第13話 ~陽気な奏者?ジェコとのへんてこな出会い~

 ―――


 ノウィザーの朝は早い。この町の漁師たちは、朝日を迎える前に起き出して港へと向かう。そしてその港ヘは、船型のコンサートホールの下を通っていくことになる。

コンサートホールではその漁師たちへの見送りとして、町の音楽団による演奏が行われいたのだった。

その音色は町中を包み、町の人たちも朝日と共に起き出し、町はアルメリシアよりも少し早く活気を取り戻すのであった。

 その町のざわめきを聞いて、ポメは起き出す。ふかふかのベッドは、ポメたちの疲れ切った体を十分に癒してくれていた。

「けっけっけ……おはヨ、ねぼすけさン」

 ポメが体を起こすと、目の前でふわふわと浮かぶフォルと目が合った。

「……うん、おはよ」

 フォルのなんともわざとらしい言葉遣いに首を傾げながらも、静かな部屋を見渡す。そこにはデデの姿はなかった。代わりにテーブルの上にはV字に折られて立っていたメモ用紙があった。

『ねぼすけさん、俺は先に噴水の方へ行ってるぜ。お前が起きるまでちょっくら演奏してるから、さっさと来いよ』

「……いつもの時間に起きた筈なんだけどなぁ」

「デデは元々早起きみたいだナ」

「いつまでも待たせちゃ、悪いね」

 ポメはベッドのシーツを直し、早々と部屋を出て行った。厨房には丁度おばちゃんが朝の支度をしていて、ポメに気づくとしっぽをぶんぶん揺らしながらこちらに近づいてきた。

「もう行っちゃうのねぇ」

「うん……泊めてくれてありがとうございます!」

「いいのよ、それよりもこれ、受け取ってちょうだい?」

 そう言っておばちゃんは大きな包みをひょいと持ち上げて、ポメに渡した。

「二人分のお弁当よ。昨日の余りで作ったからあんまり量はないけど、これを食べ、あたしの店を思い出しておくれよ」

 それは二人分の弁当箱と呼ぶには、あまりにも重すぎた。……というほどではないけども、それでも手に持った時にずっしりと伝わってくる重さから、ポメは『これがワニ人にとっての弁当の量なんだ……』と思い知らされた。

「すごいや……本当に、ありがとうございます!」

 ポメは深々と頭を下げて、弁当箱を受け取るとそれを抱えて店を出た。

扉を開けると同時に、外の日差しや爽やかな風がポメを出迎える。店の外は、初めてノウィザーに来た時と同じ雰囲気に包まれていた。

「それじゃ、さっさと行くカ?」

「……うーん」

 だけどもポメの足は、中々前へ動こうとしない。顎を指に置き、くいと首をかしげて静かにうなっていた。

「デデのことだからさ、僕が行ったら……きっとすぐに出発するよね?」

「そりゃそうだロ。俺たちは観光で来たわけじゃねえんだかラ」

「うん、そうだけどさ……」

 ポメにとっては初めて来た、アルメリシア以外の町。赤ん坊の頃は母に連れられて王都にも行ったらしいけども、その記憶ももう全然残ってはいないのだ。

町が違うだけで、空気の匂いも違ってくるよう。ここを離れると、またいつ来るか分からないのだ。

「……ちょっとくらい、"起きる"のが遅くなっても平気だよね?」

 ポメの伸びた足の先は、噴水とは逆の方であった。

「あんま遅くなるなヨ? あいつ、時間にうるさそうだシ」

「ちょっと一回りするだけだから、大丈夫!」

 そう言ってポメは食堂の横を通って裏へと回っていく。

ガタガタ、ガタンッ。

すると丁度食堂の裏から、大きな音が聞こえてきた。ポメがちらりと顔を覗かせると、砂ぼこりを上げながらいくつもの木箱がいびつな山を作っている。

その山からは大きなしっぽが出ていて、びこんびこんと大きく揺れていた。しっぽからして、ワニ人のしっぽのようである。

「大変だ、助けないと!」

 ポメは急いで近づき、木箱を転がそうとする。木箱はそれほど重くなかったので、ポメの力でもごろんと転がってくれた。一個、二個とどかすと、埋まっていた手がぐぐっと伸びてきた。その手は木箱を力任せに押し出し、木箱はガラガラと土砂崩れのように崩れていった。

