第6話 ~あの日、星空の下で~

 それは今からちょうど、一年前のできごとだ。

 

 太陽もすっかり沈んだ真夜中に、僕はトランペットを持って自分の家の屋根に上がった。町の外は真っ暗な世界に包まれている中、町の中心はそれとは反対に、大きな明かりに包まれていた。

 子どもたちが寝静まる夜になっても、中央広場ではいつも大人たちの活気に溢れている。、だけども今日はいつも以上だ。ここに居ても、町の人たちの沸き立つ活気が伝わってくる。

 なにせ今日は、聖地巡礼でこの町にルーチ・タクトが訪れているからね。

「へン。こういうときはあの場所も、下品な音に包まれるんだよナ」

「もう、そういう言い方はよくないよ。みんな好き好きに演奏してるんだから、下品とは違うよ」

 あそこでは町の人や観光にやってきた旅人など、中にはルーチ・タクトの演奏者だっている。そこでは決まった楽譜もなく、みんなが好き好きに楽器を鳴らしているんだ。

「まぁ確かに、この辺りよりはましだろうナ」

 そう言ってフォルは、辺りを見渡す。耳を澄ますと、この辺りからもちらほらと楽器の音色や歌声が聴こえてきた。この住宅区でもみんなが小さなランプを囲んで、思い思いに楽器を演奏しているんだ。

 ズレた歌声、微妙に合わない手拍子、少し気になるへんてこな調律。フォルはそれが気になるみたいだけども、僕はこういう賑やかさも好きだった。

 みんなルーチ・タクトの演奏を見たら、音楽に触れたくなって、たまらなくなるんだ。僕だって同じで、吹きたい気持ちが夜になってもうずうずして止まらない。

 僕は深呼吸をして、トランペットを構えた。そして空に向けて、吹き鳴らす。大きく空気を突き抜けるような音色は、誰の耳に届くこともなく、空の彼方へと消えていく。

 メロディは、ルーチ・タクトが演奏していたものと同じだ。記憶を頼りに一音一音正しく鳴るよう指を動かす。

 けれども頭の中でメロディがはっきり思い出されると、安定していたテンポが少し狂い始めた。

「へェ、今日の演奏はちょっと走りぎみだナ。昼の演奏を見て、ビビってるのカ?」

「……うるさいなぁ」

 僕はトランペットを下ろすと、フォルをじっと睨んだ。フォルは僕の周りをくるくる飛びながら、キシシと笑っている。

 認めたくないけども、フォルの言うことは当たってる。今回も、聖地巡礼の演奏はすごかったんだ。焦りを覚えるくらいに。

「ま、お前はまだまだ未熟だけどヨ、逆を言えば伸びしろがあるって言えるゾ? これから頑張っていきゃあいいのさ」

「伸びしろね、うん……」

 ふぅと息をついて、上に目をやる。雲一つない夜空には、一面に星が散りばめられていた。

 いつも見る景色も、今日はなんだか違って見える。ただ一つの"星空"ではなく、星の一つ一つがはっきりと存在しているのが分かる、そんな感じだ。

 じっと見ていると、その星たちの後ろに広がる"暗闇"に、目がいった。ずっと見ていると、まるであの暗闇の向こうへと吸い込まれてしまいそうな気分がする。

 星になれないと、あの暗闇に、吸い込まれていってしまうのかな。

「…………」

 なんだか僕の中で、暗い気持ちが広がっていくのが分かった。僕はぶんぶんと頭を振ると、どこからか知った声が聞こえてきた。

「おはよ、ポメ」

 顔を下ろすと目の前には、僕のお母さんが立っていた。

「お母さん!」

 僕が慌てて返事をすると、お母さんはやわらかくほほ笑んで、手を小さくパタパタと振る。いつもの、僕が好きなお母さんの笑顔だ。

「おはようじゃなくて……こんばんは、じゃないの?」

「ふふ、そういえばそうね」

 お母さんは僕の隣へと寄ってきて、そっと頭を撫でた。大きくて、少しいい匂いのする、お母さんの手。それに包まれると、暗い気持ちがすうっとどこかへ行ったみたい。

「今の演奏、とっても良かったわね」

「うん、ありがと……昼間の演奏がすごくてさ。なんだか、吹きたくなっちゃって」

 昼間にやっていた、ルーチ・タクトの演奏。それがどれだけすごかったか、言いたいことがいっぱい出てくる。だけどもそれらは、中々言葉に出なかった。

 印象的なとこは、いっぱいある。特に何か……それを思い出そうとすると、アルメリシアで聖地巡礼として選ばれた子の演奏が頭を過ぎった。

「とくにさ……あの、今回選ばれた子。すごかった。僕より一歳しか違わないのにさ、すごくうまかったもの」

 今回アルメリシアで選ばれたのは、フルートを持った犬の女の子だった。太陽の光を反射するような眩しくて長い毛を纏っていて、それが風に靡いていたのが綺麗だったな。

 フルートの音色は、あの子の垂れた耳やしっぽをさらう風のようにふわりとなめらかだった。それはルーチ・タクトの演奏ともうまくマッチしていて、その合奏はいつもよりやわらかく感じられた。

