていたのだった。
観客たちが見ているのは……ジェコの作るケーキだ。それは家の屋根くらい軽く越えてしまうほどの、時計台のように天を刺すようなタワーケーキとなっていた。
でもみんながそれに目を奪われているのは、大きいというだけじゃない。それは風が強く吹くだけでも"しなって"しまうので、いつか倒れるんじゃないかとみんなハラハラして見ていたのだった。
「よーし、てっぺんまでフルーツは盛り付けたな」
木組みの巨大な脚立から下りてきたジェコは、一息ついてそう言った。
「これでもう、完成なんだよな?」
デデは不安げに聞いてみる。でもジェコは低く唸りながら、首を横に振った。
「まだ何か、足りない気がする……」
きっと本来のジェコなら、これでも完成にしていたかもしれない。でもキツネたちのチームが愛用していた譜面石、ひらめきを授けてくれるという譜面石が、料理としての探求心を揺るがしていたのだった。
「いいだろこれで。もう十分だよ!」風が吹けば倒れてしまいそうなタワーケーキを前に、デデはまくしたてるようにジェコに言い寄った。「へんに凝ったりしたら、キツネたちのチームみたいに失敗するかもしれないんだろ!」
「キツネたちの、チームみたいに……?」
ジェコの頭に、予選の試合の光景がよみがえっていく……。
あの時、キツネたちのチームは惜しくも負けてしまった。完成間近で、料理をひっくり返してしまったからだ。そしてその原因となったのが、あのムササビの振り撒いたコショウ。
ムササビの空を飛んで、調味料を振りかけるという技。あれは料理でありながら、まるで美しいショーのようだった。かけていったパウダーが、まるで雪のようで……。
「雪のような、かぁ」
ジェコは振り返る。そこには、使っていなかったアザラン―ケーキなどにかける、銀色のつぶのお菓子―が入った大きな袋があった。
それを見た時に、ジェコの頭の中で、色々なキーワードがぐるぐると回転し始めた。タワーケーキ、アザラン、ムササビ、そしてデデ……。
それらが組み合わさると、ジェコはパチンと指をはじいた。
「よ~し、デデくんのサイコーの見せ場、思いついたぞ!」
「はぁ、なんだよそれ?」
ジェコはアザランの入った袋を取ると、デデに渡した。デデにとっては肩に担ぐのがやっとなほど大きいそれは、まるでサンタクロースの持つ袋のようだ。
「デデくん、飛ぶんだ!」
渡されて、ジェコはすぐにそう言った。その瞳には、まるで熱く燃えているようにギラギラと輝いている。
「……今、なんて?」
「キミの跳躍ならきっと、あのトラさんたちよりも高く飛べる。このケーキを越えるほど飛んで、それを振り撒くんだ!」
「いや、いやいや! いくらなんでも無理あるだろ!」
ジェコ特製のタワーケーキは、まるで巨人のように立ちはだかっている。トラのチームなら、あれを飛びこえるくらいできるかもしれない。でも、デデは違う。デデはウサギでも、トラのチームのようなジャンプ力は流石に持っていなかった。
「飛ぶのに自信がないのなら」ジェコはむんずと、デデの体を掴んだ。あまりに突然のことで、デデも訳が分からないまま、ジェコはぐぐっと体をかがめる。
「な、なぁ……かな~り危険なこと、しようとしてないか?」
これから起こること……それを想像すると、背筋がぞわっと冷たいものが走った。
「ウオォオウッ!!」
大きな掛け声。それと同時にジェコはかがんだ体をばねのように勢いよく伸ばし、デデを空高くまで打ち上げた。
「くそぉぉ、マジでやるのかよおぉぉ!」
まるで弾丸のように、デデの体は勢いよく飛んでいき、あっという間にケーキを飛び越えてしまった。
「ええい、こうなりゃヤケだ!」無我夢中で袋をひっくり返すと、辺り一面に銀の粒がが舞っていく。
まるでそれは、季節外れの雪景色であった。大きなケーキについたアザランは日を浴びてキラキラと輝き、ケーキが星をまとっているかのよう。
この一瞬の間だけ、観客たちもしいんと黙ったまま、それを眺めていた。
「あ、あれ……これ、落ちる場所って……」
そしてデデの体は、空からゆっくりと、ぐんぐんと勢いをつけて落ちていく。でもその先は、ケーキタワーの中腹だった。
「や、ヤバい……よけねぇと!」
しかしどれだけで空でもがいても、デデの体はまっすぐケーキへと向かって、そのままべちゃんと衝突した。その衝撃はケーキ全体に響き渡り、ぐらりと傾いた。
そして傾いたその先は……パクチーのチームの厨房だ。
「え?」「あ?」「は?」
ケーキの影に覆われて、パクチーたちはようやく顔を上げた。でももう、ケーキは目の前。パクチーが「逃げるわよ!」と言う前に、ケーキは容赦なく三人を押しつぶした。
どしゃあん!
ケーキとは思えない衝撃が床を叩きつけ、浮船がぐらりぐらりと揺れる。
辺りは一瞬にして、ケーキだらけになってしまった。白くてぐちゃぐちゃした雪原の前で、ジェコや審査員、司会者もただ茫然としていた。
「え、ええと……」静まりかえる中、司会者は口を開く。「こ、これは……両者とも、料理失敗ということで……引き分け、ということに?」
しかしクリームの中から、パクチーが息も絶え絶えに姿を現した。
「うぅぅ、アタシの最高傑作が、こんなクリームまみれにぃ……」
でもパクチーたちが作っていたカレーも、ひっくり返ってほとんどがダメになってしまっている。
最後の力を振り絞って、クリームまみれのカレーを指ですくって舐めてみた。
「う、ウソでしょ……」
それはやはり、思い描いていたカレーの味とは違った。口当たりがマイルドで、甘みと辛みがお互いを邪魔せず、見事にマッチングした、パクチーも味わったことのない上品な味に仕上がっていたのだった。
「これって……アタシが求めていた、最高……の……」
最後の力を振り絞って言ったその言葉は、試合終了の銅鑼によってかき消されてしまった。
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