「大丈夫かな……?」

ようやっと、埋まっていた人の上半身が露わとなる。大きな口に、くりんとした丸い目。さっきまで話をしていたおばさんと同じ、ワニ人だった。

「おぉっと……あんたが、オイラを助けてくれたのかい?」

 ポメはその小さくうなずくと、その人はガラガラと残りの木箱を押し上げるように立ち上がる。頭をかきながら「はは、ありがとな」と返した。

そのにまっと笑った笑顔は、どことなくおばさんに似ている。するとポメの頭の中に、おばさんが言っていた「引きこもりの息子」というワードが頭を過ぎった。

「もしかして、おばさんの……」

「あ、ヤバい!」

 その人はポメの言葉を遮ると、ポメの口に"静かに"のサインを送るように指を一本置いた。しばらくすると、二階の窓から声が聞こえてくる。

「まったくあの子は……一体どこへ行っちゃったのかねぇ」

 聞こえてきたのは、お店のおばさんの声だ。窓からは何かを探すようにがさごそと聞こえてくる。探しものは、ポメでもおおよそ分かっていた。

ポメの口を遮っている人は、窓から顔を出すんじゃないかとハラハラしているのが、顔を見て分かるくらいであった。そしてなんでだか、ポメも一緒にドキドキしている。

だけどもやがて扉の閉まる音が聞こえると、二人してほぉっと大きなため息をついた。

「はは、へんなところ見られちゃったな。オイラはジェコ、この店の一人息子さ。よろしく」

「僕はポメ、よろしく」

 ポメが空に掲げるように手を差し伸べると、ジェコはその手を摘むように軽くぎゅっと握った。

「でもどうして、木箱なんかに埋まってたの?」

「いやぁ……部屋にいたんだけど、急に母ちゃんの声がしてさ。部屋に入ってこようとしたから、パニックになっちゃって……気づいたら、こんなとこにいたんだよ」

 じっと、ポメは二階の窓に目をやる。そこまで高くはないけども、普通ならば誰も飛び降りようとはしない高さであった。

「なんか……すごいね」

「へへ、大してすごくはないけどさ」

 ジェコは転がっていた木箱を持ち上げると、どん、どんと一つ一つ積んでいく。だけどもそのバランスは絶妙なもので、今度はジェコが窓から飛び降りなくてもいつか倒れてしまいそうだと思うほどだった。

「はぁ、せっかく昨日は楽しい気分になれたのにな。今日は朝からついてない……」

「昨日?」

「あぁ」ジェコはパパッと服に服についた汚れを払うと、目を閉じてしみじみと昨日のことを思い出していた。

「あんな愉快な演奏、今まで聞いたことがなかったぜ……あんまりに愉快なもんで、体がリズムを刻みたくてうずうずしてさ、気づいた時にはスティックを持ってその辺のものを叩いてたのさ。そりゃあもう、タカトンタカトンってな」

