第二十二話 探索

第二十二話(一)「某ロボットアニメのナントカ粒子みたいに思えてきた」


  舞い上がった航空舟は、さほど時間を置かずに降下を始めた。

  向かう先は魔王城の北東にある、以前にぼくらが発見し、大洞穴捜索のきっかけとなった第一出口だ。飛んでいた時間はものの数分だが、山をひとつ越えるので、徒歩で行けば半日以上はかかる場所である。

 ひょおおぉ、すっげぇ楽しかった!  もっと乗りたかったぜ」

  地面に着いて真っ先に飛び降りたナホイが、楽しげな声を上げた。

  他は縄ばしごを伝い、舟を順々に降りていく。しかし最後に残ったブンゴンが、なかなか降りようとしない。

 どうした、ブンゴン?」

 だ、旦那。すんません、膝が震えちまって歩けねぇんです。落ち着くまで少し待っちゃくれねぇですか」

  そう言えば舟に乗った時から、ブンゴンは終始無言だった。

 高い所が苦手なのか?  盗賊なのに」

 『元』盗賊ですぜ、旦那。高い所がダメなんじゃなくて、足元のフワフワした所がダメなんでさぁ……地面からしっかり建った場所なら、壁でも屋根でもスイスイなんですがねぇ」

 そうか。あわてなくていいから、ゆっくり降りてきてくれ」

  ブンゴンを三分ほど待ったのち、さらに数分をかけて大洞穴の第一出口へと歩いて向かう。以前と同じように、ごつごつとした岩同士の隙間から地下に向けて低く入り込む穴が笑うように口を開いていた。

 ……どうだ、ブンゴン殿。見えるか」

 ええ、十分明るいですねぇ。探索には申し分ないですねぇ」

  ブンゴンが光を灯したランタンを差し向けながら、身をかがめてそろりと入り込む。グークの問いに、彼は声を弾ませて答えた。

 光精霊術の灯りは大成功のようだな。では、いざ中へ──」

 待ってグーク。ブンゴンでさえ頭を下げて入る洞穴に、君が入ったらつっかえてしまうよ」

  ぼくは苦笑して言った。身長一五〇センチ程度のブンゴンに対し、グークの体躯は二メートル近くあるのだ。

 う~ん。確かにこの穴の大きさじゃ、俺でも通るのに少しキツいぜ。ハイアート、何か策があるのか?」

 もちろん。後々には軍隊を通す予定なんだ、多少は通りやすくしないとね──ヘザ、『トンボ』を貸してくれないか」

  かぶとの面当てを上げて洞窟の入口をのぞくナホイに答え、ぼくはヘザから丁字の器具を受け取った。

  板の部分を洞口の固そうな岩の上に置き、そこに刻まれた術式に向けて土精霊力と魔力を込めながら柄をぐいと押し込む。

  岩が、砂か粘土かのようにたやすくえぐれて引っ込んだ。

  二、三度往復させると、出口の高さが五〇センチばかり広がる。

 おおお、面白えぇ!  やっぱハイアートの魔術は摩訶不思議で最高だぜ!」

  ナホイが子供のようにはしゃいで叫んだ。彼は昔から単純な攻撃手段ではない、ちょっとひねった魔術や精霊術の使い方を目の当たりにすると気持ちがいいほど無邪気に感心してくれるので、つい嬉しくなってしまう。

 これは魔器だから、一度魔力を込めたら切れるまで誰でも使えるよ。ナホイ、やってみるかい?」

 えっ、いいのか?  是非やらせてくれ!」

  トンボの柄を手渡して、ナホイに続きをやらせる。

  ナホイが奇声を発しながら岩肌を削りまくり、洞口は十分に広くなったものの、足元がデコボコだらけになってしまった。

 ダメだよナホイ、もっと丁寧に地面をならさなきゃ。兵士だけでなく物資を乗せた荷車も通す予定なんだから、なめらかな道にしたいんだ」

 そ、そうか。すまねえ……」

 いいよ。そこだけ気をつけてくれれば、この先の洞穴内部の地面のならしを任せてもいいんだけど……やる?」

 本当か!  俺に任せてくれよ!」

  ナホイはブンブンと、何度も勢いよく首を縦に振った。

  

  五人が大洞穴の内部へと侵入し、一行はRPGによくある地下迷宮のセオリーどおり一列に隊列を組んで、暗影のただ中をほのかな灯りだけを頼りに進んでいく。

  最前にトンボをかけながら進むナホイ。少し間を空けてランタンを掲げたヘザが続き、列の中央に地図を描くブンゴンとぼく。そして最後尾をグークが務めた。

  洞窟が通りにくいほどに狭あいだったのは最初の数十メートルほどだけで、すぐにグークが直立しても余すほどに高く、大の男が三人並んでも問題ないぐらいに広い坑道へとつながっていた。

 旦那、こいつは妙ですねぇ」

 何がだ?」

  ブンゴンがいぶかしげにつぶやきを漏らす。ぼくはごくりとつばを飲み込む音を立てて訊き返した。

 この洞窟は、自然にできたものにしちゃ穴の形がきれいな円形に空いておりやす。しかしつるはしや土精霊術で人為的に掘られたものかというと、穴の壁や床面が雑な仕上がりなんですねぇ」

