09 はいはい、ペンギンさんたち注目

 目指すは円山公園の上の池。ペンギンたちと白猫はちゃんといるだろうか。ちょっとだけ駆け足で円山公園に入り、遊歩道を進んでいく。池のほうから「くぅえええ」とか「くあああ」みたいな鳴き声がたくさん聴こえてきた。



 池には、昨日の夜と同じようにジェンツーペンギンたちの群れが、池の上にひしめいていた。昨日はもう暗くなってよく見えなかったけど、あれからさらに増えている気がする。そんな群れのなかから、三羽のペンギンがわたしのところに歩いてきた。先頭のペンギンが声を上げる。


「くえええええ」


「おはよう」


 わたしが挨拶すると、三羽のペンギンは、満足したように群れのなかに戻っていった。


 昨日の三羽かな? こっちの世界に戻ってきたんだろうか。


「ぐっ・もーにん」


 振り返ると、白猫が前足をひょいひょい振って出迎えてきた。


「おはよう。今日は……よろしくお願いします」


「これはこれは、ご丁寧に」


 おじぎしあうと、白猫は、前足でペンギンたちを指して言った。


「それじゃあ、ペンギンたちに、きみを扉の向こうに連れていく作戦を説明するから、ちょっと待っててね」


 わたしがうなずくのを見ると、白猫は中島に生える白樺の木に登って、いちばん低い枝のところで声をあげた。


「はいはい、ペンギンさんたち注目」


 前足をぽこぽこ叩きながら気を引くと、池にいるペンギンたちは白猫のもとに集まった。白猫は、にゃあにゃあ言いながら、ペンギンたちに向かってなにか話しかけている。それを、ペンギンたちはじっと聞いていた。


 昨日も思ったけれど、にゃあにゃあって猫語? あの猫語は、ペンギンたちに通じているの?


 白猫による説明がひと通り終わると、ペンギンたちは三羽ずつ集まりだした。あぶれた一羽は、ほかの三羽の組に入れてもらって四羽の組になった。


 白猫は、木から降りてわたしの足もとに駆け寄った。


「ペンギンたちは、三羽ひと組になって、池の真上まうえまで飛んで扉を突き抜ける。ぼくたちは、彼らの背中に乗って向こうの世界に行くよ」


「え? ペンギンの背中に乗るの?」


「うん。三羽いるから大丈夫なはず」


「ペンギンたちは、この凍っている水面のむこうを抜けられるだろうけど……わたしは、ぶつかったりしない?」


「そうそう、それそれ」


 白猫は、良い質問だ、という感じで前足をフリフリした。


「普通なら、きみの言うとおり水面にぶつかっちゃう。けどね、きみがいてもすり抜けられるタイミングがあるはずなんだ。昨日言った、トンネル効果ってやつ。それを、無数のペンギンたちが感知かんちして知らせてくるから、ぼくたちはそのペンギンの組に乗り移って、扉の向こうへ越えるんだ。いい考えでしょ」


 ……えええ。なんかすごく乱暴な方法に聞こえるんだけど。ペンギンに乗れるのはうれしい。けれど、一昨日みた、あの直滑降で飛び込むのはすごく怖い。


「あのね」


「うん?」


「わたし、ジェットコースター苦手なの」


「大丈夫。死なないから大丈夫」


「死なない……って、怖いことには変わりはないってことじゃないの?」


「そうかも」


「え……」


 そんなことを話しているあいだに、ペンギンたちから、湯気が上がってきた。


「上空は寒いからね。けど、これで大丈夫なはずだよー」


 わたしは、白猫に連れられて三羽のまえにきた。三羽のペンギンは、三角の隊列たいれつを組んで、わたしを見ながら背中をみせた。


「ここに乗ればいいの?」


「どうぞー」


 白猫にうながされるまま、ペンギンたちの背中に乗った。つぶれるか不安だったけど、そんなことはなく、ペンギンたちはわたしを支えてくれた。


 わたしはマフラーで口もとを隠して寒さに備えようとした。そのとき、白猫がわたしの左腕から上ってきて、マフラーの中に隠れて頭をだした。白猫の後頭部こうとうぶがわたしの鼻にかかってしまう。


 ハックション!


「わーびっくりした。いきなりなんだよう」


「だって、鼻にきみのあたまの毛が――」


「しゅっぱーつ」


 白猫のかけ声で、ペンギンたちは羽をはばたかせはじめた。はばたきは、どんどん速くなり、ペンギンたちは宙へと浮いていく。


「うわあ、飛んだ!」


 ペンギンたちは、加速し、群れをなしながら空へと上昇していった。そのうしろをわたしたちのペンギンたちがつづく。


「すごーい!」


 円山公園の上空を、大きくぐるりとはばたくペンギンたちの群れ。遠くにテレビとうや札幌ドームが見えた。けど、風が冷たい!


 最初のひと組が、水面へ角度を変えるとまっすぐ落ちはじめた。それにつづいて、ペンギンたちがヒュンヒュンと、直滑降をはじめる。


「わあああああ」


 ものすごい勢いで、水面にむかっていくペンギンたち。そして、わたしも。けれど、不思議なことに、水面まですぐのはずの距離なのに、落ちる時間が、とてもとても長いように感じられた。


「あっち! あのペンギン!」


 マフラーから顔を出した白猫が前足で指したさきに、右羽をぴらぴら振ってくるひと組のペンギンたちが見えた。


「あれに飛び移るよ」


「え?」


 声に出した瞬間、いま乗っている三羽のペンギンのおしりがピョンと跳ね上がった。その衝撃で、わたしたちは空中に放り出される。


「ええええええええええ!?」


 視界が、世界が、ぐるぐると回り続けて……気がつくと、三羽のペンギンの背中が目に入ってきた。


「きゃあああああああ」


 ぽわん、という衝撃とともに、三羽のペンギンの背中に着地した。うん、着地した!


 と、確認した目の前には水面が!


 おもわず目をつぶってしまった。


 あるはずの衝突がいつまでたっても起こらなくて、ゆっくりとまぶたをあける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る