 楽しげに話すジェコの体は、その時でも体を揺らしてリズムを取っていた。

「……そっか、やっぱり昨日の何か叩いてる音は、ジェコさんだったんだね」

 ピタリ。ポメのその言葉を聞くと、あんなに激しく動いていたジェコの体が止まった。

「てことは……隣の部屋に泊まってた子どもって、お前だったのかぁ!」

「うん、そうだよ。僕だけじゃなくて、もう一人友達がいるけどね」

 それに演奏したのも、その子だけどね。ポメは心の中でそう言った。

「いやぁ、あの演奏は久々に心に来たよ……」

 そう言って、ジェコは首から下げていたホイッスルをくわえた。ピッピッピピッピッ。甲高く、短い音が断続的に響く。

「面白い音色だね、それ」

アルメリシアでは中々聴き慣れない楽器に、ポメは目をきらきらとさせていた。

「サンバホイッスルって言うんだ。知らないか? オイラは譜面とか読めないけどさ、これはリズム取るだけで楽しくなるから好きなのさ」

 ピーピピッピッピッ。左右の穴の開いた突起に指を置き、穴を塞いだり開いたりすると、音程も変わる仕組みになっていた。

二人のいる路地裏では、壁に反響してその音がよりはっきりと聞こえる。それはメロディこそ単純であるものの、聴くものの心を愉快にさせる力があるように思えた。

「昔、ある人からもらったものなんだけどさ……こうして吹くのも、久しぶりな気がするな」

 ホイッスルを口から離すと、ジェコの胸にすとんと落ちる。

「……どうして、お母さんに会いたくないの?」

「……兵士になれって、うるさいんだ。オイラは頑張って店の手伝いをしてるのにさ、国のために行きなさいって言うんだ」

 オイラは、店の手伝いしてるのが好きなのにさ。最後にそう付け足すように言ったジェコの言葉を聞いて、ポメは徴兵命令のことを思い出した。アルメリシアでも騒ぎになったもの。

ジェコはポメから見れば立派な大人と言える。それくらいが、兵士として連れていかれてしまう年齢であるのだった。

『……家を離れて兵士になるの、怖いもんね』

 ポメは心の中でそう呟いて、一人こくりと小さく頷いた。

「顔を合わせるのもいやでさ、部屋にずっとこもってたんだよ。だけどもそうしてると、気分も全然ノらない。楽しい気分になれないと、ホイッスルを吹く気にもなれないんだよな」

「楽しい気分になれないの……それ、辛いよね」

「あぁ……」

 ぽつりとため息混じりにそう呟くと、ジェコは頭をぶんぶん振った。そして大きな手で自分の頬をバシバシと叩き、木箱から飛び降りてくるりと振り返った。

「まっオイラの話はいいだろ! それよりもさ、お前の話も聞かせてくれよ」

「僕の話? でも、別に面白くはないよ……」

「じゃあさ、なんでこの町に来たんだ?」

 それを聞いてポメは、少し不思議な感覚を覚えた。『あれ、これって前にも聞いたことがある気がするな……』

だけどもその理由ははっきりとしている。ジェコのおばさんからも同じ質問を聞かれていたのだった。

「な、ポメ。分かってるよナ?」

 そしてその答えることが何か、もう分かっている。ポメはフォルをちらっと見て、小さくうなずく。

「僕は、デデと一緒に旅をしてるんだ。将来は立派な演奏家になろうと思ってて、そういうのは経験をたくさん積んだ方がいいって言うでしょ? だからいろんな町を見て回ってるんだ」

 昨日答えたこと、それよりも更に"もっともらしい"理由も付け加えての回答であった。

「なんカ、あんまり流暢すぎて台本みてーだナ」

 だけどもジェコはそれを聞いて、深くうなずいている。うなずいて、そしてポメの方に目をやった。

「いや、すごいな……その歳で、そこまでしっかり考えてるなんてよ」

 その目はしっかりと、ポメの顔を見ている。でたらめで、それっぽく作った理由を、ジェコは真剣に聞いている。

『やっぱり……騙してるみたいで、悪いな』

そんなジェコを見ていて、少しだけ胸の奥が冷たくなるのを感じた。

「夢かぁ……お前たちはすごいよなぁ。オイラとは違うよ」

「ジェコさんは、夢はないの?」

「いや、ないわけじゃあないんだけどさ……」

 ジェコはホイッスルをつまむと、それをじっと見つめていた。ホイッスルの表面は、どれだけ使われていたのか分かるくらいに薄汚れている。

「……おいポメ、そろそろデデのとこ、行った方がいいんじゃないカ?」

 ふとポメは、空を見上げる。太陽の位置は、ポメが店を出てから大分変わっていた。さすがにこの時間まで寝ていたとなれば、デデは手がつけられないほどキレてしまうだろう。

「それじゃあジェコさん、僕は早く次の町に行かなくちゃ」

「もう、ここを出るのかい?」

「うん……名残り惜しいけど、友達を待たせちゃってるからさ」

「そっか……じゃあな」

 ポメは木箱から飛び降りると、噴水の方へ駆けていった。その姿を、見えなくなるまで見つめながら、ジェコはぐっとホイッスルを握りしめる。

「……あんな子どもでも、夢に向かって頑張ってるんだな」

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