第1話 ~僕たちの練習場所~

 オルゴア王国の南西に位置する都市、アルメリシア。そこは豊富な鉱物が採れる発掘場があり、楽器つくりの職人が多く集まっていた。おかげでここは、楽器が生まれる町とも言われてる。

 アルメリシアの東隣には、小さな森が広がっている。だれがはじめに言ったか、そこは『おばけの森』なんてよばれてる。

 どうしてここがおばけの森なんてよばれているのか? 何もなくあまり人も訪れないとこだけども、じっさいにおばけを見たやつなんて聞いたことない。だけどもここは、その呼び名で今まで語り継がれていとさ。

 そんな森の真ん中から、ある楽器の音が響く。どんとかまえる大きな木、その前でピンと耳を立ててトランペットを吹くイヌの少年がいた。

 少年の名前はポメ。さらりさらりと木々が音を立てている中、トランペットで奏でられる音色は力強く、一つ一つの音が生き生きとしていた。

 メトロノームもない中で、リズムも崩さず。だれもが聞き入れてしまうような、大人も顔負けの演奏だろう。だけどもおばけの森じゃあ、それを聞くものは誰もいやしない。変わり者の一人を除けば。

 ポメはひとしきり演奏を終えると、肩の力を抜いて何度か深呼吸をした。するとどこからか、ぱちぱちとちいさな拍手が聞こえてくる。

 ポメは音のする方へ見上げると、離れた木の太い枝に腰かけたコヨーテの青年と目が合った。黒いコートをなびかせて、耳を通した帽子をキメている。

「今日も安定した、いい演奏だね。基礎がしっかりと身に付いているのが分かるよ」

 青年はさりげなくほほ笑む。ポメは満面の笑みで返した。

「えへへ、いつもありがと!」

 持っているトランぺットも、どこか嬉しそうにぴかぴかと光っているよう。

 青年は枝から徐にひょいと飛び降りた。きれいに着地は決め、膝を軽く払うとポメの方へ近づいた。

「今日だったよね。君の言う、試験ってやつは。君の冒険が、今日からようやく始まるわけだ」

「冒険って、大げさだなぁ。でも合格すれば、たしかに冒険みたいなことはするね」

「ふふ、そうだね……」

 そう言うと、青年はくるりと振り返って歩いていく。

「君ならきっと、上手くいくさ」

 二本の指を小さく振った。黒いコートのなびく後ろ姿は、道なき道をまっすぐと進んでいく。ポメは大きく手を振ってその姿を見送った。

「基礎がしっかりとねぇ……ま、他に問題はたくさんあるけどナ」

 ポメの後ろ、誰もいないはずのところから、青年とは違う声が聞こえてくる。ポメはちいさくため息をつくと、振り返って"ソレ"と目を合わせた。

「そんなの分かってるよう。でもあのお兄さんは楽しんでくれたよ。それでも十分だよ」

 ポメの前にいるのは、ひょろひょろの体でふわふわと浮く小さなモノ。白くて、顔はキツネのように見えて、頭からトランペットのベルのようなものをかぶっている、へんなへんてこな姿をしている。

 それを見たなら、誰もが彼を『おばけ』と呼ぶだろう。ポメだって、こいつのことをおばけか何かと思っているのだから。

「ケッ実力ってのは、子どものウチに身につけとくんダ。サイコーの演奏者になるのに、そんな甘いこと言ってるヒマはないゾ!」

 おばけはポメの頭を叩こうとした。だけどもおばけの手はポメの頭を突き抜けて、スカッとすり抜けていった。

 この口うるさいおばけは、ポメによって"フォル"と名付けられている。ポメにしか見えていないふしぎなやつだ。

 物心ついた頃から、フォルはポメの傍にいた。そしてなんでかポメから離れようとしない。フォルが言うには、離れられないんだそうな。

 そしてなんでかこいつは音楽を教えるのがうまいんで、ポメだけの先生なるものになっているそうな。

「これで口うるさくなければ、イイやつなんだけどなぁ」

「おい、聞こえてるゾ」

 フォルはポメの目の前に来ると、大きな目でじっと睨みつける。さわることもできないしさわられることもないんだけども、こうして自己主張だけは強いもんだから、無視もできないのだ。うっとおしいやつ、とポメは思った。

 見える子と見えないおばけの、いつものやりとり。誰かが見ていたら、はでなひとり言だと思うかもしれない。だから二人は、誰もいないとこでしか言い合わない。そういう風に決めていた。

「ま、確かに今の腕前でも十分だロ。お前のそのトロくさい感じなら、テンパったりしそうにもないしナ」

「そういうときは、マイペースって言ってよ」

 ポメは鼻歌をうたいながら、トランペットをマウスピースを布で吹いていた。

 ぴかぴかと明るい色を放つトランぺットでも、所々によく使いこんだ"あと"がある。ポメとずっと一緒に育ってきて、今も大事にしている相棒だ。

「この子となら、上手くいくはずだよね」

 それを帽子にしまいこむと、ポメは振り返って木の前にかがみこんだ。

 足元にはうろがあって、そこには小石が積まれたものが置かれている。つみき遊びで作られたようなそれは、この森を見守っていると言われている神様の祠である。

 今でこそみすぼらしいものであるけれど、アルメリシアが立派な町として発展する頃よりも遥か昔からあるらしい。

 手を合わせて、ぎゅっと目をつむる。『いつもこの場所を貸してくれてありがとうございます。そして、今こそその練習の成果を、試験で出せますよーに』心の中で、ポメはそう呟いた。

「へへっ神頼みも大事だからナ」

 ポメは立ち上がり、アルメリシアの方へかけだした。日は高く上り、ポメの進む道には何本もの揺れる光が差し込んでいた。

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