第20話 ~知ってはいけない、ロココのヒミツ~

「ほら、これでも食べて機嫌を直してよ」

 ジェコはそう言いながら、ロココにシャーベットを差し出した。ほんのりとした黄色いシャーベットは、ロココの拳ほどの大きさだ。

「なによ、こんなんでアタシは許すとでも思ってんの?」

「まーま、一口だけでも食べてみなよ」

 そう言ってジェコは、自分のシャーベットに手を出し始めた。大きさこそはジェコにとってはちょうど食べ頃なのだろうけど、ロココのものを五つは食べれそうなほどのサイズだ。

 それをスプーンで大きくしゃくり、まるまるとした塊を口の中に放る。

「んはぁ~、柑橘系の爽やかな甘さが絶妙だねこりゃ。しかも混じった薄皮がまたシャリシャリとした食感といい感じにアクセントになってるよ」

 ジェコは大きな口で噛むごとに、シャリシャリと心地の良い音を響かせていた。

「……ごくり」

 ロココは特に、シャーベットは食べたい気分ではなかった。だけどもジェコのとても大げさに満面の笑みを浮かべる様子を見ていると、思わず息を呑んでしまう。

「そんなに美味しいのかしら……」

 ロココはスプーンで一口一口と、小さく頬張っていく。すっきりとした甘みが、お酒の味がしみついた口の中をリフレッシュさせてくれた。

「なにこれ、悪くないわね!」

「はは、素直に美味しいって言ってもいいだろ」

「……ふん! ま、センスは褒めてやるわ」

 シャーベットを一口、また一口。食べるたびにまるでそのデザートの冷たさが体に染みていくと、ロココ自身も大人しくなっていった。食べようともしていなかったシャーベットは、ロココにとって思わぬ発見を与えていたようである。

 だけどもその姿は、見れば見るほどやはり無邪気な子どもにも見えてくるのである。こんなところに一人、しかも酒を片手に呑んだくれた子どもなどいる筈もないのだけども……。

「なぁキミってさ……子どもじゃないよね?」

「あぁ? あったり前じゃないのよ!」

 ロココは表情をまたガラリと一変させ、まるで咆哮のような声を上げた。

「この片手にあるのが見えるでしょ」

 そう言いながらジョッキをガンとテーブルに叩き付ける様は、さっきのような子どもらしい可愛さのかけらなど一片も感じられない。

「いや、それにしてはその頭の花とか、服装も可愛らしいじゃん?」

「こーいう格好をしてるのもね、ちゃんと理由はあるの! ま、アンタには教えないけどね(ていうか、教えるわけにいかないし)」

 ロココの、子どものふりをしている理由。それはロココが一体どんな音楽団に所属しているのかを知っていれば、分かるもの。

 だけども、そもそもヒナコリという音楽団がいることすら知らないジェコにとっては、その理由など知るよしもないのであった。

「へぇ……でももっと可愛げがあれば、上等な酒とそれに合うオススメのつまみでも奢ってやるのになぁ~」

「なっ、それ……本当?」

 ジェコがゆっくりと大きく頷くと、ロココはすっと顔を下に向けた。頭の花をちょいちょいと整えて、ほっぺにふっくらと可愛らしく膨らませる。そしてその表情も、またまたガラリと一変した。

「ねぇジェコおにいちゃん~。アタシ、もっとおにいちゃんのオススメが欲しいな~」

「……手に持ってるジョッキが、全て台無しにしてるよ」

 シャーベットはいい感じに溶け始め、取り敢えず険悪な様子は霧が晴れるように穏やかになっていったようだ。ジェコは「また怒らせないようにしないとな」ということだけを考えて、ロココの話を聞いていた。

 

 ―――

 

 風が吹く度に、町に吊されたランプはゆらゆらと、地面に映る明かりを揺らしていた。そんな中を、ポメたちは走っていく。ただあてもなく、同じような景色が続く道を。

「なぁ、ジェコのいそうなとこってどこだ?」

「飲食店でしょ? でも……飲食店って、どこにあるんだろう」

 二人は歩き疲れて、木の下で円を描くように作られたベンチに腰かけた。目の前の看板には"ぶどう通り"や"ザクロ通り"といった、果物にまつわる名前が書かれている。

 だけども名前だけでは、自分が今どこにいるのかすら分からないのだった。

「ここの町の人は、夜はあんまり出歩かないのかな……」

「さぁ、どうなんだろうな」

 二人はふうと息をつく。辺りを見渡しても、ヒトの気配はほとんどない。昼間はまばらにいた人影も、夜になるととても静かであった。お店もあまりなければ、外に出歩く人もそうそういないのであろう。

