第22話 ~ただいまアルメリシア!鉄の匂いと、楽器の山と~

 ―――

 

 草っぱにまっすぐと引かれた大きな道。ここを進んでいけばアルメリシアへとたどり着く、ドゥブールと結ばれた街道だ。風が吹くたびに、草の匂いがポメたちを包み込む。

 今までマイマイを使っての移動だったから、自分たちの足で街道を歩くのは新鮮であった。そんな中で、ロココはポメから今までのことを色々と聞いていた。

「へぇ……二人とも、そんな歳で壮絶な経験してるわね」

 ポメはアルメリシアでのあの時のできごとから、全てを話していた。最初に変なバケモノに捕まったことや、ノウィザーでの保安官との一悶着。

 どれもポメのような年ごろが体験するには壮絶なもので、ロココはそれを食い入るように聞いていた。

「な、なぁ……ところでよぉ、なんでオイラのリュックの上に座ってんだ?」

 ジェコは首だけを後ろにやってそう言った。そう、ロココはというとジェコのリュックに腰かけていたのだった。歩く度にゆっさりゆっさりと揺れる中、ロココはしっぽでふわりとジェコの頭を叩く。

「アタシみたいに体がちっさいのはね、アンタの何倍も歩かなきゃいけないのよ。ちょっとくらい楽させてよ」

「そういうものなのかねぇ……」

 ジェコも納得したような納得していないような微妙な気分のまま、そのまま歩き続けた。

「それにしても、オロオロさまねぇ……」

「ロココさんは知ってるの?」

「聞いたことはあるわよ。もちろん、おとぎ話としてね?」

「うん、普通はそうだよね……」

 これがただのおとぎ話だったら、どんなに気分が楽になるだろう。

 思い出そうとすると、今もまだ覚えている。路地裏で囲まれて、いくつもの手が、自分の手や足をつかむ、ほんとうの"クラヤミ"につかまれたような感じ。

「オイラも聞いたけど……それで友達のデデくんが、助けに来たんだよな?」

 振り返って言ったジェコのそのその言葉は、少し笑みをふくんだようにも思えた。先頭を歩くデデはぴくん。耳が大きく跳ねて、デデはジェコを刺すように睨みつける。

「オレはただ、借りを返しただけだ!」

「へへ、そうだよな」

「ほんのひとコインの、借りねぇ」

 デデが言う借りとは、ストリートライブでポメが入れた一枚のコイン。ジェコもロココも何か別の意味を含んだように返していて、デデはなんだか頭にもやもやと雲がかかったような気分になった。

 ぶんぶんと頭を振って、もうそれ以上、何も言うもんかと言いたげにまた前へ振り向いた。

 それからポメたちのゆく道は、緑の草原からだんだんと剥げた土色の大地が見えるようになってきた。アルメリシアに近づいている証拠だ。

「ねぇデデ……アルメリシアってどうなってるかな」

「さぁ、オレが知るかよ」

 ポメの言葉に、デデはそっけなく答えた。

「でもよ……今までの町、ノウィザーもドゥブールも、大して変なことはなかっただろ。徴兵命令で連れてかれた人たちはいるけどよ……アルメリシアもきっと、とくに変わってないだろ」

 それから日は一番高いところに昇った頃、ポメたちの視界に見慣れたものが見えてきた。小さな石橋のかかる川の、その遥か向こう。低くも地面から盛り上がったような土色の外壁。

「アルメリシアだ!」

 普段は目にすることのない、アルメリシアの外側。だけどもそこから立ちこめる工房のいくつもの煙が、いつものアルメリシアの空を形作っている。

 ようやく、終着点が見えてきた。ポメとデデは歩みは、自然と早くなっていった。

 小川にかかる石橋を越えていくと、本格的に緑がなくなっていく。

 だけども町と接するところには、小さな森が一つ。そこは"おばけの森"と呼ばれている場所。そして、ポメの練習場所でもあった。

『もうすぐで、家に着ける……』

 いつも開かれたままの門をくぐり、町へと入っていく。ようやく戻ってきた町でポメたちを迎え入れたのは、あのむせかえるような鉄の匂いだった。

「なんだか……空気の悪そうなとこねぇ」

「へへ、この匂いがいいんじゃねーか」

 いつもは何も感じていなかったけども、アルメリシアを離れてよく分かった。この匂いこそが、この町で特別なんだってことが。

 町を見渡すと、どうにも人気はうっすらとしている。やっぱり、あの時の祭りどきのようなにぎやかさはもう過ぎ去ってしまったようだ。

 あの頃からアルメリシアがどうなったのかは分かっていない。あんな雰囲気がずっと続くわけはないとポメも分かってはいるけども、やはりいつもよりも若干町が静かに感じられた。

