第27話 ~その男、ヒューイ ー 風のウワサを紡ぐ者~

「僕のことを、呼んだの?」

 ポメは男に近づいていった。だけども近づけば近づくほど、なんだか得体のしれない気味の悪さを覚えた。ちらりと後ろを振り向いて、ポメは少し離れたところで足を止めた。

 よく見るとその男は、少し若い感じがする。ジェコよりほんの少し年上くらいか。だけども全身からにじみ出る雰囲気はとても、ジェコくらいの年頃と同じとは、思えなかった。

 男は持っていたコップをくいと一口飲んで、小さく笑みを浮かべる。

「君は、ポメくんだろ?」

 男の言葉を聞いて、ポメはぞくっとした。誰かも知らないようなヒトが、自分の名前を知っているんだもの。

 こういう時、学校でもよく言われたことがある。知らない人が名前を知っているということは、とても危険なことだって。

「こいつ、かなりヤバくないカ?」

 耳元でそっと、フォルは呟いた。ポメも静かにうなずいて、一歩、一歩と後ずさりをした。

「クックック……悪い悪い、そんなに怖かったか?」

 男は肩を揺らして笑うと、その不気味に輝く金色の目が、ゆらゆらと揺れる。ポメはいよいよ、ぐぐっと地面を強く踏みしめた。もし変な動きをしたら、すぐに逃げられるように。

「イリイって記者さん、知ってるだろ?」

「イリイさん……?」

 だけどもその名前を聞くと、足の力はすうっと緩んでいった。

 イリイ……それは、ポメたちがアルメリシアに帰る道中、トマリギで出会ったカラスのお姉さんだった。

「なんで、イリイさんを知ってるの?」

「そりゃあまぁ、仕事柄、話す機会が多くてね」

 今まで誰かも分からなかった不気味な男。だけどもイリイとの知り合いというのを知るだけで、あれだけ不気味にあやしかった瞳が、少しやわらかく見えた。

 男は一歩前に出ると、階段の影から現れて、その姿がよく見えるようになった。薄汚れた臭いが染みついたトレンチコート、そしてそのポケットからちらりと見えるのは……手帳のようだった。

「……もしかして、新聞記者さん?」

 ポメは恐る恐る聞いてみた。だけども男は、小さく首を横に振る。

「残念だけど、ちょっと違う」

 男は緑のキャップのふちを掴むと、ほんの少しだけ深く被り直した。

「俺の名前はヒューイ。いわゆる、情報屋ってのを生業としてる。新聞屋とは情報交換をすることも多くてね……イリイから、お前の話を聞いてたのさ」

「……そういうことだったんだ」

 このヒトが名前を知っている理由は、理解できた。だけどもそれだけじゃあ、まだ信用はできない。ポメの耳はぴくぴくと、後ろにも張るようにしていた。

「で、その……ヒューイさんは、なんで僕に、声を掛けたの?」

「なぁに、情報屋として、俺なりにさ……君の力になれるんじゃないかと、思ってね」

 力になれるって? そう言いたげにポメは首をかしげるけども、ヒューイは小さく鼻で笑うだけだった。

 だけども答えなくても、ポメの中にはだいたい想像できていた。イリイに話したことは、色々ある。自分が誰の息子なのかを。そして今、その母親のいるルーチ・タクトが、どうなっているのか……。