「……どうやら、お困りのようですね」

 ふと、後ろの方から低い声が響いた。ポメとデデは、声のする方へ目をやる。すると木を回り込むように、大きな体がぬうっと現れた。

「驚かせてしまったようで、すみません」

 その姿を見て、ポメはほっと息をついた。目の前にいるのは、前に見たことのある人だったから。だけどもデデにとっては初対面なので、きょとんとしている。

「なんだいおっさん、何か知ってるの?」

「ドゥブールには、地下に酒などを貯蔵するためのトンネルが広がっているんですよ。町の人たちはそこを通じて交流するので、夜になると外には人が少なくなります」

「そうだったんだ……勉強になります、フライズさん」

 ポメはそう名前を呼ぶと、フライズは表情こそ変わらないものの、どこか驚いた様子を見せた。

「貴方は確か……今日、私たちの演奏を聞いてくださった方ですね?」

「はい、ポメって言います」

 フライズも、ポメのことはしっかりと目にしていたようで。この町とは違った雰囲気の服を着ていたポメはとても印象に残っていたのだった。

「俺はデデ、よろしく」

「ポメくんと、デデくんですか。初めまして」

 フライズは二人に対して小さくお辞儀をした。その様子はとても綺麗な形でありながらスムーズで、ポメたちも思わず息を飲みながら、小さくお辞儀をし返した。

「それにしてもお二人は、こんな夜中にどうしたのですか?」

「僕ら、ある人を探してて……」

「そいつ、多分飲食店にいる筈なんだけど、飲食店ってどこが分からなくてさ」

「あぁ、それでしたら」

 するとフライズは振り返って指をさす。その方向は、丘を下っていく道であった。

「この丘をふもとに、ビアガーデンがあります。そこがこの町唯一の飲食店ですよ」

「へぇ、ふもとか。そういやそっちは全然見なかったな」

「フライズさん、ありがとうございます!」

 二人は頭を下げると、指さした先を目標に走っていく。フライズはまたベンチに腰掛けてた。妙に早い感覚で小さく呼吸を繰り返し、ポケットからハンカチを取り出すと額から溢れる汗をさっと拭った。

「ビアガーデンですか……そこならもしかしたら、あの子がいるかもしれませんね……」 ポメたちが向かったビアガーデンの方を見つめながら、フライズはぼそりと呟いた。

 

 ―――

 

 ビアガーデンには町の音楽隊も参加し始めて、ハイテンポな音楽に包まれる。音に合わせて辺りに吊された明かりはテカテカとリズミカルに光り、演奏者たちやそれを聞いていたお客さんをノリノリにさせていた。

