第29話 ~開幕・炎の料理対決!赤い光と、あやしい香り~

 ―――


「それでは、試合開始!」

 開場から、ゴウォンという銅鑼の音がけたたましく鳴り響く。それを合図に、チームは一斉に動き出す。料理大会の火ぶたが切って落とされたのであった。

「へいへいリーダー、派手にやろうぜぇ!」

「おう、いっちょ手ごたえのあるモン持ってきな!」

 真っ先に動き出したのは、筋肉質なトラたちの三人チームだ。

 彼らはケラケラで料理店を営む三人組。そこでは料理だけでなく、調理をしながら鍛え上げられた肉体を見せるワイルドなパフォーマンスが人気であった。

「リーダー、いいモンがあったぜぇ!」

 運んでくる食材が会場の奥から現れると、観客のみならず、他のチームのみんなも言葉を失ってしまった。ずんずん、とてつもなく大きな、丸く赤い影が、会場に姿を現したのだ。

「お、おいジェコ……ありゃいったい、なんなんだよ!」

 それは、大の大人が数人がかりで運ぶのもやっとなほどの、巨大な赤い果物であった。

「おぉ、ありゃ"ジャイアントクイーン"じゃないか!」

 ジャイアントクイーン……それは料理人であれば、一度は耳にしたことのある、オルゴア王国で伝説の、三大果実の一つ。ドゥブールで一年に一度、運が良ければ実ると言われている。

 いつもはドゥブールの住民にだけ振る舞われる果実なのだが、収穫されたのがこの大会と重なったので、今回は特別にここ、ケラケラに運ばれたのだった。

「ようし、みんなの見えるとこに置きな!」

 ドスン。ジャイアントクイーンが置かれると、ぐらりと浮船は少しだけ傾いた。

 リーダーはなれた手つき包丁を引き抜く。その包丁もまた、ジャイアントクイーンに負けず劣らず……コントラバスのように大きく、まるで大剣と呼べるような代物だ。

「へへ、みんな見てるな……派手なカットショー、見せてやるぜぇ!」

 そう言うとリーダーは、空に向かって大きく咆える。空はまるでビリビリと震える。ゴウキは大きく屈むと、床を強く蹴り上げ、ジャイアントクイーンを軽々飛び越えるほどに飛び上がった。

 ギラリ。鈍く輝く包丁を振り上げて、落ちていく。ジャイアントクイーンに目がけて。その剛腕で力強く、大きな包丁を振り下ろした。

 スッパァン! 新鮮な音が辺りに響き渡る。

しかし果実は切れていない。しぃんと静まり返る中、リーダーは力強く床をダンと踏み鳴らした。

 その音を合図に、ジャイアントクイーンは綺麗に真っ二つに割れて、まるで祝福の噴水のように、果汁は飛沫を上げた。

「へへぇ、どうだぁ!」

 その声を合図に、町中は一瞬のうちに、大きな歓声で沸き上がった。歓声を浴びながら、リーダーはガハハと大きく笑ってみせた。

 

「まずいね、僕らも負けてらんないよ」

「ほいな! ちゃちゃっといきまっショ!」

 次に動いたのは、キツネの男とモモンガの女のチームだ。

 彼らは各地のトマリギで商売をする、旅の料理人。ケラケラでこそ料理を披露したことはないが、その腕前は旅人やトリたちにはお墨付きである。

 キツネの男はかまどにフライパンをずらりと並べ、食材を手際よく投入していく。みじん切りした野菜に、ごろっとしたサイズにカットされた魚たち。またたく間に、フライパンは豊かな彩りに囲まれた。

 次に取り出したのは、沢山の鈴のついたスティック ―スレイベル― である。先を食材たちに向けて構えると、前髪を大きくかき上げた。

「料理は、火が命だよぉ!」

 シャンシャンシャン。スレイベルを鳴らすと、持ち手に埋め込まれた譜面石から星座が噴き上がった。

 蛇のように、少しうねりを見せた一本の星座。それに合わせてダイナミックに踊り、クールにリズムを刻んでいった。

 譜面石は輝きだすとかまどの火は一斉にぼうっと、火力を増した。これぞ、スレイベルに埋め込まれた譜面石の力である。

「ふっふ~ん、ここでアタイの出番よ!」

 キツネの男の上を飛び越えて現れたのは、ムササビの女であった。自慢の飛膜を巧みに操りながら、優雅に滑空している。

 そこで取り出したのは、調味料の小瓶であった。フライパンの上からささっと振りかけ、またすぐに別の小瓶を取り出し、パラパラとかけていく。

 二人の絶妙で一体感のあるコンビネーションに、観客も大いに盛り上がっていた。声援を受けながら、二人は爽やかな笑みを浮かべた。

 

