第16話 ~さよならノウィザー。旅立ちは陽気な足音と共に~

 ノウィザーの噴水は、高く上がる太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。昼になって活気の溢れる町に、ノウィザー特有の煌びやかな光景が広がり始める。

みんなの知らないところで、ポメたちのささいな事件が終わった。もうあの厳しい保安官はいない。いずれ町中にそれが知れ渡り、噴水周りもまた色んな露店が開いたりして、賑やかになるだろう。

「ふふ、ジェコのお母さんの料理はやっぱり美味しいね」

「あぁ……美味しいけど、弁当のくせにめっちゃ多いな」

そんな中、ポメとデデはのんびりと噴水の縁に腰かけ、お昼ごはんを食べていた。ジェコのお母さんお手製のお弁当は味もバツグンで、色々と疲れ切っていたポメたちのお腹を満たす。

「なぁポメ。俺にも保安官さんから貰った指輪、見せてくれよ」

「うん、いいよ」

 ポメは持っていた指輪をデデに見せた。それは保安官が、ある旅の一団から『保安官さんのようなヒトのための指輪』と言われ、受け取ったものらしい。保安官は元々そういった宝石など身につけることもないので、ポメが欲しいと言うと譲ってもらったのだった。

『もしまた、あのへんなのが出たら……大変なことになっちゃうもんね』

最初に見た時は吸い込まれそうなほど青く輝いていたのに、今は色すらついていない。無色の宝石をつけた指輪からは、あの"指輪の主"らしきものはいそうになかった。

「この指輪が、保安官をおかしくしてたと思うんだ。今はもうその力はないみたいだけど」

「ふーん……なんでポメがそんなこと、分かるわけ?」

「えっ」

 それは……と続けるが、そこからの言葉にポメは困った。何せ、見たままのことを正直に言えるはずがないのだから。

フォルや指輪の主、そういうふしぎなものが見えることを、昔はよく周りの人たちに言っていた。だけども信じてくれる人はほとんどいなかった。だから今はもう、誰にも言わないことにしている。

『でもそれを言わずに、どう説明しよう……』

ポメは頭をひねって、更にひねって、浮かんできた言葉を細い糸で紡いでいく。

「えっと、その……なんかこうさ、指輪からふわ~っとした気配があったんだよ。それでこの指輪が、何か呪いの指輪なんじゃないかってね。それが保安官をおかしくしたんじゃ、ないのかな~って……」

「そもそもなんで、保安官がおかしいなんて分かってたんだ?」

「それは、えっと……」

 デデ、いつもは僕の顔を見るとプイとそっぽを向いてしまうのに、僕が困ってる時になると逃すまいとじっと見つめてくるんだ。ポメは心の中で文句を言いながら、次の言葉を考えていた。

「あれだよ! ジェコさんに教えてもらってたから! 保安官はおかしくなったんだって、助けに行く前に教えてもらって……」

「ふーん……」

 デデの恐ろしく鋭い視線が、ポメの目をじっと突きつける。暑いわけでもないのに、ポメの額からは色んな汗が止まらなかった。

「……ま、そういうことならいいか」

 だけども最終的には納得してくれたようだ。ポメはほっと胸をなでおろした。

「それでもう一つ聞きたいんだけどさ……なんでここで昼飯を済ませたいなんて、言ったんだ?」

 噴水の前で、弁当を食べる。これを提案したのはポメであった。

本当ならデデはマイマイで次の町へ行きながら弁当を食べればいいと思っていた。早くアルメリシアへ戻らないといけないんだ。本当は一秒だって惜しい。それはポメも同じである。

「もしここを旅立ったら……もうここに来られなくなるかもしれないでしょ。だからもう一度、ちゃんと見たかったんだ」

 昼間の景色は、昨日見た景色とは大して変わらない。だけどもポメにとってこの知らない町の、見たことのないような噴水の回りで、アルメリシアには馴染みない種族たちの行き交う光景は、しっかりと記憶に残しておきたかった。

 だけどもそう答えるポメを見て、デデは頭を手で押さえながらはぁ~~と大げさため息をついた。それはなんだかバカにされているようで、ポメはむっと目をとがらせる。

「なんだよ、僕へんなこと言った?」

「お前なぁ、もう来られないなんて普通考えるか? 聖地巡礼に選ばれれば、イヤでもここに来るんだぞ」

「あっ……」

 そうだった、僕らは試験を受けた身だったんだ。たった数日前のことなのに、あの試験のことが大分前のことのように感じられた。

こういうことを考えるのは、試験に落ちるかもしれないと考えてるのと同じだ。試験に受かってるかどうか分からないけども、分かる前から落ちる時のことを考えちゃダメだ。きっと、デデはそう言いたかったんだろう。

