第31話 ~チューバを響かせろ!ロココの大作戦~
―――
浮船では、決勝戦の準備が整えられていく。三チームが競っていた舞台も今や、ジェコたちのためだけに広々とした調理スペースへと変わっていった。
「すっげぇ……オレたちのためだけの、舞台なんだな」
振り返ると、ケラケラには大勢の観客。こんなにも沢山のヒトに見られるなんて、今までなかった。人前で演奏するのに馴れているデデも、少し恥ずかしくなった。
「へへん、やる気が出てくるな」
一方ジェコはと言えば、デデとは正反対。声援を受ければ受けるほど、やる気がぐいぐいとみなぎるのを感じていた。
「いいよな、プレッシャーを感じないのってよぉ」
「ふふん、デデくんだっていつか、こういう舞台に立つのが夢なんだろ。だったら、そのデモンストレーションだと思って、やってみたらいいんじゃないか?」
「ふぅん、デモンストレーション、ねぇ……」
デデはもう一度、観客たちの方に体を向けた。
たくさんの視線。それらがすべて、自分たちに向けられている。
『聖地巡礼に選ばれれば、きっとこれくらいの観客を前に、演奏するんだよな……』
バシバシ。デデは自分のほっぺたをつよく叩いた。ジンジンと痛む中で、目の前の景色がさっきよりもはっきりと見える。
「よっし、料理だってヒトに楽しんでもらうもんだしな。がんばるぞ!」
二人がやる気に満ち溢れたところで、司会者が現れた。「それではこれより、決勝戦を開始します!」喉の調子を整えると、観客にまで聞こえるほど大きな声を辺りに響かせた。
「決勝戦ではケラケラ、カルカルそれぞれの代表チームが料理を披露し、それぞれの町長及び前回の優勝者である、料理大将の三人の判断によって、優勝者が決められます」
しんと静まり返る中で、司会者の声ははっきりと聞こえる。ジェコとデデは胸の高鳴りの押さえながら、しっかりと聞いていた。
「そして決勝戦の料理は、試合終了後も観客たちに振る舞うのを想定しております。料理の大きさも、審査に含まれますよ!」
「沢山かぁ……」ジェコは唸った。でもその表情は、少し楽しそうだ。「作りがいがありそうだな!」
ゴゴゴと音を立て、ケラケラ側とカルカル側を分かつ仕切りが、ゆっくりと下りていく。遂に、ジェコたちとパクチーたちは対面することとなった。相手が誰であろうと、余裕の素振りを見せるパクチーたち。そのいかにもな料理人のスタイルで、少し緊張が走るジェコたち。
「俺たちだけで、やれるかな……」
「オイラたちだけじゃないさ」
ジェコはくいと後ろを指さす。「トラのチームさんやキツネたちのチームさんが残してくれた、譜面石があるだろ」
この決勝戦では、予選に落ちたチームも譜面石を置いて代表チームの後押しをすることができる。料理人たちが、自分の士気を高めるための譜面石。それが後ろにあると思えるだけでも、とても心強かった。
でもパクチーたちにとっては、そんなのは眼中になかった。「アタシたちは、誰の力も借りない。アタシたちの力だけで、アンタたちも虜にするわよ」
お互いに、睨み合う。睨み合って、絶対に負けるものかという気持ちがぶつかり合っていた。
「それでは決勝戦、開始ぃ!」
決勝戦を告げる、銅鑼の音が大きく鳴りひびいた。
―――
試合会場から響く銅鑼の音。そこから遠く離れた大きな建物。窓から顔を出すネコの男の姿があった。カルカルの副町長である。
「くっくっく、始まったなぁ」
ピンと張ったひげをくいくいと弄り、高級な茶葉を使ったハーブティを一口。すうっと鼻を抜ける爽やかな香りを堪能しながら、それをテーブルに置いた。
「あいつらの"力"のカラクリは分からんが、とにかく近くにいなければ安全らしいな。この場所でゆったりと、戦いを見させてもらうよ」