「おいジェコ、俺らも負けてらんないぞ!」

 二つのチームの、目を奪うような調理風景に、流石のデデもたまらなくなっていた。しかし当のジェコといえば……目の前に料理を並べて、まだ何を作るか考えていたのだ。

「どんな食材でも使っていいんだよな? うーん……どんなのにしようかな」

「もう、なんでもいいだろ。早く!」

「まーまー、そう焦るなって」

 ジェコは今まで味わってきた、食材の一つ一つを思い浮かべていった。それはドゥブールで味わった果物だったり、そしノウィザーで食べてきた色々な魚だったり。

 それら一つ一つが、どこかでピッタリと、パズルのように組み合わさるはず。色々な組み合わせを思い描いて、導いていく……自分にしか作れない料理を組み合わせて出来る料理。

 ある果物と、ある魚……それらがある生地の上で重なった時、ジェコの頭に料理の形が一気に浮かんできた。

「よーし、決めたぞ。デデくん、オイラが言うものを持ってきて!」

 

 ―――

 

 料理の試合はだんだんと激しさを増して、観客たちもヒートアップしていくようだった。

 けども、ポメたちの方はといえば、ヒートアップとは真逆の雰囲気であった。

「見てるだけじゃ、つまんないわねぇ」ロココはふうと息をついて、ぐいっと体を伸ばした。その視線はもう、浮船の方なんかに向けられていなかった。「もっと近くで見られたら、よかったのに」

「カルカルはどうなってるんだろう」

 ポメは浮船の仕切りをじっと見て、そう呟いた。

 ケラケラとカルカル、それぞれの街のチームの料理対決は、それぞれの街でしか見られない。これはケラケラとカルカルの、昔から続く料理対決の伝統ルールの一つだそうだ。

「ねぇロココさん……どうせなら、カルカルの方も見てみる?」

 そう言ってポメが指を差したのは、ケラケラとカルカルを渡るいくつものボートであった。

「あら、いいわねぇ」空を仰いでいたロココも目を向けると、しっぽがきゅっと引き締まったようであった。

「そうと決まれば、早速行きましょ!」

 ロココはぴょんと飛び跳ねると、ひゅうと風のように階段を駆け下りていった。

「……デデたちは、うまくやるかな」

 もう一度、試合の様子を見てみると、デデが食材を運んでいて、ジェコは白くてもちもちとしたものをこねているところだった。

 これから一体、何を作るのか。それは分からないけども……二人の表情は楽しそうで、とても真剣だった。

「……あの二人なら、大丈夫そうだね」

 

 船着き場までくると、ヒトもまばらになっている。それでも川を渡るのに必要な、数少ない場所だからか、乗船を待ちわびる人たちで行列ができていた。

 しかしそれ以上にボートもたくさんあって、ポメたちの出番はすぐに回ってきた。カワウソの船員が案内をしてくれて、二人は小さなボートに乗り込んだ。

「う、うわわ」

 乗り込んだ瞬間、ボートはぐらりぐらりと大きく揺れた。当然と言えば当然だけど、何せポメは、一度も船に乗ったことがない。足場が大きく揺れるという感覚は、少しの恐怖を覚えたのだった。

「ふふん、すぐに馴れるわよ」

「うぅ……ひっくり返ったり、しないよね?」

 カワウソの船乗りは、後ろに固定されたオールでかきまわすように操作した。ボートはぐんぐんとスピードを上げて、進んでいった。

 マイマイでは味わえない、風を切るような感覚。波しぶきを上げて進む光景はまだちょっと怖いけども、ポメは不思議と心が躍るような気分だった。

 

