第12話 ~夜は光と、香ばしい匂いに包まれて~

 ―――

 

 ノウィザーの噴水周りは、夕暮れを迎えると違った雰囲気に包まれる。噴水の四方にはそれぞれ異なる大きな食堂が開かれており、町の人たちはお腹を満たしにここへと集まるのだった。

 五つのそれぞれ食堂はどこもこだわりがあれど、安くてたくさん食べられるというのは同じであった。なのでどちらも同じくらいに混むのだけど、お客さんの種類は違ってくる。

 例えば海から帰ってきた漁師は港のある南側の食堂に集中しているし、宿の多い北側の食堂には旅人や行商人が多い。

 そしてポメとデデも、この北側の食堂にやって来ていた。テーブルの上には、昼間の演奏で稼いで得た料理がてんこ盛り。食べ盛りのポメたちにとっては丁度いいくらいの量であった。

「えっと、噴水の向こう側が……海の方だよね。あの大きな船は、なんだろう?」

 ポメの指さす先には、大きな船が佇んでいた。場所からして、丁度町の壁にあたるところである。

「あれがここのメインのコンサートホールだよ。元々は漁師たちを見送ったり迎えたりする曲を演奏するための場所だって話さ」

 デデは魚のフライを手でつまみ、口に放りこんだ。バリボリと音を立てて、次の一枚に手を伸ばす。

 確かに耳を澄ますと、微かに音楽が聴こえてくる。その音楽に反応して、五枚の大きな帆には点々と小さな明かりが灯り、星座を形作っていた。それは風に吹かれてゆらゆらと波打ち、まるで踊っているように見える。

「へぇ、デデはなんでも知ってるね」

「お前が知らなさすぎるんだよ。アルメリシアの近くの町くらい、ちゃんと勉強しとけよ」

「ご、ごめん……」

「フン」

 デデは口をへの字に曲げて、そっぽを向いた。この食堂に来てから、ずっとこの調子である。

 こんなにも機嫌が悪いのには、思い当たる節があると言えばある。それは今ここにいない、マニに関してだ。

 二人は演奏を続けて、お金も一晩泊まれるくらい稼ぐことができた。日も傾きかけてきてそろそろ潮時といったところに、マニはやってきた。

「それじゃあ、私は次の町へ行くわ」

「行くって……どこに?」

「さぁ」マニはちょこんと首を傾げて「あてなんて、ないような旅だしね」と続けた。

 マニの旅の目的はポメたちとは違う。だからこそ、行き先も同じというわけではなかった。

「そっか……」

 ポメたちがマニを引き留める理由はない。別れの挨拶を告げると「あなたたちとはまたいつか、会える日が来るかもしれないわね」と言い残し、マニは北の方へと去っていったのだった。

 人ごみに紛れて小さくなっていくマニの後ろ姿を見ていると、夜に聴いたヴァイオリンの音が聞こえてくるようだった。

「……そしてあのマニと別れた後から、デデがちょっと機嫌悪くなったんだよね」

「というカ、いつもの態度に戻ったって感じだナ」

「それも、言えてるね」

 ポメとフォルはひそひそと話をしながら、ちらりとデデの方を見る。すると、偶然ちらりと見ていたデデと目が合った。デデはふんと鼻を鳴らし、またそっぽを向いてしまう。

 ようし、そう意気込んだポメは水の入ったコップを手に取って、ごくりと飲み干す。

「……ねぇ、デデ」

「ん?」

「助けてくれて、ありがと」

「……別に」

 デデの耳が、そわそわとしていた。

「本当はさ、衛兵にチクるだけにしようと思ってたんだよ。でもあの騒ぎのせいで、衛兵もまともに話を取り合ってくれなかったんだ。だから俺が、お前の……お前をさらったアレの後をつけたんだよ」