「……お母さんたちのこと、何か知ってるの?」

 ポメはたまらなくなって、一歩踏み出してそう言った。ヒューイの顔は変わらなかったけども、ほんの少しだけ、うつむいた。

「その"知ってる"か"知らない"かというだけでも、情報屋にとっては商売道具になるんでね。悪いけど、簡単には教えられないよ」

「つまり……お金が必要ってことね」

 お金でお母さんの手がかりがつかめるなら、何もあてのないポメにとっては、どうしても欲しいものだ。

 だけども今のポメには、まんぞくにお金も持っていない。

「でも、そうだな……」

 ヒューイは手帳を取り出して、コートの裏から羽ペンを取り出す。青みがかった黒い羽の、ヒューイと同じ目の、金色の宝石がついた羽ペンだった。

 その様はあの時の、イリイと似たような雰囲気が漂っていた。イリイとは違って、あやしい雰囲気を漂わせてはいるけども。

「キミなら、顔なじみのよしみってことで、初回無料で情報を一つ、与えてやろうか?」

「タダってこと?」

 ヒューイはやわらかく微笑んで、ゆっくりとうなずいた。

「そ、それじゃあ!」

 ポメは身を乗り出す勢いで、ヒューイに迫った。だけどもそんなポメの目の前を、白い影がザザッとさえぎる。

「ポメ、お前なァ……少しは考えろヨ」

 低く唸るような声でそう言うフォルの目は、ギラッと針のように鋭かった。

「何もコイツの話を聞くなとは言わねェ。でもヨ……まずは本当かどうか、今すぐ分かりやすい質問をした方ガ、いいんじゃないカ?」

 それって、どういう意味さ。そんなことを言いたげに、ポメはフォルに目で訴えかけた。その目はフォルを突き抜けて、ヒューイの目にも刺さる。フォルが見えていないヒューイにとって、それはとてもふしぎなもので、小さく首を傾げた。

「俺たちは今、誰を探してル? まずはそいつらのことを聞いて、それからお前のかーちゃんのこと、聞いた方がいいんじゃないカ?」

 そう言われて、ポメの頭には二つの影が浮かんだ。一番に会いたい、お母さん。その後ろに、ちらりと浮かぶ、二人の顔……。

『……そうだ、今はデデとジェコさんを、探さないと』

 ポメは頷くと、ヒューイの光る金色の目を、じっと見つめた。

「……それじゃあヒューイさん、僕の友達がどこにいるか、分かりますか?」

「友達? 俺はてっきり、お母さんのことを聞くと思っていたんだけどなぁ」

「…………」

「……なるほど、そういうことね」

 ヒューイも何かを感じ取ったみたいで、にやりと微笑む。そしておもむろに、ヒューイは手帳を開いた。

 羽ペンを手帳に乗せると、ひゅうとか細い口笛を一瞬だけ吹いた。その時、ふわりと、ヒューイの周りに風が舞った気がした。

「いいさ。その情報も、俺の手元には"ある"からな……」

 ヒューイの周りに、ふしぎな色をした"もや"が見えた。それはふわりふわりとヒューイの体にまとわりつき、羽ペンを持った手首に集まっていくようだった。

「ただ、気をつけな。新鮮な情報ってのは、時にはヒトを惑わす時もあるからな……」

 さらさらと、文字が書き記されていく。そして書き終わると同時に、ふしぎな色のもやはふわりと消えていった。

 羽ペンを懐にしまうと、慣れた手つきで手帳の一枚をビリッと破き、それをポメに渡した。

『商人と商人、二つの町がぶつかる場所は、

 職人と職人、二つの組が競う場所に変わる。

 手がかりは、その上に浮かぶ舞台。

 行くべきは、空へ伸びる金の塔。』

 そこには、流れるような線で、詩のようなものが書かれていた。

 職人だとか、金の塔だとか……なんだかピンとこない言葉ばかり。ポメはふしぎそうに、首を傾げた。

「あの、もっとはっきりしたのは、ないの?」

「悪いね、風のウワサは気まぐれなのさ」

 そう言ってヒューイは手帳をポケットにしまい込むと、店を出ていこうとした。ポメは一瞬だけ、戸惑った。このまま、追いかけるべきなのか。でも追いかけたとこで、何を聞けばいいものか。