「やっぱりもう祭りって感じじゃないね……」

「あぁ……ルーチ・タクトが行方不明って話も、やっぱり本当なんだろうな」

 工房地帯を抜けていくと、広場へと出てくる。

「がらぁんとしてるわね」

「おかしいね……いつもはもっと人が集まってるんだよ」

 ポメから見ても、露店の数はいつもより少ないように見える。やっぱり、徴兵命令のせいなのか……そう思っていると、ジェコは顔を前に出して、大きな指で広場の隅っこをさした。

「なぁポメくん。あれって一体なんだい?」

 ジェコの見つめる先には、ごつごつとした大きな"塊"がある。だけどもポメたちも、すぐには答えられなかった。なにせ、ポメもデデも見たことがないものであったから。

「なんだろう、ゴミの山に見えるけど……」

「でも妙に、ピカピカしてるなぁ」

 ポメとデデは恐る恐る近づいていって、ジェコとロココもあとをついていった。太陽の光を反射させてまばゆいているそれは、まるでなにかの芸術作品と思わせた。

 だけどもそれは、芸術作品なんかではない。近づいていくと、それがなんなのか明らかになる。そしてそれが何の塊なのか分かると、ポメたちの足はピタリと立ち止まった。

「な、何よこれ……」

 それは金管楽器の山であった。中にはまだ新品のような楽器もある中で、その全てがまるでゴミのように積まれている。

「なんで楽器が、こんなことになってるの?」

「……おい、あっちも見ろよ」

 デデはポメの肩を叩く。デデが指さす先には、同じような楽器の山があった。

 この二つを合わせても、アルメリシアの中にある楽器の数としては、ほんの一部だ。でもこんな広場の一角だけで、二つもあるなんて。楽器の生まれる町、アルメリシアで暮らすポメたちでも、見たことのない光景であった。

「ひっどいわね。せっかくの楽器が台無しじゃない」

「オレたちがいない間に、なんかとんでもないことになってるんじゃないかな」

 楽器の山の前で立ち尽くしていると、どこからか大きな声が聞こえてくる。振り返ると、一人の衛兵がこちらに向かって走ってきていた。

 兜をしていて、表情はよく見えない。だけどもその走り方が、ポメたちにただ『話を聞きにくる』とは思えないものであった。ポメたちに伸ばされた手は今にも、ポメたちを掴もうとしている。

「お、おいおい。なんかマズいんじゃないか?」

「とにかく、逃げよう!」

 デデのかけ声と同時に、みんなは一目散に逃げ出した。

 

 ―――

 

 逃げた先に、また別の衛兵。そして衛兵が衛兵を呼び、実に五人もの数に追いかけられることに。

 捕まったら、何をされるか分かったものじゃない。恐怖はポメたちの足を止めようとはせず、ただ一目散に町の外へと走っていった。。

「きっとここなら……誰も来ない筈だよ」

 そうしてポメたちが辿り着いたのは、町の外にあるおばけの森だった。

 そしてその中でも、そこはポメがいつも練習場所にしていた場所。大きな木の陰に身をひそめ、みんなは一息ついて腰を下ろした。

「しっかし……なんであいつら、オイラたちを追っかけまわしてきたんだ?」

「そりゃあ、決まってるだろ」

 デデは背中にしょったトロンボーンを入れた袋を指さした。

「オレたちが楽器を持ってるからさ。あの楽器の山も多分、町の人たちからふんだくったもんだろ?」

「でもなんで……僕らから楽器を取り上げようとしたんだろう」

「それは……知らないけどさ」

「アンタねぇー」

 ロココはぴょんと跳ねると、デデの襟をぐいと掴む。ロココが地面に着地した時には、デデも引っ張られて中腰で目を合わせる形となった。

「それが分かんないから、モヤモヤしてるんでしょうが!」

「んなこと言われても、オレはなんもわかんねぇし!」

 わいのわいの、いつもは静かな森の中も、今では三人の言い合いで騒がしくなっていた。

 そんな中、ポメは一人町の方にじっと目をやる。

 煙の上がる様子さえ見れば、いつものアルメリシアだ。だけども中では確実に、ポメの知らないものへと変わってしまっている。

「おイ、どうするんダ?」

 フォルはこっそりと、ポメに耳打ちをするように話す。誰かが近くにいる時は、フォルはこうやって話してくれるのだ。

「……まずは、お父さんに会うべきかな」

「そうだよナ。それにお前のパパさんなら、何が起きたか知ってるだろうシ」

「うん……」

 ポメは頷くと振り返り、木のそばまで行って膝を下ろす。足元のうろには、小石で積まれたようなちっちゃな祠。そしてその裏には、少し大きめの空間ができているのだった。

 ポメはそこに、自分の楽器を隠す。今まで一緒に、旅をしてきた大事なトランペット。それを肌身から離すことは、ほんの少しの間だけとは言え、ポメにとって覚悟が要るものであった。