「そうだったんだ……」

 連れ去られる前の、町の様子。それはもうずっと前のように感じられた。

 突然の徴兵命令で町の人たちが混乱していた、あの時の様子。今までに感じたことのない空気に包まれていた。だけども、この町ではその雰囲気がない。

 それが気になったポメだけども、デデが耳を後ろに向けながら、口を開いた。

「……この町にも、あの徴兵命令は来てるみたいだぜ」

「分かるの?」

「周りの人たちが、そんな話をしてる」

 デデはその長い耳で、周りで囁かれてるどんな話も聞き取ることができる。ずっと昔から、人のうわさ話を聞いて色々役立ててきたデデだからこその、特技である。

「すごい! その……ルーチ・タクトは、どうなったんだろう」

「……多分、誰も知らないんじゃないか?」

 デデは耳を動かすことなく。そう答えた。

「どうして?」「なんでダ?」ポメとフォルは同じように首を傾げる。

「噴水に行く前にさ、掲示板や新聞屋に行ってみたんだよ。そしたら掲示板は何も貼られてなかったし、新聞屋は閉まってた。衛兵たちが止めてるみたいだな」

 デデは串に刺さった焼き魚を手に取り、お腹にかぶりつく。バリバリと音を立てて、皮のかけらがボロボロと落ちていく。

「明日にはもう何人かが、兵士になるために王都へ連れてかれるそうだな」

「……どうして、こんなことをするんだろう」

「とにかく今の俺たちは、家に帰ることだけを考えようぜ。難しいことは、大人がなんとかしてくれるさ」

 一口、二口とよく噛んでごくりと飲み込んで、コップを手に取った。だけども持ち上げたコップは空である。

「へへ、そういやこの町では水ってのはタダなんだぜ」

 デデは近くにいた給仕の人に声を掛けると、空のコップを掲げた。

「あら悪いわねぇ、すぐに入れるわ」

 それはポメたちにとっては珍しい、ワニ人の大柄な女性であった。

 ボンと大きなお腹がゆらしながらこちらに近づくと、デデのコップを受け取って水を注いでいく。こぼれそうなほど豪快に。そしてなみなみになる少し手前で、華麗にピタリと止めた。

「すごい……あれがプロの技」

「水の注ぎ方ニ、プロもねぇだロ!」

 ポメは目をキラキラさせながら、その給仕の人にくぎ付けであった。するとそれに気づいた給仕の人は、長く大きな口をくにゃりと曲げ、ワニ人独特の笑顔を作り出す。

「あんたたち、ここいらじゃ見ない服装ね。もしかして、ここの子じゃないのかしら?」

「あ、えーと……」

 突然のことで、二人はうまく答えが出てこず、ごくりと息を呑み込んだ。するとフォルが、ポメの耳元で囁く。

「ほんとのこと言ったら面倒ダ、旅をしてるとかでごまかせヨ」

 ポメはこくりと頷いた。

「僕たち、旅をしてるんだ。えーっと……ここ、ノウィザーって綺麗な町って聞いてて、僕らここに来たんだ」

「あら、そうなの。子どもだけで旅なんてたくましいねぇ」

 ポメはちらりとデデの方を見る。デデもポメの方を見ていて、口元が少し緩んでいた。

「このお店はね、私たち家族全員で働いてるのよ。料理をしてるのも私のダーリンなんだけどね、いつもは息子も手伝ってくれるのよ」

 ゆらりゆらり、おばさんは動きながら話をするものだから、お腹がずっとゆれている。

「だけどもこの間からねぇ、部屋から出なくなっちゃって。ほら、なんだったっけ……あの、そう、徴兵命令よ。それからずっと、声を掛けても返事をしてくれないのよ」

「へぇ……大変ですね」

 ポメはおばさんに合わせて相づちを打つけども、その手に残っていたコップを見ていてハラハラとしていた。おばさんが動く度にコップの表面はゆらゆらと波打ち、今にもこぼれそうであるのだから。

 デデはわざとらしく咳ばらいをすると、身を乗り出して今度はデデが口を開く。

「あーあのさ……俺らここには今日来たばっかりなんだ。それでさ、どっか安くてオススメの宿屋とか、あるかな?」

「あら、宿屋を探しているのね。それなら……いいところがあるよ」

 

 ―――

 