「キミとはまた、いつか出会えるかもね。キミの探しているものは、その時に聞けばいいさ」

「なんでそんなことが、分かるの?」

「さぁね……ふと、そう思っただけさ」

 ヒューイは足を止めて、ちらりと振り向いた。コートの襟と、帽子のふちに隠れた顔からは、あのあやしい金色の目だけがよく見えた。

「またな……」

 ガラン。ヒューイは扉を開けるとすぐさま人ごみに紛れていって、風のように消えていった。

「あいつ、やっぱり怪しいナ?」

「うん……」

 ただポメには、あのふしぎな"もや"まだ、頭にちらついていた。ああいうものを、前にも見た気がしたから……。

「ポーメーくん!」

 声を聞いて、ポメは振り返った。するとロココが人ごみをかき分けて、こちらに戻ってくるところだった。

「ろ、ロココさん……それって」

 ポメは乾いた笑みを浮かべて、ロココの手に持っていたものを指さした。それはさっきまでなかったはずの、鉄のジョッキ。そこからはつんと鼻を刺すような、甘いお酒の匂いが漂っていた。

「ん、これ? まー気にしないでよ」

 気にしないでよ、とは言われても。ポメは何かが言いたくなってもどかしくなったけども、その何かを言うのを、とめた。その代わりに、もっと大事なことがある。

「それより……デデたちはいたの?」

 だけどもそれを聞くやいなや、ロココはむっと口をへの字に曲が曲げてみせる。言わなくても、答えはなんとなく伝わった。

「まったく、あいつらどこに行ったのかしらねぇ」

「やっぱり……これを頼るしかないのかな」

 そう言ってポメは紙を広げる。それはポメがさっきまで持っていなかったはずのもの。ロココはふしぎそうな目で、その紙をじろじろと見つめた。

「なによそれ?」

「うん……情報屋って人がね、ただでくれたんだけど」

「な~んか、うさんくさいわねぇ」

 ロココも紙を掴んで、二人でじっくりと目を通していく。一つ一つの行を、何度も目を往復させて、頭をひねらせていった。

「二つの町は……ここのことね。ケラケラ、そのすぐ隣にカルカルって町があるのよ」

「でも、手がかりはその上に浮かぶ舞台って……どういう意味なんだろう?」

「それに、職人ねぇ……なんの職人なのかしら?」

 全体を通して読んでも、一つ一つ読んでも、謎ばかり。ポメもロココも、一緒に並んで首を傾げた。

「でもま、ケラケラとカルカルの間を指してるわけよね。そこにちょっと行ってみましょうか?」

「うん」

 ロココはくるりと紙をまるめて懐にしまうと、二人は店の外へと走り出した。

 だけどもケラケラとカルカル、その中央となる場所への道なんて、知るよしもなかった。ポメたちにとっては、方角だって分からないのだ。

「どうやって行けばいいんだろ……」

「ふふ、大丈夫よ」

 そう言ってロココの指さす先には、建物の二階部分に取りつけていた大きな看板があった。

『川への道は、こちら!』おおきな矢印と、様々な色で、お店の名前がいくつも刻まれていて、目を離せないほどに派手な看板だ。

「ケラケラとカルカルの間にはね、川が流れているのよ。あれを目印に進めば、着くはずよ」

 そう言うやいなや、ロココはぴゅうと風のように走り出した。ポメも慌ててついていく。

 だけども、なんとも看板から目を離せない。ただ川の行き先を示すだけの看板なのに。見れば見るほど、おかしい気持ちになってくるのだ。

「……ねぇフォル、なんでわざわざ川までの行き先なんか、書いてるんだろ」

「さぁナ。でもまぁ、行けば分かるだロ」

 ポメはふわふわと揺れるロココのしっぽを見つめて、追いかけていった。

 走っていると、なんだか心にワクワクが押し寄せてくるようだった。思えばノウィザーやドゥブール、初めて訪れる町にはいつも、ワクワクがいっぱいだ。何も知らない場所は、不安でいっぱいだけども、自分たちの知らない楽しいものでいっぱいなんだ。

「きっと川にも、面白いものがあるかも……」

 最初の看板を曲がると、またすぐに次の看板があった。そしてそれを追い越せば、次の看板……。

 町なのにずいぶんと曲がりくねっているようで、まるで看板に化かされて、ぐるぐると回されているような気さえした。だけども確実に、ヒトの数は増えていく。増えて増えて、進むのが、やっとなくらいに。。