副町長には、これからのシナリオが目に浮かぶように想像できていた。パクチーの力によって、あの会場にいる者すべてが、彼の虜となる。相手チームはもちろん、審査員としている町長までもだ。
カルカルの町長がパクチーたちの虜となれば、パクチーを使って失脚を狙うことだってできる。ウワサによれば、パクチーに魅了されたどこかの男は、家を売っぱらってまで彼の料理を求めるほど魅了されたと聞いているのだから。
「しかし本来なら、カルカルの町長だけに料理を振る舞えば済む話だったが……あいつら、料理対決に出してもらうことを条件にしてきたものだからな。ずいぶんと、手間がかかったものだ」
でもこれでようやく、町長の座を掴むチャンスが巡ってきた。そんな未来像を思い浮かべながら、副町長はポットを取りトクトクと注いでいく。
そんな時、トントンとノックの音が響いた。
「こんな時に……誰だ?」
「あの~……アタシたち、町長さんからお願いされてきたお手伝いの者なんですけど~……」
「お手伝いだとぉ?」
副町長は少し、怪しんだ。そんな話は聞いていないのだから。
だけども今は、気分がいい。お手伝いの者が来ようが来まいが、これから起こることに変わりはないのだから。
「ふん、入っていいぞ」
ガチャリ。ドアを開けて入ってきたのは、ひらひらとした白黒の服を身にまとった、小さな二人組である。大きなしっぽが特徴的なリスの女の子と……白いキャップを深く被って顔を隠そうとする、犬の子であった。
「どうも~、お掃除させていただくわ♪」
「よ、よろしく……」
どうにもこうにも、副町長は怪しんだ。何せ服装もそこそ似合っていて、お手伝いの者に見える。でも漂うオーラはどこか、その掃除のカリスマを感じない。
「……ま、いいだろ。さっさと済ませろよ」
「は~い。ほら、行くわよ」
「うぅ、なんで僕までこの格好……」
幸いにも追い出されることなく、こうしてポメとロココは副町長に近づくことができたのだった。
―――
「……というわけだから、多分あのヒトたち、チューバの音が苦手だと思うんだ」
それは遡ること、十数分前。パクチーと副町長の会話を聞いて、すぐあとのことだ。
「だからあのヒトたちの近くで聴かせれば……その、どうにか、上手くいくんじゃないかな」
でもポメは説明しながら、少しだけ不安になった。きっとチューバの音を聞かせれば、あのもやの力が弱まるはず。でもそれは、もやが見えていたポメにしか分からない。
それをロココに説明することが、どれだけ大変か。
もし相手が普通の人だったとしたら。チューバの音を聴かせる……それだけで、どうにかなるとは思えない
「うーん、なるほどねぇ……」
ロココは首をかしげて、ついでにしっぽもくるりと縮まっていった。まるで半信半疑。そんな顔に、ポメには見えていた。
『やっぱり、信じてくれなくても……もやのこと、話すべきかな』
自分にしか見えていないもの。それを話して、信じてもらえるか分からない。でも今は、一刻を争う時だ。
「……いいかもしれないわね、それ」
ポメが正直に話そうかと口を開く直前、ロココはぽつりとつぶやいた。
「ああいう気取りなヤツって、自分の環境が乱されると上手くいかないものだしね。ほら、職人さんとかも、作業中に食べたり飲んだりするものに、こだわりがあるヒト、いるでしょ?」
どうやら、納得してもらえた。ポメはほっと息をつくも、ロココの表情はまだ険しいままだった。
「問題は……どうやってチューバの音を聴かせるかね」
「そうだよね、うーん……」
ポメも一緒になって、考える。頭をひねって、浮船のあの形をイメージしながら、自分たちが行けそうな場所を……。
「ま、なんとかなるでしょ」
ロココはくるり、きびすを返すと、とんとんと跳ねるような足取りで歩いていった。
