第21話 ~お別れは、風と共に。一夜だけの二人の特別レッスン~

 ―――

 

 コンサートホールのある丘の上は、家々もなく草木が風で揺れる音だけが聴こえている。

 そんな人の気配もないような広場に、ロココはやってきた。

「あの子ならきっと、この辺に……」

 ロココは更に奥へと進んでいく。その先には、大きなコンサートホールが一つ。満月が照らすその姿は、何か大きな生き物の影のよう。風によって揺れる葉っぱたちは、まるでロココを手招いているようだ。

 そしてそんなコンサートホールのふちに腰かけて、空を見上げるフーミンの姿があった。

「やっぱりここにいたわね」

 びくり、フーミンの体はロココの声に反応して大きく震える。フーミンは慌てて顔をぐしぐしと手で拭った。

「な、なんでここが分かったの?」

「ふふ~ん、アタシの推理力をなめてもらっちゃ困るわね」

 ロココはぴょんぴょん跳ねるようにして近づくと、フーミンの横にちょこんと腰かけた。

「アンタって高いとこが好きでしょ? 高いとこで一人になれるとこって言ったら、ここくらいしかないじゃない」

「…………」

 フーミンは両手でそっとユーフォニアムを抱えていた。その長い鼻は力なく、たれ下がっている。

「なんで一人で、こんなとこに来たのよ」

「わかんない……だけど、一人になりたかったの」

「ま、そういう時もあるわよね」

 ロココは小さく息を吐きながら、月に目をやった。明るくて、周りの星たちも離れた、ひとりぼっちの丸い月。ひときわ明るくて、ひときわ寂しそうな月だ。

「ねぇロココちゃん……私、ヒナコリから抜けた方がいいのかな?」

「はぁ? どうしてよ」

 フーミンは自分の鼻をいじりながら、その次の言葉を言えずにいる。頭にはある言葉。だけども口に出すのは少し勇気がいるもの。

 そしてそれがどれほど勇気がいるのか、ロココもおおよそ理解できている。

「私……ロココちゃんみたいに、なりたかったの。でも全然上手くいかなくて、しかもみんなに迷惑かけちゃう……」

「だからなによ。それでもアンタは、ヒナコリに入れた。それだけ上手かったから、フライズ先生が認めてくれたんでしょ?」

「でもそれから、全然上手くならないもの。だから……辞めた方がいいのかなって」

「バカねぇ!」

 ロココの大きな声に、フーミンはまた大きくびくりと体を震わせた。そんなフーミンを見てロココはこほんと一つ咳を払うと、ゆっくりと立ち上がった。

「フーミン、アンタは他の子よりもずば抜けていいとこがあるじゃないの」

「私の、いいとこ……?」

「アンタが楽器を持つと、足踏みしちゃって誰よりもウキウキしてるじゃない。それでも演奏は一生懸命で、そういうの……アタシはね、すごいと思う。心の底から、誰よりも、楽器と一緒に楽しんでるんだもの。それを大事にしないでどうするの?」

「私……それって、そんなにすごいの……?」

 今まで気にしたこともなくて、言われたこともなかった言葉。それを聞いたフーミンは、頷くとも頷かないとも取れるほど、僅かに首を動かしただけであった。

 フーミンに抱えられたままのユーフォニアムは、月明りを淡く反射させている。フーミンの体が揺れると、その光もまるで静かに呼吸するように、微妙に形を変えていた。

「……フーミン、ほら立って。立ちなさい」

「え? う、うん」

 フーミンはロココに促されて、立ち上がる。そしてロココはヨイヨイとステージの真ん中に手をやるので、それにつられてステージの真ん中へとゆっくり歩いていった。

「はい、じゃあちょっと演奏してみて」

「うん……」

 そうしてフーミンは一度、二度と深呼吸をして、ユーフォニアムを構える。構えると、指先で感じるユーフォニアムの冷たさが、よりはっきりと感じられた。

 そうしてフーミンは、しっかりと演奏をする。頭の奥で、ロココのイメージを思い浮かべて。

 フーミンにとって上手な演奏者のイメージは、ロココだった。だからこそロココのように、ぴっちりと綺麗なフォームで演奏をすれば、もっと上手くなれる。フーミンはそう信じていた。