 デデは立ち上がると、ポメの方へくるりと振り返り、にっと歯を見せるように笑った。

「ま、どうせ俺が選ばれるけどな」

「ふん、僕だって負けてないよ」

 二人はじっと睨み合う。睨み合って、なんだかおかしさがこみあげて、二人は思わず微笑み、そしてくすくすと声を上げて笑った。あんなににくまれ口を叩かれていたのに、ポメはなんでおかしく思ったのか分からなかった。

「へへ、まぁそういうことだし、早く町に帰らないとな」

 デデは弁当の下に敷いた風呂敷の端に手を掛けると、手際よくそれで弁当を包んだ。たっぷり食べたのだけれども、まだ半分以上はある。きっと夕飯、更に明日はこれだけで持ちそうだ。

 ポメは噴水から立ち上がり、ノウィザーの出口のある方へ見つめる。マイマイに乗って、あとは町を一つ越えるだけ。二つ目の町が、アルメリシアだ。ポメにデデ、そしてその横でふわふわと浮かぶフォルも、見つめる先は同じ。

「お前の母さン、無事だといいナ」

「……うん」

 フォルを横目で見つめ、小さく頷いた。ポメたちは、帰路へと続く道を歩み出す。

……だけども、どこからか聞き覚えのある足音が聞こえてくる。ポメたちは気にしなかったけども、その足音はだんだん大きくなってくるようであった。

「……なんか、近づいてきてる?」

「あぁ、こっちに来てるな」

 二人はゆっくりと、後ろを振り返る。どすっどすという足音の正体は、ポメたちの目の前までやってきていた。

「はぁ、はぁ……よぉお前ら!」

「ジェ、ジェコさん」

 ぽかんと口を開けて、二人はジェコを見つめる。だけどもジェコは中々口を開かない。なにせよほど全力で走ってきたのか、肩を揺らすほど呼吸をするので精いっぱいなのだから。

「なんだ、どっかお出かけでもするのか?」

「ぜぇぜぇ……へへ、分かるかい?」

そう言うと、ジェコはくるりと振り返ってポメたちに背を向けた。ジェコは自分の体の半分くらい大きなリュックサックを背負っていた。しかも今にもはちきれんばかりに、色んなものがパンパンに詰め込まれている。

「こりゃア"お出かけ"って量じゃないだロ」

 ポメたちはそれがどういう意味なのか分からず、ポメもデデも一緒になって首を傾げた。

「いやーそのさ……お前たち、子どもだけじゃあ旅は不安だろう? だからオイラも頼れるお兄さんとして、旅についてってやろうと思ってさ!」

 と、胸をどんと叩いてジェコは言った。ジェコの大きな口の鼻先は、まるで空へと伸びていてるようだ。

「一緒に……」

「旅に?」

「こいつがカ?」

「…………」

 ポメとデデは、お互いに顔を見合わせた。何せ、ジェコは自信満々に『頼れるお兄さん』と自負するのだから。だけどもポメたちの頭に浮かんでいる「元引きこもり」という肩書きが、その言葉を霞ませていた。

「……まぁでも、旅は賑やかな方がいいよね」

「はぁ! お前なぁ……」

 デデはポメの手をぐいと引っ張って、ジェコに声の届かない離れたとこまで来るとポメの耳に顔を近づけた。

「俺たちは旅をしてるんじゃない。アルメリシアに帰るのが目的だろ」

「うん、それで?」

「だーかーらー、あいつは俺たちが色んなとこを旅をしてると思い込んでるんだろ? だったら……アルメリシアについたら色々、面倒なことになるんじゃないか?」

 二人はちらりと、後ろに目をやる。ポメたちの心配をよそに、ジェコは楽しげに鼻歌をうたっている。きっとジェコの頭には、これからポメたちのめくるめく旅のできごとの数々が浮かんでいるのかもしれない。

「……まぁ今はなんか楽しそうだし、適当なタイミングで打ち明けないとな」

「そうだね……」

 二人はジェコの元へ戻ると、手を差し出した。

「それじゃあ、よろしくね」

「あぁ、よろしくな!」

 ポメとジェコ、デデとジェコそれぞれが握手を交わす。その時のジェコの笑顔を見ると、ポメたちは『どんなタイミングで打ち明ければいいのだろう』と悩んでしまうのであった。

「それじゃ、さっさと行こうぜ」

 そうしてデデが先陣を切って、ポメたちは歩き出した。二人の足音に、もう一人のどすどすとした足音。だけどもそれよりも、もっとやかましい音に包まれる。

がっちゃがっちゃ。ジェコのリュックサックからぶら下げている調理道具が、歩く度にぶつかって様々な音を立てていたのだった。

しかもその一つ一つの音が、歩みのテンポに合わせて鳴っている。いくつもの雑音が、まるで一つのミュージックを作り出すよう。ジェコは楽しげに鼻歌をうたい始めた。空いた両手でとんとことんこと、お腹を叩いてリズムを取っていた。

