第25話 ~夜空の下の、野菜スープ~

 ―――

 

 そこは、アルメリシアから離れたとこ。ケラケラ・カルカルへと続く道の途中には、廃墟が広がっていた。

 そこには大昔に町があったのだけども、住む人もいなくなって今ではこの通り。真夜中ともなると辺りは真っ暗になり、がれきの影の闇もいっそう深くなっていた。

 そんな中でポメたちは、たき火を囲んで座っていた。たき火の上にはぐつぐつと煮えるスープの入った鍋が掛けられていて、少しの調味料を加えつつジェコはゆっくりと大きなスプーンでかき混ぜていた。

「……でもよぉ、こんなに長い道のりなら、途中にトマリギくらいあってもいいのにな」

「そーよねぇ。マイマイでだって、渡り切るのに一日は掛かるって話だし」

 体をぐいと伸ばしながら愚痴を言うデデに、ロココもうんうんと頷いた。

 オルゴア王国では、町と町を繋ぐ道が長ければ、その途中の丁度いい場所にトマリギが植えられているものだ。

 だけどもここは廃墟のど真ん中。がれきのせいで、トマリギが根を生やせないのだそうだ。

 その代わりに旅人はここで野宿をしたりするので、寝袋や食器などの道具が放置されていた。

 それらを借りてポメたちは、ここで一晩野宿をするのであった。

「でもさ、こうして夜空の下でのキャンプもオツなもんだろ?」

 鍋をかき混ぜる手を止めずにふふんと鼻歌をうたいながら、ジェコはそう言う。この静かな廃墟でも、ジェコの陽気な鼻歌のおかげで、ポメたちの周りだけは明るい空気に包まれるようであった。

「夜は寒いし、スープでも飲んであったまってくれよ」

 お父さんからもらった食料で作った、あつあつのスープ。ポメはそれを受け取ると、立ちこめる湯気が鼻先に絡まり、ほっこりするような温もりと優しい甘い香りを感じていた。

「それじゃ、いただきます……」

 角切りのイモをスプーンに乗せて、ぱくっと口の中へ放り込んだ。イモは噛み砕くとほろほろと崩れて、スープと一緒に喉の奥へと流し込まれる。ジェコ流のスパイスが後味にアクセントを加えつつ、お腹の奥で安心するような温かさが広がっていった。

「うん……美味しい、すごく美味しいよジェコさん!」

「へへ、ありがと」

 続けてロココとデデも一口。ロココは口の中でゆっくりと野菜の味をころころと味わいながら、ごくんと飲み込んだ。

「へぇ~、ポメくんのお父さんが持ってきた野菜、いい味ね」

「ま、悪くないけど……俺のばーちゃんが作るスープにはかなわないな」

「……二人もオイラの料理、素直に褒めてくれたっていいんだぜ?」

 二人とも、なんだかんだ言っても、スープをごくごくと飲み干した。この冷え込む中で温かなスープはどんどんおかわりもされて、スープはあっという間になくなった。

「よし、じゃあ食器洗ってくるか」

「僕も手伝うよ」

 ポメとジェコは食器を持って立ち上がり、湧水のあるとこへと向かった。たき火から離れた暗い道、カンテラを持って先導するジェコの後ろをポメがついていく。

 だけども暗くて足元の見えない中では、辺りに落ちていたブロックは中々の脅威であった。慎重に進んでいくも、ポメはそのうちの一つに足をひっかけた。

「うわわ」

 とっとっと、なんとかバランスを取とろうとするも、体はその勢いに堪えきれず、ポメの体は前に倒れ込んでしまった。

 ぼふん。だけども倒れ込んだ先にあったのは、ジェコのしっぽ。それはクッションとなって、ポメとその手に持つ食器を落とすことなく見事に受け止めてくれた。

「はっはっは、足元には気をつけろよ」

「う、うん……ごめんなさい」

 湧水のとこにつくとジェコとポメはしゃがみ込み、カンテラの僅かな明かりを頼りに一食器を洗っていく。ポメはお椀やスプーン、その一つ一つを丁寧に。思ったよりも冷たい水にも我慢しながら洗っていると、ポメはなんだか妙な気分に包まれる。

 その正体は、顔を上げてみるとすぐに分かった。ジェコは食器を洗う手を止めて、ポメの顔をじっと見ていたのだった。

「……なんか、顔についてる?」

「いや、ちょっとな」

 空を見上げると、淡い星の光が一面にあった。町の中にいたら見ないような、星がいっぱいの夜空……マイマイに揺られてノウィザーに向かう時も、こんな夜空だった気がしたと、ポメは思った。

