第10話 ~出会ったのは、旅する少女マニ~

 ―――

 

 暗闇の中を、ポメは走り続けていた。壁があるかも、床があるかも分からないような道を、ただひたすらに。

 体中に何かが触れているようで、ポメは何度も体をふった。それでも何かは体をつかむ。ポメは助けを呼びたくてもまるで喉に栓がしてあるように声がでなかった。

 そして、足元からどんどん闇に沈んでいく。まるで水のような感覚が下半身を包み込み、ろくに歩けなくもなっていった。

「……メッ」

 上から声が聞こえてくる。暗闇の中で、まるで星のように小さく光るものがあった。それはすうっと伸びて、ポメに手を差し出す。

「ポメッ! はやく起きロ!」

 手を掴むと、ポメは一気に夢から引き離された。

 

「うわあぁ!」

 ポメは大声を上げながら、目を覚ました。頭からは大粒の汗があふれてきて、息を切らしながら何度も額を拭う。

「おい、大丈夫カ?」

 横に目をやると、そこにはフォルがいた。いつもの余裕ある笑顔はしていなくて、目を大きく開いてポメの顔をのぞきこんでいた。

 まだ夢の中で感じた恐怖が、体にまとわりついている。ポメは肩に手を回して、ゆっくりとさすった。

「……ここ、一体どこなの」

 顔を上げると、目の前は一面の鉄格子。どうやらここは牢屋みたい。通路側にだけ僅かな明かりが灯っていて、牢屋の半分以上が暗闇に包まれていた。

「少なくとも、アルメリシアから遠く離れたとこに連れてこられたみたいダ。あと……今はあんま、オレに話しかけない方がいいゾ」

「えっ?」

 ポメはなんのことだか分からず、首を傾げる。すると、後ろでこつんと何かが地面を叩く音が聞こえた。

「ようやく目が覚めたのね」

 ポメは一つ息をのんで、ゆっくりと振り返った。後ろの壁には、人が通るにはあまりにも小さすぎる窓が一つ。そこから月夜の明かりが漏れていて、壁にもたれかかる猫の女の子を淡く照らしていた。

「ええっと、どうも……はじめまして」

 その子の背丈や顔立ちから、ポメと同じくらいの歳に見える。だけどもその落ち着いた物腰や喋り方がポメにとっては年上の子のように思えて、妙な緊張感に包まれた。

「君も、アレに捕まったみたいね」

「アレって……あの黒いやつ?」

 女の子は小さくうなずくと、ポメはゆっくりとうなずいた。

 その子の顔から、ポメは目が離せなかった。なにせ青い瞳が明かりに煌めいて、まるで宝石のようであったから。

 服装からして、どこかの貴族の子かなとポメは思った。だけどもオルゴア王国の、どのあたりの服装なのだろう。

「ねぇ、名前はなんて言うの?」

「僕はポメ、アルメリシアで暮らしてるんだ。君は?」

「……私は、マニよ」

 マニは名前を言って、その続きは言わなかった。暫くしてポメは「そっか」とうなずく。

「君も、捕まったんだよね?」

「うん……多分昨日だと思う。ドゥブールって町にいたんだけど、そこであいつらにさらわれたの」

「じゃあ、ドゥブールの子?」

「ううん……私は旅をしてるの」

 旅? とポメが聞くと、マニはうなずいた。うなずいたきり、それ以上詳しくしゃべることはない。

「なんか、ワケのありそうな子だナ」

 フォルの声はもちろん、マニには届かない。だけども誰かが近くにいると、フォルはいつもひそひそと誰にも聞こえないように喋る。ポメはその言葉に、小さくうなずいた。

 少しの間、静寂が訪れた。窓の外から砂を巻き上げる音が聞こえてくる。

 ポメは立ち上がって、鉄格子に手を置いた。そして顔を近づけて、つなぎ目を見ていく。一本一本、床や天井に繋がっている部分まで、すみずみと。

「なにしてるの?」

「なにしてんダ?」

 マニとフォルの声は、同時に重なった。ポメは鉄格子を見たまま、口を開く。

「きっとリック……僕の友達なんだけど、その子も連れてこられてるはずなんだ。ここから出て、助けないと」

「助けるって……こんな状況で?」

 マニの呆れた言葉に、ポメは振り向いてきょとんと首をかしげる。まるでさも、友達を助けたいって思うのが、そんなにおかしいことだろうかと言いたげな顔だ。

「だって……自分も危険な状況じゃない。友達のことより、まずは自分の心配じゃないの?」

「普通なら、そうかもしれないけど……」

 ポメは口を動かしながら、鉄格子を調べていく。

「でも僕、見たんだよ。リックの怖がってる顔。あんなの見ちゃったら……助けないとって思うよ」

「……あの化け物が怖くないの?」

 鉄格子を調べていた手が、ぴたりと止まった。それを聞くと、肩にあの感触がよみがえってくる。まるでずっと、肩に張り付いていたかのよう。あれはただの人の手の感触じゃない。ポメの知らない、何かな気がした。