「ここがカルカル……ずいぶん、景色が違うんだね」

 ボートから下りて、一番最初にポメの目に入ったのは、びっしりと密集する高い建物たちだった。ケラケラのように建物の間隔も広くはなくて、通路はまるで路地裏のように狭い。

「とくにああいうのは、この街にしかないしね」

 そう言ってロココが指さしたのは、建物の間にかかる小さな橋だ。それもいくつも、まるでクモの巣のように、建物から建物へと繋がっている。

「ねぇねぇ、上の道を通って行ってみようよ!」

「もう、迷っても知らないわよ?」

 建物から、建物へ。まっすぐでない変わった道を、ポメたちは進んでいく。

 地上とは違った道は、たちまち方向を見失いそうになるけども、ポメたちには道しるべになるものがあった。建物の隙間から流れ込んでくる、観客の溢れる歓声だ。

 更に階段を上っていくと、建物の屋上へと着いた。少し離れているけども、試合の様子がよく見える、絶好の場所だ。

「でも、もうすぐで終わりそうねぇ」

 三つのチームのうち、まだ料理を続けていたのはブタの三兄弟のチームだ。ケラケラでも変わった料理を見てきたけども、あのチームはとくにへんてこなものであった。

「あのチーム……なんだかヘンテコだね」

 三人は縦に一列……文字通り、肩車をして。まるでトーテムポールのようなフォーメーションを取っていた。

 しかしそのフォーメーションも、絶妙に彼らの調理スタイルにしっかり合っていた。まずは一番下の男。

「さぁさぁ、火力は絶好調だ!」

 彼はまるで曲芸師のように、鼻から炎を噴き上げている。タネを明かしてしまえば、鼻の奥に埋め込んだ譜面石が炎を生み出しているだけであった。

 しかし燃えるものもない空中で燃え上がる炎は、まるで打ち上げられた魚のようにうねりを上げている。そんな炎の上でフライパンを操るのは、真ん中の男だ。

「ウヘヘ、いつにもましてあついねぇ~」

 ただでさえ肩車をしていて不安定なのに、手つきもそれ以上にふらふらとしている。中身をひっくり返すのではないか? そんな不安がよぎるほどだ。

 でもその絶妙なスナップは、上手い具合に食材をかきまざっていく。炒められていく食材、それをじっと見つめていたのは、てっぺんの男だった。

「それじゃあ、仕上げといこうかしら?」

 懐から取り出すのは、木でできたペッパーミルだ。ペッパーミルを回すと、ガリガリと、中身がすりつぶされる音が響く。

「あれ、なんだろう……なんか、キラキラしてる」

 その音に反応するように、ペッパーミルのてっぺんが赤く光っていた。

 あの光は……赤い宝石だ。ペッパーミルからは胡椒とは別に、虹色の"もや"が噴き出していった。そのもやは、どんどん大きく。あっという間に、会場中を包み込んでいってしまう。

 そのもやの中で、何かが二つ、赤く輝いているのにポメは気づいた。

「ねぇロココさん、あれって……」

「ん、どうしたの?」

 指さすポメを見て、ロココは不思議そうに首を傾げた。

 周りを見てみると、他のヒトたちも何も気にしていないように、声援を送っていた。

『もしかして、僕にしか見えてないの?』

 ポメはなんだかいやな予感があした。あの怪しい光ににたものを、前にどこかでも見た気がしたから。

 もやは、浮船に立つ他のチームを包み込んでいく。もやを吸い込んでいったヒトたちは、だらんと腕をたらし、体から力が抜けていくよう。目つきもうつらうつら、眠たそうになって、みんながじっと、ブタたちのチームを見ていた。

「あ、あぁ……あのチームの作る料理、なんていい匂いなんだ」

「まるで匂いだけで……とろけてしまいそうだ」

 他のチームはふらふらと、ブタのチームへと歩み寄っていった。まるでその料理に……そのブタたちの、虜になってしまったように。

「ふっふっふ……これでみぃんな、私たちの料理のとりこよ」

 料理人がにやりと影のある笑みを浮かべると、もやの中から不気味な笑い声が響いた。

 でもそれも、ポメにしか聞こえていない。

『あれは、そうだ……ハルシャギに憑りついていたものと、同じものだ!』

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