「ちがうちがう! アタシが見たいのは、フーミンのいつもの演奏よ。ほら、そのうずうずしてる足は何かしら?」

「え……?」

 フーミンは自分の足に目をやる。ロココの言う通り、足が僅かにテンポを取っていた。

 だけどもこんな、ちょっとの動きじゃ満足しない。それは自分自身が、よく分かっている。足の芯から、うずうずしてる気持ちが駆け上がってくるのを感じていた。

「フーミンのやりたいよう、演奏するのよ」

「私の、やりたいように……」

 自分のやりたい演奏……イメージしている光景には、ロココがいる。だけどもその横に、楽器を吹きながら楽しく体を踊らせる自分の姿があった。

 トントン。曲のテンポに合わせてリズムをキープした足踏みから、フーミンは軽やかに踊るように動く。ユーフォニアムの音も、やわらかなくなったようだった。

 風がふうっと、コンサートホールの葉っぱをさらさらと撫でていき、さらっていく。それらが風に乗りながら、フーミンのそばをまるでくるりくるりと舞っていた。

 不思議と、いつもよりも体が軽い。でもなによりも、それよりも、いつもより楽しいという気持ちでいっぱいだった。

「うん。そうやってウキウキで演奏してるのが、アンタらしいわね」

 数フレーズを吹き終えると、フーミンは足を止めて空を見上げた。

「これが、私らしい演奏なんだ……」

 空に浮かぶ月はまるで、今ステージに立つ自分を照らすスポットライトのようだ。

「……これでアタシがいなくなっても、大丈夫そうね」

「え、何か言った?」

「ううん、なーんにも」

 ロココは自分のしっぽをぎゅっと抱きしめながら、そう言った。二人とも顔を上げて、、まん丸な月に目をやる。ただじっと、見ているだけ。コンサートホールには、風の音だけが響き渡っていた。

「……おイ、あいつら黙っちまったナ」

 そんな二人の様子を、草場のかげでこっそりと身を潜めて、ポメは見ていた。

 ロココが到着して少し経ってから、ポメもここに着いていた。だけどもあの二人の雰囲気を見ていて、ここは入り込むべきではない、とフォルに言われたのだった。

 最初こそポメはその意味がよく分からなかったけども、今の二人を見ていると、それが理解できる。

「でもなんだか、良い雰囲気になって良かったね」

「だナ。取り敢えずここは俺らは帰って、あのモコモコしたやつに伝えておくカ?」

「そうだね……」

 ポメたちは立ち上がると、ロココたちに気づかれないようにこっそりと、その場を去っていく。

「でも、ロココ……さんだよね」

 フーミンにとってはスポットライトに見えていた月も、ポメから見るとなんだか寂しく見えてくる。月は輝きを増せば増すほど、周りの星を見えなくしてしまうのだから。

「やっぱりこのまま、ヒナコリから抜けちゃうのかな」

「そりゃあそうだロ。ヒナコリは子どもだけしか入れない楽団なんダ。年齢を偽ってたワケだし、仕方ないよナ」

「この後、フーミンちゃんに伝えるかな?」

「お前があの立場にいたら、どうダ?」

「…………」

 いずれは、分かること。だけどもそれを自分の口から伝えるのがどれだけ辛いのか、経験がなくても想像はできた。

 

 ―――

 

 そうして日は沈み、ドゥブールに朝日が差し込んできた。

 宿屋でポメたちは目を覚まし、楽器を磨いたりして身支度を整える。次に向かうは、遂に目的地のアルメリシアだ。

「遂に旅の終着点だね」

「あぁ、ようやっと帰れるな」

 ポメやデデにとっては帰る場所。そしてジェコにとっては初めて訪れる場所にもなる。

「楽器が生まれ育つ町って言われてるんだよな? へへ、どんな町か楽しみだな」

 ジェコはまだ見ぬ町、アルメリシアを想像する。タンタン、ゆれるしっぽが地面の上でリズミカルに跳ねていた。

「ところでよポメ、昨日は結局……どうだったんだ?」

 あれからデデたちも、フライズから色々と話を聞いたそうだ。ロココが誰を探しに行ったのか、フーミンはどうしていなくなったのか。二人にとっては会ったことのないような相手でも、話を聞いてみるとやはり気にはなるものだ。

「う、うん……」

 でもポメは、それを上手く伝えることはできない。だけども最後に見たあのいい感じな雰囲気は、きっと何かしらいい結果にはなっていただろうと、ポメは思った。

「多分、うまくいってたよ。うん」

「ふーん……つまり、どういうことだ?」

「あの子がそのフーミンって子とケンカしてたんだろ。それが仲良くなったってことかい?」

「うん、そんな感じ……」

「はー、もっとハッキリ言えっての」

 そうしてポメたちは町を出ていく。町の入口、大きな門を見上げると『お別れは、風と共に』と書かれている。

 また、いつか。ルーチ・タクトと共に旅立つ子として選ばれれば、ここに戻ってこれる。それを夢見て、ポメは門をくぐっていった。

「いい匂いのする町だったね」

「なんだよ、お前の感想は匂いしかないのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「そーそー、料理の味だって悪くなかったぞ」

 ドゥブールにある代表的な料理。数こそ多いわけではないものの、その全てを食べつくしたジェコの頭には、様々な食べ物が仄かに温かな色に包まれて浮かんでいた。見ているだけで、口の中にフルーツの甘さがじゅわっと広がっていくよう。