「ね、ねぇロココさん……他に道って、ないの?」

「そんなこと言われても、看板を頼りに進むしかないでしょうよ!」

 七つ目の看板が見えた頃には、とてももう進めそうになかった。ロココたちの目の前には、シロサイたちの集団がでんっとロココたちの行く手を塞いでいる。

「ちょっと~、どきなさいよ!」

 だけどもこんなにも騒がしい中では、ロココの金切り声だって霞んでしまうほどだった。そうこうしているうちに、右やら左やら、後ろまでもどんどん大きな種族のヒトたちが押し寄せてくる。

「こ、このままじゃ……つぶれちゃうよ!」

 もはや周りにある建物すら見えないくらいに、大きなヒトたちの壁に囲われていた。ポメは唯一誰もいない、空を仰いだ。誰もいない空。そこにはアルメリシアではまず見ない、高い建物が視界に入っていた。

『すごいや、空が小さく見える……』そんなことを思っていると、ポメはふと、あるものに目が留まった。

「ねぇ、ロココさん……」

「ん、どうしたの?」

 いくつもある建物、その中でもひと際高い建物……時計塔に、ポメは指をさしていた。

「あの紙に書いてあった"金の塔"って……時計塔のことじゃないかな?」

 その時計塔は、別に金色はしていなかった。でもポメはそのてっぺんに目をやっていた。そこには、大きな金色の鐘がぶら下がっている。

もしここから見える空で金の塔と呼べるものがあるとしたら、あれかもしれないと、ポメは思った。

「そっか、あそこに上れば……きっと周りが見渡せるわね。さっそく行きましょ!」

 ロココは人ごみに隠れている、時計塔のある方へじっと、目を凝らした。人ごみは次々に流れていって、そして隙間ができては消えていく……その中でほんの一瞬、出てくるはずの時計塔までの隙間を見つけるや否や、「今よ!」と声を上げて猛スピードで突っ走った。ポメも慌てて追いかけて、なんとか時計塔へ入ることができた。

「わぁ……中ってこうなってるんだね」

 一階からてっぺんまでの、吹き抜けの塔。そこには時計を動かすための歯車やらが、ゴウゴウとけたたましく動いていた。

 アルメリシアにも時計台はあるけども、こうして中を見るのは初めてだった。だけども、感心している暇はない。ロココはピョンピョンと飛び跳ねるように木組みの階段を駆け上がっていた。ポメも急いでついていく。

 てっぺんまでの道のりは、中々険しいものであった。だけども、平野での追いかけっこと比べれば、大したものじゃない。

 息を切らしながらも、ポメはなんとかてっぺんまで登りきった。目の前には、自分よりも何倍も大きな鐘……だけども今はそれに見とれている場合じゃない。ポメとロココは縁の方へ駆け寄り、外を見渡した。

「なんか、すごい人の数だ……」

 そこから見えるのは、時計塔のすぐそばを走る、大きな川。その川のギリギリまで、ヒトはぎゅうぎゅうになっていた。

 そして川の向こう側、カルカルもまた同じような感じだった。

 これだけ集まっているならば、何もやっていないはずがない。川をじっと見ると、その真ん中には、丸い島が浮かんでいるように見えた。

 だけどもそれは、島ではない。表面は木組みで、ふしぎな形をした船だと分かった。その上にもなんだか様々な色の服を着たヒトたちが立っている。

「もしかしてあれが、職人なのかな……」

「それよりも、今はデデたちを探すのが先決よ。ほら、人ごみの中から探しましょ」

 そう言ってロココは、ケラケラの中からくまなく二人を探し始めた。あの生意気そうな顔をしたデデは、この距離じゃ見えないけども、あの大きくて緑色の腹をしたジェコだったら、きっと見えるだろうと。

 だけども、ポメはどうにもあの船から目が離せなかった。なんだか、目を逸らせない、そんな雰囲気を、ポメは感じ取っていた。

 そして一人一人の顔をじっと見ていると、ポメはついに、見つけた……。

「ロココさん……あそこだよ」

「え、どこよ?」

「あの、船のとこ」

 ロココもじっと目を凝らす。ポメたちが探し続けていた二人が、そこにいた。

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