「……アンタ、そうやってノリノリに体を揺らすの、癖なのねぇ」

「え、オイラ揺れてたかな?」

 そんな中でジェコとロココ、二人の前にはフルーツをチップ状にして乾燥させたものが追加されている。ロココの手にはジェコ奢りの酒もあり、それを肴に味わっていた。

「アンタも楽器とかやってるの?」

「いいや。でも気分がノってくると、何か無性に叩きたくなるね」

 そう言ってジェコは、腰に差していたスティックを取り出した。徐にぶら下げている鍋やらフライパンやらを、器用にカンカカカンと叩く。

 ビアガーデンを包み込むテンポの早い演奏に合わせながらも、そのリズムは中々に複雑だ。本人はフンフンと鼻歌を歌いながら体を揺らしていても、テンポは正確であった。

「へぇ~、中々やるじゃないの。ま、アタシんとこの楽団に見合うほどじゃないけど」

「なんだい、楽団に所属してるのか?」

「ふふん、当然よ。アタシの腕と比べれば、アンタなんか赤子どーぜんね!」

 徐に椅子の上に立つと、ロココは鼻を高くしながらぽんと胸を叩いた。

「そういやあの子も、リズムにノってとんとん足踏みするわね。その子も、アンタみたいに体がおっきくてさ」

「へへ、その子もノリがいいんだねぇ」

「まぁアタシも、それは別にいいんだけどね……」

 とん。ジョッキを置くと、ロココはフルーツチップをひとつつまみ、バリバリと噛み砕いた。

「でもあの子、とにかくアタシの真似したがりなのよ! それでそういう、足踏みとかを無理に抑えて。それは別にいいんだけど、それを意識しちゃって、集中力がね……」

「なるほどねぇ」

「真似されるのは、別にいいんだけどね? けど……」

 ロココはジョッキを手に取ると、ぐいと喉の奥へと流し込んだ。

「あの子はあの子で、いいものを持ってるのよ! それだからアタシなんか真似しないで、自分なりの演奏でいけばいいのに!」

「自分なりの演奏ねぇ……」

 ジェコも小さな頃はよく、父さんの真似をして料理をやってみたりしたこともあった。だけどもその度にケガをして、よく叱られたことも覚えている。今はもう包丁の持ち方も自分なりの様になっていて、ケガなんて滅多にしなくなった。けども。

「けども、その子の気持ちも分かるなぁ」

 フルーツチップを一つまみ、くいとジュースを飲んでいると、視界にふと何か"見覚え"のあるものがよぎったような気がした。

「あれ……?」

 ジェコはじーっと目を凝らすそしてその見覚えのあるものも、ジェコの方に気づいたのだった。

「あぁー、やっと見つけた!」

「なんだよ、まだ食ってたのかよ」

 ポメとデデ、二人と目が合うと、ジェコは「あー!」と声を上げた。ガタン。勢いよく立ち上がってテーブルを揺らすと、ロココも驚いて全身が飛びあがるほど震えた。

「な、なにどうしたのよ!」

「あ、いや……その、友達待たせるの、忘れてて……」

 ロココもまた、後ろからやってくる足音が気になって振り返った。そして二人と目が合う。

「あ、アンタは……」

「え?」

 その中で見覚えのある顔が一人。そう、話をしたのはほんの少しだけども、はっきりと覚えている。そしてわざわざ丘の上までやってきて、演奏を見ていた、ポメのことを。

 そしてこのポメにここを見られることが、何がヤバいかをロココは直感した。

「あれ確か、ヒナコリの……」

「あ、シー!」

 ロココの体が、ふっと消えた。と思えば、それは空高く飛び上がっていて、見事ポメの顔面に着地。しっぽでぐるんとポメの頭を包むようにすると、触れてしまいそうなほどの近いような距離で、ロココはポメにそっと耳打ちをした。

「いい、アタシのことは誰にもナイショね?」

「な、ナイショ?」

「そう、アタシのいる楽団がヒナコリってこと……言ったらどうなるか、これが誰かにバレたらどうなるか、アンタも分かるでしょ?」

 突然のことで、何がなんだかポメには分からない。分からないけども、二つ分かっていることがある。それはこのロココの言う通りにした方がいいということと、とてつもなく酒臭いということだ。

 しゅるりとしっぽがほどけると、ロココはくるりと飛び上がりすたっと自分の席に着地した。ハァハァ、息を荒くしてロココにじっと睨みつけられながら、フォルはそっと耳元で囁いた。

「あいつ、ヒナコリのやつだロ? 子どもだけの旅楽団ノ」

「うん……」

「つまり、あいつが酒飲んでるってことは……あいつの本当の、年齢ハ……」

「…………」

 それはつまり、ロココは子どもではなく大人であるということだ。

 そしてそれはきっと、ヒナコリの楽団員みんなに秘密にしている。それがバレたらどうなるか……ポメにもすぐに分かっていた。

「僕は言いふらしたりしないよ。でも……」

 だけどもポメの視線は、少しだけロココからズレていた。ロココは気になって、ゆっくりとそっちの方に顔を向ける。

「僕が黙ってても、意味はないかも……」

 ポメの視線の先には、ある男が立っている。それを見て、ロココは言葉を失った。

「ロココさん、貴方……本当は、大人だったのですか?」

 そこには話の張本人、 フライズが立っているのだった。ロココがその手に持つジョッキを見て、おおよそを察したようで。表情こそ変わらないものの、どこか驚きに満ち溢れた目をしていた。

「いや違うのよ先生! これは……」

 と、片手に空のジョッキを持ったまま言ったところで、誤魔化せる言葉なんて思い浮かばない。ロココは不思議と、自分がとても冷静になっていくのを感じていた。

「ハァー、仕方ないわね。フライズ先生、いっつも他のメンバーの面倒見るから、ここには来ないと思ってたのに……」

「…………」

「そう、アタシはヒナコリで腕を磨きたくてね、年齢を偽って入ったの! だって他の楽団じゃ、アタシみたいなちっこいチューバ吹きは、どうせ上手く吹けないだろって相手にされない。だけどフライズ先生……先生はアタシの演奏を聞いてくれたし、誉めてくれた。だから……」