 そしてフルーツの味を最大限に活かすコツも、頭のレシピにしっかりと叩き込んでいた。

「ま、確かに。あの焼きリンゴも旨かったしな」

「うん、また食べたくなるよね」

 そしてポメとデデには、焼きリンゴが頭に浮かんでいる。噛み締めるとあふれ出てくる果汁、その味をしっかりと舌は覚えていた。

 だけどもデデはそれよりももっと大事なことを、しっかりと覚えている。

「ポメ、忘れてないよな。焼きリンゴ代はちゃあんと、あとで返してもらうからな?」

「わ、分かってるよ……」

 一日だけだったけど、色々な思い出があった。そんなドゥブールを背にして、ポメたちは進んでいく。

 だけどもそんな一行に近づく、小さな影に誰も気づいていなかった。

「ちょっとまちなさあぁぁい!!」

 後ろから、声がする。ポメたちは振り返ると、門の更に向こうから土煙がゴウゴウと上がっているのが見えた。それはどんどん大きく……いや、こっちに近づいてきている。

「なぁ、あれって……」

「ロココさんだね……」

 土煙のその前にいるのは、ロココであった。その走る動きに合わせて、しっぽがぶんぶんと大きく揺れている。そのしっぽはまるでうちわのような役割を得て、辺りに風を吹かせ砂塵を舞わせていたのだった。

「なぁなんか、ヤバくないか?」

 ジェコの言葉に、ポメたちはただ静かに頷くだけであった。ここからでも感じられる、ロココの気迫。怒っている感じではないけど、ただならぬ様子なのは伝わってくる。

 そしてポメとデデは、黙りながら、ただそれが当然であるかのように、ジェコの後ろに隠れた。ロココはどんどん近づいてくる。

「え、あ、ちょ……なんでオイラを盾にすんの!?」

 ロココがジェコの前までくると、とんっとんったぁん、とテンポよくステップを効かせ、飛び上がった。

「ぎゅむうっ」

 砂塵と共に空を舞い、ロココのしっぽはジェコの頭に絡み付いた。ロココの着地した場所、それはジェコの頭のてっぺんである。

「アンタねぇ~、アタシにしでかしたことも忘れて逃げられると思ったわけ?」

「な、なんだよしでかしたことって……」

「ふん、アタシの本当の歳がバレたのも、アンタのせいみたいなもんでしょ。この借り、きっちりと返してらうわよ!」

「なんだよそれぇ……」

 ジェコは必死にしっぽをほどこうにも、しっぽは掴みどころのないほど思った以上にふわふわとしていた。目をぎらつかせながら見下ろすロココを見ていて、ポメとデデはそっと顔を合わせた。

「……ああいうのさ、当てつけって言うんだっけ?」

「多分、言いがかりじゃないかな……」

 ジェコはもはや、まいったとばかりにお手上げのポーズをしてみせた。

「借りって言うけど、じゃあオイラは一体何をすればいいんだ……」

「まーそうね、それはいつか決めとくわ。それまでは取り敢えず、アンタらについていくんだから」

 ついていく、その言葉にデデもジェコもギョっと顔をこわばらせていた。

 だけどもポメだけは、違った。ついていく。それはつまりアルメリシアまで、一緒にやってくるということだ。ロココとは昨日今日という偶然出会ったくらいの仲だ。

 だけどもこれでもっと、ロココのことを知ることができる。演奏を聴くことができる。それがポメにとって、少し嬉しかったのだった。

「そっか……ロココさんもアルメリシアに来るんだね」

 ロココはジェコの頭に絡みついたしっぽようやくほどくと、ロココはくるりんと回りながら地面に着地した。

「アルメリシアねぇ……行ったことはないけども、楽しみね!」

「なんだか、大分賑やかになってきたね」

「ていうか……賑やかどころか、騒がしいってやつだろ」

 ポメとデデの周りには、いつの間にか自分たちよりも大きな人たちに囲まれていた。体の大きさだったり、年齢だったり。

 攫われて、そして牢屋から抜け出した時は、帰るまでの道のりのことは不安でいっぱいだった。だけどもようやくアルメリシアの、目の前。ここまで来て、不安だったことよりも、楽しいことの方が沢山あることを、ポメは知ったのだった。

『でももうすぐで、僕らの旅は終わる……』

 アルメリシアへ向かって歩いていくと、後ろから音楽が聴こえてきた。だけども振り返っても、演奏隊は見えない。

「あのコンサートホールだね」

「そうね……」

 だけどもどこにいるか、ポメとロココには分かっていた。

 演奏をしているのは、きっとヒナコリたち。そこにチューバの音はないけども、ユーフォニアムがしっかりとベースの音色を補っているのが分かった。

 ヒナコリたちはきっと、フライズ先生からロココのことは聞かされているだろう。みんなを騙したことにはなるけども、その演奏はまるでロココを送るためのようにも思えた。

「ロココさん……」

 ポメから見えるロココの後ろ姿は、どこか誇らしげで、なんだか安心しているようにも見えた。

「……さっ、早く行きましょ!」

 ロココはくるりと振り返る。ロココが見つめるのは、次の町へ続く道。ポメたちの隙間をくぐり抜けると一目散に走り出し、ポメたちも後を追うような形で歩いていった。

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