 思い出すと次々と感想が出てくる。だけどもそれを言葉にしようとすると、胸の奥が冷たくなった。

 口が開かなくなって、手をぎゅっと握り締めていると、お母さんは近づいて僕の頭を撫でた。

「確かにあの子、とても上手かったわね。……それを見てて、ポメはくやしかった?」

 くやしい。その気持ちに気づいて、僕は少し頬が熱くなるのが分かった。

 こんなこと、思っちゃいけないんだよねって、分かってる。あの子は僕とは何の関係もないのに、変に敵視してしまってる気がして。そんなことを考えてしまう自分が、少しいやになる。

「……ごめんなさい」

 僕の周りをただよっている暗闇が、僕の体にまとわりつくような気がした。

「……謝るようなことじゃないわよ」

 だけどもそんなとき、お母さんは僕を抱きよせた。

 お母さんの体は、あたたかい。その熱がじんわりと伝わってきて、僕にまとわりついていた闇が消えていくような感じに包まれる。

「くやしいって気持ちは、誰にでもあるんだから。私だってそうね、同じ楽団員と料理対決する時とか……私、よく失敗しちゃうから」

「でも僕、お母さんの料理、好きだよ?」

「ふふ、ありがと」

 お母さんの声には、僕の冷たくなった胸の奥も、少し落ち着いた。目を瞑って、お母さんの声に耳を傾ける。

「とにかく、くやしいって思うのは何も悪いことじゃない。それがあるから、人ってより上手くなろうって思えるもの。でも、それを憎しみに変えるのはダメね。そうなったら、目的は変わっちゃうもの」

 そう言うと、お母さんの手が離れていく。目を開けると、中央広場の明かりをバックにして、お母さんはいつもの笑顔を僕に見せていた。

「だからポメも、あの選ばれた子のこれからの旅を、応援してあげてね」

「……うん!」

 くやしいって気持ちは、悪いことじゃない。お母さんのその言葉を僕は、心のノートに書き込んだ。僕は、僕が上手くなるために、くやしく思ってもいいんだ。

「それじゃあ私は先に戻ってるわね」

 そう言ってお母さんは屋根を下りて、家へと入っていった。

 僕もすぐに下りようとした。しかしふと風が吹き上がるように感じて、足を止める。僕は風の行く先、空へと目をやった。

「どうしたんダ?」

「…………」

 さっきまで見ていた星空は、さっき見たのと同じものだ。だけども、星の輝きの一つ一つが、よく見ると違うのが分かる。輝きの大きさだったり、目を凝らせばその色だったり。

 それはきっと当たり前のことなんだけど、それを見ていると僕の中にあった、言葉にできないような不安が、うっすらと晴れていくのがわかった。

「へヘ、まだママの言葉を、噛み締めてるのカ?」

 フォルは相変わらずの僕を茶化すようにそう言った。

「ううん、違うよ。でも……近いかもね」

 お母さんは、僕にとってのお母さんでもあるし、先生でもある。色々なことを教えてくれて、僕は色々な言葉をしっかりと胸に刻んでいる。お母さんの言葉は、僕にとって強い支えだから。

 だけども僕のこれからの夢は、お母さんの言葉も頼りになるけど、それだけじゃあダメなんだ。僕はこれからのやるべきことを思い出して、もうひとりの"先生"にほほ笑んだ。

「ねぇフォル、これからもっともっと、僕にいっぱい指導してよね。みっちりと、厳しくさ」

「お、やる気が出てきたな? それじゃお言葉に甘えて、お前を絶対に聖地巡礼に選ばれるよう、みっちりとしごいてやるサ」

「うん。僕ならきっと受かる。受かれるはずさ」

 僕は星空に向かって、大きな声で言ってやった。

「来年はぜったいに選ばれて、ルーチ・タクトと……お母さんたちと、一緒に演奏するんだ」

 僕のイチバンの憧れは、ルーチ・タクトに所属しているお母さんだ。そんなお母さんのイチバン近くで、一緒に演奏するのが、僕の夢なんだ。空にトランペットを掲げると、その真上で一つの星がぱっちりと大きく輝いた気がした。

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