第23話 ~旅は終わり、旅は始まる~

 ―――

 

 ポメはお父さんに、今までのことを全て話していた。オロオロさまに捕まって、連れ去られたこと。デデに助けてもらって、町を点々としながら戻ってきたこと。そしてジェコにロココ、出会ってきた友達のことも。

「そうか……」

 相づちを打ちながら、お父さんはそれを聞いていた。二人の前にはお父さんが作ったココアが置かれていて、静かに湯気を立てている。

「それで、ドゥブールでも色々とあったんだけど……最後にはロココさんも一緒に来てくれて、やっと今日帰ってこれたんだ」

「……色々と、辛い目に遭ったみたいだな。すまない」

「ううん、大丈夫だよ。こうして無事に帰ってこれたし……楽しいこともいっぱいあったしね」

 ポメだってお父さんがうかつに動けないことは分かっていた。何せ町が、こんな状態なんだから。

 そう、町では何かが起こっている。お父さんに会うことも大事だけども、それを知ることも、デデたちのためにも必要だった。

「それで、お父さん……町中にある、あの楽器の山はなんなの? アルメリシアで、なにが起きてるの?」

「そうだな……」

 お父さんは立ち上がると、ポメに背中を向ける。いつもの大きな背中が、心なしか小さく見えた。

「徴兵命令の後に、王都の兵士たちがやって来た。あいつらは町の人たちに、あるものを差し出すように命令したんだ」

「それが、楽器なの?」

 お父さんは背中を見せたまま、ゆっくりと頷く。

「なんで……なんでそんなことをするの?」

 楽器はこの町にとってだけでなく、国にとっても大切にされているもの。今じゃどの町でも、演奏を聴かない日はないくらいなのだから。

 それだけみんなの生活にあるはず楽器を、回収している。しかも、あんな雑に積まれて。それにどんな理由があるのか、ポメには想像もつかなかった。

「……楽器は全部溶かされ、資源として再利用するそうだ」

「資源って、なにをするつもりなの?」

「…………」

 何も言わないお父さん。そんな背中を見て、ポメはふと視界に入った仕事部屋の入口が気になった。

「そういえば、仕事部屋で何をしてたの?」

 お父さんは、何も答えない。ポメはイスから立ち上がると、仕事部屋の方まで行って中を覗き込んだ。

 机の上には、ばらばらに置いてあるいくつもの紙。何かの設計図にも見えるけども、その"完成図"は楽器の形をしていなかった。

「これって……」

 その完成図には、剣や槍などの武器、体の各部分に身に着ける防具が描かれていた。アルメリシアでは作られることのない、争いのための道具。

「こんな……こんなの作るの、やめようよ! お父さん、みんなで止めようとしないの?」

「そりゃここの職人たちはみんな、作るのに反対したよ。でも、逆らえばどうなるか……」

「…………」

 相手はあの、王都の兵士たちだ。だけどもこっちはただの職人。兵士なんか争うなんて、とてもできるはずじゃない。

 オロオロさまのことがあってから、ポメは何も知らなかった。でもこのアルメリシアで起きてることを知れば知るほど、王国全体がとんでもない道に進んでいる。それがはっきりとしていった。

「おいポメ、これは早くあいつらにも教えた方がいいんじゃないカ」

 フォルの言葉に、ポメは頷いて返す。町がどうなっているのか……最初はそれが気がかりだったけども、知れば知るほど話がどれだけ大事なのかが分かる。

『僕やデデはともかく、これはジェコさんやロココさんに教えないと……』

 ポメは帽子を被り直して、お父さんへと近づいた。

「お父さん……このこと、友達のみんなに伝えないと。僕、出かけてくるよ」

 しかしそれを聞くと、お父さんはすぐさま振り返る。いつもは無表情なお父さんが、今は目を大きく開いてポメを見ている。

「だ、だめだポメ……もう私の前から、いなくならないでくれ……!」

 お父さんはポメの元まで駆け寄り、かすかに震える手で、その体を抱き締めた。

「で、でも待ってるんだよ、友達は。みんなに教えてあげないと」

 お父さんの抱き締める力は、とても強い。絶対に離さんとするまい、どこへも行かせたくない。そういう思いが、その大きな手から伝わってくるほどに。

「……お父さん」

 もし行方不明だったお母さんが、ここにいたら。ポメもきっと抱きついて、離さないと思う。

「ごめん……」

 ポメもまた、お父さんの体に手を回し、ぎゅっと抱き締める。お父さん体がさっきよりも、熱くなっている気がした。

 

 ―――

 

