第11話 ~うるおいの町、ノウィザー~

「よし、これでもう大丈夫だろ」

 デデたちを載せたマイマイは、町と町を繋ぐ大きな道へとやってきた。そこまで行けば、あとは道に沿ってマイマイは進んでくれる。

「とりあえず夜明けにはノウィザーには着けそうだな」

「ノウィザー? アルメリシアじゃなくて?」

「……お前、連れ去られた時に寝てたから分からなかったんだろ。もう町二つ分くらい遠くまで来てるんだよ」

 デデは手綱を放すと隅っこの方で横になって、無造作に置かれている毛布に包まった。。

「とにかく、これで借りは返したからな」

 毛布はデデの体をほとんど覆っていたけども、長い耳だけはぴょこんと出ている。

「借りって、なんの?」

「……俺が演奏してる時さ。金、入れてくれただろ」

「あぁ……もしかして、それだけの為に?」

「…………」

 デデはそれっきり、答えなかった。毛布からは耳だけが出ていて、それがぴくぴくと動いているのが分かった。

「とにかく、俺は寝るぞ。コレは安物のレンタルだけどさ、道から外れることはない筈さ」

「うん、分かった」

 荒野には、冷たい風が吹き荒れている。子どもはもう寝る時間ではあるが、ポメは眠くはなかった。きっと、さらわれた時に眠っていたからだろう。

 遠くから、波の音が聞こえてくる。ポメたちの右の方には、海が広がっていた。道はこの海と並んで、まっすぐ進んでいく。

 ポメは後ろの方に座り、何もない大地にじっと目をやった。町からも遠く離れているここでは、ここには何の気配もなかった。

「ねぇ、ポメ」

 ふと、マニはポメの横にやってくる。

「まだ友達のこと、気にしてる?」

「…………」

 ポメは口を閉じたまま、深くうなずいた。うなずいたまま、ポメは顔を隠すようにそのままうつむいてしまう。

「ポメは、友達思いね」

 マニは自分の荷物からヴァイオリンを取り出して、徐に弾き始めた。

 マニの繊細な手先から、音が紡がれていく。それは冷たくて、どこか悲しげなメロディ。アルメリシアでは聞き慣れない曲調で、ポメもデデもその音色に耳を傾けていた。

「……マニは、なんで旅をしているの?」

 聞いていいのかどうか、少し不安だった質問。だけどもマニの演奏で気持ちが少しだけ落ち着いて、聞く勇気ができた。

「探しものをしてるの。とっても、大切なもの」

「大切なもの?」

 一定のリズムを刻んだまま、マニはうなずいた。

「そっか……見つかるといいね」

「ふふ、ありがと」

 それからまた、会話は途切れた。ヴァイオリンはゆったりしたテンポに乗って、奏でていく。ポメも帽子からトランペットを取り出すと、その重みがまるで何ヶ月ぶりかに味わうような感覚があった。

「へぇ、ポメも楽器を持ってるのね」

「うん」

 マニのリズムに合わせて、ポメは吹き鳴らす。静けさの中で、二つの楽器が鳴り響いていた。


 山の方の空が、やわらかな光染まっていく。やがて太陽が顔を出すと、それは大地を照らして海をきらめかせた。

「おいポメ、なんか町が見えてきたゾ」

 フォルの言葉を聞き、ポメはくるりと振り返った。

 そこには町を囲む、海岸の手前まで伸びた白い外壁。その壁がちっぽけに見えるほど、町の真ん中からそびえる巨大な噴水があった。

「すっごい……なんだろうあれ」

 アルメリシアにあるコンサートよりは、少し小さいだろうか。それでもどの家よりも大きなそれに、ポメは釘づけであった。

「ようやく着いたな、あれがノウィザーだよ」

 いつの間にかポメたちの後ろに立っていたデデが、耳をかき上げながらそう言った。

 ノウィザーは、この国に敷かれた大きな川と海、そのど真ん中に位置する町である。

 噴水は中心から絶え間なく空へと水を飛ばし、下へと伝って流れ落ちていく。風はその水しぶきを受けて、町の外にも潤いを送っているようであった。

「すごい……ここにいても水の匂いがする」

 あの水は、川の水が地下を通じて流れているそうで、冷たいままあのようにずっと噴き上がっている。

 地中にある譜面石が反応して、水になんらかの影響を与えていると言われているけども、未だ謎は多い。オルゴア王国に伝わる神様ルーチが残した奇跡の一つだと言われていた。

 そしてここもまた、ルーチ・タクトが訪れる町でもある。

『そういえば、お母さんたちはアルメリシアに着いたのかな……』

 ポメは自分が化け物たちに連れ去られて、それまで国中で一体何が起きたのか分かっていない。ルーチ・タクトは今も聖地巡礼をしているのか。それとも……。

 でもそれをデデに聞くのも、少し怖かった。知らない方がいいかもしれないことを、知ってしまいそうで。

 ポメたちを載せたマイマイは、ノウィザーの中へと入っていく。すると瞬く間に、町中のにぎやかな声がポメたちを包み込んだ。

「なんか、アルメリシアとは雰囲気が違うね」

 ポメは辺りを見渡してそう言う。

「そりゃそうよ。だって住んでいる人たちが違うもの」

 マニの言う通りだと言いたげに、フォルはうんうんと頷いていた。ここノウィザーでは水によって発展していったおかげか、ラッコやトカゲ、カエルといった水に関わる種族が多い。アルメリシアでは犬や猫といった毛の多い種族が多いので、町の雰囲気も大きく違って見える。