「ロココさん、どこへ行くの?」
「ふふ~ん、イイ作戦があるわよ」
ロココはまず、パクチーたちにチューバの音を聴かせるには、浮船のすぐ近くで演奏する、応援合奏団に紛れ込めばいいと言った。でもそこにチューバが入るのは、副町長が止めている。
つまりまずは副町長を、どうにかしなければならない。それについても、ロココには「アタシに任せなさい!」と言っていた。
ポメにとっては、どんな作戦なのか何も分からない。でもロココさんの考える作戦だから、うまくいきそうだと思っていたのだった。
―――
思っていた。思っていたのだけど、
「まさか、こんな格好をするなんて……」ポメはひらひらしたスカートをぎゅっと押さえて、そう呟いた。
ケラケラ、カルカルでは、上級の家に住むお手伝いさんは、この格好が正装である。とはいえ、これはどう見ても女の子の服。
でもせっかくのロココさんの作戦なんだ、あれこれ言うのも悪い気がすると、ポメは思っていた。
『それにロココさんからの"圧"も、なんだかすごいし……』
「あらら、おじさんエリがヨレてますねぇ~」
「ちょ、なんだお前!」
ロココはといえば、積極的に、すごくノリノリにやっている。副町長の前に喰いかかるかのように、迫っている。
でもこれも、ロココさんの作戦だ。ポメは懐から"あるもの"を取り出して、テーブルへと近づいた。そこにはさっきまで副町長さんが飲んでいた、ハーブティの入ったコップ。
『ロココさんが言うには、これで大人しくなるって言うけど……』
粉状のあるものがなんなのか、ポメには分からない。分からないけども……今はロココさんを信じるしかない。ささっとハーブティの中に混ぜると、僕はロココさんに小さくオーケーサインを出した。
「失礼しました~」
しっぽをフリフリ、ロココは副町長から離れると、ハーブティを取って副町長へと渡そうとした。「これでも飲んで、落ち着いてね♪」
「ふん、言われなくても」副町長はハーブティを奪い取るかのごとく掴み取って、ぐいと一気に飲み干した。
その時の、ロココの表情はポメからは見えない。見えないけども、そのゆったりと揺れるしっぽ、小刻みに揺れる背中。それらが、今とっても悪い顔をしていると、物語っているのが分かった。
「ん、あぁ……なんだこれはぁ……」
ぐらり、副町長の体が大きくゆれる。コップを持つ手がどんどん傾いてって、中身のないコップはこつんとテーブルに落ちた。
なんだかとっても、具合が悪そうな感じ。でも副町長の顔は、とっても幸せだった。
「なんだかぁ……こりゃあ、ゆめごこちだぁな~」
「……ロココさん。アレって結局、なんだったの?」
「ん~、ヘンなもんじゃないわよ。マタタビっていうの。知らない?」
ガサゴソ。ロココはぐったりしている副町長を押しのけて、上から一つ一つ机を引き出していく。
「ふふ~ん、やっぱりあったわね」
三つめの引き出しに手を突っ込むと、星の形をしたバッジを取り出した。
「これは応援合奏団がつけるバッジよ。これをつければワタシたちも……応援合奏団に紛れ込んで、ヤツらにこの、チューバの音を聴かせてやれるはず!」
「すごい……そういうのがあるって、ロココさん、よく分かったね」
「ま~ねぇ」ロココは得意げに、鼻を高らかにしていた。「アタシのいた楽団、ヒナコリでもこれ付けて演奏したことあるもの」
ふと窓を見ると、ポメは顔色を変えた。もう決勝戦が始まっている。
「ロココさん、早く行こう!」
「そうね!」
ぐにゃりと丸くなる副町長を押しのけて、ポメたちは全速力で駆けていった。会場のすぐそば……応援合奏団が乗る船に向けて。
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