「それにしても、よく母親から許しをもらえたよな。ポメの話だと、徴兵命令があったんだろ?」

「その辺は大丈夫さ」

 ジェコはとんとこ腹つづみを打ちながら、ふふんと鼻を鳴らして答えた。

「兵士になるってウソをついたからね。しかもオイラの名演技で、完璧に騙されてるはずよ」

「そっか……でもパレたら、大変じゃない?」

「はっはっは、町を出れば平気さ。あとは保安官に顔を合わせなきゃいいのさ!」

 大声で笑うジェコに、ポメたちは苦い笑みを浮かべた。あんなにのん気に笑っているけども、ポメたちは大体想像がつく。そういうのは、きっとすぐにばれてしまうものなんだって。

ふと、ジェコの笑い声がピタリと止まった。そして体はまるで凍り付いたように動かなくなり、顔がどんどん青ざめていく。

「……ジェコさん、どうしたの?」

 ポメはじっと顔を見た。そしてその横、肩にとんと手が乗っかっているのが見える。どこかで見たことがある、細い指をした大きな手。

「保安官が、どうしたって?」

ポメたちもようやく気がつく。ジェコがゆっくりと振り返ると、そこにはにっこりとほほ笑む保安官がいた。

「あー、はは……まさか保安官さんも、ここにいたとはね……」

笑顔こそあの"指輪の主"の力を持っていた時よりは穏やかであるものの、それはそれで足を鷲掴みにされたような笑顔であった。ポメもデデも思わず、茫然と見ていた。

「ふふん、巡回は保安官として大事な仕事だからねぇ。その荷物は、どこかへ行くのかい?」

「そ、そっそれはさ!」

 ジェコは一歩、二歩と下がると、ごほんと大きく咳ばらいをする。首に手を当てながら喉の調子を整えようとする様は、これから演技をするとまるで見ているみんなに合図を送っているかのようだった。

「オイラさ……兵士になることに決めたんだ!」

「お前が、兵士に?」

 保安官はちらりと、ポメとデデに目をやる。二人は目を合わせると何かまずい気がして、そそくさと目を合わせないようにした。

「あぁ、やっぱりいつまでも、家でうじうじしてたらいけないって、気づいたのさ! だから立派な兵士になって、他の隊員に美味い飯を食わせてやる。それがオイラの夢さ!」

「お前の夢ねぇ……」

 ジェコの演技は、ポメたちから見てもさながら、とても演技に思えるものであった。

つまりは、これがウソだと保安官にはバレバレだと思えるほどであった。指輪の力がなくったって、保安官はきつ~い説教をするかもしれない。ポメたちはこれから起こる光景を想像しながら、固唾を呑んで見守っていた。

「……なるほど、そういうことか」

 だけども保安官はふうと小さくため息をつくと顔は緩み、少し屈んでジェコと同じ顔の高さで目を合わせた。

「そうだな……それがお前の、夢だもんな。だったら、悔いのないよう頑張れよ」

「え? えっと……はは、ありがと!」

 ジェコは上手く騙せたと思ったのか、満面の笑みを浮かべながらくるくると舞い出す。とても、"調子に乗っていない"とは思えない様子だ。

「ポメよォ……このジェコってやつ、すごく分かりやすいナ」

「うん……」

そしてジェコはその勢いのまま、マイマイ小屋の方へと走り出していった。保安官はそんなジェコを見送ると、ちらりとポメたちの方へ目をやる。

「君たちも、ジェコと一緒に旅をするのかい?」

「はい……途中までの予定ですけど」

「そうか」

 保安官は大きく屈み、ポメたちの耳元まで顔を近づけた。

「あいつは歳こそ君たちよりは上だけども、頼りないとこがあるからね。なんとかフォローしてやってくれると、助かるよ」

 そう言って保安官は手を振りながら去っていった。

「……多分だけどよ、ありゃあ母親もウソだって気づいてんじゃないか?」

「やっぱり、そうだよね」

「あぁ、まるでお前みたいにウソが下手だもんな」

 デデはポメにあざけたように笑うと、ポメを置き去りにひゅうっと走り出していった。ポメはその言葉が一瞬なんだったのか分からなかったけども、昼間の弁当の時を思い出す。

あの"へたくそな"演技はデデにはお見通しだったのだろうと、ポメは思った。

「やっぱり色んなのが見えてること、デデに打ち明けた方がいいのかな?」

「そうだナ。でも……それは今じゃないと思うゼ」

「……うん」

 いつか、打ち明ける時が来るかもしれない。ポメは一人頷くと、デデたちを追って走り出した。

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