 ノウィザーは夜の空気にとっぷりと浸かると、町は静けさに包まれる。ここはアルメリシアと違って、夜更かしをする人も少ない。

「へへ、こんな夜で演奏できたら最高だろうな」

 二階の窓から顔を出して、デデはそう言った。静けさの中で、水路に設置されている小さな水車の音が聞こえてくる。この水車は回る度に貝がらがぶつかり合う仕組みで、爽快にカランカラという音が響き渡っていた。

 さらに水車には譜面石の欠片が埋め込まれていて、それが流れていく水を淡く光らせている。噴水から町を巡っていく水に明かりがつくと、それはまるで夜空を流れる天の川のようであった。

「でも良かったよね。お店のおばさん、ただで部屋を貸してくれるなんて」

 ここはポメたちがいた食堂の、二階にある空き室だ。食堂で働いてる人にたまに貸している部屋で、一泊するには十分なものが備わっていた。

「野宿だと不安だったしな、あいつらが来るかもしれないし」

「……あれって、一体なんなんだろうね」

 連れ去られる前に、少しだけ見たあの姿。思い出そうとしてもあの姿はどうしてもぼやけてしまうけども、あの時に捕まれた手の感触ははっきりと覚えていた。

「……そういやむかし、アレに似たおとぎ話を聞いたことがあるな」

「おとぎ話?」

「あぁ」デデは窓に背を向けて、ふうと息をつく。

「"オロオロさま"ってやつだよ。知らないか? 国のどっかの地下には巨大な空洞があって、そこに住みついてるらしい。そこにずっといるもんだから、体中に"クラヤミ"がはりついてるんだよ」

「それは……アレみたいに、人をさらうの?」

「俺も話自体はよく知らないけど……『夜のくらやみに隠れて、オロオロさまはやってくる。夜遊びしてる子どもを、さらってっちゃうよ』って。母さんから聞かされてたよ」

「…………」

 さらわれたら、その後はどうなってしまうのだろう。リックは、無事なのだろうか。色々な不安が、頭の中を駆け巡る。

「なんだぁポメ、おとぎ話にビビッてんのか?」

「そりゃあ、怖いよ。だって、アレは本当に、あそこにいたんだよ?」

「あぁ、確かにな……」

 デデはベッドに置いていたトロンボーンを手に取ると、それを構えた。

「それじゃあ臆病なポメくんのために、元気になるようなのを一曲弾いてやろうか?」

 ポメは肯定とも否定とも言い難いような顔で口をもごもごとさせて、小さく頷いた。その時に見せたデデのいじわるそうな笑顔は、授業でいつもちょっかいを出す時に見せる顔だった。

 デデは一度、二度と深呼吸をして、足でリズムを取りながらトロンボーンを吹く。最初はスローテンポで、単調なメロディ。アルメリシアで流行りのメロディにアレンジを加えたそのフレーズを二度繰り返すと、テンポは急に早くなる。そこから紡がれるテクニカルなフレーズ。外で演奏してた時よりは控えめだけども、その指捌きは目を奪われるほどであった。

「やっぱりデデはすごいなぁ」

「へン、まぁ早ければいいってもんでもないゼ。でも、あの年のワリには複雑なメロディがしっかり身に付いてるナ」

「デデにはあんまイヤミ、言わないんだね」

「そりゃあ、あいつには俺の言葉は聞こえねぇからナ」

「……なるほどね」

 ポメとフォルはしばらくの間、デデの演奏に耳を傾けていた。その音色は窓を抜け、町の外へ漏れていく。

 するとどこからか、ある別のリズミカルな音が聞こえてきた。トントンタットコトン。何か金属のようなものを叩く音。

「どうやら隣の部屋から聞こえてくるみたいだナ」

「隣って……お店の人たちの、息子だっけ?」

「あぁ、引きこもってるとかどうとか言ってたな」

 デデの演奏に合わせた、独特なリズム。その音に紛れて、ピッピッとホイッスルの音も混ざり合う。

「……中々いいリズムしてるね」

 真夜中に、デデのトロンボーンと姿の見えないパーカッションが合わさった愉快な演奏。このひと時は、オロオロさまに似たあのバケモノの恐怖は忘れられそうであった。

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