 久しぶりの家では、夜はあっという間に過ぎ去っていくようであった。

 あれから結局、お父さんとはあまり会話もできないままである。いつもより少し早い時間に、二人ともベッドへともぐりこむ。

 でもポメは、中々寝つけない。どうしてもあの時、デデたちと交わした『戻ってくる』という約束が、ずっと頭を駆け巡っているのだから。

 約束は、破れない。例えお父さんのことを、裏切ることになろうとも。

「……やっぱり、行かないと」

「へヘ。夜中に外出なんテ、お前も不良になったナ」

「うっ……でもこれは、デデたちのためだもん」

 明かりは消したまま、ポメはゆっくりと部屋の扉を開けた。リビングはしぃんとしている。仕事部屋にも明かりはついていない。

「お父さんももう、寝てるよね」

「ま、こんだけ夜遅いしナ……」

 ポメは音を立てないようにゆっくりと、家の出口へと向かった。床をそっと肉球で押すように踏み、一歩一歩と。

「…………」

 家を出る手前で、ポメは足を止めて振り返った。そこには真っ暗な部屋が広がっている。お父さんも寝ていて、静かな自分の家の中。

「どうした、やっぱり怖くなったカ?」

「……ううん、なんでもないよ」

 暗闇の中だと、家の中の"匂い"というものは、はっきりと感じられる。自分の生活に染みついていた、懐かしい匂い。

「……ごめんね、お父さん」

 ポメは一度、二度と大きく深呼吸して、家を出て行った。辺りを見渡すと、こんな時間でも、衛兵が見回りをしているみたいだ。

 こんな時間に、外に出歩いている子どもを見たら、なんて思われるか……。ポメは見つからないように、路地裏を選んで静かに進んでいった。

「なぁポメ、一つ聞いていいカ?」

 そんな走っているさ中、フォルは横でふわりふわりと浮かびながら声を掛ける。ポメは足を止めると辺りを見回して、そしてフォルに目を向けた。

「どうしたの、急に」

「もし、あいつらの元に戻ってヨ……お前はそれから、どうするつもりダ?」

「どうするって……」

 森に着いたら、みんなにアルメリシアで起きていることを伝える。そしたら僕とデデは、アルメリシアにある家に戻って、きっと日常に戻るのだろう。

 でも……これから待っているはずの日常が、頭には浮かんでこなかった。

 もう昔のように、その手にトランペットを持つことは、きっとなくなる。その自分の姿を、思い描くことができなかった。

「それじゃ、質問を変えるカ。お前は、どうしたイ?」

「どう、したい……?」

 自分のしたいこと……そう言われると、このまま日常に戻ること。それが本当に、自分のしたいことなのだろうか。ポメははっきりと、自分自身でそうは思えなかった。

 あんなに帰りたかった、自分の家。だけども今も頭をよぎるのは、お母さんのことだ……。

「それ、あとで決めてもいい? 僕には、すぐに決められないよ……」

「……ま、お前自身の問題だからナ」

 二人は顔を、森へと続く道に向けた。路地裏から路地裏へ。ポメの頭に描かれている地図の通りに、道を的確に選んで走っていく。

 大通りを横切ると、横風が体を撫でていく。気ままな風、それはノウィザーともドゥブールとも違う、アルメリシアの独特な匂いを持った、ぬるい風だった。

 それから十数分くらいかけて、衛兵に見つかることなく森に戻ってくることができた。

「おい遅いぞノロマ!」

 姿が見えるや否や、デデの罵声だった。デデたちはジェコの持っているランタンを囲んで、楽器を鳴らしながらポメの帰りをずっと待っていたのだった。

「ご、ごめん……色々あってさ」

「ったくよぉ。暗くなる前に戻るって言ったの、お前だろ?」

「まあまあ、ポメだってせっかく父ちゃんとも再会できたもんな。つもる話もあったんだろ?」

「う、うん。そんな感じだね」

 ポメはジェコに少し寄り添って、四人で囲うように座った。ランタンの明かりは小さいけれども、この森の中では心強かった。

 それからポメは、お父さんに言われたことを話した。王国全体が、どんどんいやな空気に変わっていってしまっていること。

 だけどもそれらを聞いて、三人の表情は変わらなかった。

「……やっぱ、そんな感じになってたんだな」

「知ってたの?」

「オレたちも町のあちこちを調べてみて、そんな気はしてたよ」

 そう言い出したのはデデだ。あれからすぐに家に戻り、おばあちゃんに一声かけてから町を色々歩き回ったそうだ。

「やっぱりどの小さな劇場も、まるで倉庫みたいになってたよ。だーれもいない。いつもは外まで演奏が聴こえてくるもんだけど……」

 楽器の生まれる町だからこそ、町中には音楽に溢れている。それらが全く聞こえないことに、デデは得体の知れない気持ち悪ささえ感じていた。

「……でもオイラたちも、ここにずっといるわけにはいかないよな。楽器はここに置いて宿屋に行くか?」

「やめた方がいいわよ。どの宿屋も兵士でうじゃうじゃいるし。もしこの町の人だって思われたら……徴兵命令だって、連れてかれるかもしれないね」

「ひえぇ、そりゃイヤだな……」