「それよりもよォ、そこいらに水路があるのも面白いナ」

 フォルは空へと高く上がって、町を見下ろす。中心の噴水からは、五つの方向にまっすぐと大きな橋が架かっている。その橋は人が渡るための橋ではなく、水を運ぶための橋であった。

 そしてその大きな橋から、別のちいさな橋へ。そうやって町中の家々に水が送られるようになっている。

 デデの見事な手綱さばきは、マイマイを町の入口近くにある倉庫へ導いていく。中には何体もの乗るためのマイマイが停められていて、デデたちのマイマイも空いているところに停まった。

「さって、これからどうする?」

 デデはマイマイからひょいと飛び降りて、くるりと振り返る。

「どうするって……」

 ポメは「そんなの、決まってるよ」という顔を見せた。ポメたちはここへ観光に来たわけではない。早くアルメリシアに帰らないといけない。

 だけどもデデはまるでいやみったらしくポメに見せつけるように、はあああああっと大きなため息をついた。

「お前なぁ、このマイマイをレンタルするのがタダだと思ってんのかよ。お前たちを助けて、ここに来るだけでもう金はないんだ。町へ帰るなら、稼ぐしかねえ」

「稼ぐって……僕らだけで、どうやって?」

「へへ」

 デデはほくそ笑みながら、しょっていたカバンを見せつけた。細長いその中には、トロンボーンが入っている。デデにとって大切な相棒であり、同時に商売道具でもある。

「路上ライブをするの?」

「それ以外に何があるのさ」

「……そうだよね」

 ポメもまた、帽子からひょいとトランペットを取り出す。手に持ったトランペットは、今まで感じたことのない重さがあった。

 ポメにとって、演奏でお金を貰ったことはないのである。練習する場所はいつも、人気のない森の中。

 授業ではみんなの前で演奏することはある。だけどもお金を稼ぐと思うと、ポメは胸の辺りに鉛のようなものを感じていた。

「……言っておくけど、俺は俺が帰る分しか稼がねぇからな。お前の分は、お前が稼げよ」

 デデはトロンボーンを抱えて、小屋の外へと走っていった。日は高く上がっており、外は目を覆うくらいに明るい。初めての土地を、デデは一歩一歩踏みしめて最高のロケーションを探し出した。

 走っていくデデとは違い、うつむいたままのポメ。マニはそんなポメを見ていた。

「まぁ、当然よね。自分のことは自分でなんとかしないと」

「……うん」

 分かってはいること。だけどもいざ自分の住んでいた町からも離れて、しかも頼れる大人もいないのだと分かると、途端に心細くなった。

「……デデはさ、よく路上ライブでお金を稼いでるんだ。この間、初めてデデの演奏を聴いたんだけど、すごかったんだ」

「どう、すごかったの?」

 ポメは一つ息を呑んでから、口を開く。

「いつものデデなんだよ。誰も知らない人たちの前で演奏するって、僕だったら緊張する」

「ふぅん」

 ポメは、手の中にあるトランペットをじっと見る。怪物に連れていかれた時にぶつけたのか、傷がついている。じっと見ると、その傷が反射して写っていた自分の頬の傷と重なった。

「そうね……デデにとっては、それがいつものことだから、緊張しないのよね」

「いつものこと?」

「うん。デデもきっと、初めては緊張したんじゃないかしら」

「…………」

 ポメは頬の傷を指でそっと撫でる。血は出ていないけど、ピリッとした痛みが走った。

「そっか……」

 ポメはぐっとトランペットを握り締めて、ポメはマイマイから飛び下りた。

「ありがと、マニ。僕、行ってくる!」

 その見据える先には、日で照らされた明るい町並みが続いている。デデが通った道も、ポメもまた駆け出していった。

「ふふ、あの子もたくましいじゃない」


 町の中心の噴水まわりは、多くの人が行き交う。デデはそのうちの一ヶ所で、演奏をしていた。

 もう既に少しのお金を稼いでいたけれども、帰るにはもっともっと稼がなくてはならない。

『こんなんじゃだめだな、もっと人が立ち止まるような、はでな演奏をしないと』

 そうしてデデが一呼吸起き、大きく息を吸って構えた瞬間、隣からは別の音色が聞こえてきた。

 そこにはトランペットを演奏するポメ。二人の目が合うとポメはにこっと微笑んだ。

「……ふん、演奏で稼ぐってのは、大変なんだからな」

「うん、分かってる」

 後ろには大きな噴水。水しぶきの音と吹き抜ける冷たい風は、二人にとって最高のロケーションであった。

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