「だから子どものふりをして、私たちの楽団に入ったのですね」

 陽気な音楽が流れる中、この空間だけはまるで静寂に包まれているような、不思議な感じであった。

 それを離れて見る、ポメたち。ジェコも「なんか、ヤバいことになってるのか?」とポメの傍に戻ってきた。

「……ロココさん。貴方のことも話し合う必要がありますが、今は早く対処しなければならない問題があります」

「な、なによ。どうしたの?」

「フーミンさんが行方不明なんです。皆さんが泊まってる宿屋にもおらず、探していたのですが……恐らくここも、いないようですね」

「フーミンが……!」

 その名前を聞いて、ロココは思わず声を上げた。だけども驚いたのは、ロココだけではなかった。

「フーミンさん、行方不明なんですか?」

 フーミンのことを知っているポメも、フライズに駆け寄る。フライズは静かに頷いた。

 いなくなった原因、ポメはなんとなく分かる。あんな風にロココから厳しく言われて、あんなに元気をなくしてしまったのだから。

 そういう時、ポメもまた一人になりたい時があることを覚えていた。きっとフーミンも……。

「……分かった。アタシ、探してくる」

「ですがロココさん、フーミンさんの場所は分かるのですか?」

 だけどもロココは何も答えず、とんと席から飛び降りると、床に足がつくや否やびゅんと風のように走り出した。

 その小さな体はテーブルの隙間を抜けて、あっという間にビアガーデンを抜ける。

「ま、待ってください!」

 立ち並ぶ家の中へと入ってしまえば、すぐに見失ってしまう。フライズは後を追って走り出し、なんでかポメも思わず走り出した。

「お、おいポメ!」

「ごめんデデ、先に宿屋へ行ってて!」

 思わず体が動いてしまったポメ、だけどもどうして自分も追いかけてしまったのか、自分ですら分からない。フォルだって疑問に持つくらいだ。

「まぁーったク、なんでお前まで追いかけるんだヨ!」

「わ、分からないよ……でも、なんでか追いかけなくちゃって、思ったんだよ」

 目の前を走っていたのは、フライズ。こういう時でも綺麗な姿勢で走っていたけども、その差はすぐに縮まっていく。そしてゆっくりと足を止めて、膝をつきながら大きく荒い呼吸をしていた。

「フライズさん、大丈夫ですか?」

「ふぅ……どうやらずっと探し回っていたせいで、もう体力がないようです」

 そうしている間に、ロココは家の隙間を抜けていき、もう見えなくなってしまった。

「フーミンちゃんの場所、分かるのかな……」

「多分、あの子なら分かっているのでしょう」

 息を切らしながら、フライズは答える。

「ロココさんはふざけて遊ぶような子には、とくにきつく叱ってやります。だけどもそれは、その人のためを思ってのこと。ロココは団員の中でもお姉さんとして、しっかりしているんですよ」

「…………」

 ロココの行った方向を見つめる。暗くてよく見えないけども、その方向のてっぺんには、あのコンサートホールがあるはずだ。ロココの心当たりとなりそうなものは、そこくらいしかない。

「僕、見てきますよ。僕もフーミンちゃんのこと、心配で……」

「しかしポメくん……何故そこまで、私たちのことを気に掛けてくれるのですか?」

「えっと……見ちゃったから、みんなの演奏。だからもう、他人って気がしなくなっちゃって」

 ポメ足を止めて考えると、はっきりと浮かんでくる。ロココのことを追いかける理由。

「へへ、それが答えカ」

 フォルに茶化されながらも、ポメも頭の中ではっきりとしていた。

『……自分じゃ何も、力になれないかもしれない。でもそれで、知らないふりはできないよ』

 そうしてポメは走り出していった。ロココが走っていった、丘の上へと続く方向へ。

 そしてフライズの視線からは、すぐに見えなくなっていった。駆けていく足音も聞こえなくなって、フライズはゆっくりと立ち上がる。

 コンサートホールには、明かりは灯っていない。真っ暗で見えない丘の上を、フライズは見つめながら、口を開いた。

「ポメくんですか……どこかあの方に、似ていますね」

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