第8話 ~祭りはもうすぐ~

 それから五日後。


 アルメリシアの隣町、ケラケラとカルカルにルーチ・タクトが到着したという情報が届いた。それはルーチ・タクトが、この町にやってくるまであと少しということを示している。

 町全体がより活気づき、しっかりと聖地巡礼を迎える準備に大忙しだった。そしてコンサートホールの設営もラストスパートに入り、見物ある準備になっているそうだ。

 毎年の見所であるそれを見に行こうと、ポメたちは家を飛び出した。

「まったく、ヤジウマ根性丸出しだナ」

「でもフォルも見てみたいでしょ?」

「へへ、まぁナ」

 今日は学校はお休みで、居住区はそこらじゅうで駆け回る子どもたちとすれ違う。そんな中をアルメリシアの中心へ向けて、ポメはまっすぐに駆けていった。

 今日のポメは、とくにご機嫌であった。風を受けて調子が出てくると、足取りもどこかリズミカルなステップになっているし、少し前に学校で習った曲を鼻歌で奏でている。

「そんなにママが早く来るのが嬉しいってカ?」

 フォルは茶化すようにそう言うと、ポメは眉をひそめてじっと睨みつけた。刻んでいたステップが、いつものゆったりした足取りに戻っていく。

「そりゃあ、楽しみだけどね。でも今日は、心が軽くなったみたいでさ、なんか楽しいんだ。こんな気分、久しぶりな気がしてさ」

 今まで背負ってきていたもの、聖地巡礼に選ばれるための試験は、思っていた以上に大きなものだった。

 まだ誰が聖地巡礼の子として選ばれたかは、決まっていない。これからこの聖地巡礼を管理してる偉い人や、町の偉い人。そういったのが集まって、この町の中からたった一人の代表者を決めるのだ。

 その結果を待つだけのポメには、試験の前以上にもうプレッシャーを背負う必要はなかったので、気分はいくらか楽になっていたのだった。

「おそらく、結果発表は明日だろうナ。それまで今日くらいはハメを外した方がいいだロ」

「うん!」

 町の中心へと向かう大通りに出ると、ポメの前をごろごろと大きな音を立てて荷台が横切っていった。中には野菜やくだものなど、たくさんの食べものが積み込まれている。

 祭りになると、たくさんの屋台が開かれて、至るところで料理が振る舞われる。そのためにアルメリシアの隣町や近くの村で採れた食べものが、ここに集まってくるのだ。

 突然、ポメの周りに暗い影が包み込む。振り返ると、大きなカタツムリと目が合った。ポメは驚いてそのカタツムリから離れていくと、地面に接した部分をうねうねさせながらゆっくりと進んでいく。殻は荷台のように加工されていて、そこには手綱を引く人、それにたくさんの魚が載っていた。

「へぇ、けっこうでかいナ。ありゃあ、隣町のカルカルの奴だロ」

 手綱にぶら下がっている魚型のアクセサリーを見て、フォルはそう言った。

 あのカタツムリは、マイマイと呼ばれている。手足がなく言葉も話せず、這って歩く生き物だ。ああいう大きなものもいれば、手乗りサイズの小さなものまでいる。小さなものは食用としても親しまれていて、オルゴア王国全土では欠かせない生き物である。

 マイマイがポメたちを横切って進んでいくと、ゆらゆらと動くしっぽが目の前にやってくる。

「なぁな、アレに乗って中央広場まで連れてってもらおうゼ?」

 決して乗り心地は良さそうではないけども、乗るには丁度いい大きさのそれを見て、フォルはそう言った。

「だめだよそんな。それは"むちんじょーしゃ"っていう、悪いことなんだから」

 それに、自分の足で歩いた方が楽しいよ。そう付け足して、ポメは耳を広げた。マイマイが荷台を引く音が遠ざかっていくと聞こえてくる、大人たちのしゃべり声、無数の地面を踏み鳴らす音、そしてどこかでやってるストリートライブ。いろんな雑音に耳を傾けて、ポメは街の中心へと向かっていった。


「あぁ、ポメくんだ」

 人ごみのどこからか、声が聞こえてきた。ポメは立ち止まってきょろきょろと見渡すと、大柄の子がポンと肩を叩く。

「うわわっ」

 びっくりして振り返ると、そのやんわりとした顔を見てポメはほっと一息ついた。大きな体でポメを見下ろす子は、クマのリックだった。

「なになに、びっくりした?」

 ポメはこくりと頷くと、リックはいつものようににこにこと微笑んだ。

 二人は町の中心へと向かって、並んで歩き出す。幾分か体の小さなポメの方がスピードは遅いのだけど、リックはポメに合わせたスピードで歩いていた。

「確かに最近、人さらいの話とかあるからね。警戒しちゃうよね」

「人さらい?」

 リックはこくりと頷く。

「掲示板に載ってたんだけどさ、近くの村でも子どもが攫われたらしいよ」

「ちょっと怖いね……」

 ガラガラとまた荷台を引く音が響き渡り、ポメたちは道の端へと体を寄せた。

 この辺りには小さな村がいくつかある。だけども衛兵たちが回っているので、大きな事件が起きるのは聞いたことがない。そんな中で起きたという人さらいという事件は、ポメたちを震えあがらせた。

「なんかさ、昔話で似たようなのあったよね。なんだっけ、あれ……」

「うーん、なんのことだろ?」

 ポメが首を傾げると、リックははっと顔を上げてポメから離れていく。その先は、入り組んだ道へと入る路地裏へ続く道だった。

「ぼく、ここ通って行くとこがあるからさ、それじゃあね!」

「あ、うん……またね!」

 お互いに手を振り、リックは路地裏の向こうへと吸い込まれるように行ってしまった。まだ日も明るいけども、路地裏には独特の影が立ち込めている。ポメの頭には、さっきの人さらいの話が渦巻いていた。

「へん、なに気にしてんダ?」

「……うん、なんでもないよ。多分」

 少しだけ、心配はあった。だけども、あの体の大きなリックだ。そんな事件に巻き込まれそうにはない。

 リックにはリックの、ポメにはポメのやるべきことがある。自分のやるべきこと、それは中央広場へ向かうことだ。きりっと前を見据え、ポメはまた走り出した。

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