「おいポメ、一体なにしてるんだ?」

「……楽器を持ってなかったら、衛兵さんたちも多分追ってこないでしょ?」

 ポメの見つめる先は、アルメリシアただ一点。その言葉が何を意味するのか、デデたちもすぐに理解した。

「大丈夫、暗くなる前に戻ってくるよ」

 そう言ってポメは、町へと駆けていった。

「楽器を置いておくか……なるほど、それなら安心だな」

「アタシも気になるし、ちょっと行ってみようかしらね」

 そしてデデもポメに倣い、木のうろへと近づく。しかしさすがに二つの楽器を隠せるほど、そこは広くはなかった。

 人が来ないような場所とはいえ、楽器を野ざらしにするのは流石に気が気でなくなる。どうしようかとデデたちは頭を捻っていると、ロココはちらりとジェコの方を見る。

「ねぇジェコくん? アンタ、まだアタシの楽器を預かってるわよね」

「あぁ、ちゃんと入れてあるよ。それが?」

「まだちょっと、スペースあるんじゃない?」

 そしてジェコとデデの目が合った。ロココの言ったその言葉が何を意味するのか、デデとジェコにもすぐに分かった。

「ま、待てよ。預かるのは別にいいけど……そしたらオイラが町に入れないじゃん」

「見張り番として、ここにいてもらってもいいでしょ?」

「そうだな……それに、オレたちの頼れるお兄ちゃんとしてさ、頼らせてくれるんだろ?」

「うっこういう時だけ調子がいいんだからさ……」

 そうしてデデとロココは楽器を木に立てかけるように置き、、ポメを追うように町へと向かった。

「なんかさぁ、町の名物のうまいもんとか、お土産持ってきてくれよぉ!」

 

 ―――

 

 アルメリシアの町並みは、ポメの思った通りだった。広場だけではない。町を点々として、あの楽器の山はいくつもあった。

「うぅ、なんか見てて気分が悪くなってくるよ……」

 だけどもポメはひたすらに、走り続けた。時折衛兵がじろじろと見てくるけども、楽器を持ってないと分かると無視していく。

「衛兵さんはやっぱり、楽器を持ってたから追いかけてきたんだね」

「あァ。ということはこれらは、町の人らから取り上げたやつ、ってことだよナ」

 そうして走り続けて、町の広場にまでやってきた。コンサートホールの飾りつけは、さらわれる前と変わらない。まだ作りかけの、中途半端な状態。でもこれも使われることなく、いつかは元に戻されてしまうのだろう。

 辺りにあった筈の屋台もなくなっていて、こんなに寂しいコンサートホールを見たのは初めてだった。

「この先に行けば、家に帰れる……」

 ポメはあの時、家からコンサートホールまで歩いてきた道を見つめた。ポメはそっちに向かって走り出すと、デデとロココも広場に到着した。

「あ、ほら。あそこにいるわよ」

 走っていくポメをロココは見つけて指をさす。だけども二人はただその後ろ姿を見つめるだけで、追いかけようとはしない。

「……ポメはあのまま、行かせてやろう」

 ポメが行こうとしている場所に、何が待っているのか。二人とも、大体分かっている。だからこそ、ポメを呼び止めることはできなかった。

「……アンタにも帰りを待ってる人、いるんじゃないの?」

「…………」

「町で何があったか、アタシが調べてくるわよ。アンタも大事な人に顔を見せて、安心させてやりなさい!」

「……へへ、悪いな」

 すぐ戻ってくるよ! そう言い残し、デデもまた家へと向かって走っていった。

「さーて、久々に一人になれたわね」

 コンサートホールの前で、一人ぽつんと佇むロココ。だけどもその不適な笑みを浮かべるロココの内側では、ふつふつと心の奥底で何かが滾るようであった。

「アタシも頼れる姉ちゃんとして、頑張ろうかしら」

 

 ―――

 

 目の前の道は、あのとき走ってきた道。コンサートホールがどうなっているか、胸をわくわくさせながら通ってきた道。

 でも今は、その道を逆に進んでいく。家に帰るために。お父さんに会うために。

「もうすぐだナ!」

 そこから家までの道のりは、あっという間のように感じられた。気づいたポメは家の前にまで来てそしてそのまま玄関へと駆け込んでいった。

「ただいま!」

 明かりのついていないリビングの、その先にある奥の部屋……お父さんの仕事部屋であるそこからは、淡い光が漏れ出しているのが分かった。

 とんとん、仕事部屋から足音が聞こえてくると、お父さんがすっと顔を出した。ズレた眼鏡をくいと持ち上げて、ポメに近づいていく。

「ポメ……ポメなのか?」

 いつものお父さんだ。ちょっと眼鏡がずれていて、鼻先が汚れている。

 ようやく会えた。もしかしたら会えなくなるかもしれない。そんな不安もあったけど、またここに戻ってこれた。

「お父さん……ただいま!」

 ポメは走り出して、お父さんのお腹に勢いよく飛び込んで、そして抱きついた。

 ポメの色々と汚れてしまった服を見ても、お父さんは何も言わない。ただその体を抱き締めてやった。

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