「旅が不安なのは分かるけど……なんか、それとは別に思い詰めてるんじゃないか?」

「…………」

 ポメはぐしぐしと顔を拭う。少し濡れていた手が、顔をぐしょっと濡らした。

「この旅で……ジェコさんたちを無理に連れて来たんじゃないかなって、気になっちゃって」

「はっはっは、そんなことか」

 じゃぶじゃぶ。ジェコが食器を洗う時は、ポメとは違ってずいぶんと豪快に水を弾き飛ばす勢いがあった。隣にいるポメにも、その水しぶきが掛かるくらいに。

「この旅は君にとって、お母さんを探す旅だもんな。でもオイラにとっては、自分のための旅でもあるんだよ」

「自分のための?」

「あぁ。色んな町を見て回りたい……って、あの時も言ってたけどさ。見て回りたいのもちゃんとした理由があるんだよ」

 あの時……あのおばけの森で、みんなと交わした言葉。ジェコは色んな町を見て回りたいと、言っていた。それがそもそも、ノウィザーを旅立つ理由でもあったのだから。

「料理ってのはさ、その町の文化でも大きく変わってくるんだよ。どんな食材が豊富にあるかとか、昔からその土地に根付いた調理法とか……だから町を見て回るだけでも、料理の立派な勉強になるのさ」

「そっか……ジェコさんは、お父さんの跡を継ごうとしてるんだね」

「へへ、まぁな……道のりは険しいだろうけどね」

 ジェコの笑顔を見ると、ポメもにこりと笑った。自分とは違う、だけどもジェコもちゃんとした夢を持っている。そしてその話が聞けたのが、ポメはなんだか嬉しかった。

「でもヨ……夢はいっちょ前に語ってるけド、こいつただ兵士になるのが怖くて逃げてるだけじゃねえカ?」

 だけどもそんな中、フォルはいつものイヤミそうな笑みを浮かべながら現れそんなことを言った。

「……そういうこと、聞こえなくてもあんま言っちゃいけないよ」

 ポメはジェコに絶対に聞こえないように、手で口を隠しながらこっそりと囁いた。

「ともかくまぁ、もっとうまいもの食わせられるように、旅の成果を出していかないとな」

「う、うん! 僕も期待してるよ、ジェコさんの料理の腕が上がってくの」

 ポメにはポメの、ジェコにはジェコの"旅の目的"がある。きっと、デデやロココにも。そう思うと、ポメは少し体が軽くなったような気がした。

「綺麗だね、星空」

「あぁ、そうだな……」

 食器もすっかり洗い終わり、二人はふと夜空を眺めていた。きらめく星々はまるで、譜面石が生み出す光のよう。その星たちが紡ぐ旋律は何を思い描いているのだろう……。

 さてと、二人がまた食器に手を掛けようとした時、その場所の静けさが瞬く間に掻き消えることとなった。

「うわあぁぁ!!」

 二人は突然の悲鳴に、びくっと体を震わせた。聞こえたのは、デデたちのいた場所。

「な、なんだ今の……」

「何か、あったのかな?」

 ポメとジェコは顔を見合わせる。二人はうなずくと、食器をリュックに片付けてデデたちのいた場所へと駆けつけていった。

「二人とも、一体どうしたんだ?」

 辿り着いたジェコの言葉に、デデとロココはばっと勢いよく振り向いた。それはさっきまでの楽しげな雰囲気とは違う、何か恐ろしいものでも見て凍りついたような顔。それを見るだけでも、ポメとジェコに緊張感が伝わってきた。

「あ、アレよ……あそこに、なんかいる!」

 ロココの指さす先は、たき火の向こう。真っ暗闇で、何も見えない……見えないはず、だけども、確かに何かがいるような気配はあった。

「くそっ、姿を見せろ!」

 デデはたき火から火のついた木を掴むと、それを闇の向こうに放り投げた。その時に、ぼうと火の通る刹那に見えた。闇の中で、闇とは違う黒いものがうごめくのを。その中で光る、いくつもの目を。

 ポメの背中に、ぞくっと冷たいものが走る。

「こりゃア、あの時と同じじゃないカ……?」

 フォルはぽつりと呟いた。フォルの言う"あの時"がなんのことか、ポメも分かっていた。体の奥底からとめどなく溢れてくる生温かい恐怖に、自分の肩を掴んでさすった。

「……オロオロさまだ」

 姿こそ見えないものの、あの時だってちゃんと姿は見えていなかった。ただその闇の奥で、闇に混じっている様子、それは間違いなく……あの時に攫われた時と、同じだった。

「あ、あれがオロオロさまなのか……?」

 目が慣れてくると、そのうごめく影が前方をびっしりといるのが感じられた。それは十、二十だろうか……正確な数は分からないけども、ともかくみんなの手に負えるような数ではないと、それだけは分かった。