「うん、怖い」

 手から感じる鉄格子の感触は、固くて冷たい。所々錆びついてはいるけれど、壊せそうになかった。

 ここから出られなかったら、何をされるのか。考えようとしなくても、ちらちらと頭のすみっこでそれがイメージされる。人さらいにさらわれた子で、帰ってきた子の話はまだ聞いていない。それが何を意味するのか。

「でも、リックは友達なんだ。体が大きいのに、ちょっと抜けてるとこがあって。それにドラムさばきも上手くてさ、授業でもよくセッションしたりするんだ」

「…………」

「僕はリックのこと、色々知ってる。だから……」

 その続きが、なかなか出なかった。手は止まったままで、牢屋の中は静寂に包まれる。マニは小さく息を吐いて、髪をかき上げた。

「へんなの。怖がってるのに、強がっちゃって」

「別に、強がってはいないけどさ」

 そう言うポメの横で、フォルはニタニタと笑っている。だけども通路の方から扉の開く音が聞こえてくると、そんなフォルの顔つきも一瞬で変わった。

「ど、どうしよう」

 もしかしたら人さらいかもしれない。慌てるポメとは正反対に、マニはどこか冷静であった。

「待って、ちょっと変じゃない?」

 その足音は、急いでるように早く、それでいて足音を立てないようにひたひたとした音であった。まるで、何かから気づかれないような歩き方。

 そしてその足音の正体は、目の前にやってきた。それはあの時見た人さらいとは違って小さく、ポメと同じくらいの背丈に白い毛並み。

 そして何より、ポメにいつも向けているあの目つきが、目の前に飛び込んでくる。足音の正体は、デデであった。

「デデ! なんでここに……」

「シッ。いいから早く、こっから出るぞ」

 デデの手には、どこからか手に入れた鍵の束。そのうちの一本を鉄格子の鍵穴に差して回すと、扉はギイイと部屋中に響かせながら開いた。

「うぅ、デデ……ありがと!」

 お礼の言葉をかけられても、デデの目つきはいつもと変わらない。かと思ったけど、マニのことに気がつくと、ぎょっと目の色が変わった。

「デデって言うのね、私からもありがと」

「あ、あぁ……」

 そしてデデを先頭に、三人は石畳の通路を抜けていく。

「ねぇ、リックは知らない? 一緒に連れてこられたと思うんだけど」

「さぁ……他の牢屋には誰もいないよ」

 ポメはゆっくりと、歩みを止めた。それに気づいたデデとマニも足を止める。

「……助けないと。まだ、どこかにいるかもしれない」

 マニは顔に手を当てて、はあと小さくため息をついた。デデの方はと言えば、一歩一歩とポメに近づく。

「ばかやろ!」

 そしてうつむくポメの胸ぐらを掴んで、ぎっと睨みつけた。

「あの黒い変なやつら、お前は目の前で見たんだろ? だったら分かるだろ……見つかったらマズいんだ。早く逃げないと」

「でも、でもデデは僕らを助けた。だったらリックだって、助けられるかも……」

「…………」

 デデが手を離すと、ポメはバランスをくずして後ろに倒れそうになる。天井を照らす明かりで、デデの顔に影が掛かっていた。

「いるとすれば多分、ここより上だ。でも上の方は、あいつらがうじゃうじゃいる。行くことすら無理だ……」

 俺たちだけでも、逃げるんだ。そう付け足して、デデは通ってきた道を戻っていく。入り組んで、細くて、ボロボロの石造りの道。天井からは妙なうめき声が聞こえてくるようで、三人は息を呑んで静かに耳を立てていた。

 少しすると、壁が崩れて外へ通じる道があった。そこからポメたちは外へ出て、振り返る。もう何十年も使われていないような、小さな砦。何故だか人の気配は感じられなくて、それがとても不気味だった。

「ポメ、早く行こう」

 マニに手を引かれながら、ポメは砦から離れていく。リックがいるかもしれない。でも手を引かれて、自分にはできないことだと、感じた。

 デデたちは大きな岩場の陰に潜り込むと、そこには大きなマイマイがいた。アルメリシアで見たものよりは少し小さめの、だけども三人が乗るには丁度いいくらいの大きさ。殻は乗り込んで上で寛げる籠のような形になっていた。

「さ、これで逃げるぞ」

 デデは殻の側面にある取っ手を伝って登り、マイマイの手綱を掴む。ポメとマニも続いて後ろに乗り込み、マイマイは進み始めた。

 ポメは空を見上げると、星空が広がっていた。月の明かりが大きくて、いくつかの小さな星たちはかきけされてしまっている。

「おい、そんな暗い顔すんなヨ。せっかく逃げ出せたのにサ」

 フォルがポメにそう声を掛けるが、ポメは答えなかった。夜空を見上げると、それはにじんで見えた。

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