 ロココもロココで、デデとは違って様々な情報を集めていた。どうやらここだけじゃなくて、木材などの資源も様々な町や村から集めているという話である。

 人を集めて、資源を集める……そこにいるみんなが、この国が何をしでかそうとするのかは、予想できていた。

 だけども、謎はまだ多い。それがポメたちをさらにモヤモヤさせていたし、デデはもうイライラしてどんと拳で地面を叩いた。

「ったくよ……王様ってヤツは一体どこと戦争するつもりなんだよ」

「このままだと他の町も、戦争のために色々巻き込まれるんじゃないの?」

「ま、まさかノウィザーもか?」

「…………」

 きっと他の町も、どんどん影響は大きくなっていく。

 だけども、みんなは王様のように偉くはない。ただの子どもだったり、お気楽だけどどこか気弱は料理好きのお兄さん。大人だけれども、子どものように小さなお姉さん。

 みんな、この国に逆らうほどの力はなかった。

「おイ、ポメ」

 だけどもそんな中で、ポメはただ一つ、身近なことが頭に残ってる。争いごとよりも、オロオロさまのことよりも……もっと大切な、お母さんのこと。

「……ねぇフォル」

「ン?」

「何もできないかもしれないけどさ……でも、僕がしたいことをするのは、悪いことじゃないよね」

「そりゃあ、そうだナ。まぁお前が何をしようとしてもヨ、俺様はついてくサ」

 その言葉を聞いて、ポメは静かに頷いた。

 ポメは徐に立ち上がると、みんながポメの方を見る。

「突然だけどさ……僕、お母さんを探す旅に出ようと思う」

 あまりにも唐突な話に、みんなはすぐに言葉が出なかった。そんなみんなが驚く中で、ポメの目ははっきりと、大きく開いている。

「お、おいおい。せっかく戻ってきたんだぜ。なに言い出すんだよ」

 デデも立ち上がり、ポメにずいと迫っていく。お互いの目に、明かりで照らされるお互いの顔が映っていた。

「デデも言ってたよね。僕らみたいな子どもじゃ、できないことも沢山ある。できないことは、大人に任せるべきだって」

「あぁ……」

「でもお母さんを探すことくらいなら、僕でもできると思うんだ」

 まずは最後にいたと言われてる、ケラケラとカルカル。そしてそこにもいなければ……聖地巡礼である道を逆に進み、町を点々としていく。ポメの考えている旅のコースは、そういうものであった。

 最初こそは行先は決まっている。だけども聞けば聞くほどそれは、あてもなく、途方もなさそうな旅であった。

「……ずいぶんと長旅になるんじゃないか。大丈夫なのか?」

「僕ら子どもだけでも、ここまで旅してこれたじゃん」

「…………」

「根拠はないけどさ。きっと、大丈夫だよ」

 そう言って、ポメはみんなに頭を下げる。

「ありがとう、ここまで一緒に来てくれて。僕一人でも……がんばってみるよ」

 森がだんだんと、明るくなってきた。もうすぐで夜明けだ。日が上ってきて、もうじき朝になる。

 だんだんと明るくなっていくアルメリシアに、ポメは体を向けた。そうして一歩、歩き出そうとする。一旦家へ戻って、長旅のための身支度をしようと。

「……待てよ、お前ひとりで行くつもりか?」

 だけどもそんなポメの肩を、デデはむんずと掴んだ。

「……え?」

 ポメが振り返ると、ジェコとロココも一緒に立ち上がっている。みんなの目が、ポメの方へと向けられていた。

「アンタについていけばいつか、アタシもルーチ・タクトに会えるってワケね? ふふん、それって悪くないわね」

 それに、アンタについてった方が楽しそうね。最後にそう付け足すとロココはくるりと回り、しっぽでぼふんとポメの背中を叩いた。それは強いような弱いような、背中を押すような力加減であった。

「オイラは元々、色んな町を見て回りたかったしな。それに……頼れるお兄さん、いれば心強いだろ?」

 ジェコはポメとデデにその大きな手を回し、がしっと肩で囲んだ。ぐいぐいと引き寄せられ、二人ともジェコのほっぺにぎゅっと押しつけられた。

「お、オレはよ……試験! ルーチ・タクトを見つけなきゃ、せっかくの試験が無駄になるだろ」

「へへ~ん、本当にそれだけか?」

「あ、あったりまえだろ。ていうかさっさと離れろ!」

 そう言うとデデの強烈な頭突きが、ジェコの顎にクリーンヒット。ジェコはぐんとのけ反り、いててと顎を擦っていた。

 だけどもその顔は、笑っている。ロココやデデも、みんながそれぞれの表情で、それぞれが同じ笑顔を見せていた。

「はぁー、せっかく帰ってきたのによ……旅が終わって、また始まるわけだな」

「みんな……」

 もうここで、終わりだと思っていたみんなとの旅。だけどもそれが、もっと続く。続いてくれる。ポメは俯き、腕で顔をぐしぐしと拭った。

 お日さまが上り、森にぱぁっと強い光が差し込む。もうランタンの明かりがなくても、みんなの笑顔がまぶしいくらいに見えていた。。

「みんな、またよろしくね!」

 顔を上げると、ポメはみんなと同じ笑顔を見せた。

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