「……ねぇ、あいつら火が怖いんじゃない?」

 ロココは、デデが投げ込んだたいまつを指さしてそう言った。明るくなったたいまつの周りには、確かにオロオロさまが大きく離れているように見えた。

 暗闇みたいな体だから……明るいのが苦手なのかもしれない。ポメはそう思ってみんなと目を合わせると、みんなも同じことを考えて目を見合わせていた。

 四人はそれぞれ、たき火の木を手に取った。空に上げると、オロオロさまがゆっくりと後ずさりしていく。一つ一つの明かりは小さいけども、それでもオロオロさまを近づけさせないようにするには十分であった。

「そ、それじゃあよ!」上ずった声で、ジェコが慌ただしく言い始めた。「あいつら明るいとこが苦手ってんなら、このまま、朝まで待てばいいんじゃ……いてっ!」

「バカねぇ、朝までこのままいられるわけないでしょ!」

 ポメもデデも、静かに頷いた。朝日が昇るのが先か、たいまつが燃え尽きるのが先か……そんなのは、誰にとっても明白だ。

「残された道は、一つしかないな……」

 次の町、ケラケラ。ここからではまだ見えないけれども、この状況から助かるには、そこへ向かうしかない。

「……それしか、ないんだよね」

「ま、マジかよ……」

「まったく、いきなり厄介なことになったわね」

 ここからケラケラまで、どれほど離れているのか。それは見当もつかない。だけども……助かるには、それしか道がなかった。

「…………」

 みんなは静かに頷いて、ケラケラのある方へと体を向ける。オロオロさまもじりじりと寄ってくるのを見ると、デデはたき火に足を引っかけた。

「いまだ!」

 たき火をオロオロさまに向かって蹴り上げるのを合図に、ポメたちは一斉に走り出した。

 足の速いデデが先頭に、それに続いてジェコ、ロココ、最後にポメが後を追う形で走る。それでもみんな、離れないように。それぞれがたいまつを手掛かりに、一直線になって駆け抜けていった。

「くそっ……なんだってここは、こんなにも走りにくいんだよ」

 どこまで行っても、先頭を走るデデの行く手には崩れかけの廃墟が立ちはだかる。この暗闇の中でデデはそれを回避して、曲がりくねりながらも進んでいく。大丈夫、月が右側に見えていれば、町の方角に進んでいるはずなのだから。デデは空をちらちらと見て、みんなを導くように駆け抜けていった。

「ポメ、安心しろヨ。あいつら思ったより足が遅いゾ」

 後ろを確認するフォルはそうポメに耳打ちをした。ポメもまたちらりとだけ後ろを確認する。オロオロさまの姿はよくは見えないけども、目を凝らせば闇の中でうごめく影が分かる。少なくとも、大分引き離してはいる。「……でも、振り切るのは無理みたいだね」

「あァ、とにかくお前はちゃんと前を見て……」

 ガラッ。走るポメの足元で、大きな音が響く。それがなんなのかと、思うよりも早く、たいまつが手から離れ飛んでいき、ポメの体はぐんとその"下"へと引っ張られていった。

『な、なにがおきて……っ!?』

 そこは、今は枯れてしまった古井戸。底は浅いものの、それはポメをすっぽりと呑み込むように引き下ろしたのだった。

 デデたちは、ポメに気づかないまま走り続けた。どんどん、離れていく。そして追いかけてきたオロオロさまが、ポメの落ちた場所に追いつこうとしていた。

「ポメ、ヤバいゾ! このままだと……」

「…………」

「おイ、聞いてるのかポメ!」

 フォルは何度もポメの耳元で叫び続けた。だけどもポメにその声は届かない。落ちた時に頭を打ってしまったのか、気を失っていたのだ。

 穴の外から、オロオロさまの近づく音が聞こえてくる。このままじゃ、捕まっちまう。もうダメだ……フォルは捕まるのを覚悟していた。

 ……だけども、捕まることはなかった。偶然にもその枯れ井戸はがれきに囲われいて目立たなかったので、オロオロさまに気づかれることはなかったのだった。

「へ、へヘ……気ぃ失ってて、ある意味幸運だったかもナ……」

 井戸の中で、オロオロさまの走るカサリカサリという不気味な音が、響き渡る。その音の不気味たるや、それにいつ見つかるかも分からない中、フォルも自分は捕まっても問題がないとは言え、恐怖にブルルと体を震わせていた。

 そして……暫くすると、その音も聞こえなくなった。またあの静かな、廃墟に吹きすさぶ風の音だけが聞こえてくる。ポメはそのまま、朝まで目が覚めることはなかった。

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