 なるほど、不可思議だな。ではブンゴン殿、この洞穴はどのようにできたと見る?」

  グークの問いに、ブンゴンは顔をしかめて、こう答えた。

 あまり想像したくねぇですが……この穴の大きさをした、が掘ったならこんな風になりそうな気がしますねぇ」

 それは……ぞっとしない話だな」

 そんな化け物が本当に出たなら、旦那にお任せするしかないですねぇ。よろしくお願いしますぜ、『六行の大魔術師』様」

 そんなでかい奴に敵うかどうか……自信ないな」

 ハイアート様が敵わない相手であれば、我々は全滅する他にありません。私は──あなた様がこの世界で最強だと信じています」

  振り返り、ヘザはランタンの灯りの中に微笑みを浮かび上がらせた。ぼくはため息をひとつついて、頭をガリガリと搔く。

 そうだな、自信ないとか言ってる場合じゃないか……分かった、もう弱気になるのはナシだ。まずは目の前の一戦を生き抜くのに、みんなの力を貸してほしい」

 ええ、もちろんです。……目の前の一戦?」

 うん。直線距離にして約二百ネリ。『視え方』がかなり曖昧だけど、そこそこ大きなモノの反応だよ」

 感知したんなら早く言えよ!  王子、前に来てくれ」

  ナホイがトンボを放り出して、背負った短槍に持ち替える。身構えると同時に、その右隣にグークが楕円形の大盾に半身を隠しながら並んだ。

 気をつけろ。もうすぐそこまで近づいて──」

  ランタンが放つ光の輪の中に黒い影が入り込んだ。

  瞬間、赤光が閃いてシルエットを撃ち、感知の気配がやや小さくなった。

  グークの盾が、硬いものをこする金属音を立てる。

  シュッと、歯の間から短く息をついて、ナホイが穂先を繰り出した。

  ぼくの目には一度だけ突いたように見えたが、実際は二回、上中段に向けて先端が往復している──彼の必殺の二段突きは、見ないうちにさらに磨きがかかったようだ。

  ナホイに刺突されて地面に転がったところで、ぼくはようやくそのものの姿を目撃した。

  アリだ。

  アリかナシかのアリではなく、昆虫のアリだ。

  ただその体長が、二メートル近くある。

  佐賀県にいるものよりマジでデカいそれらが、ランタンに照らされている分だけでも三体。初っ端にヘザが火炎で屠ったものを加えれば四体が姿を現している。

  おかしいな、と思ったがその話は後だ。

  盾を大顎に食い込ませたグークが、腕力でアリ魔物を地にねじ伏せる。槌矛を振り上げた彼に、奥の暗がりから別の一体が迫ってきた。

  術式を組み、ぼくの手の中からほとばしった銀色の魔力がその魔物の頭部を薙ぐ。同時に、叩き落とされた槌矛の柄頭が、横たわったアリの胸ぐらを地面とサンドウィッチにした。

 グーク、気をつけろ!  危なかったぞ」

 危なくはない。そちらは貴殿が対処してくれると分かっていた」

  飄々と言い放つグークに、ぼくはあからさまにしかめっ面をしてみせる。

 ……信頼には応えたいが、過信されては困る。君の身に何かあれば元も子もないんだ、もっと慎重になってくれないか」

 貴殿こそ、もっと自分自身を信頼すべきだと思うが──ともかく、援護してくれて大いに感謝する。ありがとう」

  グークとの短いやりとりの間、ナホイは二匹の魔物の攻撃を巧みに打ち返して接近を許さず、そこへ数発の火炎弾が駆け抜けてアリ共を討ち滅ぼした。

 おつかれさま。反応は全部消えたよ」

 うむ。皆、ケガはないか」

  グークが周囲を見回し、全員と目を合わせる。

  どんなに楽勝そうに見えても、彼は戦いの後に必ずそう訊いて確認するのだ。

 ケガはないな。申し訳ないが休憩する間も惜しいので、すぐに探索を再開したい」

  一同がうなずきを返し、ぼくたちは隊列を戻して再び行軍を始めた。

 グーク。少し気になることがあったんだが……」

  ぼくは後ろを振り返り、最後尾のグークに話しかけた。グークはわずかに首を傾いだ。

 気になること?」

 『魔物探知』のことだ。先ほど、ぼくは身体が大きい一体の魔物だと思っていたら、実際は数匹の群れだった。以前なら二百ネリ程度の距離まで近づけば個々に反応を感じ取れたはずなんだが──」

  グークは額に手を当てて、少しの間、考えにふけってから答えた。

 俺の感知では個体か群れかまで判別できたためしがないのだが……考えられる要因としては、この大洞穴にかつてない濃度で漂う魔素が、感知の精度を阻害しているおそれがある。魔物感知はあまりあてにしない方がよいのかもしれぬな」

  うーん、また魔素の仕業か。

  ビームも撃てるし、レーダーも効きにくくする。

  何だか魔素が、某ロボットアニメのナントカ粒子みたいに思えてきた。

 おい、ハイアート!  道が分かれているぞ」

  先頭のナホイが大声で呼びかけてきた。直進する通路に加え、左手にやや細い洞穴が口を開けている。

 ブンゴン、地図はどうなっている?」

 ちょいとお待ちを。──実測より数千ネリ先になってますが、確かに左に道がありますねぇ。太古の地図ですから、距離に多少の誤差はあるでしょうねぇ」

  ブンゴンは腰から下げたサックを開き、いっぱいに詰まった巻物の中からひとつを取り出して広げると、表面を指先でなぞりつつ言った。

 左手の方は、どこにつながっている?」

 古地図を信用するなら、おそらく七番出口のある路線を渡って、九番出口のある通路で突き当たるはずですねぇ」

 ふむ……ハイアート殿、ひとまず別の出口を目指して、古地図の信頼度を確認してはどうか」

  グークの提案に、ぼくはうなずきを返した。

 そうだな、ではまず七番出口へ向かってみよう。ナホイ、左に入ってくれ」

 分かったぜ。ハイアート、曲がりっぱなで不意打ちされないようちゃんと視ていてくれよ」

  通過した道を、まるで舗装したかのように真っ平らにしながら、ナホイは脇道へと進入していった。

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